『うー…』 ズキズキと痛む頭を抑えて机に突っ伏す。 執務室の窓から見える景色は、降り続ける雨によって霞んでいた。 「おーい、大丈夫か?」 『う…だい、じょうぶー』 小さく唸り続けている私を見かねたハボックがそう声を掛けてくれたけど、痛む頭を動かす余裕も無く机に向かってため息を吐いた。 「急な天候の変化に体が付いていけてないのかしら」 「あーたまにありますよね!」 『何でだろう、いつもは平気なのに…』 なでなでと優しく頭を撫でていてくれるリザの温もりに心を落ち着かせる。 優しくて暖かい…。 「それにしても、大佐が居ない時に限ってこんな事になるなんてなぁ」 『今ロイは関係無いし…』 「大佐が居てくれたら、ななしも少しは元気になるのにね」 『リザまで私をからかうの…!』 お昼も過ぎた頃に重要会議を控えていたロイは、かれこれ二時間帰ってきてないし、それを良いことに、ハボックなんてずっとタバコを吸っている。 ロイは居ないし、私はこんなだし、ハボックもサボってるし遂にはリザまでもが私をからかい始めて…… 『もう駄目だぁー…』 「大佐でも呼んでくるか?」 『…ハボックが二時間仕事サボってタバコ吸ってた事、後で言っちゃうから』 「げっ」 『そんな事より、仕事しなくちゃ…』 痛む頭を片手で抑えながらゆっくり起き上がると、リザが心配そうにしているのが目の端に映って。 「あと少しじゃない、これくらい私がやるわよ」 『駄目だよ、リザの仕事が増えちゃう。只でさえロイとハボックで大変なのに』 「何で俺が含まれてるんだよ」 「大丈夫よ、ななし。ハボック少尉には後できっちりと指導をするし、サボっている分は明日のお昼迄に全部自分でやらせるから」 「…」 その言葉に顔を青くしたハボックは、タバコを携帯灰皿に押し付けて慌ただしく書類を纏め始めた。 …多分、指導っていう言葉に怯えてるんだろうな…とフュリーがブラックハヤテ号を拾ってきた日を思い出す。 まあ何にせよハボックも仕事を再開させたことだし、私も頑張らないと。 そう思ってペン立てからボールペンを取り出そうと手を伸ばした所で、リザの手が私を止めた。 「無理するとその分治りが悪くなるから」 『でも』 「私の心配ならしなくて大丈夫、書類が数枚増えたくらいで困ったりしないわ」 「じゃあ俺の分も少し…」 「少尉はサボっていた分、全部自分で片付ける事」 「……ですよね」 「ほら、ななし」 優しく手を差し出してくれるリザを、何だかんだいっつも手伝わせてしまっている気がして。 …だけどリザの言う通り、このまま意地を張っててもしょうがないのも分かっている。 目の前の書類を睨みながら悩んでいると、リザじゃない見覚えのある少し大きな手が私の後ろから書類を取った。 「これは私がやるよ」 『ロイ…!』 「会議、随分と長引いていましたね」 「開始30分は真面目にしていたんだがな、気付いたらくだらない世間話になっていてこんな時間だ」 「あら…それはお疲れ様です」 何が重要会議だ井戸端会議に改名しろ、とぶつぶつ言っているロイをじーっと見つめる。 いや、正確にはロイが持っている私の担当する書類を見つめた。 「…そんなに見つめても返さないぞ」 『でもあと少しで終わるんだよ、私の仕事は私がやらなくちゃ』 「その言葉、少尉に聞かせたいわね」 「ちょっ…やめてくださいよ中尉!聞いてるしちゃんとやってますから!」 くすりと笑うリザ。 サボってたって報告しないあたり、本当にリザは優しい女性だなぁ……私ならからかわれた腹いせに言っちゃいそうだもの。 まあそれどころじゃないし、言わないけれど… 「ほら、」 『ん、え?』 唐突にロイが手を出してきて、私の手のひらに何か小さいものを置く。 それは、医務室でよく見る頭痛薬で。 『え?』 「会議室の窓から雨が降りだすのが見えてな、ななしが偏頭痛起こしていたら大変だと思って何となく医務室に寄ったんだ」 「大佐すご…」 ぽそりと呟かれたハボックのその言葉に心の中で大きく頷く。 何で分かったんだろう、そう思っていると頭を優しく撫でられた。 見上げればロイが凄く優しい顔で笑ってて、きゅんと胸が締め付けられる。 「ま、ななしを愛している私ならこんな事朝飯前だな!愛の電波をビビっと…」 「うわー…そのセリフで全部台無しっすよ」 「なんだと!」 「黙っていた方が好感度は上がりますよね」 「中尉まで…!」 『ふふ、あはは!』 ロイが帰ってきた事によって明るく騒がしくなる空気が心地よくて、目の前で繰り広げられる光景が楽しくて。 頭痛も忘れた私は一頻り笑った後、残りの仕事をロイに甘えることにして薬を飲んだ。 「…あーらま、ななし寝ちゃいましたね」 「鎮静成分が入っているからな、眠くなるのも仕方ないだろう」 「どうします?仮眠室に連れていった方が…」 「そうしたいのは山々だが、ななしが起きた後が大変だ」 「あー…寝ちゃった挙げ句、運んでもらっちゃった!ってな感じに大慌てして謝り倒しそうっすね」 「まあどこに居ても大慌てするとは思うが、此処なら少しはマシだろう。それに…ここからななしの可愛らしい寝顔を見る事が出来て私の仕事も捗る」 「大佐、それならこの書類も…」 「ぐ…」 「……と言いたい所ですが、止めておきます。ななしを長い時間あの体制で寝かせるのは可哀想ですから」 「……さて、さっさと片付けよう」 2019/10/07 |