目の前にあるチョコレートケーキをぱくりと口に運ぶ。
口の中に広がった甘さを堪能しながら紅茶を一口。
…うん、やっぱり甘いモノには紅茶が合うなあ…なんて思いながら一息ついて目の前に視線を向ければ、何とも楽しそうなレベッカがこちらを見ていて。

『な、なに?』
「……ななしって小さいわよね」

その何気無い一言にピクリと反応すると、レベッカはしまったと言わんばかりに手を口に当てて黙る。
私はふう、と落ち着いてから一言。

『…人並みだし』
「う、うんそうね」
『執務室の皆が大きすぎて私が小さく見えるだけだし』
「あー、確かに長身揃いよね」
『まあフュリーはそうでもないけど…』
「…今のは私の心の中に仕舞っておくわ」

そう、ロイもハボックもブレダもファルマンも皆が皆長身なのだ。
だからこそ平均よりも少しあるはずの私が何だか小さく見えるんだろうけど、それは案外気にしている面でもあって。

『…リザも私より大きいよね』
「たった数センチじゃない」
『されど数センチだよ、重要なの!…もう、レベッカが変な事言うから気になってきちゃったじゃん』
「ごめんごめん!ほら、大好きなチョコレートケーキ食べて!ココアも追加する?」

そう言ってけして慌てる様子もなく笑顔で私にメニューを見せてくるレベッカをじろ、と見る。

『…楽しんでるでしょ』
「そんな事無いって!ほら、ココアは?」
『甘いケーキに甘い飲み物は胃もたれするし』
「……意外と考えて食べてるのね」

そう言って目を丸くしたレベッカを横目に、まだ堪能中だったケーキを一口。
柔らかい甘さが口いっぱいに広がって、ちょっと荒れていた私の心を癒してくれる。
思わず笑顔になれば、それを見ていたレベッカは頬杖を付いて笑っていて…何だか子供を見守る親みたいだ。

『……どうせ子供ですよ』
「何も言ってないけど!?」
『ふーんだ!』
「あら、ちょっと機嫌直ったみたいね」
『もう一回言っとくけど、私は平均よりも少し高いからね!皆が成長しすぎなの!』

そう言って紅茶に口を付ければ、レベッカは困ったように笑って自分の紅茶に口を付けた。

「……でね、その事なんだけど…ななしって大佐とよく一緒に居るでしょ?」
『まあ…恋人だし』
「そうね、それで良く二人の事を観察するんだけど」
『…観察?』
「ななしとマスタング大佐の体格差って結構凄いのよ!」

そう言って机を叩くレベッカに驚いて周りを見ればお客さんの視線がこちらに集中していて。
ペコペコと頭を下げてから、レベッカの方を向けばごめん!と手を合わせられた。

『もう……そう変わらないと思うけど』
「いーや、変わるのよ!ななしって良くも悪くも軍人じゃない体型してるでしょ?」
『良くも悪くも…』
「全く筋肉の付いていなそうな体で…て言うか筋肉無いんじゃない?ぷにぷにだもの」

そう言って私の腕をふにふにと触るレベッカが凄く真剣な目をしていて一瞬驚いたけど、直ぐ様掴んでいる手をぺしんと軽く叩く。

『…ぷにぷにで悪かったですね』
「やあね、誉め言葉なのに!私なんて見てよ、がっちがち!」
『私だってがっちがちにしたいし…』
「こんな柔らかくて弱そうなのに私より強い国家錬金術師なんてね」
『もー!さっきから誉めてるのか貶してるのか分かんないから!』

何が言いたいの!と少し怒ったフリをしてみせれば、レベッカは私の上半身をじっと見て意味深に頷いてきて、ますます何が言いたいのか分からない。

「ななし、彼シャツって知ってる?」
『彼シャツ…?』
「そう!知らなそうだから説明するわね、彼シャツって言うのは…彼氏の服を着ることよ!」
『……ロイの?』
「そう!普段彼が着ている服に纏われるとね、まるで彼に包まれてるみたいに…」
『…レベッカ、ちょっと気持ち悪い』

そう言ってじろりと視線を向ければ、レベッカは口をタコのようにして大人しくなった。

「失礼ね」
『だって』
「まあいいわ、取り敢えずななし!」
『ん?』
「あなたと大佐の体格差なら、ぶかぶかなワンランク上の彼シャツが可能なはず!」
『…んん?』
「そしてななしの話によれば大佐は帰りが遅いとの事!」

確かに、今日は私の方が早く帰るのだ。
なんでも外せない食事が入ってるとか何とかで、夕食もいらないと言われてしまった。
まあだからこそ、仕事終わりである今こうしてレベッカとケーキを食べに来ている訳なんだけど。

『……何が言いたいのよ』
「だーから!彼シャツをすれば、寂しさも紛れるんじゃ無いかなってね!」
『別に…寂しくないし』
「ななしって本当に変な所で意地っ張りね…」








『ただいまー…』

ふらりふらりと疲れた足取りで寝室のベッドへダイブする。
あの後、レベッカのレベッカによるレベッカの為の男性魅了百連発だか何だかを延々と披露された私は、もう何だか仕事よりもどっぷりと疲れていて。

はあー、と長めのため息を吐いてから目を閉じる。

『百連発って言って、本当に百個疲労されるとは…』

頭に浮かんでくるレベッカの色仕掛けの数々を思い出しつつ、小さく息を吸う。

チクチクと進む針の音や、外の木が風に揺れる音。
たまに通る人達の足音や声に耳を傾ける。

『んー…』

軍服のまま、ごろんと寝返りを打ってゆっくりと目を開いた。
いつもは二人で使っているベッドは一人だとあまりにも大きくて。
私以外の生活音が聞こえないのも珍しい事で。

『…レベッカが変な事言うから』

本当ならなんとも思っていなかった少しの間のお留守番。
それなのに、寂しいと感じてしまうのはきっと先程の会話があったから。

『……』

ちらりとクローゼットを見る。

"彼に包まれてるみたいに…"

そんな言葉を思い出してしまったのも、うずうずと疼いてしまっている心も全部…全部さっきの会話のせいなんだ。

『…明日絶対怒ってやる…』

私の脳内でピースを浮かべているレベッカにそう予告してから、起き上がった私はクローゼットに手を伸ばした。









…これは一体どういう状況なのだろうか。

食事を終えてようやく解放された時には、既に日付が変わる一歩手前で。
早く帰らなくてはななしが眠れないと足早に帰ってきたのは良いのだが、いつものように出迎えてくれる様子もなく。
珍しい事もあるものだな、と部屋の扉を開けたがそこに居ると予想していた彼女は何処にも居らず。

まさかと思い寝室まで来た私を待ち受けていたのは、布団も掛けずにベットの上ですやすやと眠るななしで。

「一人で眠れるなんて珍しいな…」

いつもだったら私が居ないと眠くても眠れないのに、と先ず一番に思ったのだがそれよりも重要な部分があって。

見間違いかと思い彼女の寝ている横に腰を掛けてよく見ても見間違いではなく。

「ななし、」
『…ん』

優しく声を掛ければ、眠りは浅かったようでゆっくりと目を開ける彼女。
ただいま、と頭を撫でれば寝ぼけた様子のななしは普段では見せないような顔で、おかえりと笑った。

『ねちゃってた…?』
「ああ、近づいても起きないくらいにはぐっすり」
『ありゃ』
「眠れた理由は、もしかしてこれかな」

そう言ってななしの着ている私の服を摘まめば、ななしは照れくさそうに笑って服の袖を口元へとやって。

『これ凄いね、ロイがずっと側に居てくれてるみたいで、ドキドキして…ふわふわして…眠くなっちゃった』

そんな可愛らしい事を言われて黙っていられる男は居るのだろうか。
いや、居ないだろう。

私は、着ていた軍服の上着を脱ぎさってから、ぎしりと音を立ててななしの上へと覆い被さった。

『ロイも寝るの…?』
「ななしと寝たいなあ」

そう言って唇を指でなぞる。
彼女の言う"寝る"と、私の言う"寝る"は大分意味が違うのだが彼女は満足そうに笑って私の首へと両手を回した。

『いいよ、寝よっか』
「え」

まさか彼女がそんな大胆に…?
と喉を鳴らしたのも束の間、ぐんと首を彼女の方へ引き寄せられてぴたりとくっつく様に抱きしめられる。

『いい夢見られそう…』
「…」
『ロイ?』
「いや…少し期待した自分が恥ずかしい」

はは、と乾いた笑みを浮かべた私を見て首を傾げるななしは、私の頭を優しく撫でて。

『服よりもロイの方が安心するね』

そんな事を言われたら、どうこうしよう何ていう考えは何処かへ消えてしまったようで、ぽすんとななしの横に体を預けた。

「今日の分明日相手してほしいな、その格好で」
『んー』
「……聞いてないな」

隣で既に眠りについてしまった様子の彼女を見て思わず笑ってしまった私は、立ち上がって彼女を抱き上げた。
我ながら器用に片手で布団を捲り上げてそこにななしをゆっくりと寝かせる。

『んー……ロイ…』

寝言でそんな事を言われたら嬉しいに決まっていて、私は一刻も早く彼女の隣へと行くために寝る準備を進めた。









『もう!レベッカのせいで寝ちゃった!恥ずかしい!』
「いたっ痛いって!朝一番に殴りに来て何の話よ!」
『…………でも幸せな夢とか見れたから、そこは感謝してる』
「だから何の話!?」





2019/03/26