ななしから甘い香りがする。
…いや、彼女はいつだって良い香りに包まれているのだが。
最近、普段とは違った別の香りがするのだ。
近寄った時、抱きしめた時…キスをする時。

ななしとのスキンシップで必ずするその香りの正体は一体何なのだろうか。
そんな小さな悩みも、今隣に居る彼女の行動で直ぐに分かった。

「…リップクリームか」
『ん?』

その正体は実に簡単なもので、彼女の可愛らしい唇に優しく触れているリップクリームの香りだったようだ。

『あ、この香り好きじゃない?』

じっと見つめていた事で、勘違いした様子のななしが申し訳なさそうにリップのキャップを閉めた。

「いや、嫌いじゃないよ。ただ最近ななしから甘い香りがするな、と不思議に思っていたからな」
『あ、なるほど!これね、一週間くらい前に露店で見つけて…良い香りだったから、つい買っちゃったんだ!』

ずい、と目の前に突き出されたそのリップをまじまじと見る。
バニラの香りと書かれているそのパッケージを見てなるほど甘いわけだ、と納得して。

『良い香りすぎて、つい舐めたくなっちゃうんだよね』
「子供か」
『だって!美味しそうな香りでしょ?』

そう言って、ん!と唇を尖らせるななしに思わず固まれば、はっとした様子のななしが咄嗟に口を手で覆った。

『ご、ごめ、』

一瞬にして顔を赤くしたななしはこっち、とキャップを開けたリップを差し出してきて。

「…最初の方がいいなぁ」
『だ、だめ!忘れて!』

そう言ってあわあわと恥ずかしがるななしの姿にくすりと笑ってしまった。
ああ、本当に。
不思議なほどに可愛らしくてたまらない。

恥ずかしそうに頬を染めているななしに近づいて、口を隠している手もリップを差し出している手も優しく掴んで退けた。

『や、ロイ…!あの、』
「ななし」
『っ、』

戸惑って体を捩るななしの名前を優しく呼べば、びくりと体を固まらせて。
面白いほどに顔を赤くしていくななしが堪らなく愛しくて。

「…ななしに似合う、可愛らしい香りだな」
『ん、』

思ったことを素直に囁いて唇を重ねる。
ななしの手がぴくりと震えて、私の手をぎゅっと握り返して来た。

「あー…」
『ん…?』
「君は本当…私の心を掴んで離さないな、」
『な、何言って、んぅ、』

キスを何度も繰り返しながら手を絡めて、所謂恋人繋ぎをすればななしの手に力が入るのを感じて。

『ん……ふ、』

目尻にうっすらと涙を浮かべながらキスを受け入れるななしの姿に、胸が痛いほど締め付けられる感覚に陥る。
ふと彼女の優しい香りと共にバニラの香りがして。
ああやっぱり彼女に似合う香りだ、と行為を深めていった。




2019/07/02