「…避けられている」
「何すか突然」

ななしと中尉が書類をアームストロング少佐に届けてくる、と執務室を出たと同時に小さく呟く。
それを聞いていたハボックが呆れ気味に此方を見た。

「ななしに避けられている気がするんだが…」
「気のせいじゃないですか」
「気のせいな訳がない!…朝から様子がおかしいんだ」


朝起きた時も。

「ふあ……おはよう、ななし。珍しいな、一人で寝室を出るなんて」
『えっ!?あー……うーん……い、良い天気だね!』
「は?」
『じゃ!!』

先に行ってしまった彼女を追いかけるように通り道の街へ向かった時も。

「ななし?どうかしたのか?」
『え!や……あの…な、なんでもない』
「何でもないって……お腹痛いか?それとも熱とか…」
『何でもないって!』
「ななし!!」

仕事が始まる前も。

「ななし」
『…』
「…ななし」
『…えっ?あ、ごめん聞いてなかった…』

そして先程も。

「ななし、これを……」
『うん、アームストロング少佐に届けてくるね!じゃ!リザ、ちょっと一緒に…』
「え?私は別に…」
『お願い…!』
「…分かったわ」





「待ってください、ななしと大佐って毎日同じベッド使ってるんですか!?」
「恋人なんだ、温もりを共有したいだろ?」
「うーわ…聞きたくなかった」

フュリーは顔をほんのり赤くしてるし、ハボックはげんなりしている。
…なんだ、聞きたくなかったって失礼な

「と、そんな事よりもだ。私はななしに避けられる理由が分からない」
「自信満々っすね…」

うーん、と全員で考え込む。
私が何かしてしまったんだろうか、だとしたら何を…
考えても考えても答えは見つからず。
はあ、と深いため息を漏らした時だった。


「大佐ががっつきすぎたとか」

面白がるように言ったブレダのその発言に、全員が一斉に私を見る。
…が、次の瞬間には笑いが次々と溢れた。

「大佐が?無い無い!」
「女好きで有名なあの大佐が?」
「無いですよ、大佐は大人ですから!」
「はは、だよなぁ!」

「……」

「…え?」
「ま、まさか本当に…?」


ファルマンとブレダが目を丸くしている。
いや、他の二人も驚いた顔をしていて。

否定しようとはしたのだ、私は紳士だぞと。
だが昨日の夜を思い出して否定が出来なかった。
昨夜はななしが珍しく可愛く煽るものだから、いつもとは比べ物になら無いくらい楽しんでしまった。
…それが原因だろうか。


「…大佐も男ってことっすね」
「……ニヤニヤするな」
「大佐って本当にななしが大好きなんですね」
「当たり前だ」
「って事はですよ、ななしは大佐ががっつきすぎて嫌になったとか」

…まさか。
そんなことある訳がない。
……だが、そうだとしたら今日の行動にも納得が行く。

「まあでもななしですからね、謝ったら許してくれるんじゃないですか?」
「そうだろうか」
「あの大佐が謝るなんて!って吃驚したり」
「ファルマン准尉、何か言ったか?」
「いっいえ!」

あの大佐とは何だ、あの大佐とは。

「まー謝ってみましょうよ、駄目だったら次考えれば良いでしょ」
「そうだな……」

『ただいま戻りましたー!』

驚くほどタイミングよくななしと中尉が戻ってくる。
入ってきたななしは両手を後ろに回して近づいてきた。
何だか機嫌が治っている気がする。

『あのね、ロイ…』
「あー!待ったななし!」
『え?な、なに?』

ハボックに驚いた様子のななし。
……本当に機嫌が治っていないか?と考えるが、ハボックが早くと言わんばかりに見てくる。

「…ななし」
『ロイ?』
「その、なんだ……昨日はすまなかった」

がたりと席を立って頭を下げた。
静まり返ったこの空気が何とも耐え難く、恐る恐る頭を上げる。

ななしは意味が分からないと言う表情で此方を見ていた。

『えっと……昨日?何の事……?』
「昨日の夜、我慢出来ずに何回も楽しんでしまって」

すまない、ともう一度頭を下げる。
これで機嫌も治るだろうか、いややっぱり既に治っていた気がするんだが…

『き、きのうのよる……がまん?た、たのしむ……?』
「ななし………いっ?!!」


頭に走る強い衝撃。
それは一瞬で痛みに変わって、まるで血が出ているんじゃないかと思うほどだった。

頭を押さえて顔を上げれば、林檎のように顔を赤くしたななしが一つのマグカップを持って震えていた。
どうやら私は、このマグカップで殴られたらしい。


『ひ、人が反省して直してた時に何て話をしてたの!変態!バカ!!』
「いたっ!おい、ななし…!!」


ななしは私に向かってマグカップを投げ、走って執務室を出ていく。
静まり返った執務室に、残された中尉がため息を漏らす。

「何て話してたんですか、大佐」
「いや、その…」
「ハッキリ言ってください」
「…ななしに避けられていたので、昨日の夜が原因かと思いそれを謝りました」

拳銃を仕舞っている部分へ中尉が手を伸ばす所を見た私は、ハッキリと簡潔に説明する。
中尉はまたため息をついて、それ、とマグカップを指差した。

「見覚えありませんか?」
「ん?……これは」
「ななしは怒っていた訳ではありません。それなのに……」

中尉がギッと周りを見渡す。
びくっと体を硬直させた面々は、心なしか背筋が伸びている。

「ほら、行ってください。ななしも謝りたいでしょうし」


中尉の言葉に感謝を述べてから執務室を出る。
恐らくお気に入りの木陰にいるだろう。マグカップを持った私は、ななしを探すべく早足で外へ向かった。






『はあ……』

飛び出してきてしまった。
生い茂っている草の一本一本を見つめながら体育座りをして顔を埋める。

元はと言えば私が悪いだろうに、怒って出てきてしまった。
しかもマグカップで殴ってきちゃった。

『血とか出てないかな…大丈夫かな』

それほど強い衝撃を与えてしまったのだ。
だって、ロイがまさかあんな事を皆の前で言うなんて思ってなかったから…

顔に熱が集まるのを感じて膝を抱えていた手の力を強める。


「…やはりここに居たか」


びく、と体が震える。
聞き覚えのある声に恐る恐る顔を上げれば、そこにはやっぱりロイが居て。

『ろ、ロイ……』

私の言葉にロイは少し笑うと私の横に座った。

「…恥ずかしい思いをさせてしまってすまない」
『や、私も……その、殴っちゃって……』
「気にしてないよ」

ロイが私の頭を優しく撫でる。
それだけでドキドキして、視線を落とす。
視線を落とした先には例のマグカップがあって、私は勢いよくロイに頭を下げた。

『ごめんなさい!あの…今日ロイのマグカップ割っちゃって…それで…』
「…だから様子がおかしかったのか」
『これ、凄く大切にしてたから……悲しい顔見たくなくて、隠しちゃって…』

ごめんなさい、ともう一度言うと、ロイが小さな笑い声を漏らす。

「でも、直してくれたんだな」
『う、うん…自分の手で直して謝ろうって思って…リザと少佐にアドバイス貰いながら…』
「割れたことが分からないくらい綺麗だ」

ロイはそう言って私の手に大きな手を重ねる。
そのまま優しく握られて、ロイの方を見ればすぐ目の前にロイの顔があって。
私は、目を閉じてそれを受け入れた。


『マグカップ、本当にごめんなさい』
「私の方こそ皆の前で変なことを言ってすまない」
『…一応聞くけど、なんでそんな話題に…?』
「ななしに避けられているのは私ががっつきすぎだからだ、と言われてな。そこからつい……」

なるほど、ハボック達が上手にロイで遊んだって訳ね……

『がっつきすぎなんて、思ってないよ。むしろ……その…』

我ながら気持ち悪いと感じるくらいもじもじとする。
ロイを見れば、驚いたような照れたような表情をしててつい吹き出してしまった。

「人の顔見て…酷いな」
『ふふ、ごめんね……戻ろっか』

立ち上がってロイに手を差し出す。
その手を取って、私たちは執務室へと向かった。





執務室に戻ると、そこにはいつの間にかアームストロング少佐が居て。
話を聞けば、私が心配で見に来てくれたそう。
私が居ないから話を聞いたら……と泣きながら抱きしめられた。

『いててててててて』
「ななし殿!酷いセクハラに負けてはいけませんぞ!」
「セクハラ!?もしかして自分等の事っすか!?」
「他に誰が居ろうか!中尉が側に居てくれるから良いものの……」
『いた、いたいです』
「大佐ともあろうお方が、恋人を辱しめるなど…!」
「は、辱しめた訳ではなく…」
『少佐、いたい、いたいです』


たじたじのロイたちを見て笑ってしまいそうになるけど、自分の体の軋む音を聞いて、私は少佐から離れるべく動いたのだった。





2018/12/21