「8回」
『…急に何の話?』
「ななしがお返ししてくれるまでの、私からのキスの数だよ」


……この人は、急に何を言っているのだろうか。

お昼休憩で皆がご飯を食べに行った執務室には、私とロイしか居ない。
二人は行かないのかと中尉に声をかけてもらったけど、今日はいいやと断ってしまった。

『と言うか…私がご飯行かないからって一緒に残らなくても良いのに』
「私もそんなに腹が減っていなくてな」
『珍し』
「ななしが弁当を作ってくれたら毎日何が何でも食べるが」
『そんな余裕ありません!』

にやにやとした表情のロイを見て、ため息をつく。
お弁当どころか、朝食だって作る余裕が無いの知ってる癖に…

「家に居るときは甘えたなお姫様なんだがなあ」
『あ、甘えたじゃない!』
「あまりにも可愛くすり寄ってくるものだから夜中まで構いたくなるんだよな」
『すり寄ってなんか…!』
「お陰で毎日のように寝坊しかけてるが」
『…やっぱりお弁当の話、分かってて言ったんだ…!!』
「仕事に来ると少し冷たくなるのが最近の悩みだ」
『二人きりじゃないし!何より仕事なの!』
「じゃあ、休憩中で尚且つ二人きりなら良いのかな?」

カタ、と音を立てて立ち上がったロイがゆっくりと近づいてくる。
一歩一歩ロイが足を動かす度に、私の心臓が早くなってしまうのを感じた。

目の前に来たロイは座っている私に合わせるように、しゃがんで目線を合わせてくれて。
そんな些細な事でもドキリとしてしまうのが少し悔しい。

『ろ、ロイ』
「……試してみようか」

そう呟いたロイは私が言葉を発するよりも早く、私の唇を奪う。
深くない、けど決して浅くもないもどかしいキス。
何度も何度もされて、頭が蕩けてしまいそうだ。

『ん…だ、だめ……!』
「…好きだよ」
『!…もう!』

キスの嵐が去った後、頭を優しく撫でられて。
あんなに穏やかな顔で見つめられたら誰だって堕ちてしまうはずなの!

私は恥ずかしさを隠す様に自分からキスをする。
ロイを見てみれば顎に手をあてて、うんうんと頷いていた。

『な、なに?』
「やはり、8回キスをすると1回返してくれる」
『は!?そ、そんなのたまたま……!』
「毎回、必ず」
『気のせい……んっ』

抗議の声をあげれば、それを遮るようにまたキスをされる。
今度は先程よりも随分と深いもので。
ここが執務室でいつ皆が戻ってくるか分からないのに、私はロイを止めることも出来ずに息を吸い込むのに精一杯だった。

するり、とロイが私の腰を撫でる。
ぼんやりしていた意識が覚醒するのを感じて慌ててロイの手を掴んだ。

『ま、って……!ん、』
「……待てない」

掴んだ手を逆に掴まれて何度目かのキスをされる。
動けない私は、じたばたと足を動かしたけれどそれに気づいたロイが、私の足の間に身体を滑り込ませた。

「抵抗出来なくなったけど、さてどうする?」
『ば、ばか…!』
「…本当に可愛いな」

ロイはそう呟くと私の首元に唇を寄せて、優しく触れるだけのキスを落とした。
それが擽ったくて身を捩ると、あろうことかロイはぺろりと私の首元を舐めたのだ。

『っ!…や、』

可愛らしいキスの音と少しだけやらしい音が混じって私の耳に届く。
たまに聞こえるロイの息遣いがとても熱くて。

「…ななし」

たまに呼んでくれる私の名前。
それを聞く度に、お腹の奥が疼いて涙が出そうになる。
ロイの手が軍服の下を通ってキャミソール越しに胸に触れたのに気付いた。

『ほ、本当に待って!誰がいつ帰ってくるか…!』
「誰も帰ってこないさ」
『だめ!だめだって……!ロイ…あっ』

ふにふにと胸の感触を楽しむように揉み始めたロイ。
……駄目だ、このままじゃいつもみたいに流されてしまう。

『だめ……だって、ば!!!』
「いっ!!!!」

手も足も使えないのならもう頭しかない、と私は勢いよく頭突きをした。
突然の事で避ける間も無かったロイはそのまま倒れこむ。

『え!わ、ちょ!』

その衝撃さ故に、胸部にあった手が勢いよくロイの元へ帰って行く。
軍服の中の手にぐっと引っ張られる様にして身体を仰け反らせた私は、バランスを崩してロイの元へ。
このままじゃロイが下敷きになると考えた私は、瞬時に膝と手で身体が落ちるのを支えた。

所謂四つん這いポーズなのだけど、そんなことよりも…

『…あたた…膝が…わ、割れちゃう…』
「頭突きとは…流石ななしだ。だが少しばかり頭が…」
『ろ、ロイが変な事しようとするから!』
「変な事じゃない、愛の行為だ!」
『それにしたって場所ってもんがあるでしょ!』
「今は誰も居ないだろ?」
『でも仕事中だもん!』
「休憩中だ」
『ぐ、休憩も仕事…!』
「そんな事あって堪るか!」

そんな言い合いをしていたが、ふと腰に違和感を感じる。
…ロイの手だ。

『…何してるの』
「続きだよ」
『こんな状態でよくそんな事…!』
「考えてみると中々そそるものだよ。恋人に押し倒されているのは」
『不可抗力!なの…!』
「どうかな」
『…もう!あのね…』
「そこで見てる中尉達も、私が襲われてる様にしか見えないと思うぞ」

身体が固まるのを感じる。
まさか、そんな

ゆっくりと振り返れば、そこには目を見開く皆の姿が……

『まっ!まって!これは誤解……!』
「ななしが…大佐を」
「襲ってる」
『ち、違う!襲われたのはどっちかって言うと…!』

ハボックとブレダのその言葉を訂正しようと立ち上がろうとする……が。
ロイが私の腰を押さえて動けない。

『もう…!離してっ!』
「面白そうだからこのまま」
『やだー!!』
「ななしさんって…こういう事するんですね…」
「二人きりだと大胆だなあ」
『もう…違うって…!!』

フュリーとファルマンにも誤解をされて、立ち上がろうとしても立ち上がれないし
下に居る恋人は笑いを堪えきれてないし。

『…そ、そうだ!リザ!』

恥ずかしさと困惑で涙が出そうだったが、リザを思い出してリザの方を見る。

「ななし…」
『リザなら信じてくれるよね…?』
「……」
『り、リザ……?』
「…ななしがそんな破廉恥な子だったなんて…ふっ…」
『ちょっと!笑ってるでしょ!』

顔を反らされたけど確かにリザの肩は震えていて、笑っているのが丸分かりだった。
周りの仲間達をみれば、全員が肩を震わせていて皆からからかわれてる事に気が付く。

『皆笑ってる!』
「ぷくく、バレた」
「大丈夫、皆ちゃんと分かってるわ」
「どうせ大佐に何かされたんだろ」

リザとハボックの言葉にうんうんと頷く皆を見てほっともっとする。…ファルマンだけまだ笑ってるけど
その瞬間ぐっと腰を強く引き寄せられて私は体勢を崩し、ロイに抱き締められる形となった。

『ロイ…!』
「続きは夜に」
『っ』
「楽しみだよ」

皆に聞こえない様に囁かれて身体が硬直する。
こんなに意地悪されたんだ!絶対、絶対今日はしない!

『しないから…!』
「さっき少し乗り気だったろ」
『!…と、とにかく!しないんだから……!』
「どうかな」

怪しく笑ったロイに身体が少し疼いたけど、今日だけは身体を許してなるものか! 
そう決意をした私はロイから離れるべく、リザに助けを求めるのであった。






2018/12/08