誰よりも何よりも!4
2014/07/01 14:34

修吾に触れたい欲求はある。
しかしだからと言って、今現在の修吾をどうにかこうにかしたいわけではない。

職場の喫煙室にて、溝山は溜め息の代わりに煙草を深く吸い、吐き出した。
修吾と暮らすようになって本数を減らしていたというのに、最近悩み事のせいで増えてしまっている煙草。
吐き出された紫煙は、誰にも見送られず、ただ溝山の顔の周辺を舞い換気孔に吸い込まれ消える。

「失礼します、溝山さん」

呼ばれ、声の発信者がいる方向に溝山が顔を向けた。

「おお、篠宮か、何だよ」

喫煙室の扉を開け声をかけてきたのは、後輩の篠宮楓だった。
この黒髪の美丈夫は、非喫煙者だ。溝山に用がありこんなところまで出向いてきたのだろう。
篠宮はクリアファイルに入った書類を差し出してきた。書きかけの報告書だ。

「部長に提出する書類なんですが、溝山さんに見てもらいたくて」

「あーそうか。……いいんじゃねえの」

「……いやいや、もうちょっとまともに見てもらえませんかね」

ゾンザイに眺めただけで受け取りもしない溝山に、篠宮が溜め息を吐く。そしてそのまま一人分程度の空間を開け、溝山の隣に腰掛けた。二人とも昼休憩の時間だ。

「溝山さん、修吾くんはどうですか?」

「どうって、元気だよ」

「いえ、その……まだ諦めてないんですか」

「っ」

あまりにタイムリーな話題に、溝山はくわえた煙草のフィルターを強く噛んだ。
この青年には、修吾と付き合うことになった事は割りと早い段階で露見している。
篠宮はよく溝山と修吾の住む部屋に遊びに来ていた。つまり修吾とも仲がいいのだ。そこで修吾がある日突然言ってしまった。
『篠宮さん!俺ね、溝山さんと恋人同士になったんです!』

後はなし崩しだ。意外にも嫌悪もせず溝山と修吾の事を受け入れてくれた篠宮に、溝山も相談を持ち掛けている。最近の修吾の言動など特にだ。他に相談出来る相手がいないというのもあるが、長い付き合いで、篠宮は信頼に足る男だと分かっているのが大きい。

「……まさか修吾くんの誘いにホイホイ乗って、手を出したりしてませんよね」

「アホか、俺は修吾に対してそういう性的な欲求はねえよ」

白い目で見てくる篠宮に言い返す。勿論全くないわけではないが、手を出したくないという思いは本音だ。

二人きりの喫煙室。今は溝山が煙草を灰皿に押し付けたため、空間は煙る事なく澄んでいる。
篠宮が、はああーと息を吐き出した。

「修吾くんも可愛いですよね、溝山さんがしたいなら俺もしたいとか、わざわざ言ってくれるんですから」

「正直嬉しいけどよ、まだなんだよ。俺はあんなガキに無体な事するつもりはねえ」

「じゃあいずれは手を出す気でいらっしゃるわけですね」

「……お前は俺に何を言わせてえんだよ」

苛立つ溝山の返しに、篠宮は涼しげな視線だけ寄越した。
少し、試すような目だ。

「いえ……溝山さんはしっかりしてるなと思いまして。俺なら我慢する自信ないですね」

「お前なぁ……俺はお前の実はロリコンです、とか衝撃のカミングアウトを聞く余裕なんか今はねぇぞ」

「ああ、俺ロリコンではないです。少女とか全く興味ないんで」

「だったらいいじゃねえか。俺はとにかく我慢するしかねぇんだよ、少年趣味だなんだって変態になる気はねえからな」

篠宮に横柄に答えながら、少し自信は無くしている。
修吾を純粋に可愛い甥だと思っていた頃までは、溝山の女性遍歴は相当派手なものだった。
しかしいつの頃からか、溝山さん溝山さんと懐いてくる修吾を度を超えて可愛いと思いだし、修吾しか見えなくなる頃からはもう、特定どころか不特定の相手までいないままだ。
あれ?俺もう何年女抱いてねえんだ?いや、つか修吾が小学校中学年くらいからはもう、かなり修吾にのめり込んでなかったか?

やっぱり何だかんだいっても、自分は変態なのではないか?

改めて自覚した状況に、冷汗が出る。

「修吾くんも中学生ですからね、そういうことに興味出てきちゃうんでしょう……溝山さん、修吾くんが他で試してみるなんて変な気を起こさないよう、気をつけた方がいいですよ」

溝山の変化に気付かないのだろう篠宮は、とてつもなく恐ろしい事を言ってくる。

「アホか!」

「自分が中坊の頃とかどうでしたか?モラルも何も関係なしに欲望や興味に忠実じゃなかったでしたか?」

慌てた溝山に、篠宮はどこまでも淡々と空恐ろしい言葉で責める。
そして篠宮の言葉は、溝山に否定出来るものではない。自分が修吾と同じぐらいの時など、素行は目茶苦茶だった。
思い至り、まずいと思う。それならいっそ、自分がという劣情が頭を掠める、が。
鮮烈に焼き付く、あの自分と瓜二つの男に修吾が押し倒されていた光景。
目を真っ赤に泣き腫らした修吾の薄い体、覆い被さる大人の分厚くがっしりとした体躯。

あれはいいものではない。どう考えても虐待だ。あの男の「養父が養子に性的虐待」という言葉が脳内でループする。

「っだからって、俺が修吾に何かしたらそりゃただの犯罪だろうが……!」

「それはそうですよ」

必死に絞り出した溝山の言葉に、篠宮は相も変わらず淡々と冷静に答えた。
こいつぶん殴りてえ……溝山はこの日初めて、信頼する後輩に本気の殺意を覚えた。








「溝山さんお帰りなさい!」

「おーただいま、何だ、もう帰ってたのか」

「はい!溝山さんのご飯作らなくちゃと思って」

夜勤明けの溝山を出迎えてくれた修吾の笑顔に、通し番の激務の疲労など吹き飛んでしまう。
春川家に預かってもらっていた修吾は、溝山の帰宅に合わせて帰ってきてくれていたのだ。

「あんまり重いものはダメかなと思って、とりあえず鮭焼いてみたんだけど……あと雷のおばさんから肉じゃが貰ってきました」

「十分だ。ありがとうな、修吾」

礼を言い坊主頭を撫でると、修吾は心底嬉しそうに目を細めた。
可愛く健気な修吾、室内に漂う温かで美味そうな食事の匂い、安らぎの空気。
これ以上何を望めと言うのだろう。これがとてつもない不幸の上に成り立っているのだということを忘れてしまうくらい、こんなに幸せで満たされているというのに。

こんなに可愛い修吾と両想いになれた。今はまだ修吾が恋愛というものを分かっておらず、一時の気の迷いだとしても。
いずれもし、修吾がこの関係を解消しようと言い出したら、好きな女性が現れたら。
その時は素直に受け入れようと思っている、それも溝山の修吾に対する愛情だった。
自分が辛い想いをすることなど構わないのだ。いや辛くなどはない。修吾が幸せを感じて生きてくれるなら、それが溝山の幸せだ。
食卓で動き回る修吾を眺めながら、つらつらと思う。
だから、修吾が後悔してしまうような事はしたくない。
これ以上発展しなければ、今の関係もいずれ修吾が、「そういえば俺溝山さんと恋人同士だなんだって遊んでたこともあったっけ」と笑い話に出来るかもしれないからだ。

「溝山さん、美味しい?」

「最高の焼き加減だ。死ぬほどうめえ」

溝山の前の席で同じく朝食を頬張る修吾の問いに、即答する。
修吾はへへーと笑いながら、牛乳を飲んでいる。

「あ、溝山さん」

「ん?」

「ローションて知ってます?」

「ブフウッ」

あまりに唐突な修吾の言葉に、溝山は口から食べかけの米粒を噴き出した。

「俺さっ男同士のエッチの仕方ネットで検索してみたんだけど、それがあった方がいいんだって。ワセリンとかもいいって書いてたんですけど」

「何検索してんだこの阿保があああ!」

「俺も自分で勉強しなくちゃと思って」

「んなもん勉強しなくていい!」

狂乱の朝食を終え、リビングの共用パソコンのインターネット検索履歴を確認した溝山は、修吾が覗いていたサイトの内容に卒倒しそうになった。

フィルター強度をマックスに設定し、もう一度修吾にそういうことはまだ早いと説教し、布団に入る。
落とした瞼の暗闇の中、まだ納得のいってなさそうな修吾の顔と、他で試したらどうすると言った篠宮の顔がグルグルと回った。



 



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