『ハロウィンパーティー?』 ガヤガヤと騒がしい食堂で確かに聞こえたその単語に、思わずそう聞き返す。 目の前に居るヒューズさんはホウレン草のキッシュを一口食べてから、どういう原理か分からないけどキラーンと眼鏡を光らせた。 「そう!季節はもう秋になる!そして数日後に控えているもの…それはハロウィン!うちは毎年ハロウィンパーティーを家族でしていてな、今年も家族だけの予定だったんだが…」 早口でそう説明したヒューズさんは、ふう、と呼吸を整えてから持っていたフォークをクルクルと動かす。 「エリシアが、どうしてもななしと一緒に魔女の服を着たいと言い出してな……」 『わ、私とですか?魔女…』 「ななし側にも予定ってモンがあるだろって言い聞かせてみたんだがな…中々諦めてくれなくてよぉ…最終的には、ロイお兄さんも来てって」 「、んぐ」 私の横で話に参加せず珈琲を飲みながら新聞を見ていたロイは、急な振りに驚いたのか珈琲が気管に入ってしまったようで小さく咳をした。 そんな姿にヒューズさんが笑って、それが気に食わなかったのかロイはじとりとした視線をヒューズさんに向けた。 「何故私まで…」 「エリシア曰く……お姉ちゃんは、すんごーく可愛いけどお兄さんがいるともっと可愛くなるから…きっと可愛い魔女さんになるの!……てな感じでな?」 『それはどういう…?』 可愛いと思ってくれているのは凄く嬉しいことなんだけど、ロイが居るともっと可愛くなる…とは。 うーん…と首を傾げると、まぁ本人は分からねぇもんだよな、うんうん…と何度も頷くヒューズさん。 横を見ると、表情こそ変わらないものの何だか嬉しそうなロイが珈琲を飲んでいて余計に分からない。 「と言うわけで、どうだ!来てくれないか」 『わ、私なんかでよければ是非!』 「いやいや、お前さんがいいんだ!助かる!じゃあ当日の夕方、二人で来てくれ!」 「…私への確認は無いのか」 「何だよ〜ロイも来るだろ?魔女姿のななし見たいだろ?」 「……」 「よーし、決まりだな!二人とも当日は宜しく!」 そう言って片手を上げたヒューズさんはいつの間にか食べ終わっていたご飯のトレーを持って席を立った。 『…ロイ、そんなに私の仮装が見たいの?』 「……」 『ロイ?おーい、ロー……いたっ』 答えてくれないので執拗に名前を呼んでいると、すっかり油断していた所にデコピンされて驚いて体が揺れる。 両手で額を隠してロイを見れば、それはそれは面白そうに笑っていて。 『ひ、酷いんだー!』 「ななしの魔女姿を想像させるような発言をする方が悪い」 『……そ、それはどういう…うひゃっ』 ロイの手が太ももに触れて、撫で方で大方の想像がついて顔が一気に熱くなる。 『きょ、今日は何だか元気無いのかな〜ってちょっと心配してたのに…!』 「私はいつでも元気だよ、特に…」 『い、言わなくて良いから!!』 「当日、楽しみだな」 『…ま、まあ…』 多分、私とロイとじゃ楽しみにしている部分が違うとは思うけど……それでも当日が楽しみなのには変わり無くて小さく頷いた。 そしてパーティーまでの日々はすぐに駆け抜けていってあっという間に当日の朝。 『うぅ…寒い、早く夕方にならないかなぁ』 「夕方も冷えると思うが…」 薄手のマフラーに顔をうずめて歩く。 ロイが笑ってるような気もするけど、寒くて顔を上げられないので気付かないふりをしよう。 『でね、そのお花屋さんで偶然会ったファルマンと花について話してたら、アームストロング少佐が入ってきて……わ!?』 「何だ…!?」 何て事ない雑談をしながら歩いていると、すぐ横の茂みから凄い強い光が漏れてきてそれに目が眩んだ。 驚いて少し体のバランスを崩したけど、ロイが支えてくれて何とか立て直す。 こんな人通りの無い所で怪しさ満点に輝いたそこを二人でじっと見つめる。 ロイの手がポケットに入っているのを見るに、場合によっては発火布をつけて錬金術を使うつもりなのだろう。 万が一の為に私も…と直ぐに錬金術を使えるように構えていると、ガサガサと茂みが揺れてそこから…… 「んぱーーー!!」 『…え!?』 「……子供か」 出てきたのは、見る限りまだまだ小さい女の子と男の子で。 服に付いた葉っぱをパンパンと払って周りをキョロキョロと見渡す。 「あれ?ここ…どこだろ」 どうやら道に迷っているらしい…? 目の前の私たちに気付く様子も無いくらい戸惑っているみたいで、その隙にロイが例の茂みを念のためにと調べて戻ってくる。 『何かあった?』 「光る様な物も、何かの錬成陣も無かった」 『え?』 子供たちは見るからに手ぶらで何も持っていそうに無い。 じゃあ何が光ったんだろう…?と二人で考えていると、女の子の方がやっと私たちに気づいたようで。 「ママ!パパ!」 『え、わっ!』 可愛らしい顔を目一杯明るくして抱きついてきた女の子に目を丸くする。 今、聞き間違いでなければ… 「ななし…こ、これは…」 『えっい、いやこっちが聞きたい…ってなにその顔!まって、私だけじゃなくてロイだってパパって呼ばれてたから!』 信じられないものを見るような顔のロイに慌ててそう言えば、それもそうか、と妙に落ち着いたようで。 「悪いが私達は君達のご両親じゃなくてな」 『…さっき取り乱してた癖に』 「……」 「…おねぇちゃん、ママもパパもちょっと違う…」 「ちがうー?たしかに…でもママとパパだよ?」 『ねぇ、君達何処から来たのかな』 「ママ」 子供達と視線を合わせるようにしてそう聞いてみれば、二人の戸惑った様な視線が集まった。 お母さんと勘違いするほど私と似ているのだろうか…ちょっと気になる。 「パパ…なんさい?」 「私は君達のパパでは……29だが、」 「えー!?じゃあねじゃあね、もっと質問してもいい?」 「えっ?あ、ああ…」 何だかよく分からない所で子供のスイッチが入ったらしい。 ロイを囲んで何やら質問攻めをしていて、私はぽつんと置き去りにされてしまった。 それにしても、ロイが子供相手に戸惑ってるの…何だか見ていて楽しいかも。 「ふんふん、よぉーく分かりました!ふしぎな事もあるものだねぇ…」 「ん…」 手を腰に当ててうんうんと頷く女の子と、私に抱きついて離れない男の子。 ロイに質問攻めしたあと、子供二人は何かを理解したみたいで。 『は、話が読めないんだけど……と、取り敢えず保護者の方を見つけないと』 「そうだな」 「やだ…!」 『わっ』 保護者を見つけるべく立ち上がろうとしたけど、更に強く抱きしめてきた男の子に引きとめられる。 「いっしょに、いたい……」 うるうるとした目で、そう訴える男の子は何処と無くロイに似ていて……何だか胸の奥がきゅーんとしてしまう。 だからと言って、一緒に居るわけにもいかなくて。 『でも、ご両親が心配してると思うから…』 「あっあのね!わたしたちね、ママたちに言われてきたの!」 『え?』 さっきまで私たちを両親だと勘違いしていた女の子が突然そう言うものだから、ロイと二人で顔を見合わせた。 どういうこと? いや…分からん と、目線で会話して女の子達に視線を戻す。 「ママたちね、お姉さんたちと同じ服着ててね」 『同じ服…?』 「軍の者か」 「そう!その、ぐん?にお仕事しに行ってて……それでママたちが、一日だけ遠くに行くからお姉さんたちのところに行ってなさいって」 『君たちのママとパパがそう言ったの?』 「うん!」 …私達にヒューズさん以外でこのくらいの子供の居る知り合いが居ただろうか? しかも夫婦揃って司令部勤務…… 『誰か分かる?』 「いや…知り合いに居たとしても、子供を預けられる程の仲の者は居ないな」 『だよね…?』 うーん、どうしたものか。 二人で黙っていると、女の子がそうだ!と手を合わせる。 「わたしたちね、お姉さんたちのこといっぱい知ってるよ!えっとね…ココアがだぁいすきなななしお姉さんと、ななしお姉さんが一番大好きなロイお兄さん!」 『え』 「お姉さんもロイお兄さんが大好きで、二人ともとってもなかよし!おうちで沢山ちゅうするのー!」 『え、ええ!?あ、あの…!』 「何で知ってるんだ」 『な、何でそんなに冷静なの…!?』 「おうちの場所も知ってるよ!ここまっすぐ行ってねー」 女の子が説明した道は、確かに私達の家までの道のりで。 私達の知り合いが両親だというのはどうやら本当らしい。 『でも…どうしよう』 「仕方ない、連れていくしかないだろ」 『…良いのかな、誘拐とかにならない?』 「本当に司令部勤務なら子供達と知り合いの奴が一人くらい居てもおかしくないし、子供達以外此処には誰も居なかった。これは保護扱いになるだろう」 『あ、そっか!』 確かにロイの言う通りだ。 子供だけを残して置いてなんていけないし、その方が早く保護者が見つかるかもしれない。 『じゃあ…お姉さん達と行こっか!』 「うん!ロイお兄さん抱っこしてー!」 「ぼく、お姉さんがいい……」 『まさか子供を抱えて出勤する日が来るとは…』 「まあこれも未来への経験になるな」 『未来……み、未来!?』 「ふは、真っ赤になってるぞ」 絶対皆にからかわれるんだろうなぁ。 だって既に、通り過ぎる店主さんの何人かには間違えられてしまったし。 『ヒューズさん飛んできそう…』 「ああ…想像は容易いな」 絶対に笑われる未来を想像しながら、子供を抱いている手に力を込めた。 2019/10/30 |