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帝立オペレッタ04(二号寮の幽霊)グロ、嘔吐物に注意。



 全くもって寝付けない。同室の人間が変わるだけで、こうも寝付きが悪くなるとは予想外だった。寝付きはかなりいい方だと思っていたのだが、気のせいだったらしい。安らぎや癒しを無意識に感じながら、毎日素晴らしく爆睡できたのはヴィゼルのお陰だったんだな、と今更に気が付いて、エスラールはヴィゼルの破壊的で芸術的な寝相を恋しく思った。

 開け放たれた窓からは優しい月明かりが入り込み、エメザレの膨らみをそっと照らしている。

 エスラールは何度も寝返りをうって心地よい体勢を求めていたが、なかなか落ち着かない。というのも目をつむるとエメザレの穴だらけの上半身が浮かんでくるからだ。脳裏に鮮明に刻み込まれたおぞましい数の鬱血痕は、エスラールの眠気を遠ざけた。もう、ちょっとしたトラウマになりつつあった。

 しかも目を開ければ開けたでエメザレの背中がすぐ近くにある。二台のベッドの隙間はそこまで広くない。少し頑張れば触れてしまえる距離にあの身体があるのだ。
 エスラールは毛布を頭まで被って目を閉じた。エメザレを見たくなかった。

 あの痕はわざわざつけられたものだ。明らかに愛情表現ではない。愛撫目的で優しく吸ったくらいでは、あんな赤黒い汚い色にはならないはずだ。童貞でもそれくらいは想像できる。というか、むしろ童貞だけに想像力が猛々しく、そのイメージが勝手に脳内を駆け巡っていった。

 エメザレの顔の白い肌は誰にも踏まれたことのない雪のようだった。かつてエメザレの身体は、顔と同じ純潔の白さを持っていたはずだ。その純潔を切り裂いて、誰かがエメザレの肌をしつこく執拗に何度も噛むように傷つけて穴だらけにしてしまった。

 そんなことを考えると、エスラールの心臓の鼓動は高鳴った。性的な興奮も含まれていたが、どちらかというと嫌悪か恐怖に近い感情のためだ。

 エメザレ自体が恐かったり憎かったりするのではない。エスラールが嫌だったのはエメザレが持ってきたガルデンの闇だ。エスラールがいつも捨てるよう努力してきた廃棄物をエメザレが大量に持ってきたのだ。せっかく今まできれいに掃除していた部屋に、超満杯のゴミが持ち込まれたみたいで、エスラールは苦しかった。
 よく明朗だとか快活だとか楽天的だとか、そんなふうに言われるのだが、エスラール本人に言わせればそうではなく、全ては努力の賜物なのだった。それが楽天家の天与の才能なのさ、と言われればそうかもしれないわけだが、エスラールは良い事柄と悪い事柄を真っ二つにわけて、悪い事柄を一切合財葬ってしまうことができた。

 言葉で表せば簡単そうに聞こえる。でもそれがなかなか難しいのだ。悪い事柄というやつは忘れようとしてもしつこく粘っこく、まとわり付いてくるものだからだ。完全に捨て去るのは大変な作業だった。でもエスラールは根気強く何度も捨て続けた。その結果が今のエスラールの人物像を構成しているに過ぎなかった。

 とにかくエスラールは人生を、ガルデンの生活を楽しみたかったのだ。
 そのためには、エメザレが持ってきた絶大なるガルデンの闇を、適切に処理しないわけにはいかなかった。それに闇を無視できるほど、エスラールはまだ大人でもなかった。


◆◆◆

 自分がどこにいるのかよくわからない。ここがどこなのかもよくわからない。

「ああぁ……あ……ゃっ」

 泣いているのだ。だが少しも悲しくはない。傷付いてもいない。心と身体が完全に分離している。身体は喘ぎ泣き叫び、絶頂の境界線を彷徨っている。

「……もっ、と――し、して。もっと……突いて。突いて突いて突いて突いて」

 信じられないほど猥雑な言葉を吐いて、ペニスは痛いほどに勃起している。敏感に震えているペニスの先からは透明な汁がにじみ出て、生き物のようにゆっくりと垂れていく。

「この淫売が。ケツ犯されて嬉しいか」

 誰かのペニスが腸を抉るように突き上げてくる。地面で跳ねる猟奇的な魚のように腹の中で暴れている。

「う、うああぁ……ああ、あああぁぁああ!」

 身体が勝手にそれを締め付ける。切断できそうな強さだ。拒みたいのか気持ち良いのかわからない。嗚咽が漏れる。誰のペニスでもいいと思う。身体が痙攣し、その勢いで中に溜まっていた精液は差し込まれたペニスとアナルの間から溢れて、カエルの鳴き声ような音をたてた。煮え立った泡みたいなものが吹き出てきて、下腹部を汚していく。中で掻き回されて融合した生命になれない塊だ。

「汚ねぇな。お前。これ何人分の精子だよ」

 ペニスが引き抜かれた。ボトボトと卵の白身のような粘膜が零れ落ちる。身体が空っぽになった気がして、虚しくて堪らなくて呻いた。

「は……やく、突いて――し、んじゃ……う」
「聞いたか? こいつチンコ欲しくて死ぬんだって」
「バカじゃねぇの」
「いいじゃん。顔、綺麗なんだから。ケツ汚くても」

 こいつらは誰だろう。知っているはずなのに、なにも思い出せない。

 口の中にペニスが詰め込まれた。顎が痛いほどの太さで、しょっぱくてほんのりと鉄の味がする。鼻から息を吸うと小便を蒸らしたような匂いがした。それが感覚の敏感になっている鼻腔に絡み付いて取れない。

「んんっ……ぐ、……ひ、うぅ」
「これで満足か? え、嬉しくて死にそうだろう」

 食道まで到達しそうな勢いで口の中を突いてくる。猛烈な吐き気に襲われるが、出かかった嘔吐物はペニスと空気に押されて胃に戻り、再び逆流しては戻り、それが何度も繰り返される。

 誰かが尻を乱暴に叩いて持ち上げた。さっきとは違う形状のペニスが差し込まれ、今度は中で円を描くように動き始めた。内部の壁にぴったりくっつくように動くそれは、心地よい場所を確実に擦る。

「うぅ、……うぁ、あ、ぐっぅ」

 原始的な快楽で身体中が痙攣し、もう自分の体重を支えられなくなった。床に突っ伏しそうになるのを、誰かは許さない。髪と尻をそれぞれ引っ張られて、腹部だけが床の冷たさを感じた。頭と尻が反り上がり這いつくばる姿勢は、なんだか昆虫のようだ。床は先ほどアナルから噴き出た精子でぬめっていて、腹部は冷えた生臭いスープに浸っているようだった。

 すっかり自分の胃液の味に染まったでかいペニスが、殺意でも持っているかのような勢いで喉を打ちつけ、口の中では唾液と精液と途中まで出てきた嘔吐物がめちゃくちゃに混合されて、それが鼻から垂れてくる。だがそんなことはお構いなしに、アナルの中のペニスはぐるぐる暴れ回って、全部を帳消しにするような官能を脳に与えている。

「やぅ、うう、ああぁ、ぐ、うぅ」

 筋肉がひきつり、感覚がおかしくなり、鼻から塩水を吸い込んだようにヒリヒリして、顔全体が痛みの熱に包まれ、絶叫したくなって思い切り息を吸い込もうとした時、気管に勢いよく精子が流れ込んできて、精子の海で溺死しそうになった。

 ペニスが口の中から引き抜かれた途端、胃の中にあった全てのものと気管の精子が逆流し、こみ上げてきたものを床に向かってぶちまけた。と同時に掴まれていた頭が放され、支えを失って見事に生温かい嘔吐物の中に落下した。

 だがそれでもアナルの中のペニスは動き続ける。顔は嘔吐物を拭う雑巾のように動きに合わせて上下する。息を吸おうとする度に、鼻と口に酸っぱく硫黄の臭いがする死んだ体液がのめりこんできて、満足な酸素にあり付けない。

「ああぁ、あ、ああぁ、うう、やぁぁああーーー!」
「俺はこいつの目が好き。すげー可愛い」

 また誰かが嘔吐物にまみれた汚い顔を引き上げてペニスを押し付けてくる。誰かは両手で右目をこじ開けて、その中に硬いペニスを擦り付けた。視界の半分が性器で覆いかぶされて、まるで目の内側からペニスが突き出てきたような錯覚に陥る。その先っぽは精液で濡れていて目の中の涙と交じり合い、粘っこい涙が溢れた。

「うぁ、ぁ……ああぁぁぁぁ、い……ッ……いや、あ――イっちゃ、ううぅ」

 もうどうでもいいくらいの悦楽で、目の痛みなど感じない。恐怖もない。溶けるように熱い。身体の中がドロドロの液体になっているみたいだ。

「眼球フェチとか趣味わりーな」

 アナルの方に突っ込んでる奴が笑う。

「ぶにぶにして気持ちいいよ。ヤバイな。こいつの目貫いて、ぐしゃぐしゃにしたい」
「顔はやめろ」

 随分と遠いところで静かな声がした。

「もちろん。わかってますよ。先輩」

 突然目の中で射精された。ペニスが目から放されると、精子が網膜に貼りついて世界中が白くなった。眼球を包み込むようにして目の中に入り込んでくる。幾本もの精子の涙がこぼれた。ここはどこなんだろうか。

「あぁ……ん、ああぁあああ、イくぅう、ぃやあああぁぁぁぁぁーー!」

 白い瞬間を迎えて動脈が壊れそうなほどに収縮を繰り返している。脳の奥が疼いて、ひどい脱力感に襲われ、震えと余韻が治まらない。何度も到達したこの感覚のせいで、生命を使い果たしてペニスからはなにも出なかったが、それでも自分の全てが出て行ってしまったような気がした。アナルの中でも熱いものが広がっていく。大量の精子は温かい飲み物を飲んだときのように冷えた腹部を優しく暖めた。

 一体ここはどこなのだろうか。なにをしていたのだろうか。

 でも誰も、ここまで到達できはしない。ここはどこでもない。どこにも存在しない領域だ。誰も来ない空白の領域なのだ。身体が泣いている。しかし少しも悲しくはない。傷付いてもいない。なぜなら空白だからだ。



◆◆◆

 エスラールは変な夢を見ていた。空が斑点に覆われる夢だ。

 エスラールは一号寮の外廊下から空をぼんやり眺めていたのだが、大きい雲の塊がだんだんと細かく切れていき、斑点模様になっていくのだ。小さな雲たちは空を自由に漂いながら、ゆっくり雨雲に変わるように灰色になっていく。

 エスラールは振り返り寮に向かって「雨が降るよー」と怒鳴ったが、なんの返事もない。ガルデンは墓場みたいに静かだった。そのことに腹を立てつつ向き直ると、いつの間にか雲は赤黒くなっていた。

 そして気付くのだ。空が巨大なエメザレの上半身で形成されていることに。エメザレの皮膚を丁寧に剥がして、気が遠くなるほど伸ばして、誰かが空に貼り付けたのだ。たくさんの画鋲が見える。誰があんなものを掲げたのだろうか。なんとも暇な奴だ。

 そこで巨大な星のように無数に輝いている鬱血痕がいっせいに収縮を始める。大気が揺れ世界が心臓のように鼓動する。空気が漏れる音がする。空に穴があいているからだ。全てが流れていってしまう。吸い込まれてしまう。

 でも他人事のようにエスラールは空を眺めていた。

 息苦しくなってくる。空気がなくなっていく。一体あの穴の先にはなにがあるのだろうか。素敵なところだといいなぁと思う。でも、もう息が吸えなくなっている。空を――エメザレの皮膚を見ている。どうしてあんなに伸びるのか理解できない。皮膚を剥がされてエメザレは痛かっただろうか。だがきっともう綺麗な皮膚に変わったんだろう。

 横を見ればエスラールの隣ではエメザレも空を見ている。いつからそこにいたんだろうか。しかもなぜかエメザレは素っ裸 なのだ。仕方ないので目を逸らした。

「見て」

 とエメザレが言う。だからエスラールはエメザレの裸を見た。
 その身体は腐っていた。顔は綺麗なのに身体は駄目だった。炎天下に三日放置された動物の屍骸みたいに身体中から変な黄色い汁が出て、表面が熟れすぎた果実の皮をめくったようにブスブスと崩落している。湿ったカブトムシを鼻に詰めたような臭いがする。臭いどころか口の中にカブトムシの味が広がっていく。

 でも息ができない。死ぬ。

「穴はね、そこらへんに、世界中にいっぱい空いてるよ」

 エメザレは笑っている。

「てーか、超汚ったねーー!!」とエスラールは叫びたかった。

 だが息ができなかった。エスラールは暴言を吐けなかったことを無念に思いながら倒れて死んだ。



◆◆◆


「ほんげっ」

 という謎の雄叫びをあげてエスラールは飛び起きた。口の中には毛布が入り込んでいる。おそらく大口を開けながら、いびきでもかいて寝ていたのだろう。毛布が詰まって息が苦しかったらしい。しかし冗談抜きに窒息死寸前だったと思われる。心臓が破裂しそうな勢いで脈を打っている。

 寝れないとか言っておきながら、完全に寝ていたことがなんだか間抜けに思えて、エスラールは息を切らせながら一人でせせら笑った。

そしてなんとなしに、エメザレのベッドに目を向けた。

「いねぇぇぇぇぇぇえええしっ!」

 エスラールは両手で頭を抱えて絶叫した。
 エメザレのベットはまっ平らだった。いくらエメザレが薄っぺたいといっても限度がある。いない。確実にいない。

 エスラールはベッドから降りると、エメザレの毛布を引っぺがした。当然のようにいない。これでいたほうが驚きだ。どこにいったんだ。希望的に考えるとトイレだろうか。
 エスラールは先ほどまでエメザレが横たえていたシーツに触れた。冷たかった。出て行ったのはかなり前だ。希望的に考えると長いウンコだろうか。

 しかしさすがのエスラールも今回ばかりは希望にすがるわけにはいかない。エメザレは「二号隊に帰らなければならない」と言っていた。きっとエメザレは二号寮に帰ったのだ。しかし二号寮に帰ってどうするつもりなのだろうか。勝手に戻ったところで、二号隊にはもうエメザレの籍はないはずだ。そんな子供じみたことをしても、ガルデンが要望を叶えてくれるわけがない。そんなことエメザレもわかっているだろうに、帰ってなんの意味があるのだろうか。

 いや、理屈はともかくとして、とりあえずエメザレを探しに行かなくてはならない。自分には責任がある。エメザレから目を放すなとサイシャーンに言われたのだ。

 エスラールは半分寝ぼけながら、寝間着に制服のブーツという奇妙な出で立ちで部屋を飛び出していった。



 真夜中も真夜中の時間帯だけに一号寮は静かだった。廊下に灯は一切なかったが、外廊下から入ってくる月の明かりで案外暗くはない。

 エスラールは急いで一階に降り立つと、サロンに誰もいないことを一応確認してから、訓練場を突っ切って二号寮へと向かった。訓練場には白っぽい砂が敷かれているのだが、それが月光を反射して黒い二号寮を下から不気味に照らしていた。

 エスラールにとって二号寮は未知なる領域だ。いつぞや述べたように一号隊と二号隊にほぼ接点はない。二号寮に用があるわけもなく、立ち入りたいとも思ったこともなかった。もはや別世界だ。

 彼は初めて二号寮に足を踏み入れた。ぱっと見た限りでは一号寮と間取りは変わらないようだ。しかし方角の問題なのか、気のせいなのか月明かりが弱々しく感じる。なんだか一号寮とは空気が違うように思う。冷たい風が吹いてきて、エスラールを威嚇するみたいに撫でていった。

 帰ると言ってもどこに帰ったのだろう。
 エスラールは考えた。普通に考えれば前に住んでいた部屋だろうが、それが何号室なのかわからない。まさか一室一室訪ねて回って探すわけにもいかない。誰かがいれば聞けるのだが、この時間帯では誰かを見つけるのすら難しそうだ――いや、サロンがある。あそこは夜通しランプが点いているから、もしかしたら誰かいるかもしれない。
エスラールはサロンに向かおうとした。

 が、“二号寮のサロンには幽霊が出るんだ”というエメザレの言葉が頭を駆け抜けて止まった。忘れていればよかったものを、こういう時に限って思い出してしまう。あの威嚇するような冷たい風は一体どこからやってきたのだろう。幽霊などいるわけがない。そう、いるわけがないのだ。しかし頭ではわかっていても、怖いものは怖いのだ。全く足が進まない。二号寮に一歩入ったところで、エスラールは立ち往生していた。

 情けないが怖い。迷惑を覚悟でヴィゼルを叩き起こして付き合ってもらおうか。でもさすがに悪い気がする。エメザレを見ておけと頼まれたのはエスラールだ。ヴィゼルを巻き込みたくない。

 また強い風が吹いた。夜の肌寒い空気が帰れとばかりにエスラールを押してくる。だがその風がエスラールの耳に微かな音を届けた。

 泣き声だ。すすり泣き、時おり嗚咽が混じっている。猫ではない。鳥でもない。そして幽霊でもない。エメザレだ。泣き声で人物を特定できる特技は持ち合わせていないが、それでもわかる。あれはエメザレの声だ。

「エメザレ」

 エスラールは泣き声のする方へ走った。
 間取りが一号寮と変わらなければ、一階の正面廊下を真っ直ぐ行くと、サロンに辿り着くはずだ。案の定、廊下を真っ直ぐ進んでいると、ぼんやりと明るい空間が見えてきた。やはり二号寮のサロンもランプは点きっぱなしらしい。エスラールは灯を目がけて突進した。

 目の前にひらけた場所が現れた。だがその光景の意味がよく理解できない。とりあえずエスラールが認識できたのは、サロンの真ん中にできた牛乳のような白い水たまりの中で、震えて泣いている裸のエメザレの姿だった。そのほかに人影はない。

 サロンの様子は一号寮とは全然違う。一号寮のサロンは毎日誰かしらが集い、例え誰もいなかったとしても、なんとなく多くのひとに使われている場所の気配がするのだ。だが二号寮のサロンにはそれがない。閉鎖的で簡素すぎる。一号寮にはたくさん置いてある木箱が一つもないせいかもしれない。とにかくただ広いだけの場所で、ちっぽけな椅子が一脚だけ隅のほうに置いてあるが、気軽に集える場所には思えなかった。

「なに……してんだよ」

 エスラールは駆け寄ってエメザレを起こそうとしたが、その白い水たまりの正体に気が付いて言葉を失った。ひどく生臭い。つんとする刺激臭も混じっていて、エスラールは思わず小さくえずいた。

 だがエメザレはその白い汚物の中に先ほどからずっと身体を横たえたまま、起き上がろうともせずに震えている。というか痙攣している。目は開いているが、エスラールを見ていない。

「おい! しっかりしろ。大丈夫か!」

 エスラールはエメザレを抱き起こした。エメザレの骨ばった肩は腐ったようにぬめっていた。右の眼球にはおそらく精子が張り付いていて、痛々しいほどに充血している。頭をゆっくりと起こすと、だらしなく開かれた口から、泡なのか胃液なのか精子なのかよくわからない液体をこぼした。

「あ……ぁっ……あぁ、ぅ……ふ、ぅ……」

 何か言いたいのかもしれない。おそらく過呼吸気味なのだ。言葉が音になっていない。
 綺麗な髪も顔もわけのわからない粘液で汚れている。上半身どころか下半身にまで鬱血痕は広がっていて、ペニスの先は擦れたみたいに赤く腫れている。

 死体のようだと思った。魂がない状態を死んでいると定義するなら、これはもう死体だ。

「誰がこんなことをしたんだ」
「……て、……ぉ、か……して」

“――犯して”

 エメザレはそう言ってすがってくる。
 もうこいつ、狂ってる。
 エスラールは失望した。


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