クリスマスで色付く街。
キラキラとしたオーナメントで飾られた植木や看板がそこら中にあって、そこを通る子供達の目はキラキラと輝いている。

私達も今日ばかりは早めに仕事を切り上げて、それぞれ好きなように過ごす…………予定、だったのだけど。

「中尉、最終確認してもらってもいーっスか」
「どれかしら…………うん、ちゃんと出来てるわ」
「あ、フュリー曹長のそれ、間違えていますよ」
「え?あ、本当だ……!」
「ん…?おい、お前これ!まだ手ぇ付けてねぇやつこっそり回すんじゃねぇよ!」
「げ、バレた」
「ブレダ少尉、ハボック少尉。口だけを動かす暇があるならその分手を動かして」


…とまあ、この通り。
私達はクリスマスを考える余裕もない程に追い詰められていた。

『…終わらない、』

目の前の書類達を見て頭を抱える。
分担しても一人50枚はあるであろうその書類は、誰もがため息を漏らす程。

「これ本当にあと2時間で終わるんですか…」
「終わらせる他無いわ」
「時間以内に終わらなかった場合、どうなるんスか」
『想像もしたくないよ…』

この書類の山は、そのどれもが3日程前のもの。
何かしらの事件の調査報告書、合同訓練の同意書、仕事引き継ぎのサイン…………どれを見ても、本来ならば直ぐに片付けなくてはならないものだ。
それを溜め込んでしまっていたせいで、私達は今こうして慌てて仕事を捌いているのだけど……その理由は

「すまん、まさかこうなるとは思ってなくてな」

ははは、と笑いながらも焦ったように手を動かすロイ。
…そう、これは全てロイが溜め込んだ書類なのだ。

「つーかどうやったら3日4日でこんだけ溜まるんスか……」
「いや…ほら、ははは」
「はぁ……」

私の横でリザがため息を一つ。

「色々な女性とデートや長電話ばかりしているから…」
「いやいや中尉、それもこれも全部大事な事でだな…」
『…ふぅん』
「ななし?どうして顔をそらすんだ…!」
『もうこのまま出来ませんでしたーって謝って、素直にアームストロング少佐の所へ行ったら良いのに』
「か、勘弁してくれ……」

アームストロング少佐。
そう、それこそが今私達が慌てて仕事をしている最大の理由なのだ。

普段から最も重要な仕事以外は後回しにしてきたロイ。
重要なものはキチンとやっていたから、上から特に注意される事は無かったけれどロイと近い階級の方々はそうじゃなくて。
同意書やらサインやらを求めても直ぐに帰ってくることはほぼ無いし、求めに来ると大抵誰かと電話してたり、うたた寝してたり。

そんな日々が続いていたけど、暫く我慢していた人達もそろそろ我慢の限界だったようで食堂で愚痴を溢していたらしく。
それをたまたま近くで聞いていたアームストロング少佐が立ち上がり。

『"この書類全てを今日の午後9時迄に片付けておかなければ、次の休み丸一日アームストロング少佐と行動を共にし、少佐の勤勉さを見習ってもらう"…だっけ』
「少佐も結構滅茶苦茶言うよなぁ、折角の休みに一緒に行動とか」
「何処に連れていかれるんでしょう…?」
『そう言えばさっきすれ違った時……レッツ筋肉!ふぬぅ!…とか言って上半身裸でポーズ取ってた』
「大佐もやる事になったりして!」

フュリーは冗談ぽくそう言って笑うけど、当の本人は汗だらだらで笑顔がひきつっている。

『…ロイが上半身裸でマッスルポーズ…』
「何がなんでも片付けるぞ、そんなむさ苦しい事あってはならない」
「マッスル…ぷっ、似合わな……」
「こらそこ!笑うな!」
「本当に嫌なら手を動かしてください」

リザが冷たい視線を向けて静かに一言。
……皆黙って手を動かし始めた。

さて、私も続きをやろうかな。

頬を軽く叩いた私は、ロイの為に書類の山へと手を伸ばした。






『んー!おわっ……たぁー!』

ぐぐぐ…と体を伸ばす。
目の前には見事に片付けられた書類の山。
周りの皆はぐったりと椅子にもたれ掛かって脱力している。
時計を確認すると時刻は午後8時45分、締め切り15分前だった。

「ギリッギリでしたね…」
「あー、つかれた……」
「これ残業代出るんですか……」

それぞれがげっそりと息を吐く。

「私の為に遅くまでありがとう!これで私の休日は守られた!」
「なーんか必死だったから考えもしなかったんスけど、これ自分達に何のメリットもないっスよね」
「あっ…確かに」
「ははは!本当にありがとう!」

くそっ!よく考えてからやるべきだった!と嘆くハボックをぼんやり見ていると、自分の肩を揉むリザが視界の端に写った。

『大丈夫?ごめんね、ロイの為に…』
「いいえ、大丈夫よ。それにななしが謝ることじゃ無いでしょう?」
『そうだけど…あっそうだ!』

大声で立ち上がって、自分の荷物をガサゴソと漁る。
集まる視線の中取り出したのは…

『じゃじゃーん!』
「ココアと…マシュマロ?」

そう、ココアの粉末と大きめのマシュマロだ。

『今日はクリスマスだからって何となく持ってきてたんだよねぇ、これ!』

そう言いながら、執務室の端に常備されているポットへと足を運ぶ。
全員のマグカップにココアの粉末を入れて、お湯を注いで…最後にマシュマロを浮かべて。

トレーに乗せて一人一人に配る。
最後に自分の分を持って。

『クリスマス、もう終わっちゃうけど……これがクリスマスケーキって事で!皆で飲もうよ!』
「ケーキっつーか、どう見てもココアだが」
『もー!良いの、細かいことは!ね、リザ!』
「ふふ…そうね。甘いものは疲れた体に良いし、随分と働かせてしまった頭を労る為にも頂きましょうか」

うん!と元気よく返事をしてマグカップを前に出す。

『それじゃあー…メリークリスマス!』

私の声に続いて皆乾杯してくれて、それぞれマグカップに口をつける。
わいわいと色々な話をしながらココアを飲んで、笑って。
疲れたけど、何だかんだ楽しかったし皆とこうして笑えるの…凄く良いなぁ、と心がぽかぽか温かくなった。





「さて、そろそろ私達も帰ろうか」
『うん』

時刻は午後11時。
執務室に残るは私とロイだけになっていた。

あの後、9時ぴったりに執務室へ来たアームストロング少佐にもココアを渡して、話し込んでいたらあっという間に時間は過ぎてしまって。
流石にそろそろ帰ろうと皆それぞれ帰宅していって、あっという間に二人きり。

さっきまで騒がしかった執務室をボケーっと見つめる。
ああ、楽しかったなぁ……

「ななし」
『ん…?、わっ!?』

さっきまでの出来事を思い出していると、ロイの声と共に目の前が暗くなる。
ロイに抱きしめられているのだと直ぐに気付いて背中に手を回した。

「はー…やっと二人きりだ」
『今日はお疲れ様です』
「ななしも」
『…今度からは、仕事溜めないようにね?』
「善処するよ…」
『ふふ、』

分かった。でもなく、努力する。でもなく、善処する。
ロイらしいその返しに思わず笑ってしまう。
絶対また溜め込んじゃうんだろうなぁ、なんて思ったり。

「クリスマス、何にも出来なかったな」
『でも楽しかったよ!皆でわいわい!』
「私はななしと二人でイチャイチャしたかったなぁ」
『う、そりゃ私だって…二人でイチャイチャもしたかったけど』

というか、本来だったらその予定だったし。
そう呟くと私を抱きしめる手に力が入るのを感じた。

「まだ、少し時間あるから」
『…え?』

耳元で聞こえたその声に驚いてロイを見上げる。
思っていたよりも近くにロイの顔があって、目を見張った。
そんな私の表情が面白かったのか、ふ、と笑ったロイは私にキスを1つ落とす。

『ここ、執務室…!』
「帰ってる時間が惜しいなあと思って」
『だ、だからってここで、その…!』
「ふは、凄い慌てようだな。別にここでそういう事しようとか思ってないよ」
『えっ、あ…そ、そうだよね!』

かあーっと顔が熱くなってそれを隠す様にロイの胸へと顔をうずめる。
何を考えていたんだ、私は!と恥ずかしさに埋もれていると、ロイが私の髪を掻き分けて首筋に唇寄せた。
ちゅ、と優しく触れるだけのキス。
ぴくりと震えた体にロイが笑う。

「そういう事もしたいけど、それは家に帰ってからだな」
『ぅ、え…!?』
「はは、良い反応」
『な、何からかって…ん、』

驚いて顔を上げれば意地悪な顔したロイからのキスが降ってくる。
さっきよりも優しいけど、何回も何回も…休む暇もなく重ねられる唇。

『ん……は、…』

酸素不足なのか、はたまた甘い熱にやられたのか意識がふわふわとしていく。
自分の頬が凄く熱くて、どきどきと心臓がうるさい。

「…ななし」
『ん、』
「好きだよ」

文字通り目と鼻の先で、優しい顔のロイがそう笑う。

『…私だって、好き』

そう言って、ロイの首に手を回して自分からキスを贈る。
大胆だったかもしれないその行為に少し恥ずかしさを覚えて下を向こうとしたけれど、そうはさせないと言わんばかりにロイの片手が私の頬に触れた。

『ん……ん、ぅ、』
「………家まで持つかな」

キスの合間に聞こえたそんな言葉に全身が熱くなる。

『…持たせないと、だめ』

ここでしたら暫くしないからね、と言ってみるとロイは困ったように笑った。
善処する、なんて言ってまたキスの嵐。

だけど私の体に触れるロイの手が段々と変わってきて、それに合わせてキスも深くなっていった。

『ん、んぅ、……は、』
「…ふ、……やっぱり今すぐにでも家に帰って抱きしめたい、なんて言ったら笑う?」

私を見つめるロイは、随分と余裕の無い表情でぎらぎらと熱い瞳をしている。
珍しい、と思ったけれどそれは私も同じみたいで。

『…私も、すぐ家に…帰りたい、気分かも』

言葉を詰まらせながらそう伝えた。

明日になったらきっと、今日の事を思い出して恥ずかしくなってしまうんだろうな。
そんな少し先の未来を考えながら、ロイの唇に触れた。




2019/12/25