4



あたしと獏良了。

同級生であり、女子に人気の美少年とそのFCのメンバーという関係であり、そして。

後ろ暗い秘密を共有する者同士。



獏良了は、いつも不敵な笑みを浮かべている。

「おいオッサン。
未成年に手ェ出していいと思ってんのかよ。
ボコられたくなきゃ金置いて行きな」

あたしはそんな獏良了と組んで、悪さをしている。


「な、おまえ……!
騙したんだな……!!」

「知らねーよ。
あんたが勝手に声掛けて来たんじゃん。
とりあえず、お金置いてってよ」

「ふ、ふざけんな……まだ何もしてねーだろうが!
俺に暴力振るってみろ、警察に駆け込んでやるからな!
お前らの顔覚えたぞ!! このクソガキども!」


獏良了は悪党だ。

というか……
奴には、怖いものがないのだと思う。

普通よりちょっと高い身長に、細身の体。
顔立ちは滅茶苦茶整ってるが、それだけだ。
普段の彼をどこからどう見ても、決して腕っ節が強そうには見えないし、並外れた度胸を持ち合わせているようにも見えない。

けれども、ひとたび『本性』を現した獏良了は、まるで悪魔のようだ。

頭も口も回るし、喧嘩も強くて度胸も一級、そして。

彼の持つ妙なチカラ……
というか、多分変な催眠術っぽい何か。

それが、たとえ単独で治安の悪いスラム街を歩いていても、カモられるどころか逆に所持金を増やして通り抜けるんじゃないかみたいな印象を、彼に与えているのだ。


「ならオッサン。
オレとゲームをしようぜ……!
オレが負けたら、タダでその女くれてやるよ。
ついでに、オレの有り金もな。
それならイイだろ?」


獏良了の『本性』は、とらえどころがない。
少なくともあたしには、そう見える。

あたしと居る時の彼は、いつも不敵な笑みを浮かべている。

全てを嘲笑うような。絶対の自信を滲ませるような。
そして――

決して、本心を悟らせないような。


獏良了の『本性』の、その奥にあるものが何なのか、あたしには全くわからなかった。

ただあたしにわかるのは、獏良了という人間は、どういうわけかあたしにちょっかいを掛けて来るということだけ。

たとえば、こんな犯罪? みたいなことを一緒にしたりだとか。




「ヒャハハ、あの野郎……随分と金持ちじゃねえか!
……おらよナマエ、取っときな」

「…………」

「……なんだよ、不満か?
金が必要だって言ったのはオマエだろ?」

「……そうだけどさ」


あたしと獏良了は時々こうして、つるんで悪いコトをしている。

隙がありすぎる風を装い、一人で夜の繁華街をフラつくあたし。
そこに声を掛けて来たキモい男の誘いに乗るフリをして、人気の無いところまで来た時に獏良クンが出て行って、男を脅して金品を巻き上げる。
至ってシンプルな手口だ。

だが、そもそもJKに淫行しようとしているオッサンや強引なナンパ者が、男子高校生の脅しにすぐ屈したりはしない。
そもそも、男が複数の場合だってあるのだ。

そこで取りうる手段は、いろいろある。

相手の弱みを見つけ言いくるめたり、暴力を振るったり。
そして――胸元で光る変なアクセサリーを使った、催眠術のような技に頼ったり。

獏良了が時折口にする、闇のゲームだの罰ゲームだの――
彼がたまに相手に吹っかける、様々なゲームがどっから来たものかなんてことも、あたしにはさっぱり分からない。

ただわかるのは、獏良了はあたしが見た中じゃ無敵ということだ。

意識を保ったまま、自主的にお金を差し出して来る奴はまだいい方。
ひどいのになると、意識不明になったり廃人みたくなったりする奴も多々。

ていうか……催眠術? ってそんなに強いの?
まさか獏良クンは、本物の超能力者……とか?

あたしは笑いながら、彼に問いかけたことがある。

そこで彼が答えたのは、古代の秘められたパワーだぜ、などというこの上なくふざけた中二内容だった。

彼は多分、己の手の内を晒したくないのだろう。

まぁいいや。
あたしも、そんなに興味が無いし。


それよりも。

あたしがずっと疑問に思っているのは、何で彼が『戦利品』であるお金を、ほとんどあたしにくれるのかということだ。

だって、これが釣りなら、あたしは釣具……つまり魚を釣るエサみたいなもんで、釣り人は他ならぬ獏良クンなのに。


あたしには何のチカラもない。

だってあたしは、強がるだけの馬鹿者で、空っぽな人間なんだ……!

馬鹿な母親に嫌気が差し、妹の安寧を願うことを心の拠り所にし、『あいつ』が永遠に帰って来ないことを――
あいつのような男に同じようなことをされることを恐れ、ふとした時に蘇る、おぞましい記憶に死にそうになっている……!

こんな悪さをしてて説得力がないとは思うけど、男に声を掛けられた時のあたしが……
本当はビビって吐きそうになってるなんてこと、獏良了はきっと知らないだろう!


でも獏良了は違う。
彼は高校生にも関わらず一人でマンションに住み自由で、お金にも困ってなくて、学校では友人たちと穏やか(に見える)日々を過ごしている。

しかもその『本性』は、世の有象無象に対してほぼ無敵と来た。

あたしと獏良クンじゃ、その性根がちょっとスレているという共通点以外、天と地ほどの差があるのに……!


「何シケた面してんだよ。
ここまでするつもりじゃなかったって、今更罪悪感でも湧いて来たか?

それとも……オレとつるむのもいい加減飽きたってか。
ハッ、悪かったな退屈でよ」

「いや、そういうんじゃないよ。
ていうかさ……!」


あたしは獏良了を問い詰めたかった。

あたしを肯定することも否定することもなく、ただ面白そうに軽口を叩き、一向にあたしを突き放す素振りのない獏良了を。

「あんたと一緒にいるの嫌いじゃないよ……!
こういう悪いこともさ、なかなか笑えるし、お金のことも感謝してる。

でもさ……、でも意味わかんないんだもん!
何であたしにここまで肩入れしてくれるわけ?
そりゃ嬉しいけどさー……なんか不安になる」


あたしはどこまでも凡人で、臆病で、愚かだ。

獏良了があたしを利用して世界に対する不満の憂さ晴らしをしているつもりなら、それはそれでいい。

けれども……獏良了という人間が、突然あたしに手の平を返し、あたしを突き放すようなことがあったら……

騙されて、嘲笑われて、否定されて、詰られて、彼に陥れられて再起不能なほど叩き潰されたら……あたしは!

そんな落差を、あたしは心の何処かで恐れてるのだ……!!


「ナマエ」

ネガティブになるあたしの思考を、遮る声。

獏良了はそれから――

「……ちょっと付き合えよ」

そう、言った。




「何……? どこ行くの?」

あたしの前を歩く獏良了は、あたしを振り返らずにずんずんと先に進んで行く。

彼はあたしの物言いに、気分を害したのだろうか……?


――知っている道。
見覚えのある街並み。

ここは…………

「このマンション……獏良クンち?」

一応言っておくと、あたしは獏良クンちにお邪魔をしたことはない。

獏良クンと本当に仲のいい武藤遊戯たちならともかく、ファンクラブの――
しかも、その中でも辛うじて取り巻きに収まっているモブのようなあたしなんかが、彼の家に上がる機会なんて無かったからだ。

でもまぁ、獏良クンがこのマンションに住んでいることだけは、情報として知っている。
たしか、階は6階とか――


「来いよ」

ボーダー柄のシャツと上着をまとった獏良了が、何の前触れもなくあたしの手を掴んで、エレベーターの方へと引っ張って行く。

思わず跳ねた心臓に、あたしはちょっとだけ眉をひそめた。

変な話かもしれないが、あたしは『あの日』以来、エロいことはおろか、手だって獏良了と触れ合わせていない。

彼はあたしの口を封じるためにあたしをレイプした。
でもあたしにとってそれは本懐で、獏良クンで処女を捨てたあたしは結果的にその必要がなくなったとはいえラッキーと言って差し支えはないし、つまりそれで終わった話だったのだ。

あたしと獏良了は悪ぶって犯罪行為に手を染める不良者だが、逆に言えばそれだけの関係だったはずなのに。


「えっと……どういうこと?」

あたしは高鳴る自分の鼓動を自覚しながら、エレベーターの前で彼に問いかけた。

上の矢印を押されたエレベーターは、あたしたちを迎え入れ、音もなく上へと登って行く。

獏良了は黙ったまま、あたしの手を離さなかった。

繋いだ手から伝わる体温が、あたしの体に溶けて行く。

「なんで……」

小さな声で呟いたが、やっぱり彼は何も答えてくれないのだった。



601号室。

それが獏良クンの部屋だった。

彼の自宅に有無を言わず連れ込まれたあたしは、そこで離された手に疑問も持たず、とりあえず玄関で靴を脱ぎ――

それから呑気にもキョロキョロと周りを見回したところで、今度は強く腕を引っ張られた。

「痛っ……!」

あたしの抗議も無視し、力を緩めないままあたしを家の奥へ連れて行く獏良了。

「い、たいってば……!
なんで、ちゃんと言ってくれれば……、」

ガチャリ、と獏良了が乱暴に開け放った部屋のドア。

その先にはベッドがあって、そこで初めてあたしは「あー……」と納得したのだった。


そっか。
そうだったね。

獏良クンとあたしの『始まり』は、そこだったね。

きっと乱暴な流れじゃないと興奮しない獏良了は、またあたしをレイプ……
というか、痛めつけながら致す気だ。

まぁ…………そうだろうね。

あの日から全然そんな素振りが無かったから、あたしはすっかり忘れていたのだ。

そうか。
『これ』なら、合点が行く。

獏良了という少年は、その穏やかでない性的嗜好を満たすために、あたしに優しくしたんだ。

あたしを『あいつ』から救って、馬鹿な奴らから巻き上げたお金をあたしに寄越して、あたしに都合の良い言葉ばかり吐いて、それで。

だからあたしにそういうプレイをさせろと。

つまりは、そういうことだ。


でも…………
何というか、あのさぁ……

「馬鹿じゃん、あんた。
『そこまで』してくれなくても、『これ』くらい、いつでも付き合ってあげたのに。

あのクソ野郎を排除してくれた時点で、ほとんど全部オッケーだったのに、あたし。
あんな犯罪行為にまで手ェ染めてさ。
過剰だよ、過剰!
手厚いおもてなしすぎるっての……!」

呆れと照れを隠すように、ぎゃんぎゃんと喚くあたし。

けれどもあたしの言葉に、獏良了は返事をしなかった。
その反応に、どことなく不安を覚えるあたし。

「あ…………もしかして、『あそこまで』してあげないと許されないくらい、ヤバいプレイする……?
命に関わるプレイは、ちょっとな……
とりあえず、どこまでするのか教えて欲しいんだけど」

危機感を感じたあたしは一転、無様にもビビり始めてしまう。

だって考えてみれば、獏良了の変態じみた性癖が、あの準備室でのアレ程度で収まる保証はどこにもないのだ。

アレはたまたま、学校という場所とああいう状況だったから、彼自身が仕方なくアレ程度で強引に収めたとも言えるわけで……

もし獏良了の全力全開が、アレを遥かに超えるモノだったら……

果たして、一度男の子とそういうコトをしただけ程度のあたしに、それが耐えられるだろうか……!?

不安しかない!!!


けれども。

あたしは直後、完全に黙るしかなくなってしまう。

だって、獏良了は。

ひどく、冷たい声で。

「黙ってろ」

――そう、吐き捨てたのだ。




獏良了は、あたしの体を放るようにベッドに投げた。

それから、あたしに馬乗りになって、服に手を掛けて来た。

あ、ととある懸念が頭を過ぎり、また怒られるかもしれないけど、一応言っておくことにする。

「服……、制服じゃないとはいえ、あんま乱暴にしないで。体の方はいいけど。
もし帰れないくらいひどくされたら、獏良クンの服着て帰るからね……!」

言い放ったあたしは、反論やそれ以上を覚悟してギュッと目を瞑った。

マグロ? されるがまま? で良いのだろうか。
彼が何も言わないから分からない。

ていうか――
よく知らないけど、普通互いの合意の元そういう危ないプレイをする場合、事前にいろいろ確認したりするもんじゃないの?

それとも、手厚いもてなしという過剰な前金を払ったんだから、まるで本物かと思わせるような導入部分含めてプレイということか。

……一応言っておきたいんだけど、というか何度も言うけどさ。

あたし、いろいろ汚れてるけど、最後の『本番行為』だけは本当経験ないんだからね!
この前の『アレ』以外!!

心の中で叫んだあたしは、服をまくり上げた獏良了があたしの胸に手を掛けたところで、何もかも諦めようと思った。

願わくば――
あんまり痛いことされないといいな、などと考えながら。



「っ、…………!?」

唐突に、あたしの唇に触れた熱。

ゼロ距離にある人の気配。

柔らかな感触に、呼吸が止まる。

え……、これって……


そのまま、ちゅ、と軽くついばまれる唇。

あたしは何が起きたかようやく悟り、戸惑いと困惑を覚えた。

だって、そんな……

獏良了が、あたしに優しくキスをするなんて。


まさか、目を瞑ってたからキス待ちだと思われた……?

そうだったら滅茶苦茶恥ずかしいし、そもそも乱暴なプレイすんのにそういうコトすんなよ!
と、混乱したあたしはとりあえず獏良了の顔をやんわりと引き離した。

「ごめん、ちょっと……」

目を開け、あはは、と引きつった笑みをこぼし、「ごめん、そういうのいいから」、と言ってから、一応「でもありがと」とも言っておいた。

そう言えば、準備室での時は、獏良クンはあたしと唇など重ねなかった。
であれば、これが彼とあたしの初めてのキ…………

いや、そういうこと考えるのやめよう。
この行為に意味を求めてもしょうがない。

だってあたしは、そんな行為とっくに……
あのクソ野郎が、あたしにさんざん――


「ッ…………、」

一瞬で胸に広がる、黒いもの。

まるで水に大量のインクを流し込んだように、あたしの心はドス黒く染まっていく。

あー……ホント最悪だ。
このタイミングで、思い出したくなかったのに!


あはは、とまた苦笑を漏らしたあたしは、あたしに覆い被さったまま顔を離した獏良了から思いきり顔を背けた。

胸の中がちくちくする。

熱いものと、冷たいもの。
怒りに似た感情と悲しみに似た感情が同時に襲いかかってきて、胸の中がぐちゃぐちゃになる。

それでも、気まずくなったこの空気だけはどうにか言い訳しないと……

そうしないと、あたし。


「やめときなって……!
獏良クンまで汚れちゃうよ? そんなにキレイな顔してんのに。
ほら、あたし汚れてるでしょ……?
意味わかるよね? はは。サイテーだから、あたし!

……ていうか、あんた本当優しすぎ!
あたしに気使わないで、好きなようにしなよ!
して欲しいことあったら言って」


どうしてだろう。

喉がキリキリと狭まって声が震える。
ツンとする鼻の奥に、その理由を自覚して、あたしは唇を噛んだ。

本当、馬鹿じゃないのかと思う。
なに泣きそうになってんだ、あたし。

今更……、嫌なこと思い出して泣くとか。
本当、弱くて嫌だ。

滲む涙を、慌てて手で拭った直後だった。


「っん……!」

まるで獣が噛み付くような勢いで、再び唇を塞がれた。

ベッドに沈められる体に、奪われる呼吸。
ぬるりと歯列を割ったモノが彼の舌だと気付いたあたしは、一瞬たじろいだ。

だがすぐにカチンと来て、今度は強めに獏良了の顔を押し上げて無理矢理引き剥がそうとする。

「あのさ、だから――」

しかし、あたしの抗議の声は、言葉にならずに消滅した。

三たび触れる唇。

「ん、んん……!」

あたしの両手首を掴み体重を掛けて来た獏良了は、今度こそ離れないというように腕に力を込め、有無を言わさずあたしの唇を貪った。

へぇ……、そっか。

ちょっと意外だけど、力ずくでそうしたいならまぁすればいい。
もう逆らわないから、あんまり痛くしないで――

呆れたあたしが半ばそう捨て鉢になって、体の力を抜いた時。

す……と手首の拘束が解かれ、あたしはふんわりと顔を耳ごと両側から包まれていた。

「ん、」


彼の舌が、あたしの口内をゆるく舐める。

温く絡んだ舌に、あたしは全く意味が分からなかった。

何故か痺れる背筋。
頭の中は空転し、思考が鈍っていく。

そして、下半身はじくじくと熱を持ち始めて――


「……ん、ちょ、……ふっ、
んん……、ちょっと待っ…………!
ゃ、ん……」

耳を塞がれ、髪を乱されながら吸われる唇。
その優しさと甘さに完全に面食らってしまったあたしの脳内は、ただ疑問符でいっぱいになっていく。


ねえ。
ねぇ、なんで――

なんで、そんなに、優――


かつて、指の跡が痣になるんじゃないかというほど強く掴まれた胸。

あたしを嘲笑いながら、乱暴に嬲った獏良了。

だがその凶悪な色彩は、どういうわけか今や薄められ、まるで別人のように変わってしまっていた。


唇が離れ、ようやく呼吸を取り戻すあたし。

器用にブラを外した彼の手が、緩やかに膨らみをまさぐる。

首元へ落とされた唇に、牙を突き立てられることを覚悟するも――
あたしの肌を舐めあげたのは、まるで犬が甘える時のような、柔らかな舌だった。


「ちょ、だから……!
ねぇ、あたしの身の上話、覚えてるでしょ?
っん……、ホント、に…………
本当に汚いから、あたし……!
ねぇ、優しくすんの本当にやめた方がいいよ……!」

あたしは、あたしに優しい愛撫を施す獏良了に抗議する。

けれど、彼があたしの言うことを聞き入れることは絶対にないのだ。


――吐き気とは違うモノが、胃の奥底をギリギリと締めつける。

歪む視界。

やばい。ヤバい…………

泣く。

こんな優しい扱いされたら泣く。

それがたとえ、同情でも意地悪であっても。


「獏良クン……、本当に、さ……
そういうのやめて、前みたく、乱暴にやりなよ。
痛いのは別に我慢するから。
ううん、我慢して欲しくなければ、騒いで痛がるから。
だから……」

そうだ。

凶悪な本性を隠し持つ獏良了なんか、優しいはずがないんだ。
優しくなくていい。優しくあっちゃいけない。

そんな、あたしに優しくキスをして。
痛みを与えない程度の力加減で胸をまさぐって、あちこちに唇を落として。舐め上げて。

そんな扱いされなくていい。
前みたいに、冷徹に残酷に、あたしを嬲ればいいんだ。

あたしに快楽なんか与えずに。
強引に脚を開いて、無理矢理指で押し広げて、それで――

暴力だって、多少ならいいよ。
汚い女、馬鹿な女、舐めた口きいてんじゃねえ、そんな『らしい』こと言って、殴りながらしてみせなよ。

そうやって雑に扱われる方が、よほど――

その方がよほど、あたしにとっては良い――!!!



「……っく、……ひっく」

気付けばあたしは泣きじゃくっていた。

獏良了に押し倒され、愛撫を施されながら。

「優しくすんなよ……」

涙で震える声が、部屋の空気に溶けていく。


あのクソ野郎は、あたしの全身をベタベタ汚しまくった。
指で、舌で、そして――

あたしは奴の慰み者になっているとき、いつも吐き気を覚えていた。
怒り、悲しみ、憎しみ、ありとあらゆる負の感情を感じていた。

殺してやりたい――
殺してやる、この世から消してやる。

妹というあたしの弱みをついて、あたしを踏みにじるクソ野郎も。
それを見て見ぬ振りするイカレた母親も。
母親に親権を押し付けて今頃第二の人生を謳歌してるだろう本当の父親も。
そして、『こんなの』がまかり通る、この世界も――

全部憎い。全部壊してやりたい。
大嫌いだ、全部。

あたしは心の中で呪詛を吐いて、魂をズタズタに切り刻まれた。


そんな中で、僅かに残る、光。

あたしの妹。守りたいもの。
そして――

学校という、日常の。
その中にある、非日常。

獏良了……とそのファンクラブという、どこか非日常な世界。
非の打ち所のない獏良了という少年。

あたしは彼が妬ましくて、羨ましくて、そう――
あたしは、まるで太陽のように眩し過ぎる彼と、そんな彼が居る明るい世界に憧れていたんだ。

ドン底にいたあたしが、少しでも現実を忘れるための、虚構の世界。
獏良了という人間にあたしの理想を全て押し付けた、偽りの世界。

その『光』とやらは、実は邪悪な本性を隠し持っていて。
あたしの挑発に乗った形とはいえ、あたしを乱暴して。

そんな本性を学校生活の中で隠すのは、さぞお辛いでしょうねと嘲笑うあたしは、それでもどこか嬉しかったのだ。

獏良了の『本性』と、つるむのは楽しかった。


けれども。

そんな邪悪であるはずの彼にまで、こんな風に優しく触れられて。

それが気持ち悪いどころか、心地良いなどと――

ドス黒いものを思い出したあたしの心に、入り込み。
不敵な笑みを浮かべながら、全て別の色で塗り潰そうとしてきているなんて――


同情なんて要らない。
あたしの怒りは、哀しみは、誰にも癒せないはずだ……!
あたしを救える人間なんか、この世には居ないはずだったのに……!!


獏良了はあたしの肌を撫でる。

夜ごと嫌悪感と吐き気を覚えたその行為には今、温かさと快感しかない。

あたしは泣きじゃくる。

キラキラと輝くばかりの獏良了は、手の届かない高みから、あたしに同情の手を伸ばすのだ。


「……ひどいよ、了クン」

あたしは彼の下の名前を呼んだ。

馴れ馴れしいとは思えど、この行為が確かに彼によるものだと自覚させるため、あえてそう呼んだ。

憧れの人物と体を重ねて呼び方まで変えるなんて、優越感に浸る『本物のファンの女の子』じゃあるまいし。


――だが。

だが。

ようやく口を開いた獏良了は。

ありえない言葉を、吐いたのだ。


「オレは了じゃねえ」


一瞬、あたしが間違えたのかと思った。

獏良了は了という名前じゃなく、あたしが勝手に間違えて覚えてたのかと。

でも、ううん、そんなはずはないと思い返す。

彼は下の名前で呼ばれることはほとんどないが、それでも彼がフルネームで呼ばれているところを、あたしはクラスメイトとして、幾度となく目撃しているからだ。

しかし獏良クンは、そうではない、というように即座にあたしの戸惑いに追撃をかましてきた。

即ち。


「オレ様は獏良了とは違う人格なんだよ。
バクラ……そう呼んでくれりゃいい」

は……?

と硬直したあたしは、直後につんざくような甘い刺激の世界に叩き落とされ、思考力を失った。

「や、あ……っ!!」

「つーか、黙ってろっつったろ……?
雰囲気ブチ壊すなよ。
あとでゆっくり話してやるからよ……!」

「っ、ちょ、ぁ……!」


彼の指が、あたしの下半身をなぞっている。

かつて乱暴に押し広げられるだけだったその部分の、いちばん敏感な小さな突起を、彼の指先がぐりぐりと押し潰している。

頭の芯が痺れる。
とっくにぐしょぐしょになったそこは、痛いくらいに引きつって悦んでいた。


「も、どこ触って……、ぁ、ばか……!」

「ハッ……いちいち口に出して言って欲しいのか?
そういうのがお望みならしてやるぜ」

「ちが、バカ……!
っ、んな、してくれなくていい、ってあ――……ッ!

ん、んん……っ、ん……!」


何もかもが滅茶苦茶だ。
もう何も分からない。

あたしの敏感な部分を撫でながら唇を重ねてくる彼も。

そんな彼のやり方に抗議しつつも、甘い声を漏らし、喘いでいるとしか言いようがないあたしも――


あの最低最悪なクソ野郎に、同じようなことをされた日。
気持ち悪いと思いつつもほんの少しだけ体が反応してしまった自分を、あたしは本気で殺したくなった。

でも今思えば、あの日あたしは死ななくて正解だったのだ。

了だか、ばくらだか知らないが――
あんなモノとは、段違いだ。

だって彼とするこの行為は、気持ち悪いどころか本当に気持ち良くて。心地良くて。嬉しくて。

同情なんかいらない、認めたくないと拒絶をしつつも、本当はもっと触れて欲しいと思っているのだから――あたしは!




「素直になれよ、ナマエ……
オマエの喘いでいる顔、けっこう可愛いぜ」

「っ、バカ……! しね!
そういうこと、……あっ、言うなっ、や、あぁっ……!
おねが……、もっと、優しくしてよ、ぁ……!!」

「優しくすんなつったりしろつったり、どっちなんだよ……!」

「ゃ、獏良クン……っ、ホントにあたし、あぁっ……!
だってこんなに、気持ちい、なんて、あ……
ちがっ、んんっ、無理だよ、あっ……!」

「『獏良くん』はこんなコト、出来ねえっつーの……!
ま、いいぜ……! その反応に免じて許してやるよ……!」


獏良了があたしを抱いている。

ううん、獏良了ではないと言い張る彼が、あたしを。

繋がった部分には痛みはなく、かわりに彼のモノが奥を穿つたび、あたしは意識が飛びそうな快感を感じて彼に手加減を懇願するのだ。

ひどく愚かしく、滑稽だと思う。

けれども憎まれ口を叩くあたしは本当は、あたしを不敵に見下ろしながらあたしを揺さぶる彼を、嫌だとも憎いとも思えなかった。

自身の欲望をあたしに突き入れ、犯しているはずなのに。
彼はあたしを茶化しながらも力加減やペースを考えてくれているし、事実あたしには全く痛みはない。

ただ、強すぎる快感だけがあたしを襲い、先の見えない不安に少し恐怖してしまうくらいだ。


「ゃだ、あ……っ、あっ、あん……!
あんた、ホント、意味わかんな――」

絆されていく自分が、溶かされていく自分が嫌で、怖くて、あたしは減らず口を叩き続ける。

ククク、と含み笑いを漏らす彼があたしを宥めるように耳朶を食んで来た時、あたしは無意識に彼の首筋に腕を回していた。

同時に、あたしの胸に当たる硬い感触。

確認するまでもない。
彼があたしの前で堂々と胸元に掲げている、黄金色をしたリング型の首飾りだ。

でも、あたしはそれを黙殺した。
彼じゃないが雰囲気を壊すのはアレだし、重ねた胸の間で輪っかと針がゴリゴリする感触はちょっと痛いが、まあ気にするほどでもないし。

それよりも、あたしは。


「獏良クン……、ううん、ばくら……っ
……あたし、ぁ……もうだめ、ん、顔、見ないで……っ!」

上り詰めて行く感覚に、あたしは情けない声をあげて彼に懇願した。

乱暴にされるとばかり思っていたのに。

こんな、あたしに優しく触れて、気持ちよくなれるようにして。

それで、絶対に誰にも救えないと思っていたドス黒いものを、甘く強引に中和するように、上書きされていくあたしは――

そんな無様な顔を彼だけには見られたくないと、抵抗するのだが――

けれど、彼の『本性』に関わった時点で、すべてが手遅れだったのだろう。


「ッ、あ――……ッッッ」

闇の底でもがいていたあたしの手を掴んで、引っ張り上げたばくら。

それは気のせいだったのかもしれない。

けれど、この時あたしは確かに、彼に救われたような気がした。

人間離れした彼の、その不敵な笑みが――

ただのちっぽけな人間でしかない、あたしという存在を――――


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