闇マリク@

※主人格マリクには別の彼女がいる設定です
(このお話には出てきません)






ここは童実野高校。通称ドミ高である。

男子の制服は詰襟の学生服――いわゆる学ランというやつで、女子の制服はピンクのブレザーに青色のリボンとスカートと決まっているが、生徒は好みに応じて制服を気崩したりインナーに派手なシャツを着たり、ゴテゴテとしたアクセサリーを身につけたりと割と自由だったりする。

風紀にうるさい教師や風紀委員も居ないことはないが、何故かいつの間にか大人しくなったり居なくなったりしていて、それなりにフリーダムな学校なのである……!




「よぉマリクちゃん、今日はお前・・の日か!
ちゃんと遅刻せずに登校してくるなんて偉いじゃねーか!」

「チッ……城之内……
いちいち絡んでくるんじゃねえよ……」

「まあまあ二人とも。
おはようマリクくん。今日は歩いて来たの?」

そう声を掛けた武藤遊戯は、マリク・イシュタールと同じく一つの肉体に二つの人格を宿している。

遊戯の方は両人格の仲が良いらしく、表に出てくる人格もコロコロと変わるのだが、マリクの方はあまり仲がよろしくないようで、日替わりで人格交代しているという有様だった。

「主人格サマがバイクを使わせてくれないから歩いて来るしかねぇんだよ……
オレの知らないところに鍵をしまいやがって……
チ……、何故オレが日替わりで学校なんかに……」

ぼやくマリクは主人格のマリクと区別して、なんとなく『闇人格』『別人格』『闇の方のマリク』『マリクちゃん(城之内談)』とか呼ばれていて、クラスメイトにもはっきり見分けがついていた。

彼の髪は主人格とは違いほとんど逆立っていて、目付きや表情、喋り方なんかもかなり違うからである。

学ランの前を開け、インナーに黒いシャツを着込むマリクはダルそうに席に座り、眠気を追い払うように目をしばたたかせた。
普通に朝には弱いのかもしれない。

彼がチラリと窓の外に視線を遣った時、誰かがスマホを弄りながら言った。

「今日やっぱり雨降るみたいだよ。いま全然曇ってないのにね〜
傘持ってきて良かった〜」

「………………、」

それから数時間のちの、放課後。


**********


ざああぁ、と普通に雨が降り注いでいた。
しかも割と強めの雨である。
もちろんマリクは傘など持ってきていない。

チ……、と本日何度目か分からない舌打ちをした彼は、気だるそうに靴を履き替え、仕方なく校舎の外へ出ようとした。

その時である。

「あの……!」

女子だった。
同じクラスの……たしか、名前は瑞香とかいう……

マリクが彼女の名前を思い浮かべた直後、彼女から発せられたのは耳を疑うような言葉だった。

「良かったら傘、どうぞ……!
…………ていうか……、あの、もう…………
もし嫌じゃなかったら、一緒に入って行かない?」





「………………」

はっきりと断る、ということが何故かマリクには出来なかった。
でも、だからと言ってただクラスメイトというだけの女子と、ひとつの傘をさして帰路につくことを二つ返事で了承するつもりもなかった。

『もし嫌じゃなかったら』
……彼女はそう言った。
たしかに考えてみれば、別に嫌なわけではない。

彼女とはクラスメイトとして多少言葉を交わしたことがあるくらいで、そこに特別な好意は勿論、何らかの悪意が入り込む余地など今までなかったのだから。

けれども、では、嫌ではないからという理由で、いわゆる『相合傘』ができるかと言うと……
甚だ疑問である、というか、彼自身にもよく分からないが、自尊心のようなものがそれを許さない……というのが正直なところであった。

だからマリクは、唐突なクラスメイトからの『相合傘』の申し出に、承諾も拒否もせず、沈黙したまま外に出た。

それを彼女が拒絶だと受け取って勝手に肩を落としてしまっても、別に構わないと思って。

結果、今の状況である。



「…………」

瑞香は傘をささずに歩くマリクの後を、何も言わずについて来ていた。

チラ、と背後を振り返れば、傘をさしながらこちらを見つめ続けている彼女と目が合った。

「………………、」

何のつもりだ、追いかけて来て一体何を期待している――頭に浮かんだ言葉は、しかし喉元から出て行ってはくれなかった。

マリクはフン、と鼻を軽く鳴らして前へ向き直り、変わらず歩き続ける。
傘を所持していない他の生徒のように、鞄を笠のようにして頭を雨から守って小走りで帰るという手もあったが、どうにも間抜けな図だと思ったのでやめておいた。

そんなことをするくらいなら、潔く濡れた方がマシなのである。

「…………」

雨が強いのだから、前など見ずに深く傘をさせば良いものを。

それを、マリクの動向が気になるのか、顔を上げて視界を大きく確保しているものだから、傘をさしているにも関わらず彼女の顔は水滴で濡れてしまっているように見えた。

せっかく傘を持っていても、それでは意味がないだろう。


「……………………」

そもそも、何故自分に声をかけて来たのかが分からない。

主人格のマリクはあの調子だから女子にも人気があるようだが、自分はどちらかと言うと周りから恐れられ、距離を置かれる方だ。
理由は色々あるがここでは列挙しない。

にも関わらず、あの瑞香とかいう女は、いきなり同じ傘に入ることを提案してきた。
何の脈絡もなく、である。

もしかしてあの女は、主人格の方のマリクと付き合いがあるとか……まさか、主人格の交際相手だったりするのだろうか……?

……いいや、主人格の女は自分も知らない顔ではない。もっと小柄で、華奢な女だったはずだ。
では何故瑞香は…………もしや、主人格に彼女がいると知りながら、主人格に横恋慕しているとでも言うのだろうか……?

そう、マリクがあれこれと考えを巡らせた時だった。

たたたた、と足音が近付いて来た。
マリクは振り返るよりも先に、思わず足を止めてしまう。

次いで、横からバッと差し出されたモノが、一気に視界に影を落とした。


「一緒に帰らない……?
私の家もマリクくんと一緒の方向だよ」

「…………な、」


頭上を遮った傘は思いのほか大きかった。
けれど、さすがに二人で入るとなるとかなり身を寄せ合わなければ互いに濡れてしまうだろう。

遠慮なく、というわけではないが、探るようにそっと肩を寄せてくる瑞香。

至近距離で見た彼女の顔はやっぱり少し濡れていて、睫毛についた小さな水の粒が、ぱちぱちと瞬きをした時に細かく散ってキラキラと輝いたような気がした。

「おい…………」

「もう濡れちゃったから意味ないかな……?
でも、無いよりはいいよね」

隣で彼の顔を見上げながら、うふふと笑いかけてきた彼女。

そのふっくらとした唇は弧を描いていて、何がそんなに可笑しいんだとマリクは疑問に思ったが、他にも色々言いたいことがありすぎて考えがまとまらない。

真っ直ぐにマリクを見つめてくる、二つの瞳。
その眼球さえ艶々と輝いて見えるのは、これも雨に濡れたことによるものなのだろうか?

離れろ、何のつもりだ、一体ここでは何と言うべきか――――
妙な沈黙がどこか気まずくて、結局彼は一言も発せぬまま、再び歩き出すことしか出来なかった。

当然瑞香はついてくる。
相変わらず得体の知れない微笑みを浮かべたまま、二人の上に傘を翳しながら。



「…………、」

身長差があるだろうに、頑張って腕を伸ばし、相合傘を始めた瑞香が律儀に横についてくる。

肩が触れ合うくらい近くに他人の体温があり、けれども別にそれが不快ではないのは、彼女がマリクよりも小柄で、肉体的に脅威を感じない異性だからなのだろうか。

異性……女。
女、異性と聞いてまず思い浮かぶのは、血を分けた姉のことだ。
大人びていて、聡明で、気品があって……
間違っても、相合傘を迫って自ら体を押し付けてくるような存在ではないはずだ。


チラリ、と隣の女に気付かれないように彼女を見遣る。

彼女自身が伸ばした腕に遮られて、彼女の横顔はよく見えなかった。

どうも落ち着かない。
一体隣の女は何を考えているのだろうか。
歩きながらもっとベラベラとくだらないことを饒舌に語るかと思いきや、思いのほか瑞香は大人しい。
どういうつもりだ。

けれども、こちらから何かを喋りかけるのもどうなんだと思って、マリクは何となく頭上の傘に目を遣った。

ダークトーンの紫。柄模様のない傘。
耳を澄ませば、外界の雨音に混じって、ぱたぱたと雨粒がしきりに傘を叩く音が聞こえてくる。

花柄やファンシーなキャラクターなどの、いわゆる『女物』でなかっただけマシだったと思うべきか。

もしや、大きさからすると男物だったりするのだろうか……?

「何故……、オレに傘を」

気付けば口に出ていた。

「えへへ、なんでだろうね〜?」

はぐらかされたような気がするのは気のせいか?

「物好きな女だ……」

「ふふ……」




「……………………、」

「…………」

「…………………………………………おい、」

「わっゴメン……! 大丈夫、ちゃんと持つから……!」

彼女とは身長差があるのだから仕方ない。
歩いているうちに腕が疲れてきたのか、傘をさしている高度が徐々に下がってきて、傘の内側がマリクの逆立った髪をしきりにわさわさと触り始めたのだ。

この期に及んで邪魔だ離れろと喚くのは、さすがに見苦しすぎるだろう。

で、あれば。

「……寄越せ」

こうなった以上は仕方ないと、やんわりと傘の持ち手を奪ったのだが、その拍子に彼女と手が触れ合ってしまった。

「っ……!」

彼女が息を呑んだ気配がしたが、黙殺して傘の主導権を完全に握る。

彼自身に都合のいい高さで固定してしまえば、あとはそれで終いだ。


「うふふ……」

笑い声からすると、どうやら彼女は今の接触が不快ではなかったらしい。
考えてみれば当たり前の話だ。
手が触れるのも嫌だと思う異性と、相合傘を自分からするなど、一般的に考えたら『無い』のだろうから。

もう一度横目で彼女を見遣る。
傘を掲げた自分の腕の隙間から、彼女の横顔を覗くことができた。

瑞香はマリクの隣で、たったいま彼と一瞬だけ触れ合った手を、もう一方の手で大事そうに包み込みながら嬉しそうにはにかんでいた。

口角が上がって吊り上げられているにも関わらず、ふっくらと柔らかそうに見える唇。
少しだけ赤みが差しているような頬。

これ以上見続けたら視線に気付かれてしまうかもしれない――何となくそこに言い知れぬ気まずさがある気がして、マリクは目線を下へとずらした。

彼女の首元を飾る青いリボン。
ドミ高女子の制服。
白いシャツと、ピンク色のブレザー……日常の光景の一部として見慣れているはずの存在は、こうして体温が伝わるくらい至近距離に在ったことなんか、今まで一度も無かったわけで――

腕を下ろして鞄を持ち直した瑞香。
そのピンク色に包まれた胸元が、曲線を描いている。

身長180cmのマリクから見下ろしてもはっきりと分かる、胸元の膨らみが…………

「ッ…………、」

意識してしまえば、たちどころに存在感を増す、瑞香という女の体温と、ほんのりと香る彼女のやわらかい匂い。

内臓のどこかがぎゅっと締め付けられたような感覚に襲われ、マリクは訳も分からず歯噛みをすることしか出来なかった。


唐突に。

瑞香が「あの、」と言葉を発し、傘を持つマリクの手にそっと自身の手を重ねてくる。

「ッ!!!!」

マリクは息を呑んでしまう。
まるで先程の彼女のように。

だが同時に彼女が歩みを止めたので、それがこの『相合傘』の終了の合図――傘を返して欲しいの意だと、すぐに気付くことができた。
何とタイミングの悪い。

けれども。

傘を渡してやろうとしても、何故か柔らかな手はすぐに離れなかった。

その手がしっとりと温かい理由が、マリクには全く分からない。
雨のせいで冷たくなっているならまだしも……


「……私の名前、知ってる……?」

相変わらず唐突である。
何を、今更。

動揺を悟られまいと、「……瑞香」とだけ答えれば、瑞香は嬉しそうにふふふと微笑んで、傘を彼に押し付けるようにぱっと手を離した。

「私の家、ここ曲がってすぐだから!
マリクくんちまだ先だよね?
傘使ってて! …………じゃあまたね!」

ふりふりと手を振って、ダッと勢い良く雨の中を駆け出して行く瑞香。

「っ、おい」

何事かを言う前に、彼女は背を向けてぱたぱたと走り去ってしまった。

後に残されたのは、ダーク・パープルの大きな傘をさしたマリクのみ。


彼は舌打ちをする。

「チ……、どういうつもりだ」

と、本日何度も頭に浮かんだ疑問が、とうとう口をついてこぼれ落ちたのだった――







「おかえりなさいマリク。
……あら、その傘は…………」

「…………、借りたんだよ……」

「まぁ……それは良かったですね。
マリク、それは折り畳み傘ですよ。そんな雑に扱っては……ほら、ここをこうして…………

でも、水滴を拭いて干してから畳んだ方が良いですね。
乾いたらお友達にお礼を言って返すのですよ」

「フン…………わかってるよ姉上サマ……」



**********


後日。

「ほらよ……」

コトリ、と瑞香の机に置かれたものがあった。

「……!! マリクくん……」

「貴様がどういうつもりかは知らないが……礼は言っておいてやる」

しっかりと折り畳んで留められた傘は、マリクの手によってきちんと瑞香の手元に返ってきた。

瑞香はごくりと喉を鳴らし、用事は済ませたとばかりに去って行こうとするマリクの腕を思わず掴んで引き止める。

意は、決した。

「マリクくん……!
放課後、ちょっとだけ時間ある?
話したいことがあるんだけど……」


自分の想いなど、きっとマリクは何も知らないのだろう、と瑞香は思う。

ずっと前から彼を見ていたことも。
主人格のマリクではなく、日替わりで学校に来る闇人格と呼ばれるマリクの日を、毎回心待ちにしていたことも。

いつか彼に貸してあげられたらいいなと、彼がそれなりに好んでいると思われる紫色の、男物の傘を買って持っていたことも――


あの日、相合傘をはっきりと拒絶されたり、こちらの名前を覚えていなかったりしたら、瑞香はもっと慎重に彼との距離を縮めて行こうと思っただろう。

少なくとも、傘を返してもらって(ちゃんと乾燥させて丁寧に折り畳まれて返ってくるなんて思わなかった!)舞い上がって、勢いで告白してしまおうなんて暴挙には出なかったはずだ。

でもマリクは実際、口では承諾しなかったものの結果的に相合傘を受け入れてくれたし、知らないだろうと思われた瑞香の名前だってちゃんと知っててくれた。

それどころか――校舎から出た際に、一人走って去ってしまえばいいものを、瑞香という相合傘を提案したクラスメイトの女子が後を追いかけて来たものだから、一人足早に帰ることもせずに背後を気にする素振りさえ見せてくれたのだ。

勇気を出した瑞香が駆け寄って、傘を差し出した後も。
身長の高いマリクのために腕を伸ばして傘をさしながら歩幅の大きな彼に合わせて歩くのは大変かと思いきや、彼は思いのほか歩調を瑞香に合わせてくれた。

それから、傘をさすのを代わってくれた。
瑞香の手からやんわりと持ち手を奪って。

その瞬間に手が触れたのはすごくドキドキしたし、そもそも濡れたら嫌だからというようにどさくさに紛れて肩を寄せても、マリクは全く嫌がる素振りを見せなかったのだ。

雨の匂いに混じってほんのり香ってくる、彼自身のやさしい匂い。
嬉しくて、ドキドキして、正直に言ってすごく興奮して、彼とちゃんと喋りたかったのに、思ってたよりずっとドキドキしすぎて、あんまり会話もできなくて……!
雨で冷え込んでいるのに体温がぐんぐん上がって、顔も耳も熱くなって、手が汗ばんで……!

それで、別れ際にさらに勇気を出してまたもやどさくさに紛れて今度はがっつりと手を握った時も、マリクは拒否しないでいてくれたのだ!

ほとんど徹頭徹尾、強引で、押し付けがましいことばかりだったのに。

それでもマリクは、押し付けられた傘を家までさして帰り、ちゃんと乾かしてから丁寧に折り畳んで、
自分が出る日を待って・・・・・・・・・・、きちんと返却までしてくれた!!

これで脈アリだなんて言うのはおこがましいってことは、当然わかっている。

でも。
けれども。

全くの脈ナシというわけでもないと、ちょっとは思ってもいいよね……?
なんて。

だから。






「話したいことがあると言ったな……何の用だ」

「待っててくれてありがとう、マリクくん……!
それでね…………、その…………」

「…………」

「……私、マリクくんのことが好きだから……
もし嫌じゃなければ、付き合って欲しいなぁ、って……思ってマス」

瑞香のストレートな告白に、ぴくりと眉を動かしたマリクは、腕組みをしてフ……、と息を吐いた。

「瑞香とか言ったな……
あの雨の日にも思ったが、オレを主人格サマと間違えてやしないかい……?
主人格サマが来る日まで待って、奴に直接言うんだな」

「ッ……!!」

なんという誤解でしょう!!
瑞香は反射的にフルフルと首を振って、真っ直ぐにマリクの眼を見つめながらずんずんと彼に詰め寄った。

想いが伝わるように。
ありったけの熱意を込めて!


「違うよ……!!
私が好きなのはあなた、いま私の目の前に居るマリクくんだよ……!
ずっとあなたが出てる時だけ見つめてきたんだよ。
間違えるわけ、ないよ……!

私はあなたが好きなんだよ、マリクくん」


言い切った直後、さすがのマリクもポカンとした表情で硬直していた。

まさか本気で自分の方が告白されるとは思っていなかったらしい。

心外な……、自分はただの一度だって今のマリクを主人格のマリクと間違えたことはないぞ、と瑞香は内心遺憾に思う。


「なん、だと……?
…………、何故だ……………………何故…………、」

「恋に理由なんてあると思う……?
一説によるとね、人間が自分で考えた理由とか理屈なんて、全部後付けらしいよ。
ヒトは直感でまずそれを好きか嫌いか判断して、後からもっともらしい理由を考えてくっつけるんだとか……

だから、『好きになったから好き』っていうのが本当の答えかな?」

「…………………………………………ッ、」

「……とは言っても、たぶんそれなりに理由はあると思うよ!
……前に私がクラスで話しかけた時、思いのほか優しく答えてくれたこととか。
学校でデュエルが流行った時、アドバイスしてくれたの覚えてる?
あれすごく分かりやすくて嬉しかったなぁ……
デュエルをするマリクくんがカッコよかった、っていうのもあるかな。
カードを操るマリクくんの指、すごく素敵……というか、綺麗だなって思ったり……

あと、私の名前ちゃんと覚えててくれたし。
私、主人格のマリクくんともあんまり会話したことないのにね」


「…………………………………………………………、」


長い長い沈黙があった。

彼が距離を取る素振りを見せないので、瑞香はどさくさに紛れてこれでもかとマリクに肉薄する。

真正面。
手を伸ばせば、彼を抱き締めることだって出来る至近距離。

「………………くだらn
「付き合うって言ってもね!
……いきなり何か特別なことしようとか、マリクくんを束縛しようとかそういうのじゃなくて……!
いや、そういうので良ければしちゃうけど……!

ただ、この前みたいに、一緒に帰ったり……
朝、一緒に学校行ったり……たまにでいいから!
嫌じゃない時に……そうやってさ
もし休みの日に気が向いたら、一緒にお出かけしたり……

カードショップだってデュエル場だっていいよ!
マリクくんが戦ってるところ、一番近くで見させてもらえたら嬉しいなって……
美味しい食べ物とか、童実野町にはいろんなお店があるから、良ければ一緒に食べに行こうよ……!

本当に、嫌じゃなければ、だけど……
お願いしマス………………」

なんとなく何かを遮った気がするけど、一世一代の告白ということでスイッチが入ってしまえば止まることなど出来ないのだ。

言いたいことは言ってしまわなければ……
想いを伝えて、伝えきって、捨て身でぶつかって、その先に僅かな光明があれば――――

瑞香は『お願いします』のポーズで頭を垂れ、けれども近すぎた為にその頭頂はマリクの胸元にほとんど触れていたので、今の光景を客観的に見たら、彼の胸に女子が頭を預けているようにも見えるのではないか……などと、瑞香は変なことを考えてしまった。

勢いあまって距離感を間違えたなんて恥ずかしすぎるのだが、でもなんだかいい匂いするし、ほんのちょっぴり彼の感触を感じていられるのは嬉しい以外の何物でもなく……!!

そして――――――


「分かった……、ああ、分かったよ……お前の言い分はな……
だから離れろ……!! 一体何を考えてやがる……」

「あっ、ごめんなさい……!
チャンスだと思って、つい……マリクくんいい匂いだなって考えてた……」

「なッ…………!!」

「わ、私の顔真っ赤になってない……!?
興奮すると、なんかブレーキ壊れちゃって、ガンガン行っちゃうから……
嫌だったら、嫌って言って……?
マリクくんを困らせたくは、ない…………

嫌かな…………?
私と一緒にいるの…………嫌…………?」


再び長めの沈黙があった。


そうして、彼からは、たった二言だけが返ってきた。

「別に…………」

これは、『嫌か?』という問いに対する答えなのだろう。

次いで。

「好きにしな…………
どんな目に遭っても知らないがなぁ……」

これをOK以外の意味で取るのは無理があるというものだろう!
少なくとも、瑞香にとっては!!


「本当……!?!? やったぁ〜!
じゃあ好きにするね……!! ありがとう!

…………よろしくね、マリクくん!」

「……瑞香…………物好きな女だ」

「うふふ!
……ねぇ、私もマリクって呼び捨てにしていい?」

「フン……好きにしなぁ」





これは童実野高校、通称ドミ高を舞台にしたパラレルワールド、いわゆる学パロ次元である。

学校には、白い長髪の生徒や、頬に傷のある褐色肌の生徒などが在籍している。

色素の薄い金髪を逆立てた褐色肌のマリクと、ニコニコと嬉しそうに笑う女子生徒はその後、一緒に居る姿をあちこちで目撃されるのであった――


END


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