夜の執務室。 皆が帰宅して、ロイと二人っきりになった。 二人きりなんて珍しい事でもなくて、寧ろ帰れば必然的に二人きりになるし……と気にせずテスクの上を片付けていたのだけど。 「ななし」 『なに?…!』 ふと名前を呼ばれて顔を上げればそこにはロイが居て。 あまりにも顔が近いものだから驚いたけれど声を上げる間もなく唇が重なる。 『ろ、ろい…ふっ…ま、まって…っ』 次第に深くなっていくその行為に鼓動が早くなるのを感じて、思わずロイの軍服の裾を握った。 『まっ、て…てば…ん、』 何度待ってと言ってもそれは止まらなくて…寧ろ激しくなってきている気がする。 息を吸う隙もなく塞がれる唇が二人の唾液で濡れていくのが分かる。 『ふ、…ん……』 頭がぼうっとしてきて、何も考えられなくなりそう。 息が出来なくて苦しいせいか、それともこの激しい行為のせいか、私の足は小さく震えていて。 遂にはカクリと膝が曲がって倒れそうになったのを、ロイが咄嗟に支えてくれた。 『……ロ、ロイ…?』 「今日」 『……今日?』 「今日の昼、一人で街に行っただろ」 『うん、行った…』 「そこで他の男と食事をした」 『え?なんで知って……』 「ヒューズから聞いた」 確かに今日のお昼、買い物があって一人で街に行って…そこで出会った人とお昼を食べたけど。 まさかヒューズさんが見ていたとは…… 「誰だ」 『えっ?』 「ななしを誑かした男は誰だ」 『た、誑かしたって……』 「消し炭にしてやる」 そう静かに言うロイが、今まで見たことの無いような顔をしていて少し身体が震える。 未だ腰を支えてくれている手が優しくて、私に怒っているわけでは無いと理解はしたのだけど…… 『…ヒューズさんから相手の事聞いてないの?』 「ヒューズが知ってる相手なのか」 『い、いや……ロイも知ってると思う…』 「私も知っている男だと?」 うんうんと頷くと、ロイは誰だ…と呟きながら目を閉じて。 そこで漸くヒューズさんの意図が分かった。 『…ヒューズさんも中々凄いよね』 「まさか…ヒューズ…」 『え?いやいや!無いよ!無い無い!あったとしても、わざわざロイに伝えないでしょ!』 「む、それもそうか…」 また考えるような仕草をするロイの手は、やっぱり暖かくて優しくて…… 『私の事疑わないの?』 「…疑ってほしいのか?」 『それは嫌だけど…私に対して問い詰めとか…』 「ななしが私を一番愛している事なんて分かりきっているからな」 『そ、そうなんだけど…言葉にされると恥ずかしいっていうか……』 もじもじとロイの腕の中で身を捩ると、腰に当てられていた手に力が入って優しく抱きしめられた。 前髪を掻き分けて、額にキスをされる。 「ななしは他の男なんて気にする暇も無いくらい、私の虜だろう?」 優しくて熱いその瞳に胸の高鳴りが止まらなくて。 私は返事の代わりに、ロイの胸に顔を擦りつけた。 「……何もされてないよな?」 『何もって?』 「こうやって抱きしめられたり…」 『……そう言えば、一回だけ』 一回だけ、転びそうになったのを抱き止めて貰ったっけ。 でもあれは事故だしなぁ……なんてロイを見れば、今まで以上に凄い顔になっていて。 私を離して、ポケットから取り出したのは…発火布の手袋だった。 『な、なにしてるの!?』 「燃やす」 『え!?』 「消し炭にしてやる!!」 そう叫ぶロイの目は本気で、このままでは食事相手が危ない!と慌てた私は、ロイが執務室を飛び出さないように手を掴んだ。 「それで、何処のどいつだ!?」 『それ言ったら飛び出していっちゃうでしょ!』 「当たり前だ!必ずこの手で…!」 『駄目だよ!落ち着いて!』 「落ち着けるものか!直ぐに消してやる!」 『っもー!!!…アルフォンスくんだよ!!』 ピタリとロイの動きが止まる。 力が入っていた手も怒っていた顔も元に戻って、私はゆっくりと掴んでいた手を離した。 私は一息ついて、冷や汗を拭ってから正直に話すことにした。 『あのね、仕事用のペンのインクが切れたからお昼に買いに行ったの。』 街に出てペンのインクも買って、さて帰ろうと言う時。 後ろからアルフォンスくんに話し掛けられて、そのまま少し立ち話をしていたら丁度私のお腹が鳴っちゃって。 気を利かせてくれたアルフォンスくんに誘われて、近くのカフェへ入ったの。 そこで軽い昼食をしながら色々お話しして、さて帰ろうかと立ち上がった時にバランスを崩して倒れそうになってしまったんだ。 そうしたら咄嗟にアルフォンスくんが抱き止めてくれて、お礼を言ってすぐ離れてお会計して…… 『そのままその後は寄り道せずに執務室に戻ってきたの』 ぱちくりと目を見開くロイに一から説明すれば、安堵の様なため息。 「なんだ……鋼のの……」 『そういう事だから……燃やしに行くとか止めてね』 「ああ……あの子なら間違いは起きなそうだ」 『間違いって…て言うか、ロイだって他の女性と食事に行くじゃない』 「それはそれ、これはこれだ」 『何それ!……まあ、情報収集が大半なの知ってるから良いけどさ』 そもそも私がロイの知らない人と食事なんてする訳が無いのだ。 ロイは手袋をすっと外して、ポケットへ仕舞う。 ああ、これでやっと落ち着く……そう思ってたのに。 「…ヒューズは知ってた筈……大きい鎧なんて他と見間違うなんて言うことはほぼ無いだろう」 『…あー……』 ロイがその疑問に辿り着いてしまう。きっと直ぐに答えが出るであろう。 私は心の中でヒューズさんに合掌をした。 ああ、ヒューズさん。面白いもの見たさにアルフォンスくんの事を伝えなかったんだろうし、もしかしたら何処かでこちらの様子を今も見てるのかもしれないけど… 「ヒューズめ…!人で遊んだな…!」 気づいてしまったロイが、手袋を取り出しながら執務室のドアを開ける。 途端に走り出して、それと同時にロイの怒鳴り声と…ヒューズさんの笑い声。 『…やっぱり覗いてたんだ』 一人取り残された私は、困ったように少し笑いながら帰り支度を始めた。 外にはキラキラと星が輝いていて、たまにはこんな夜も楽しいなあ…なんて考えつつ。 あれ、そういえばいつから覗いてたのか……もしかしたら、私達のキスとかまで…!? そう考えだしたらもう止まらなくて。 普通のキスなら未だしも、ちょっと激しいやつだったよ……!と思い出して一人で慌ててしまった。 『と言うか、もう夜遅いけど……ヒューズさん帰らなくて良いのかな』 そんな心配をしていたけれど、廊下から響く二人の声に自然と笑みが溢れてしまった。 その日ヒューズさんは、帰りが遅くなるなら連絡しなさい!と子供のように怒られたとか。 2018/12/12 |