午前中は仕事だったというのにも関わらず私服である私は、目の前の光景に思わず歓声にも似たため息を漏らした。

『凄い!すごいすごい!』

そう言って横に居るロイの服の裾を引っ張る。
彼も私と同じ様に私服であり、まるで休日かの様な装いだ。
そして私達の前に広がる光景…それは、可愛らしい色とりどりの花達の姿。
右を見ても左を見ても、奥を見ても何処もかしこも花だらけなここは、所謂"フラワーガーデン"と呼ばれているレジャー施設で。


何でここに来たかと言うと、私にもよく分からないのだが。
事の始まりは昨日の事。
ロイがイーストシティへと1日出張を命じられたのだ。

仕事内容自体はロイでなくても構わなかったそうなのだが、東方司令部時代のロイは市民に良い意味でも悪い意味でもかなり名の通っていた為、動きやすいだろうと判断が下ったらしい。
…そう、私は本来この時間セントラルで仕事のはずだった。

今日の早朝、突然ロイに軍服の他に私服を用意しろと言われて寝ぼけた私はそのまま言う通りに用意をし、そして目が覚めた時には既にイーストシティ。
驚いている私を引き連れて、仕事へと向かった訳なのだが。


『そもそも、何で私をイーストシティまで連れてきたの?』

花達を前にそう聞けば、ロイは笑って

「ここに来たかったんだよ」

と一言。

そこから話を聞くに、どうやら仕事内容を確認したところ本気を出せば二時間程度で終わるものだったらしく。
結果報告なども東方司令部へと送れば良かったのでそこまで時間はかからず。
おまけにその仕事が終わったら他に緊急な仕事が入らない限りそのまま仕事には戻らなくて良いそうで。

そして、この前セントラルでロイが個人的にお話しした女性からここのガーデンを聞いていたらしく、これはななしを連れ出さなくては…と決意したらしく。
上には難なく私の同行を許可させたんだとか。


『…よく許可したね』
「"私はイーストシティの男性からよく思われていない、だがななしは男性からの人気が熱い"……と伝えたところ、迷うことも無く二つ返事が来たよ」
『さらっと嘘をついてるし…』
「人気だったろ」
『いや、顔馴染みの人が何人か居るだけだよ』


はあ、とため息を落とす。
まあ本来ならまだ仕事である私が、軍服でも無い私服を着てこうしてガーデンまで来れると言うのは有難い事なのだが。
午前中の仕事はロイがテキパキと動いてくれたので楽だったし、午後は自由だし…何だか働いた気がしなくて変な感じだ。

『…普段からテキパキしてくれたら皆も楽なのに』
「今日の仕事と普段の仕事が釣り合わないな、普段は多すぎる」
『ロイが溜め込んじゃってるんでしょ!』
「そんな怒る事無いだろ。折角来たんだ、楽しまないと損だぞ」
『ぐ…もう!…そうだね、仕事は切り替えが大事………うん、一旦忘れる!来たからには休みだと思って楽しむ!』

ふん!と意気込んだ私を見て笑うロイ。
何だか上手く丸められた気もするけど、それももう気にしないようにしよう。

そうして一歩踏み出した私達だが、本当に色々な花が咲いていて凄い。
そこまで大規模なわけでは無いみたいだけど、端から端まで色とりどりな花が列を成していて見ていて心が踊る。

『綺麗…ね、ね!一番奥から順に見ていこうよ!』
「そうだな」
『早く早く!ほら!』
「引っ張らなくても分かってるって」

興奮しながら腕を引っ張れば、ロイは困ったように笑って歩幅を合わせてくれた。
風が優しく吹く度に花の香りがして心地が良い。
目を瞑って空気を大きく吸えば、横から小さく笑う声が聞こえて。
チラリと横を見れば笑っているロイと目が合って、頭を優しく撫でてくれたのが気持ちよくてまた目を閉じる。

『ふふ……よし、端に来たことだし一個一個見てくぞー!』
「楽しそうだな」
『そりゃね!こんなに沢山の花に囲まれるなんてそうそう無いから!』

そう言ってゆっくりと鑑賞していくと、ふと目に映る白い花。
雪みたいに真っ白で小さくて可愛らしい花弁が真ん中の黄色を引き立たせていてとても綺麗だ。
花壇の端を見ると花の名前が書いてあって。

『ノースポールだって!可愛いね』
「ななしの方が可愛いよ」
『きょ、今日は花を見に来たんだから私の事は良いの!息を吐くようにそういう事言わない!』
「赤くなった」
『う、うるさい!次見よ!次!』
「ななしは可愛いなあ」

ロイを置いてずんずんと進む。
後ろから何やら聞こえた気がしたけど、花への感想だと思う事にして無視しよう。

次に心を奪われたのは色とりどりの花で。
ノースポールにも似た形のそれは、白は勿論ピンクや黄色なんかもあって。
特にピンクは色にムラがあるようで、花弁の先は白なのに中心は薄く色付いていたり、濃い色が端から端まで出ていたり。

『この少しだけ色付いてるのが好きだなあ』
「これはマーガレットって言うんだよ」
『え!ロイって花に詳しい…ああ、貰い慣れてるもんね』
「なんだよ、その目は…」
『別に!……それにしても可愛いなあ』
「こら、そんなに顔を近づけると…」
『…ぎゃ!…ビックリした』

もっと間近で見たい!としゃがんで顔を近づけた時、それを見計らったかのように虫が飛び出してきて思わず尻餅をつく。
それを見たロイは笑いながら手を差し出してくれて、恥ずかしさのあまり俯いたまま立ち上がった。

「だから言ったろ」
『…綺麗で、つい』
「折角の可愛い服が汚れてるぞ」

そう言ってスカートの裾をはたいてくれたロイに感謝を述べつつ、落ち着くためにも深呼吸を一つ。
すると、何処からかふわりと何かの香りがして。
その香りを辿って歩いていくと、一面紫色の花が咲いていた。

『…何だか落ち着く香り』
「ああ、それはラベンダーだよ」
『ラベンダー…』
「ラベンダーの香りは、心を穏やかにしてくれるだけじゃなくてリラックス効果や……安眠効果もあるらしい」
『安眠…』

すう、と空気を吸い込む。
確かにさっきまで驚いてドキドキしていたものが落ち着いてきている気はする。
でも安眠できるかどうかと言われたら…ロイの方が安眠出来るかも、なんてラベンダーに失礼な事を考えている時。
ラベンダーの香りに混じって漂ってくるこの香り。

「ななし?」
『………………スイーツ!』

声を掛けてくれたロイを見事に無視して振り返ると、そこにはロールケーキの看板が出ていて思わず喉を鳴らす。

『ラベンダーのクリームを使ったロールケーキだって!』
「よく気付いたな…」
『甘い匂いがしたから!』
「食べ物を優先するとは…ななしらしい事だな」
『ほら、笑ってないで行こ!』

ロイを引き連れてお店まで来た私は、勿論の事ラベンダーロールケーキを購入して。
近くに空いていたベンチを見つけて、そこで食べることにしたのだけど…これがなんとも美味しくて。

『ふわー……んまー……』
「顔が蕩けてるぞ」
『このままほっぺ落ちちゃいそう……』
「ななしならやりかねないなあ」

そう言って笑ったロイが私の口元に付いていたらしいクリームを指で拭って口に入れる。

「私には甘すぎるかな」

ロイはそう言って笑っているけど、私はもうそれどころじゃなくなって。
クリームを付けていた恥ずかしさと、ロイのその行為へのドキドキでいっぱいになってしまった私は、それを落ち着けるようにとクリームたっぷりの部分へとフォークを向けた。





『さて!次はいよいよ最後の花だね!』
「そんな気張って見るところじゃないと思うが」
『いいの!さーて次は……』

そう言って見た先には綺麗な緑。
一瞬花が無いように見えたけど、よく見てみると小さな白い花がてっぺんに咲いていて。

「他の花よりも華やかさがあまり無いな」
『うん……でも、これ好きかも』

道端で頑張るあなたをみんなに見てほしくて、と他の花とは違った説明がされているそれは一見地味だけどそれでも凛と咲いていて。
風に揺られているそれを、私は暫く見つめていた。






『はー、楽しかった!』
「それはよかった」

ぐぐ、と背伸びをしてガーデンを後にする。
すっかり夕暮れになった道は、二つの影を目一杯伸ばしていて何だか背が大きくなった気分。
私は、その大きな影を見つめながら上着のポケットに手を入れる。

『ね、最後におみやげ屋さん寄ったでしょ?そこでね、実はロイにと思って……』

そう言って仕舞っていた小さな袋をポケットから取り出してロイに渡した。
ロイは驚いた様子で、でもすぐにおかしそうに笑って。

「奇遇だな」
『え』

差し出されたそれは、紛れもなくさっきのおみやげ屋さんの名前が刻まれていて。
考える事は同じなんだねって二人で一頻り笑った後、お互いに渡しあって中身を見る。

ガサリと開けたその袋の中には、私が好きと言っていたピンク色のマーガレットがモチーフであろう髪ゴムが入っていて。

『可愛い!』
「ななしに似合うと思ったんだ」
『ふふ、嬉しいな…ありがとう!私のはね、私が好きなやつだよ!』
「ななしが?」

ロイがそう言って開けたその袋の中身は、最後に見たあの花が埋め込まれたストラップで。

『あれね、ナズナって言うんだって!』
「…………ななし、タグの裏…説明文読んだか?」
『え?読んでない……何が書いてあったの?』
「いや…読んでないなら良いよ」
『え?え?なに!?気になる!見せて!』
「それは無理だな」

嬉しそうに笑ったロイは、素早くポケットにそれを突っ込んで歩き出す。
なんとか聞き出したい私はロイに何度も声をかけたけど、笑うだけで教えてもらえず。
まあ笑ってるってことは、変な事が書かれてる訳じゃないだろうし…いいか!と、持ち前の切り替えの良さを利用することにして、ゆっくりとロイの横を歩く。

これから汽車に乗って、明日からまた大量の仕事を捌かなくちゃだなあ…とげんなりしつつロイを見ると、なんだか夕日に照らされたロイの顔がほんのりと赤くて。

『…ロイ、何だか顔赤い?』
「そうかな、夕日のせいだよ」
『なるほど!』

納得してまた前を見る。
先程よりも延びている影を見ながら、私はロイの手に触れた。







2019/03/13

ナズナの花言葉は「あなたに私の全てを捧げます」
普段道端に咲いている私だけれど、あなたを思う私の気持ちはどの華やかな子よりも負けないの。