『え?ロイ、東方司令部に行くの?』
「ああ、グラマン中将に会って報告しなければいけないことがあるんだ」
『そうなんだ…』

私よりも遅く帰ってきたロイは、疲れた様子でソファーに座ると目を閉じてそう言ったきり何も喋らなくなって。
何となく音を立てずに横に座って、ロイの顔をじっと見る。

…うっすらとクマが出来てる。
最近のロイは何だか仕事が多い様で、あまり眠れていない日が多いみたいで。
寝ている私の横で最近、毎晩書類を覗き込んでいる彼の姿を知っている私は、ロイが無理をしないか心配でそっと手を握った。

『わ』

それに気づいたロイに引き寄せられてぎゅっと抱きしめられる。
驚いて顔を覗き込めば、目が合った瞬間に触れるだけのキスをされて突然の事で体が揺れた。

『ふ、不意打ち…』
「可愛い顔して覗き込むから」

くすりと笑ったロイは私の頭を優しく撫でてくれて。
それが気持ちよくて目を閉じればもう一度キスが一つ降ってきた。

「朝早くから向かうが、明日の夜には帰って来るよ」
『無理しちゃダメだよ?』
「私が無理をする様に見えるかな?」
『当たり前でしょ!本当は根っからの真面目さんなんだから!』

そう言ってじろりと視線を向ければ、ロイは嬉しそうに…だけど困ったように笑って私の首筋に顔を寄せる。
ロイの吐息が首筋にかかって、くすぐったさで身を捩ればロイは肩を揺らして笑って。

『今夜はお仕事せずにちゃんと寝てね』
「起きてたら?」
『私が寝かし付ける!』
「私が眠る前に眠りそうだな」
『なにをー!絶対に先に寝たりしないんだから!』

自信満々にそう言い放った私だけど、この後ロイよりも先に寝てしまった事は言うまでもない。






『いってらっしゃーい』

ぱたん、と閉じられた扉をじっと見つめる。
まだ薄暗い早朝だけど、ロイは少し大きめの荷物を持って東方司令部へと向かった。

ロイ曰く"早く行って早く帰ってくる"
だそうで…

『でも、グラマン中将の事だからチェスとかで引き留めるだろうなあ』

東方司令部勤務時代、よくチェスをする二人を見かけていた。
どうやらグラマン中将の方がチェスは上手いみたいだけど、それでもロイを誘っていると言うことはやってて楽しい何かがあるんだろう。

『…』

何だか静かだな。
じんわりと胸に込み上げてくる不思議な感覚、気持ち。
これは多分、寂しいという気持ちなのだろうけど。

『まあ一人で暮らしてた時と変わらないし』

だけど寂しいなんて思ってしまうのがなんだか恥ずかしくて。
強がりを口に出した私は、朝ごはんを食べるべくリビングへと向かった。

パンを咥えながら机にあった雑誌を何となく、パラリとめくってみるとそこには心引かれる記事が載っていて。
本当に、本当に。
無意識だったのだ。

『ね、ロイ…これ見て!………あ』

声を掛けても振り返っても誰も居ないのに、つい手招きまでしちゃって。
シンと静まり返ったこの空間には私しか居ないのに、誰にも見られていないその行動に顔を真っ赤にしてしまった。

私はその恥ずかしさを隠すかのように残りのパンを目一杯口に含んだ。





『やっとお昼だ……』

ほう、と空に向かってため息を吐く。
あれから仕事に来たのは良いものの、何度も何度も居ない筈のロイに話しかけてしまって。
その度にハボック達に大笑いされるし恥ずかしいし…午前中だけでドッと疲れた気がする。

本当は皆とお昼を食べようと思ってたんだけど、これ以上失敗して笑われるのも恥ずかしくて。
皆には適当な理由を付けて、一人で気晴らしに散歩に来たのだ…とは言っても、軍敷地内をぼんやり歩いているだけなのだけど。

「あ、少佐!お一人ですか?」
『ロス少尉』

後ろから声を掛けられて振り返れば、そこには何やら紙袋を持ったロス少尉が居た。

『あれ?まだお昼貰ってないの?』
「あ、いえ!私も軍曹も休憩中なのですが、アームストロング少佐が未だ仕事中なので……知り合いのお店で少佐へホットサンドを買ってきたんです」

そう言って照れ臭そうに笑うロス少尉。
普段はすぐ脱いで抱きついてくるアームストロング少佐から、セクハラだと逃げ回っているけれど少尉にとってはやっぱり大切な上司みたいで。

『少佐、きっと喜んで抱きついてくるね』
「それはセクハラなので逃げます」

キッパリと言い放ったロス少尉に思わず笑ってしまったけど、そのさっぱりとした所も彼女の良いところだなあ、なんて。

「じゃあ私はこれで」
『うん、ブロッシュ軍曹とアームストロング少佐に宜しくね!』


ぺこりと頭を下げて歩いていくロス少尉の背中をぼんやり見ていると、その奥から軍曹が来て少尉の荷物を全部持って二人で司令部の中へと消えていった。

『…仲良いなあ』

早朝の時みたく、突如一人になってしまった私はまたぽつんと立ち尽くして。
また寂しいような気持ちが込み上げてきて、思わず頭を左右に振った。

『一人になると駄目だ!戻ろう!』

またやらかせば大笑いされるだろうけど、皆と居る方が一人よりも何倍も気が紛れると判断した私は、足早に執務室へと向かう。
まあもう一人も慣れたし、大笑いなんてされないけどね!


…と思ってたのに。

「ぶはははは!」
『…』

戻って数分でロイの名前を呼んでしまって、ハボックが目の前で机を叩きながら大笑いする事となった。
ハボックだけじゃなくて、ブレダもファルマンも肩を震わせているし、リザとフュリーに関しては優しい笑顔を向けてくるし。

『そんなに笑う事じゃないのに!』
「きょ、今日何回目だと思ってるんだよ…ぶはっ」
『仕方ないの!習慣なの!』
「そうだよなあ…大佐といつも一緒だもんなあ」
「寂しくて仕方ないですよね!」
『っ…ブレダは兎も角フュリーまで…!』

ぷくりと頬を膨らませると、漸く落ち着いてきたハボックがぽそりと呟いた。

「これ大佐が知ったら大喜びだろうな」
『ぜ、絶対言っちゃ駄目だからね!言ったら最近出来た彼女にハボックの悪行を話してやる!』
「何で彼女の事知ってるんだよ!」
『この前、綺麗な女の人に花束渡してる所たまたま見ちゃった』
「いつの間に…!」
『ハボックって彼女出来ると花束渡しがちだよね』
「忘れろー!!」

私はこの日、初めて顔を真っ赤にして叫ぶハボックを見た。





仕事も無事に終わり、執務室の皆だけじゃなく司令部内のほとんどが帰ったと思われる時間。
外もすっかりと暗くなって、街明かりがキラキラとしている。
私は何だか帰る気になれなくて、ぼんやりと外を眺めていた。

今日は本当に騒がしい1日だったかもしれない。
ロイを何度も呼んじゃうし、大笑いされるしハボックは叫ぶし。
…けど、騒がしかったおかげで午後は時間が経つのがあっという間だった気がする。
皆に感謝だなあ。

窓の外を眺めていると、軍の前を通るカップルが一組。
仲良く手を繋いで歩いている。

…私ってこんなに寂しがりだったかな。

少なくとも昔は何とも思ってなかったし、一人は慣れてたんだけど。
私の中でロイは自分で思うよりも大きい存在だった様で。

て言うか1日離れてるだけでこんなのって本当に重症なんじゃないのかな。
どれだけロイの事好きなの、と一人で小さく笑った。

時刻はまだ7時。
きっとロイはまだ帰ってこないだろう。
こんなにも一人がつまらなかったなんて、昔の私は知らなかった。

『…寂しいなあ』
「早く帰ってきて正解だったみたいだな」
『えっ』

勢いよく後ろを振り返ると、そこには朝に会ったきりのロイが笑って立っていて。

なんでこんなに早いの、とか
今の聞いていたの、とか
そもそも何でここに居るの、とか

聞きたい事は沢山あったんだけど、それよりも先に体が勝手に動いてロイに抱きついた。

「熱いお出迎えだね」

嬉しそうにそう笑ったロイは、私を優しく抱きしめ返してくれて。
それが無性に嬉しくて、私はロイへと唇を寄せた。

もうあなた無しじゃ生きられない、なんて。
口が裂けても言えないけど。





2019/04/23