『あー!あれ美味しそう…』 仕事終わりの帰り道。 いつもなら大通りを通るところだけど、今日は探検も兼ねてちょっと小道に入ろう!とロイの手を引いて歩いてきたのだが、これが正解だったようで。 所々に展開されているお店は、そのどれもが私の心に突き刺さるような素敵なお店ばかり。 『ココア味食べたい…あ!あそこのお店は雑貨かな?』 「こら、蛇行するんじゃない」 『わっ』 フラフラと色々なお店を行ったり来たりしていれば、大きくため息を吐いたロイに首根っこを捕まれて制止される。 『ごめんなさーい…』 「反省の色が伺えないな…」 『だって!全部のお店が私好みなんだよ!』 「それは分かるが、軍服を着てる者がフラフラと…」 『ちょっとくらい大丈夫だし!』 「道路の真ん中で痴話喧嘩か?お二人さん!」 『……?あ、ヒューズさん!』 からかうような明るい声に顔を向ければ、そこにはヒューズさんだけじゃなく、クスクスと笑うグレイシアさんとエリシアちゃんも居て。 エリシアちゃんは私達を見るや否や、繋いでいたヒューズさんの手を離して此方へ走ってきて、私はその意図を汲み取ってしゃがんで手を広げた。 思った通り勢いよくエリシアちゃんが胸に飛び込んでくる。 『わっ…』 「ななしお姉ちゃん!おでかけしよ!」 『お出掛け?』 その発言に首をかしげつつエリシアちゃんを抱き上げる。 ヒューズさんを見れば、手を離されたのがショックだった様でおよよと涙を流していた。 「あのね、お姉ちゃんたちとあそびたいの!」 『エリシアちゃん…!』 「こら、エリシア。我が儘を言っては駄目よ」 「やだ!あそぶ!あそぶ!」 『わわ…』 私はありがたい事にかなり好かれているらしく。 すりすりと私の胸へ顔を擦り付けるエリシアちゃんを強く抱きしめ返したい衝動に駆られた。 ぐっと堪えてエリシアちゃんの背中を擦りながらロイを見れば、既に此方を見ていたようでバチリと目が合う。 「ななしはよく子供に好かれるな」 『そう?』 「…エリシア、二人と遊びたいか?」 目を細くして頭を撫でてくるロイに首をかしげれば、悲しみに暮れていたヒューズさんがいつの間にやら私の前まで来ていた様で驚きのあまり思わず体が震えた。 顔を私の胸へと埋めたままのエリシアちゃんにそう問えば、エリシアちゃんは顔を大きく縦に振る。 「…愛しの娘がそう願うなら、父としてその願い叶えてやらんといかん…」 『え?え?ど、どうしたんですか…』 「めんどくさい予感しかしない…」 そうため息を吐くロイにどう言う事かと聞こうとした時、勢いよく私の肩を掴んだヒューズさんは眼鏡を光らせてこう言ったのだ。 「全員有休を取れ!話題のテーマパークに行こうじゃないか!ははは!」 『…へ?』 「はあ……」 突然の言葉で呆気に取られた私と頭に手を当ててため息を吐くロイ。 そんな私達とは対照的に大はしゃぎで喜ぶエリシアちゃん。 それを見て満足気なヒューズさん。 そして、そんなヒューズさんの頭に向かって手を振り下ろすグレイシアさん。 「自分勝手に話を進めないの!」 スパーン!と気持ちのいい音が道全体に響いた。 そして数日後。 無事に有休を取った私達は、ヒューズさんの運転する車にお邪魔していた。 あの後グレイシアさんからは気にしないでと言われたが、期待の眼差しを送ってくるエリシアちゃんを悲しい顔にさせる事なんて出来ず。 最近は大きな事件や仕事も無い為、上官である私達が1日居なくても大丈夫だろうと言う判断を上から頂いたのだ。 『私達居なくても大丈夫かな』 「中尉が居るから何ら問題は無いだろう」 『それもそっか!』 「ねー何のおはなししてるの?」 あははと笑えば、私の膝に乗っているエリシアちゃんが私達を見てこてんと首を傾げる。 その姿に胸を撃ち抜かれた私は、エリシアちゃんをぎゅっと抱きしめてすりすりと頬擦りをした。 『可愛いー!』 「……ななし、どっかの誰かさんと似た行動は止めてくれ」 「さーてさて!目的地に着いたぞ!」 『わー!』 「わー!」 ヒューズさんの言葉と同時に車が止まり、反射的に窓の外を見ればそこからはキラキラした乗り物が沢山見えて、思わずエリシアちゃんと歓声を上げる。 「まるで姉妹みたい」 その様子を見ていたグレイシアさんはクスクスと笑ってそう呟いた。 『すごーい!』 「きらきらー!」 「ななし、前を見て歩かないと危ないぞ」 「エリシアも!走っちゃ駄目よ」 「流石エリシアは可愛いなあ」 「…」 「わぁかってるって、ななしも可愛いよな」 「何も言ってない!」 テーマパークに無事入場した私達は、園内図を見ながら纏まって歩いていく。 パーク内の乗り物はその殆どが、小さな子供でも乗れるようなものばかりだった。 恐らく、ヒューズさんが事前に調べてエリシアちゃんが楽しめる様な所を選んだのだろう。 流石お父さん! 『エリシアちゃん、何に乗りたい?』 「んー…あれ!」 『"探検トロッコ"?面白そう!行ってみようか!』 「うん!」 そんなこんなで色々なアトラクションを回り始めた私達。 流石子供でも乗れるものが揃っているだけあって、アトラクションでの登場キャラクターはメルヘンで可愛いものばかりで。 横で楽しんでいるエリシアちゃんの目がキラキラと輝いているのを見て、何だか私が嬉しくなる。 『ふー!沢山乗ったね!』 「さっきのすごかったの!お星さまがきらきらーって!ママも見てた!?」 「見てたわ、綺麗だったね」 休憩と称してベンチに座った私達だが、エリシアちゃんには休憩など必要無いらしく。 まだまだ元気な様子で身振り手振りを付けてグレイシアさんに話しかけている様子が何とも可愛らしい。 『…ロイ、大丈夫?』 「あ、ああ…」 「随分とげっそりしてんなあ!」 私の横に座っているロイはもはや限界らしく、青い顔で天を仰いでいる。 そもそもロイはアトラクションに乗る予定など無く、私達を見ているだけと言っていたのだけど…ヒューズさんに半ば無理矢理乗せられ続け、こんな有り様になってしまった。 そんな彼の前で仁王立ちしているヒューズさんは心底楽しそうに笑っていて。 「殴る力も湧いてこない……」 『ロイってこういうの不得意そうだもんね』 「ななしが手を握ってくれたら治りそうなのになあ」 『そんなので治るわけ無いでしょ!』 そうは言ったものの、未だ青いロイの顔を見た私は少しでも良くなるならとロイの手に自分の手を重ねた。 少しだけ驚いた様子のロイだったけど、すぐに優しく笑って握り返してくれて。 『…こんなので治ったらお医者さんは要らないね』 「そうだなあ」 そう言って二人で笑ってふと上を見上げると、眼鏡を光らせているヒューズさんが此方に顔を向けていた。 太陽の光で眼鏡の奥は見えないけれど、にやにやとしている口元は見えるわけで。 「…なんだよ」 思わず声を掛けたロイの肩を強く叩いたヒューズさんは、うんうんと頷いていて。 「仲が良いことはよい事だなあ、うんうん」 「お姉ちゃんとお兄ちゃん仲良しさんだー!」 「もう、エリシア!」 からかうように笑うヒューズさんに、純粋な瞳で見つめてくるエリシアちゃん。 恥ずかしくなってきた私は、困ったと言わんばかりにロイに視線を向けるけど、流石のロイもエリシアちゃんの見つめ攻撃にたじたじで。 「もう!お二人とも困ってらっしゃるでしょ!」 グレイシアさんがそう止めに入ってくれた事によって私達は二人の視線から解放され、安堵のため息を吐いた。 もう日も暮れてそろそろ帰らなくてはいけない時間になり、車に乗り込む。 行きと同じく私の膝に乗ってきてくれたエリシアちゃんは、少し大きめのクマの縫いぐるみを大事そうに抱えていて。 「縫いぐるみ買わせてしまってごめんなさい、エリシアったら私達が目を離した隙に…」 『いえ!エリシアちゃんに貢げるなんてこの上ない幸せなので!寧ろもっと買ってあげたかったんですけど』 「ななし…」 ロイが呆れたように此方を見ているけど、気にすることなかれ。 誰だってこんなに可愛い子からねだられたら買ってあげてしまう筈なのだ。 膝の上で縫いぐるみの腕を動かして遊んでいるエリシアちゃんを見て、心がぽかぽかと温まる。 「さて、行くぞー」 ヒューズさんの声と同時に車がゆっくりと動き出して、家へと向かい始める。 窓から見えるパークは夕日に照らされてより一層キラキラと輝いて見えて、思わず息を飲んだ。 「運転疲れないか、変わるぞ」 「ロイに任せるくらいなら自分で運転した方が安心するな!」 「人の好意を何だと思って…」 「まーゆっくり休んでくれ!大分乗り物に乗らせたしなあ…エリシアと遊んでくれたお前の嫁さんも疲れただろうしな」 "嫁さん" そのヒューズさんの急な発言にロイと私の動きが止まる。 それと反対に心臓はバクバクと早くなって、体が急激に熱くなるのを感じた。 「何だ?二人とも黙って」 「あなた、からかうのにも限度が…」 「まあいずれなる事だ!今の内に慣れとくのも手だろ!」 「もう、この人は…」 グレイシアさんのため息とヒューズさんの笑い声が聞こえる。 何となくロイの顔が見れなくて、でも前を見続けるのも何となく恥ずかしくて下を向く。 「お姉ちゃん?」 『エリシアちゃん…!』 何も分かっていない様子のエリシアちゃんは、こてんと首を傾げて…乱れた心が落ち着くんじゃないか思うくらい目の保養になる。 「…ヒューズ、ななしが困ってるだろ」 「ほほーう?その口ぶりからすると、お前さんは困ってないらしいな」 「…ヒューズ」 「ま、ななしはどうあれお前さんはそれを視野に入れているだろうしなあ」 『?な、何の事?』 「ななしはまだ分からなくていいよ」 主語の無い話をする二人に付いていけず、ロイに視線を向ければ優しく頭を撫でられた。 話の内容を理解している様子のグレイシアさんは、ちらりと此方を見てニコニコと笑って。 「ななしちゃんは愛されてるのね」 『えっ?』 「グレイシア〜オレもお前を愛してるよ〜」 「はいはい」 良く分からないまま、前の二人は違う話題に移ったようで。 ロイと私は何だか落ち着かない雰囲気になってしまった。 私はその空気が耐えきれなくて、前の二人にもエリシアちゃんにも聞こえないようにポソリと呟く。 『…い、いつか』 「ん?」 『ロイの…お、およ……およ……』 「……ふっ」 『な、何笑ってるの!』 「そんなおよおよ言われたら誰だって笑うよ」 肩を震わせているロイをじとりと見る。 お嫁さん、という言葉が言いたかったのだけど恥ずかしくて中々口に出せなくて。 きっとロイは鋭いから私の言いたい言葉なんて理解できてる筈で。 『分かってるくせに…』 そう呟くと、ロイは私の指に自分の指を絡ませて所謂恋人繋ぎをして優しく微笑んだ。 「……いつか、な」 その言葉はあまりにも曖昧で、話も噛み合ってなくて。 だけど理解できてしまうのには充分すぎる言葉と行動で、心臓が余計に早くなるのを感じる。 ロイのその言葉に応えるように、私は繋いでいる手に力を入れた。 2019/02/11 |