最近何だか自分自身がおかしいと感じる事があって。

例えば出勤して皆に挨拶をする時に、上司であるロイにだけ何故か声が裏返ってしまったり
お昼にリザとご飯食べるときはお腹いっぱい食べられるのに、ロイに誘われて一緒に食べると何故かご飯が喉を通らなかったり
いつも通り睡眠を取らせて貰っても、なかなか寝付けなかったり。

その他にも変な行動をしてしまう事が多々あって。
ロイ以外の人にはいつも通りな事もあってか、不思議に思われる事も無いと思うんだけれど…それでも私自身気になってしまうのだ。


今日も今日とてソワソワとした気持ちで仕事を捌いていた私に、ブレダが一枚の書類を差し出してきて、ふと我に返る。


『…ん?』
「この書類、大佐の承認印が必要なんだが」
『うん』
「……」
『…ん??』
「いや、頼んでいいか?会議もそろそろ終わる頃だし、どうも急ぎの内容らしいからな」

ブレダが壁の時計をチラリと見て私を見た。
他のメンバーはと言うと、気にすること無く仕事をしていて。

『な、何で私?』
「なんでって……いつもななしが届けに行ってただろ?」
『い、や…そうだけど…!今日はそのー…うーんと、』

確かにこういった書類を届けるのはいつだって私の役目で、今まで何度も届けに行っていたけれど…
何だか最近はロイに対して不思議な気持ちになるから気が乗らなくて、つい曖昧な返事をしてしまう。

するとそれを見ていたハボックが面白そうににやりと笑って頬杖をついた。

「もしかして大佐と何かあったか」
『えっ!?いや、その…!やっぱり私行ってくるね!』
「おわっ」

ハボックのその言葉に、どきりと鳴った胸に気づかないフリをしてブレダからその書類を半ば強引に受けとる。
急いで立ち上がった私は平然を装って執務室を出た。


「ありゃー何かあったな」
「超が付くほど鈍感なななしがねえ…」
「業務中よ、話しても良いけど手を動かす事」
「すんません…」





「あら、ファミリーネーム少佐じゃないですか」
『ロス少尉!』

少しだけ重い足取りで会議室へと向かっている途中でロス少尉に声を掛けられる。
沢山の書類を抱えた彼女は、どうやら私が何の目的で歩いていたか分かっていた様子で。

「会議はたった今終わったそうですよ、恐らくまだ会議室に居るかと」
『えっ』
「え?マスタング大佐の所へ向かっていたのかと…」
『い、いや、そうなんだけど……何で分かったの?』
「それはまあ…少佐と言えば大佐ってイメージが付いているので…」


…なにそれ、恥ずかしい…
いつの間にそんなイメージが付いていたのか全くと言って良いほど分からなくて。
取り敢えずロス少尉にお礼を言ってから会議室へと足を向ける。
会議室の前へと着いた時にはゾロゾロと上官の人達が出てくるところで、邪魔にならないようにと廊下の端へと避けた。

目の前を歩く上官達を一人一人見て確認したけれど、ロイは出てくること無く扉は閉められてしまって。
私は、静かにノックを数回してからゆっくりと扉を開けた。

『…ロ、マスタング大佐はいらっしゃいますか……って、』

会議室には思った通りロイしか居なくて、大きな部屋にポツンと座っている彼は腕を組んで目を閉じているようで。
そろりそろりと近づいた私は、好奇心でロイの顔をじろりと覗き込んだ。
…すうすうと小さく寝息が聞こえる。

こんなに近づいても起きないって事は相当疲れているんだろう。
そりゃそうだよね、普段の仕事に加えて私の面倒まで見てくれてるんだから…

ロイの前髪に触れる。
思っていたよりも柔らかくてさらさらとした黒髪は私が触れたことによって少し揺れていて。
目を閉じた彼は歳に似合わない可愛らしい寝顔をしていて、その顔をじっとり見つめているだけで何だかソワソワが強くなった。

どうしてこんな気持ちになってしまうのだろう。
……なんて、本当はそんな事自分が一番分かってる筈なのに。


『…"今は、まだ…"』

「少佐はこちらですか?」

心にずっと仕舞っているその言葉をぽつりと呟いたタイミングで、扉の方から恐らく私を呼ぶ声が聞こえて振り返れば何やら数枚の書類を抱えた男性がこちらを覗き込んでいて。

「あっお取り込み中ですか?」
『え…?っあ!そんな事!私に何か用事ですか?』

申し訳なさそうに頭を下げる男性に何だかこちらが申し訳なく感じて、慌てて駆け寄ると持っていた書類を渡された。

その内容をチラリと確認すれば、ロイに宛てた書類の様で首を傾げて男性を見る。

『これは大佐に宛てられたもののようですが…』
「あ、いえ…その、大佐宛のものは本人ではちゃんと確認するか分からないので、全てファミリーネーム少佐かホークアイ中尉へ…と上から指示があったものですから」
『あー……なるほど、分かりました!ありがとうございます!』
「それで、あの…少佐」
『?』
「あの!…………いっ、いえ、何でも!失礼します!」

ペコリと頭を下げると男性は何か言いたげにしていたけれど、私を見るや否や忙しそうに去って行った。
恐らくまだ届ける所があるんだろうな…なんて思いながらロイの所へと戻れば、まだ目を閉じている様子で。
机に先程の書類を置いてからロイの肩に手を掛けて、少し優しく揺さぶる。

『ロイ、起きて』
「…」
『ロイ…ローイー!!』
「…ぐぅ」
『…』
「……いてっ」

ぺちんと頭を叩けば、ロイは顔をしかめて目を覚まして。
私はつい、はぁとため息を漏らしてしまった。


『…起きてたでしょ』
「何の事かな」
『顔見れば分かるんだから!すっかり目の覚めた顔して!』
「キスしてくれたら直ぐに目を覚ましたのに」
『ば、そんな事するわけ無いでしょ!』
「つれないなあ」

ぐぐ、と体を伸ばしたロイをじとりと見れば、その視線に気づいたロイはくすりと笑って私の頭を優しく撫でた。

「やっぱりこうでなくちゃなあ」

優しい声でそう呟くものだから、思わず一瞬だけ息が止まってしまって。
そんな姿も面白いのかロイは私の頭を撫で続けている。

『な、』
「最近何だか変だっただろ」
『えっ』
「あまり食べないし挙動不審だし」
『そ、それは』
「ちょっと寂しかったなあ」

その言葉に、ぐっと息が詰まる。
そんなこと言うなんてズルい。

『ごめんね』
「いや、見ていて面白かったから気にしてないよ」
『なにそれ!酷い!』
「いてて、」
『全く!もう!』

じゃれてる内にいつの間にかソワソワも少なくなって、いつもの様に接することが出来て。
これもきっとロイがいつもの様に接してくれるからなのだろう。

『ふふ、』
「どうした?」
『ううん、ただね…』

ロイに感じるこのソワソワも今は何だか心地がいいなって思うよ。
私がこのソワソワの正体を理解して飲み込んでしまった時、その答えをロイに伝えても良いのかな。


「ただ?」
『…やっぱり何でも!て言うか何で会議で寝てたの!』
「議題があほくさかった」
『もう…ちゃんとしてないとリザに怒られるんだからね』
「ぐ…」
『はい、これ!ブレダから承認印押してって!あとこれはさっきの…』
「男のだろ」

そう言ってペンを取り出したロイは、スラスラと書類に記入をして立ち上がった。
届けるよ、とその書類に手を伸ばせばそうはさせまいと手首を優しく掴まれて。

「私が届けるよ」
『え?珍しい……』
「早めに手を打っておかないと、またあんな事件が起きても困るからな」
『え?ええ?』

その言葉を全く理解出来なくてただ首を傾げていれば、ロイは私の腰に手を回してピタリと体をくっつけた。

「それよりもこれからデートに」
『仕事サボったらリザに怒られちゃうよ?』
「…し、仕事に行こうか」

ロイがここまでリザを恐れているのは理由があって、恐らくハヤテ号のしつけに銃を取り出すからだと思うんだけど…

『そんなに怖くないのに…』
「そ、そうだな、優しい人だ」
『声震えてるから…そういえば指令部の近くに新しくお店が出来たらしいの!何でもアップルパイが評判らしくって』
「デートのお誘いかな?」
『デートじゃなくてご飯のお誘い!仕事終わったら行こ!』
「ななしの為なら何処へでも」
『ふふ、何それ変なの!』

もう、と笑ってからロイと並んで歩き出す。
手が触れるか触れないか位の私たちの距離。この距離感が心地いいから…
今だけは執務室が遠ければいいのに、なんて直ぐに着いてしまうのにそんな事を考えてしまった。






2019/04/01





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