今日は色々とついていない日だ。
朝は二人仲良く寝坊してしまって遅刻ギリギリだったし、執務室に着くまでに三回は躓いた。
お昼は仕事が間に合わなくて食べ損ねたし、会議に行ったロイを迎えに行った時盛大にお腹が鳴って、周りの上官達に聞かれて恥ずかしかったし。

そんな日だったから、きっと家に帰るまでにまた何かありそうだな…とは思ってた。
思ってたけど……

『雨なんて聞いてないよー!』

自宅の玄関に立つ大人二人。
足元には大きな水溜まりが出来ていて、未だポタポタと垂れ続けている。

「確か今日は快晴の予報だった筈だが…」
『うう、ついてなさすぎる…』

はぁ、と肩を落とす。
折角二人一緒に早く帰ってこれたのに、そういう日に限ってこんなので。

あーあ、本当ならロイとオムライスを食べに行って雑貨屋さんを見て回って、お揃いのマグカップを新調しようと思ってたのに。
こんなずぶ濡れじゃあお店に入れないし、結果お家に帰ってくるしかなくて。

『はあ…楽しみだったのになぁ…』

そう言って何度目かのため息を溢すと、ロイは少し困ったように笑って私の頭を撫でた。

「ま、こういう事もあるさ。オムライスとマグカップは、また日を改めてだな」
『…ん、』

誰にも見せないような優しい顔でそう笑いかけてくれるから、それに対しての優越感みたいなのが胸をいっぱいにして。
結果的に、まあいいか…って考える事が出来たり。
でもやっぱり楽しいデートに思いを馳せてしまって、どうにか二人でまったりイチャイチャ出来ないかな…と考えた結果、ある事を思い付いてロイを見上げた。

『…じゃあ、デート出来なかった代わりに…』




ポチャ、と蛇口から水が垂れた。

ミルクを溶かしたみたいに白くて甘い香りのお湯に深く浸かる。
何も纏っていないお腹に触れる大きな手。
首筋にかかる吐息。

「…自分から誘ってきたのに、随分と緊張してるみたいだな…耳が真っ赤だぞ」
『そ…りゃ、照れるものは照れるの』

ふ、と笑う声が首にかかる。
二人ともずぶ濡れだったし、デートの代わりと言うことで…と私から誘ったお風呂。
ロイとは過去にも何度か入った事はあるけれど、それでもお互い何も身に付けていない状態というのは、中々慣れるものではなくて。

恥ずかしさを紛らす為に、ひたすらお湯を指でちゃぷちゃぷとしていると、後ろで笑うロイ。

「もっと慣れてくれれば、毎日一緒に入れるのになぁ」
『まっ毎日は無理!!』




ブオー…とドライヤーの大きな音を聞きながら、ロイの髪の毛を丁寧に乾かしていく。
風に乗って此方に来る匂いは、当然だけど私の髪の毛と同じ匂いで。
同じ匂いって良いなぁ…なんて頬を緩めながら、優しくロイの髪に触れる。

『いっつも思うんだけど』
「んー?」
『ロイの髪って見た目よりもさらさらだよね』
「そうか?気にした事が無かったな」

ドライヤーの音に負けないようにいつもより少し大きな声で会話をする。
羨ましいな〜なんて呟いてドライヤーの風に揺れる黒い髪をじっと見つめた。

「ななし、ちょっと熱い」
『あ、ごめん!さらさらだから、つい見つめちゃって…ほい、乾いたよ』
「ん、ありがとう。じゃあ次はななしの番だな」

今度は私がソファに座って、ロイが後ろに立つ。

『髪長いから、少し時間掛かると思うけど…』
「かまわないさ」

カチっとスイッチを押す音に続いて、ブオーと気持ちのいい風が髪を揺らす。
ロイの大きい手が私の髪の毛をとても優しく扱ってくれて、それが驚くほどに気持ちよくてゆっくりと目を閉じた。

「ななしの髪はふわっとしてるな、ずっと触っていられる」
『毎日お手入れしてますから!』
「なるほど、努力の結晶って事か」
『そうそう!』

それから会話は途切れてしまったけれど、何も話さずにただドライヤーの音だけが響くその時間は、思ったよりもとても穏やかな気持ちになるもので。
後ろに立ってるロイには見えないからって、にやける顔を抑えることもせずに幸せを噛みしめた。



お風呂に入って、髪も乾かして。
やっと一息ついた私達は、湯気の立つマグカップに口を付ける。

『ふはー…たまにはコーヒーも良いよね』
「随分と甘くしたそれは果たしてコーヒーと呼べるのか」
『う、いいの!呼べるの!どんなに甘くてもベースはコーヒーだし!』
「子供舌だなぁ」
『な、何だとー!?』



『それでね、レベッカったらリザと…………ロイ?』

マグカップの中のコーヒーも少なくなってきた頃、ロイの声がはたと聞こえなくなって横を見てみれば、すっかり目を閉じて小さく息を漏らす彼の姿があった。

ロイが私よりも先に眠ってしまうのは本当に本当に珍しくて、仕事疲れかな、と思うと起こすのも気が引けて。
体を冷やさないように、一緒に掛けていたブランケットをロイの胸へ引っ張り上げる。

…起きている時よりも幼い印象の寝顔。
ちょっとだけだらしない口元。
普段とは違うその可愛らしい姿ににやけてしまいそうになる。

『……ふふ、』

マグカップに残っているコーヒーを一気に飲み干して小さく笑った。
今、この甘くて暖かくて幸せな時間を知っているのは、感じているのは私だけ。
そう考えたら今日あったついてない事全てがどうでも良く思えて。

たまにはついてない日もいいなぁって、思っちゃったんだ。




2019/12/24