ゆっくりと目を覚ます。
…あれ?私はいつ寝たんだろう

くらくらとしている頭で考えたけれど答えは一向に見つからなくて、取り敢えず起きようと体を起こそうとしたのだけれど

『………え?』

起き上がれない。
力が入らないとかでは無いのだ。
足と手が何かに拘束されていて全く動かない。

『う、うそ……んーっ!』

ありったけの力を込めて脱出を試みたけれど全然駄目で。
ならばと錬金術を使おうとしたけれど、両手が何か袋のようなもので無造作にくるまれていて、オマケに手の甲を合わせるように縛られていた為に錬金術も使えなくて。

『はあ…もう!』
「無理だよ、男のオレが全力でキツく縛ったんだ女の子の君じゃ力が足りない」
『え…?』

くすりと笑う声と共に聞こえたその言葉に正面を向けば、フードを深く被った男が笑ってこちらを見ていて。
その不気味さに思わず体が震えた。

『…なんのつもり』
「なにが?」
『なにがって…』
「オレは君を待ってたんだよ!この時をずっと待ってたんだ」
『え?』
「ねえ、オレを見てよ…あんな焔の男じゃなくて、オレをさ」

そう言って動けない私の前に来た男はするりと私の頬を撫でて、その行為にぞわりと鳥肌が立つ。
…焔の男というのは、もしかしなくても

『…ロイの事?』
「……」
『…あの、んっ…!?』
「あー、あー!聞きたくない!」

突然怒鳴るように声を荒げた男は、何処からか手にした瓶の中身を私の顔に押し付けてきて、咄嗟の事で思わずそれを吸ってしまった。

『な、なに………』

直ぐに顔を背けたものの、時すでに遅かったようでふにゃり、と体から力が抜けてぐったりと横になる。
何をしたのと喋りたかったのに、口すらも動かせなくて…なのに意識はハッキリしていて気持ちが悪い。

「二人きりになったのに君はあいつの名前を呼ぶんだね」
『……』
「君があいつばかり見ているから悪いんだよ、ねえ…ななしちゃん」
『……!』

そう言って私の目の前でそのフードを外した男の姿に、思わず驚愕する。
どうして、どうして貴方が
そう言いたいのに力が出なくて。
見抜けなかった悔しさのあまりか、それとも裏切られたような悲しみのあまりか。
私の目尻から涙が一粒零れ落ちた。





「ここか…」

ざり、と砂を踏みしめた音が鳴る。
目の前にはかなり大きな木製の建物が建っていて、その建物の窓殆どが割れていて。

「…ここにアイツが居るってのかよ」
「おそらくな」
「どうします?思ったより探す範囲が広いみたいですし、分かれて探した方が良さそうですが」
「そうだな…三手に分かれて探すことにしよう」
「じゃあオレとアルは二階」
「私はハヤテ号と一階を」
「では私は三階に行こう」

三手に分かれ、私は上への階段を上がった。
他の二組の足音が聞こえるが、その他に物音は一切聞こえなくて。
だが誰かが…ななしがここに居るのは分かる。

「必ず、見つけてみせる」

早足で階段を上がりきれば、そこには何個もの部屋が並んでいて。
何処に誰が潜んでいるかも分からない為、発火布の手袋をはめて一部屋一部屋見ていく。

だがどの部屋も全くと言って何も無く、気配も無い。
三階には誰も居ないのか、と拳を握りしめて次の部屋へと入る。

「…」
「あ、あの」

油断していた私の目に居たのは、フードを深く被った男で。
妙におどおどとしているその姿に違和感を覚えつつ部屋の中を見渡す。
…ここにはこの男しか居ないようだ。

「ここで何をしている」
「そ、それが良く分からなくて…気づいたらここに居たもので…」

そういってへらりと口元を歪ませた男はわざとらしくブルブルと震えて見せた。
それがあまりにも不自然な行動でなるほど、と男を睨んだ。

「ここに女性が居る筈なんだが何か知らないか」
「えーと、知りませんね…」
「では、不審な男は見なかったか?そうだな、背丈と格好は君と同じくらいだと思うのだが」
「いえ…なんせ今目が覚めたもので…」

白を切るつもりの男に、イライラが隠せない。
落ち着くためにも深呼吸をゆっくりと行ってからもう一度男に問う。

「本当に知らないのか」
「ええ…すみません」
「そうか、もしも女性を見つけたら教えてほしい……背丈は平均くらいで可愛らしい顔をしていてね、笑顔が眩しい子なんだ」
「…」
「私の横を笑顔で着いてきてくれる子で、名前はななしと言うんだが…ななしは私の大切な人なんだ、きっとななしも……」
「気安く呼び捨てにすんな!」

食いぎみで怒鳴ってきた男は先ほどの様なおどおどとした様子は無く、歯を食いしばってフードの奥から私を睨み付けていて。

「…本性を現したな」
「うるさい!何度も何度も彼女の名前を呼びやがって…!」
「何が悪い?私はななしの上司であり、そして…」
「何だよ!」
「…さあ?何だろうな」
「っ…そういうのが昔からムカつくんだよ!」

そう言って雄叫びをあげながら私に向かってくる男にポケットから出した手を向ける。
パチンと音を鳴らせば焔が男の前で弾けて、それに驚いた男はよろけて尻餅をつく。
その衝撃で、床である木の板がパキリと音を立てた。

「…呆気なさすぎないか」
「うるさい、うるさい……!」
「私が焔を扱うことは分かっていたはずだろう?素手で無謀にも突っ込んでくるとはな」
「うるさい!」
「一般人よりも近くで私の事を見ていたろ、それなのに対策一つも練らずにここまで来たのか」
「っ……」

ぎり、と歯を食い縛る男に指を向けたままため息を漏らす。

「錬金術はどうした、使わないのか」
「…」
「鋼の錬金術師のように戦えば良いじゃないか」
「…分かってんだろ」
「それは何か、お前の錬金術の事か…それともお前の正体か」
「どっちも分かってるだろ」

男の問いかけに、そうだな…と手を伸ばしてフードを雑に外す。
…見たことのある男。
コートの隙間から見えるその青い服は、今私自身も身に付けている…軍服。

「軍服も脱がずに犯行に及ぶとは、中々自信があるんだな」
「仕方ないだろ、時間が無かったんだから」

未だに私を睨んでいるその男は、正しく軍に身を置いている者で。
最近良くななしに話し掛けていた男だった。

「何故ななしを拐った」
「気付いてるくせに聞くなよ」
「何故拐った」
「……好きだからだよ」

「……は?」

私の後ろから聞き覚えのある間抜けな声がする。
足音からするに、三人と一匹が騒ぎを聞き付けて集まったようだ。

「だから、好きだったんだよ!」
「好きなら何で……何で関係ない人を巻き込んでななしさんを困らせたの…?」
「人を助けている彼女が素敵だったからさ!」
「わざわざ錬金術まで使わせてアイツと戦う理由はあんのかよ!」
「戦ってる彼女も素敵だ!」
「…」
「眠気に勝てずによろけてしまう彼女も可愛らしい…」

兄弟の質問に恍惚な表情でそう答える男に、心底嫌悪感が湧いてくる。
それは他の三人も同じだったようで、眉を潜めてじっと見つめていた。

「ななしは何処に居る」
「…教えるわけ」
「3秒だけ待つ。お前のその気持ち悪い口を焼き潰してしまう前に答えろ」
「……」
「…3」
「………」
「2」
「…………」
「1」
「……………………ここから三つ隣の右の部屋」
「…ホークアイ中尉、その男を拘束しろ」
「はっ」

中尉が敬礼したのを、横目で確認してから部屋を出る。
三つ隣の右の部屋。
そこは他とは違って綺麗な扉で閉まっている。
私は迷わずにその扉を開けて部屋を確認した。

「ななし!」
『…』

部屋の隅に一つだけ置いてあった小さなソファに寝かされていたななしに駆け寄って声を掛ける。
力無くぐったりと倒れている様子のななしは、ゆっくりと目を動かして私の方へ視線を向けた。

『…、』

僅かに唇が動いているが、喋れない様子の彼女を見て何かされたのだと分かった時には強く彼女を抱きしめていて。
温かなななしの体温に、思わず涙が出そうになる。

「遅れてすまない、怖かっただろ」
『…』
「っ…」

眉を下げてぐったりとした彼女を見て胸が締め付けられる。
私がもう少し早く来ていれば、こんなことにはならなかったはずなのに。

『…、…や』
「ななし?」
『と、なり…へや、に…てつ、』

ゆっくりと発したななしの言葉に、思わず視線が隣の部屋へ行く。
聞き間違いではなければ隣の部屋に鉄、と言ったのだろう。

「…もう少しここで待っていられるかな」
『ん、…』

ゆっくりと頷いたななしをまたソファに寝かせて私の軍服を上から掛けて頭を撫でる。
そして私は部屋を出た。

「大佐、ななしは」
「なにか薬品でも嗅がされた様で横になっている」
「大丈夫なんですか!?」
「今はまだ分からん、だが恐らく大丈夫だ」
「…なら良いんですけど…」
「今はそれよりもこの部屋だ」








「何でオレが牢屋なんかに入らなくちゃいけないんだよ!」
「グズグズするな!」
「…っ、ななしちゃん」

中尉が手配してくれた者たちに連れていかれる男は、情けなく泣きながら私の腕の中に居るななしの名前を呼んでいて。
彼女を呼ぶその口を見る度に苛々して堪らない。

「…大佐」
「ああ…」

中尉の声に落ち着きを取り戻した私は、深呼吸を一つ。

「あの部屋の鉄はどうします」
「それならオレ達が全部直すよ、ついでに身の潔白を証明してくるわ」
「すまない、ありがとう鋼の」
「…うげ、気持ち悪いな」
「なんだ!人が折角素直に礼をしたと言うのに!」
「もう兄さん!」
「……つーか、すげーよな…好きだから閉じ込めたいとか」

その言葉に、先ほどの男の言葉を思い出す。
ななしが言った通り、隣の部屋には大量の鉄がゴロゴロと転がっていて。
その真ん中に何か作りかけの物を見つけたのだ。

中尉によって拘束されている男に聞いてみれば、理由は恐ろしいもので。

「好きだから側に置いておきたい、誰だってそうだろ?だから拐った。でも強いななしちゃんの事だ、それだといずれ逃げられてしまうからね。鉄で作った強固な鳥籠に入れておけばずっと一緒だろ?」

男はそう笑って言ってのけたのだ。

「軍に入ったのも、一目惚れしたななしに近づく為…錬金術も鳥籠を作る為に俺達の錬金術を見よう見まねで、ね…」
「ちゃんと基礎から学ばなかったから、何故か成分の大半が鉄で出来ている物じゃないと錬成出来なかったみたいだけど…」
「才能あっただろうにな、思考回路があんなじゃ…」

はあ、と仲良くため息を漏らす兄弟。
確かに素晴らしい才能だったろうが、それでななしを傷付けたことは変わらない事実で。

「…いずれ牢から出てきたとして、また近づいてきたら今度こそ消し炭にする」
「うわー…こわっ」
「こら!兄さん!」
「何だよ!」
「兄さんってばいつもいつも!」

兄弟の騒々しい言い合いに耳を傾けつつ、腕の中で未だぐったりとしているななしに目をやる。
幾分か治ってきたらしい彼女は、私と目が合うと力無くふにゃりと笑って。

「…はあ、自分がどんな目にあったか覚えてるのか…」
『覚えて、るし…!』

ぷくりと頬を少しだけ膨らませたななしがあまりにもいつも通りで、安心を通り越して少し心配してしまったがそれもまたななしらしい。

「今日は私の家まで来てもらうからな」
『、え』
「当たり前だろ、こんな状態のななしを一人にしておけない」
『だ、ったらリザの…』
「……ごめんなさい、今日はハヤテ号の躾をしなくちゃ」
「わ、わふ…!?」
『ええ、え…』
「観念しろ」

そう言って少しだけ笑えば、ななしは視線をそらして小さく唸った。

『…じゃ、きょうだけ……』
「良い子だな」
『む、』
「…疲れただろ、少し寝てると良い」
『…………ん…あり、がと…』

そう言って目を閉じたななしは、数を数える間もなく寝息を立て始める。
…張っていた気が解れたのだろう。

「では大佐、今回の事件の事は私の方で纏めておきますから」
「すまない、助かるよ」
「いえ…今はななしの事だけを見てあげてください、何だかんだ怖かったでしょうから」
「ああ、そうするよ」

もう一度中尉に礼を言ってからななしを起こさないようにゆっくりと歩き出す。
来たときに降っていた雨は既に上がっていたようで、草木に滴る雫がキラキラと輝いている。

ななしの安心しきったように眠るその顔を見て頬が緩んでしまった事は、誰にも知られること無く。







ななしを抱えて歩く大佐の後ろ姿を見つめてため息を一つ。

「どうしたの、ため息なんて」
「いや別に……お騒がせな二人だなーってな」
「あら、私の上司達がごめんなさい」
「あ、いやそう言うつもりじゃないけどさ」

あんなにキレた大佐なんて滅多に見ないもんだから、結構驚いたりしたのだ。
いつでもムカつくほど冷静にオレ達へ指示を送るくせに、ななしというたった一人の女の子の存在だけで冷静さを欠くなんて。

「雨の中、傘もささずにずぶ濡れで走り回ってさ…何が"上司と部下だけの関係"なんだっつの」
「あら、エドワードくんって結構鋭いのね」

中尉が驚いた様にこちらに目を向ける。
あの二人を見て気づかないほど鈍い奴は早々居ないだろ、と呆れ半分に言えば、中尉はそうねと一言言って笑った。

本当見てて飽きないんだよな、とアルに視線を送れば首を傾げられて。

「エドワードくんって結構おませさんね」
「誰がおませさんだ!!!」
「わん!」





2019/03/05





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