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大名艶の休日

(見かたによってNLにもBLにもGLにもなります。少々エロいです) 



 その日、ベイネの都市は晴れていた。
 いつもはほこりっぽい淀んだ空気も、昨日の雨のせいなのか、その日は気持ちのいいくらいに澄んでいた。

 ベイネのど真ん中に聳え立つ、城という表現がもはや正確な大豪邸の四階の窓から身を乗り出して、彼はその美しい空気を感じた。昼前の下界を見下ろせば人々はひしめき合いながらも、目まぐるしく動いている。中央道路は今日も馬車で詰まり、市場の賑わいは部屋の中にまで届いてくる。休むことを知らない都市の中で、意外にもこの人工高台に建つ大豪邸が一番静かな場所であるように思えた。

「はぁ」

 窓から身を引っ込めて、床に敷かれた低いベッドに倒れ込み、彼は大きくため息をついた。目の前には見たくもない、第一の主人ラルダ・シジからの手紙が無造作に置いてある。見たくもないのに、彼はその手紙をもう一度読んだ。

 新しい大名艶・ラルグイムを雇ったらしい。いや、正確には大名艶・ラルグイムにさせた男を雇った。名前はバドーチャというらしい。目の大きい、たいそう美人なシクアス種族で、大学を出ておりとても優秀だ、と書いてある。

 考えてみれば自分もそうだった。ラルグイムで五本の指に入る大富豪ラルダ・シジに気に入られ、高度な手術を何度も受けさせてもらい、女とほとんど変わらないこの身体を手に入れた。そして、ラルグイムという国から大名艶の称号を贈られ、大名艶・ラルグイムとしてラルダ・シジに仕えていた。つい三ヶ月前までは。

 ご丁寧にも手紙の最後には「大切なフォスガンティ。君の居場所はいつまでも私の隣にある」とある。

 そういえば彼が手術を受けさせてもらえたのは、ラルダ・シジが召抱えていたお気に入りの大名艶・ラルグイムを、大切なお得意様へ贈ってしまったからだった。そして自分も三ヶ月前、ジヴェーダというエクアフ種族の拷問師に贈られた。ジヴェーダは異国の宮廷拷問師であり、ジヴェーダをどうしても雇いたかったラルダ・シジは最大級の贈り物として豪邸と宝石と大名艶・ラルグイム・フォスガンティを選んだ。

 それにしてもいい天気だ。
 ベッドに横たわる彼の背中には、丁度いい暖かさの日の光が当たっている。

 外に行くか。気が晴れるかもしれないし。

 フォスガンティは手紙を放り投げてベッドから起き上がった。


 元来、彼は外に出るのが好きだった。シクアス種族が主なラルグイムでエクアフの彼は歩いているだけで目立つ。さらにはシクアスの中ではかなりの長身と長い足と、エクアフにしては驚くほどの豊かな胸を持って最高に着飾れば、街中を歩いていて振り返らない者はいないくらいだった。その上、本当は男で大名艶・ラルグイムだと知れれば、みなひれ伏すようにして、ただへりくだってくる。それがとても嬉しかった。

 しかし、第二の主人ジヴェーダはあまり外に出たがらない。ジヴェーダに付き従い常に傍にいるのが仕事の彼は、めっきり外へ行く機会が少なくなってしまった。

「ジヴェーダ様、フォスガンティでございます」

 彼は主人の部屋のドアを叩いた。しかし返事はない。おそらくまだ寝ているのだろう。
 ジヴェーダが生まれ育った異国のことはよく知らないが、お堅いエクアフ種族のお国柄か、このラルグイムのあらゆるものに対して柔和なシクアス種族と、ジヴェーダのそりが合わないらしいことはよくわかった。

 ジヴェーダはラルダ・シジが所持するラルグイム三大闘技場の一つ、ノムン闘技場の専属拷問師として雇われているが、拷問ショーのない時はほとんど自室にこもりきりで、寝ているか起きても酒ばかり飲んでいる。時たま娼婦が部屋に招かれるも、出てきた娼婦にジヴェーダの様子を聞くと彼女達はただ首を横に振るだけだった。

「ジヴェーダ様、失礼します」

 フォスガンティは勝手にドアを開けた。
 許可なく主人の寝室に立ち入るなど、あまり褒められたことではない。気の短い主人であれば激昂することだろうが、ジヴェーダ場合その手の気づかいは無用であった。いや、他の使用人には手当たりしだい怒鳴り散らすのだが、フォスガンティには怒らない。そしてなんの興味も示さない。もちろん夜の相手にもされない。ほとんど無視されていると言っていい。

 彼の予想通りジヴェーダはまだ寝ていた。飲んでいる途中で潰れたと見えて、ベッドではなく床に敷かれた広いソファーの上で肘掛を枕に寝息を立てている。窓は閉めきられて部屋は薄暗く、相変わらず汚い。服はそこら中に投げ捨てられ、酒のビンもいたるところに転がっており、用途不明の高級品が散乱している。

「ジヴェーダ様、お休み中のところ申し訳ありません」

 フォスガンティはジヴェーダの耳元で優しく囁いた。

「なんだ」

 起きていたのだろうか。ジヴェーダは目をつむったまま、不機嫌そうに、しかし寝起きではなさそうな声で言った。

「あの、今日お休みを頂いても構いませんか? とても天気がいいので外に出たいのですが」
「勝手にしろ」

 早く出て行けとばかりにジヴェーダは手で宙を払った。


***

 そのようなわけで、彼は久々に外に出た。
 少し前まで、どうとも思わなかった街並みが不思議なくらいに懐かしい。ベイネ独特のしけったような、土と香辛料が混ざり合った匂いも彼は好きだった。大豪邸がある高台を下りるとすぐに賑やかな街中に出た。下っ端の使用人が馬車を用意するかと尋ねてきたが彼は断った。ベイネの都市内では馬車より徒歩の方が早く移動できる。

 久々の外出ということもあってフォスガンティは最高に着飾ってきた。金の首輪に髪飾り、腕輪、護身用の剣も細身で流行の反りのないものにした。前が完全に開いた胸を隠さないロングドレスは、深く、それでも鮮やかな色の美しい赤でそこの市場ではちょっと見かけない光沢を持っていた。
 太陽の下でさらに鮮やかさの増した赤いドレスは彼の色素のない真っ白い肌と、なによりこの赤茶色の都市に映えた。
 途中すれ違った人々は、フォスガンティの美しい姿に驚き振り向いて口笛を吹いた。そんな反応を嬉しく思いながら、彼は自慢の美しい胸を張って足取り軽く近くの花町に向かった。


 その花街は上継と呼ばれていた。歴史深く三百年続く店もあるほどで、かなり高い店ばかりだが今のところラルグイムは景気がよく、この上継もまだ昼前だというのに賑わっている。客層は商人がほとんど。大通りの両脇に連なる店々が最も高く、大通りから離れるほど値段は安くなる。
 大通りでは馬車が例のごとくひしめき合い、徒歩でなければ身動きが取れないほどだった。豪華な箱馬車の間をすり抜け、彼は大通りに面した店に入っていった。

 ラルダ・シジ行きつけの店で「迎賓館」という。最も高級というわけではないが、ここの支配人はラルダ・シジのお得意の取引相手だったので、よくこの店を使っていた。たいていラルダ・シジにお供するフォスガンティは何度もこの店を訪れている。
 この頃は休日がもらえた時はここにくるようになった。新しい店を開拓するのもいいのだが、顔が利くほうが何かと便利なのだ。

「ようこそおいでくださいました!」

 店を任されている若き番頭のクライタの声が玄関に響いた。なかなかやり手らしいと噂のクライタは輝くような笑顔で彼を迎えた。

「これはこれは! 大名艶・ラルグイム・フォスガンティ様! お久しぶりでございます。またお会いできて嬉しゅうございます」

 わざわざクライタは店に響くような大声で言った。大名艶・ラルグイムが来る店として知られればそれは宣伝効果になる。
 普通ならば待合室に通されるのだが、フォスガンティの場合は特別で個室に通された。狭いが待つには快適である。

「アサを呼んでくれる? 空いてないなら空けて」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 彼の無理な頼みもあっさり通るのは金と名声ゆえだ。クライタにしてみれば迷惑であろうが、彼は優越感に浸った。

「フォス! 来てくれたのね!」

 アサの部屋の扉を開けると、アサはそう言って抱きついてきた。小柄なアサは彼の胸くらいまでの身長しかない。

「アサ!」

 短い手足がどうしようもなく可愛くて彼は思い切り抱きしめ返した。
 アサは迎賓館の名艶で自称二十三歳。流行の薄い桃色に髪を染め長い髪を豪華に巻いている。シクアスの中でもかなり豊かなアサの胸は自分よりももっとずっと大きい。黒目の大きなぱっちりとした丸い目は小動物のようだ。小麦色の肌をさらに焼き、こげ茶色にしている。まるでオイルを塗っているように光るすべすべの肌は赤子よりもきめ細かく見えた。

「会いたかったよ! アサ」

 彼は熱烈に口付けた。
 他種族には彼の行動が理解できないらしい。ジヴェーダは全く理解してくれなかった。確かにフォスガンティは女の身体をしているし、男を愛したこともあったが、どちらかといえば女を好きなることの方が多かった。
 彼が女の身体になったのはシクアス種族の国において、性別を完全に逆転させた身体が、もはや神性を帯びて崇拝される象徴であり、幸運にもその機会に恵まれたから喜んでそうしたまでだ。
 男が男を愛そうが、女の身体の男が女を愛そうがシクアス種族の国では特に気にされない。
 彼は小さいアサを抱き上げベッドに運んだ。

「アサ」

 優しく押し倒すとアサは恥ずかしそうに微笑んだ。



***

「何考えてたの? 全然集中してなかったでしょ。嫌なことでもあった?」

 終わって、冷たいオレンジジュースを飲みながらアサはそんなことを言った。

「はは。バレた? 実はね新しい主人が僕のこと相手にしてくれないの」

 行為の余韻に浸りつつも、アサと同じくオレンジジュースを飲み彼はそう答えた。こんな弱音を吐けるのはアサの前でだけだった。天下の大名艶が夜の相手にされないなど、本当ならば恥ずかしくて言えたことではない。

「ジヴェーダ様が? ふーん。意外ね。なんか性欲は旺盛ってイメージがあったけど」

 彼の腕の中にすっぽり収まってアサは言ったが、もちろん冗談めいた口調で、だ。

「だよね。僕もそう思ってたんだけど…。僕の魅力が足りないのかな。アサくらいおっぱいがあったらよかったのかも。まぁたぶん僕が元は男で男娼の出なのが気に触ってるんだと思うけどさ……ジヴェーダ様、エクアフだし」
「あら。魅力が足りないなんて、わたしより美人のくせしてなに言うの! わたしより細いし足長いし乳首きれいだし!」

 半分ふざけながらアサは頬を膨らませて怒ってみせた。それから急に真面目な表情になって口を開いた。

「前、来たとき、確かラルダ・シジにジヴェーダ様の行動を手紙で報告してるって言ってなかった? それがバレたんじゃないの?」

 彼女にそんなことまで言ってしまったのか。と彼は少々自分を恥じた。

「でも、別に悪口を書いてるわけでも見張ってるわけでもないよ。どちらかと言えばジヴェーダ様の欲求を満たすための手紙だよ。あれを欲しがってるとか、なにに興味があるとか、どれが嫌いらしいとか。それにバレるようなヘマはしてないはずなんだけどな」

 ラルダ・シジは雇っている人間を本当に大切にする。なにが欲しいらしいと噂を聞けば、ラルダ・シジはなんでもない日であっても、それを買ってきて贈ったりする。ジヴェーダの場合、異国からやって来たので文化の違いがあるだろうと、ラルダ・シジは特に目をかけていた。
 そんなラルダ・シジの役に立ちたくて、彼はこっそり手紙を書いている。

「どちらにしても、気にすることないわ。きっとジヴェーダ様は疲れてるのよ。まだこの国に慣れてないだけ。フォスのせいじゃない」
「ありがとう」

 なんだか心が楽になった。今日も帰ったら、来るわけないとわかりつつも、彼は主人のために着飾って寝るのだろう。

「ね、このあと暇? 二人で外に出ない? フォスを連れて行きたいところがあるの」
「ほんと? もちろん行くよ!」

 アサからの思ってもみない嬉しい言葉だった。久々に飛び上がるほどの喜びを感じて、彼はもちろん即答した。

「じゃあ、裏口で待ってて! 適当に理由つけて早引けしてくるわ」

 しかし彼女は自分をどう思っているんだろうか。友達? 相談相手? 仲間? それともただの客? いや、ただの客なら外に誘わないだろう。しかも早引けまでして。

 そういえば自分はどうだったか。一日十人も相手にしてそれが毎日のように続く。指名の客が何百とつこうが特別な関係になるのはほんの一人か二人。むしろいればいい方だ。客は恋人にしないと誓ってるやつらの方が多かった。

 それより一番わからないのは自分の心境だ。
 彼女の事が好きなんだろうか。十五回は彼女を指名している。それとも友達にでもなりたいのだろうか。よくわからない。ただ満たされないことがあると、彼女の顔を見たくなる。でもおそらく、仕える主人に大切にされていればこんな気持ちを抱かなかっただろう。実際ラルダ・シジに仕えていたときはアサのことをなんとも思わなかった。

 もし、アサと恋に落ちて、彼女とどこかへ逃げてしまったら、ジヴェーダ様はどうするだろう。もし、アサが自分のものになったら、僕だけを愛してくれたら、僕は満たされるだろうか。

「フォス! お待たせ」

 そんなことを考えている間に、外出着に着替えたアサが息を切らせながら走り寄ってきた。

「どこいくの?」
「いいとこよ。いいからついてきて」

 アサは彼に腕を絡ませて歩き出した。疑問に思いつつも、アサと外に出られたことが嬉しかった彼は、しつこく聞きはしなかった。

 大通りからは大きく外れ、上継を抜けた。そしてしばらく歩いて、人通りのない寂しい道端でアサは止まった。
 どうもこのあたりは貧困街だ。ここは外れだが、もう少し奥まで行けばスラムにぶつかるはずだ。きれいな服を着て目立つ二人がこんなところでのんびりしていては、いつ物取りに襲われるかわからない。
 しかも彼は今日、高価な装飾品を着けている。

「ここはどこ?」

 彼はアサに聞いたが、アサは微笑んだだけで答えない。絡ませている腕にアサはぎゅっと力を入れた。

 そのとき、前からダルテス種族と思われる大男がこちらに向かってくるのが見えた。嫌な予感がして振り向くと後ろからもダルテスがゆっくりと向かってくる。明らかにこちらを狙っている。

 なぜ貧困街にダルテスがいるんだ。

 不思議に思いながらもとっさに護身用の剣に手を掛けた。が、なぜかアサにその手を掴まれた。

「アサ、なんのつもり?」

 手を振り払おうとしたが、アサは放さなかった。早く剣を抜かなくては間に合わない。ダルテスは広い歩幅でずんずんと前と後ろから近づいてきている。

「バドーチャから伝言を頼まれたのよ」
「……バドーチャだと」

 はめられた。
 気付いたときにはもう遅かった。二メートルはゆうに超える戦士のようにたくましいダルテスの一人が彼の身体を後ろから押さえつけた。こうなってはもう貧弱な彼に勝ち目はない。

「はなせ!」

 無駄な抵抗を試みるもダルテスの鍛え上げられた筋肉の塊はびくとも動かない。アサは少し遠巻きに彼の哀れな様をじっと見ていた。

「アサ、なぜこんなことを?」

 と彼の口が動く前に、顔面にひどい激痛が走った。瞬間目の前は赤くなり、口の中に鉄の味が広がった。
 顔を殴られたのだとわかったとき、あまりにも動揺して気絶しそうになった。

 僕の身体がいくら掛かったのか知っているのか。
 庶民が一千年働いたってこの身体を手にいれることはできない。
 アサ、高級店で人気のきみだって百年はかかる。
 どれだけ努力したのか知っているのか。どれだけ媚を売ったか、どれだけ気の利いたことをしたか、どれだけ嫌なことを我慢したか。どれだけこの身体が大切か。きみは知っているのか。
 そしてこの身体がどれほど脆く、もし壊れたら、治せる医者はこの国に片手で数えるほどしかいないことを、きみは知っててこんなことをするのか。

 しかし、強い者の前ではどうしようもなく無力な彼は、哀れに殴られ続けるしかなかった。しかも大男たちはついでとばかりに容赦なく彼を犯した。迷惑なまでに驚くほど猛々しい男たちに何度も突かれて、彼の内壁は擦り切れ、濡れないはずのそこはいつの間にか血で濡れていた。

「『でしゃばるな。ラルダ・シジの隣は私の居場所だ。これ以上ラルダ・シジに付きまとうな。手紙を送るな。いうことを聞かなければ、今度は顔を潰す』そうよ」

 起き上がるのも叶わないほどに痛みつけられた彼を見下げてアサは微笑んだ。

「なぜアサが……?」

 擦れた声でフォスガンティはきいた。

「買収されたの。今度あんたが来たときにそう伝えるようにって」

 そう言い放ってから、アサはしゃがんで彼の顔を覗き込み、慈悲深げに優しくこめかみの傷を撫で、再び言った。

「あ、そうそう。わたし、あんたのこと大っ嫌いよ。同じ職種で自分より美しくて若くてお金も地位も名声もあって、そんなやつの隣にいてわたしが癒されるとでも思ってるの?
どうせわたしはたかが迎賓館の名艶だわ。格が違いすぎるわね。わかってる。でもわたしだって努力してるの! あんたを見る度、それがばかばかしくなる。
だから嫌い。ただのひがみだけど、心の底から嫌い。ジヴェーダに相手にされないって聞いてものすごく愉快だったわ。バドーチャに報告したら喜びそうな情報をありがとう」

 そしてアサは彼に背を向けた。

 彼の自慢の胸には大きな痣ができた。中が破れず変形することもなく美しい形状を留めていたのがせめてもの救いだった。せっかくきれいだった光沢のある赤いドレスは土だらけになって破れていた。

 悔しくて、彼は拳で土の地面を殴った。

 よろめきながらもどうにか歩けるまで回復した頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。醜態を隠しつつ歩くには丁度いい時間帯だ。おかげでいつもとは違う意味で振り返って見られることはほとんどなかった。

 屋敷に戻るとフォスガンティの顔を見た下っ端の使用人は何事かと慌てふためいたが、彼は動じることもなく傷の手当てもしないまま主人の部屋を訪れた。

 もし彼の顔と身体をいたく気に入って傍に置いているのであれば、クビにされても文句は言えない失態である。そういう意味ではジヴェーダの無関心は幸運といえた。
 それに、ラルダ・シジとの関係を快適に保ちたいジヴェーダは贈り物を捨てたりはしないだろう。最悪解雇されたとしても、さすがにラルダ・シジの元へは戻らないが大名艶・ラルグイムを雇いたいやつらは大勢いる。
 彼が大名艶・ラルグイムである限り、例え年老いて老人になったとしても職に困ることは未来永劫あり得ない。

「すみません。戻りました」

 それでも申し訳ないという気持ちはあった。彼は少し困ったように主人に向かってそう言った。

「どうしたんだ、その顔」

 ジヴェーダは広い部屋でソファーに寝転がりながら一人、酒を飲んでいる。
 さすがのジヴェーダもフォスガンティの無様な顔を無視できなったらしい。心配しているというよりは経緯が知りたいといった声の感じだ。

「平たく言えば美人局に掛かったような、そんな感じです。情けないですね」
「お前、本当に男なんだな」

 呆れた口調で、見下した顔をしてジヴェーダは笑った。

「そうなんですよ。こう見えて男なんです」

 負けじと彼も笑い返した。
 たかが娼婦に恥ずかしげもなく弱音を吐き、あわよくばいい関係になりたいと願い、同時に理解者を得られるのではないかという甘い期待を抱いた自分は、確かに愚かだった。

「こっちに来い」

 唐突にジヴェーダは乱暴に彼の腕を掴みソファーに押し倒した。

「……うっ」

 柔らかいソファーの上だというのに彼の背中には鈍い痛みが走る。驚いてジヴェーダを見ると、ジヴェーダは彼の痣と傷だらけになった身体を楽しそうに眺めていた。

「やめてください!」

 ひどい屈辱を感じて恥ずかしくなり、その視線から逃れようとしたが、ジヴェーダは許さない。汚れたドレスは引き裂かれるようにして脱がされた。

 こうなるならば傷の手当てをすればよかった。
 傷だらけの姿で行けば心配してくれるのではないかと期待していた。
 化粧をもっとしっかりするんだった。
 今日、外に出掛けなければよかった。

 いつもは誇り高いこの身体。自慢の美しい胸。今はどこもかしこも醜い傷で埋め尽くされている。

「や、いやあぁぁあ!!」

 痛みだけが身体を貫いた。あらゆる場所が悲鳴をあげている。
 これ以上乱暴にされたら壊れてしまう。
 彼は恐怖を感じたが、同時に心が満たされていることに気付いた。溢れ出した涙は痛さゆえかなのか嬉しさゆえなのかわからない。
 蹂躙されながら彼は、痛みに悲鳴をあげ、そして得体の知れない微笑を湛えた。


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