今日は年に一度しか無い最高のイベントの日。
そう、バレンタイン!

チョコレートが好きな私には最高すぎるイベントで、年が明けてから今日まで続いていた激務はこの日の為に頑張ってきたと言っても過言では無い。

今日の為に前もってリサーチしていた限定品もあったし、
今日の為に考えていたチョコレートスイーツの数々。
私が今日をどれ程楽しみにしていたことか。

それなのに……


『出張なんてあんまりだよー…』

大きくてふかふかしたベッドにボフンと大きな音を勢いよく立てて体を預ける。

突然すぎる出張。
それを知らされたのは今日という当日で、聞いたときの絶望は忘れられるものではない。
しかも目的地は、数時間列車に揺られないといけない程の距離で、もしこれが一人での出張だったならきっと私は耐えられなかっただろう。

…そう、一人だったなら。

「ま、二人で出張だっただけ幸運だよ」

そう言って横になっている私の横に腰掛けたロイは、苦笑しながら私の頭を優しく撫でた。

そう、幸か不幸か…いや、これは不幸中の幸いという所だろうか。

『でもさ、本当なら今頃…』
「仕方ないさ、ほらななし口を開けて」

ふぅ、と落ち込んでいると何処からか手のひらサイズの箱を取り出したロイが私の口に何かを運ぶ。

『!』

素直に口を開けてそれを受け入れるとすぐに来る甘みととろける感覚。
それがチョコレートだと直ぐに気づいて目を見開くと、それに対してロイが目を細める。

『…あまぁ…』

口の中に広がる甘みを大切に味わいながらそう呟く。

『いつの間にチョコレート買ってたの?凄く忙しそうにしてたのに』
「ななしも随分と忙しそうにしてるのを見てな、きっと店に行く余裕も無いだろうと思って隙を見て買ってきたんだよ」

ななしの事だから食べたがるだろうと思ってな。
とまた頭を撫でてくれる。

「今年のバレンタインは、私からと言うことで」
『私は何も用意出来てない…』
「ななしからは毎年貰っているからな、たまには私からでもいいだろう?」

そう言って笑ってくれるロイ。
ああ、その笑顔、凄く安心するなぁ…なんて思ったり。

『…じゃあ今年のホワイトデーは、私から贈るね!』
「ん、楽しみにしてるよ」

嬉しそうに微笑んだロイは、ふうーっと息を吐いてそのままベッドに倒れ込んだ。

『お疲れ様、ロイ』
「ななしもお疲れ様」

二人で笑い合って、触れるだけのキスを一つ。

「甘い香りだな」
『チョコ食べたからね』

そう言って笑うと、ふわりと笑ったロイからもう一度キスが贈られてくる。
…今度は大人のキスだ。

『ん、ぅ…』

静かな空間に響く水音と、自分のものとは思えないくらいの甘い声に頭がくらくらとする。
片方は恋人繋ぎで、もう片方は私の頭を優しく撫でてくれるロイ。

何だか凄く大切に扱われている気がしてドキドキが鳴り止まない。

「はぁ…したいな」

キスの合間に聞こえたその呟きに胸がきゅんと疼いて、喉がゴクリと勝手に動いた。

『…明日、家に帰ったらね?』
「ん…自宅だったら、今すぐにでも可愛がっているのに」

私の頬に優しく触れるその手はとても熱くて。
ロイの瞳の奥に揺れる熱を感じ取った私は、何だか恥ずかしくなってそっと目を逸らす。

その情熱的な視線に、体がまるでチョコレートの様に溶けてしまいそう……なんて、馬鹿みたいな事を考えてしまった。





2020/02/15