とある放課後。
あたしは一人、ブランコに揺られながら物思いに耽っていた。
人気のない、小さな公園。
隅っこにあるブランコは通りからやや死角になっていて、あたしの高校生らしからぬ行動に気づく者も、まぁ居ないだろう。
キィ、キィというブランコが軋む音。
あたしは手にした小箱から一本だけそれを取り出すと、口に咥えて息を吸いながら、ぎこちない手つきでライターの火をつけた。
「…………まっじ」
ゲホゲホ、と咳をしながら、顔をしかめる。
クソ野郎が吸っていた煙草。
まだ何本か残っていたその箱の中身は、ここ一週間たったの2本しか減っていなかった――
あたしが、興味本位で吸った分しか。
肺に取り入れた煙草の成分は、辛いような苦いような、ちりちりと燻るような感覚で。
何度吸ってみても、マズいままだと思った。
「…………」
ぽと、と熱を帯びた灰が地面に落ち、そこであたしはようやく、自分が煙草を咥えたまましばらく放心していた事に気付く。
同時に、ざ、という地を踏みしめる音と、陰る視界に、誰かがあたしの前に現れたことを知った。
慌てて煙草を口から離し、それから、なぁんだと安堵を覚える。
夕陽に背を向けて立ち尽くす影。
見慣れた制服に身を包む人物は、あたしのよく知る白銀の髪の少年だった。
「……なに? 先生にチクるぞって?」
フフ、と薄笑いを浮かべたあたしは火のついた煙草をその場に捨て、足で揉み消した。
我ながら最低な人間だと思う。
あたしの前に姿を現した獏良了は、いつぞやのような不敵な笑みを浮かべ、黙ってあたしを見つめていた。
少しだけ気まずくなって、ブランコを立つあたし。
そのままブランコを離れ、ポケットにしまっていた煙草の箱を取り出し、近くにあったゴミ箱へ放りこんだ。
「……あいつが吸ってたやつの残り。
ただの興味本位で試したけど、マズくて吐きそう」
『あいつ』が消えてから、もう一週間。
未だ帰らないヤツは、『あの日』から職場も無断欠勤しているらしく、とうとう捜索願いが出された。
あたしはヤツが帰ってこなくなってから、一度も嘔吐せずに済んでいた。
ただでさえ馬鹿な母親がさらに狂ったようになった以外は、何一つ悪いことなどない。
でも。
「……ねぇ、本当にあんたがやったの?」
あたしは今度こそ、訊かずにはいられなかった。
罪悪感など無い。
だが、本当に獏良了があのクソ野郎を『消した』のだとすれば、あたしにとっては手厚いもてなし過ぎるというか、その過剰なサービス精神が逆に不安になるというか……
そして、もし万一にでも、彼が罪に問われるようなことがあれば。
しかし。
「……何のことだ?」
クク、と嗤った獏良了は、わざとらしく肩をすくめてあたしに言い放った。
その歪んだ口元は、一体何を意味しているのだろう。
だって、彼は先日確かに言ったじゃないか!
学校の廊下で、すれ違いざま、あたしに――
「……そんなことよりちょっと付き合えよ」
獏良了が、『本性』の口調で告げる。
あたしには、こいつの思惑がちっとも分からない。
「……何ここ。
ゲーム……、カードショップ……?」
獏良了に連れて来られた店。
どうやらカードゲームを扱うらしいその店に、獏良了は躊躇なく足を踏み入れた。
キョロキョロと店内を見渡せば、どこか見覚えのある絵柄が目に止まる。
「あー、これ知ってる。城之内とか武藤がやってるやつでしょ……?
そういや、あんたもそっちのグループだったっけね」
武藤遊戯に、城之内克也。
あとは本田に、武藤の幼なじみだという杏子に……
そんな面子が教室でカードゲームに興じている姿を、何度か見た事がある。
噂では、この童実野町で行われたカードゲームの大会に、彼らと獏良クンも出場したとか……
ファンクラブの預かり知らぬところでそんなイベントがあったとかで、熱心な女子が悔しがっていたっけ。
それに、元同級生の海馬瀬人が、あのカードゲームにまつわるKCとかいう大企業の社長だとか……
いいや、どうでもいい。
どの道あたしのような人種とは関わりがない。
「バトルシティ……だっけ?
その大会終わったのにまだカード要るの?」
さほど興味もないが、黙っているのもつまらないと思い、何の気なしに口を開く。
「
てっきりスルーされると思ったその言葉は、意外にちゃんとした言葉で返って来て、あたしはハハッと笑って受け止めた。
そういや、『あの夜』も、獏良了は『闇のゲーム』とか何とか言ってたっけ……
あたしと同じ高校生にも関わらず、まるで怖いものなどこの世に何も無いという感じで世界を見下す獏良了。
だがその本質は、中二病というか、オタクというか……
まるで、たかがゲームに命だの大金だのを賭けてしまう、漫画の中の賭博狂のような……
そんな突拍子もない想像が、あたしの脳裏に浮かんだのだった。
「こいつを引いてみな」
ふと獏良了が指し示したのは、カードが何枚か入っているパックらしき包み。
外からでは中身が分からないそれは、つまりどれを引こうが運任せなわけで……
それを彼は、あたしに選ばせようと言うのだ。
「しょぼいのが出ても恨まないでね?」
断りを入れながらも、どれにしようかと指を動かすあたしは、案外この状況を楽しんでいるのかもしれない。
学校帰りに高校生がカードショップに寄ってカードパック選び。
なるほど、健全すぎて笑えてくる。
まぁ、寄り道が健全かどうかはさておいて。
「……ハッ、なかなか運がイイじゃねえか……!
礼を言っとくぜ」
ヒャハハ、と嗤う獏良了が手にしていたのは、あたしにはよくわからないカードだった。
カードショップの外で、たった今買ったばかりのカードパックを開封した彼。
どうやらお目当てのカードが出たらしく、獏良了は茶化すような口調であたしを褒めた。
「ねぇ、何これ。デートなの?」
あたしはこの状況にどことなくむず痒いものを感じ、皮肉めいた爆弾を投げ込んでみる。
だが、不敵に嗤うばかりの獏良了は、事もなげにその爆弾を投げ返して来るのだ!
「まぁな。退屈か?」
はぁ!? という一声を発したあたしは、不覚にもドキリと胸を高鳴らせていた。
あー、と自分に嫌悪感が湧く。
それから、理由を探した。
そう、元々あたしは、獏良クンで処女を捨てられれば……なんていうどうしようもない事を考えていたのだ。
その育ちに妬ましさはあれど、彼の見た目があたしの好みであることは間違いない。
そして、それが形は違えど叶った挙句、あたしの全身全霊をかけて排除したかった一番の障害物が、他でもない彼によって排除されたかもしれないとしたら……
あたしが彼に抱く感情が変化してしまうのなんて、ある意味当然とも言えるのだ。
やだな……チョロすぎて嫌になる、あたし。
「良かったね、獏良クン。
…………じゃ、あたし帰る」
冷静になれ。
獏良了は、その本性がどうあれ、あたしとは別の世界の人間だ。
いや……その本性とて、今度は逆に『ヤバすぎて』、あたしなんかが関わっちゃいけない手合いなのだと思う。
――だが、その時。
「待ちな」
あたしを引き止めた声は、獏良了から発せられたモノではなかった。
あたしの――
あたしたちの前に、立ちはだかった影。
何ていうか、オタクが間違った方向に頑張っちゃったような……
とりあえずガラの悪そうな男子たちが、あたしたちをニヤニヤと見つめながら行く手を遮っていた。
「お前……バトルシティに参加してた奴だろう……?
オレたちとデュエルしろよ。
つーか、嫌って言ってもしてもらうけどな」
…………はぁ!?
男たちは、獏良クンに向かって滅茶苦茶下らないことを言った。
ていうかデュエル? してほしいなら普通に誘えばいいのに。
断れない状況、って何だそれ。
あたしは意味が分からなかった。
「お前、ズルしてバトルシティの決勝まで残ったんだろ?
知ってるぜ……!
へっ、大人しそうな顔をしてとんだワルだぜ!」
人気のない、小さな廃工場の跡地。
不良オタク(勝手にこう呼ぶことにする)に連れて来られたあたしたちは、彼らと距離を取って対峙していた。
カードショップの外で彼らに絡まれた時、あたし達には騒いで周りに助けを求める手もあったのだと思う。
だが不良オタクに囲まれた獏良了は、いつもの不敵な笑みを浮かべると、黙って彼らに従う素振りを見せたのだ。
え、言うこと聞く必要ないじゃん、と漏らしたあたしを無視し、彼らの先導に付いて行こうとする獏良了。
はぁ!? と声を上げたあたしだったが、彼らの一人に「お前も来い!」と腕を掴まれ、触んなよ、と吐き捨ててからしぶしぶ付いて来たのが経緯。
そして皆と一緒にこの廃工場の敷地内に潜りこんだあたしは、獏良了の背後でしかめっ面をしながら、事の成り行きを見守っているという状況なのだ。
「
獏良君が『本性』の声で告げる。
「それなら問題ねーさ……!
……ほらよ、コイツを貸してやる。使えよ!」
何処から出したのか、不良オタクの一人がデュエルディスク? という機械を取り出し、獏良了に差し出す。
それを受け取って腕に装着した獏良了は、本当に彼らとデュエルをする気なのだろうか……?
「お前が負けたら、お前のカード全部頂くぜ!
それだけじゃねえ、有り金も全部置いてってもらおうか……
それと連絡先もだ。
ヒヒヒ……バトルシティでお前がデュエルディスクを他人から強奪して無理矢理参加したって知られたら、KCから罰があるかもしれないぜ……?」
相変わらずニヤニヤとした気色悪い笑みを浮かべながら、ベラベラと語る不良オタク。
どうでもいいけど、何で今そこまで詳しく語っちゃうんだろう……?
勝負が終わってから、数の暴力でどうにでも出来るだろうに。
馬鹿なのか、それともデュエリストという生き物がそうだからなのか……
あたしにはよく分からない。
「……オレが勝ったらどうなる?」
不良オタクの脅しをものともせず、獏良了が問いかける。
まぁ、そうだろう。
そもそも腕の立つ獏良クンにとっては、こんな人数、ちっとも脅威ではないのだろうから。
「安心しな……!
とりあえず無事に家には帰してやるよ。
どの道選択権なんてお前には無いんだからなぁ……!!」
ぎひひ、と不良オタクが嗤い、あたしはため息をついた。
だから、何でベラベラといちいちイキって来るのか!
「全部、だ」
不良オタクたちの馬鹿笑いを、獏良了の一声が遮った。
しん、と静まり返る不良オタクたちに、獏良了はさらに言い放つ。
「オレ様が勝ったら、てめえらの持ってるモノを全て頂くぜ」
「はァァ〜!?!?」
ばっかじゃねーの、と誰かが声を発した。
「おめーよぉ、そんなこと言える立場じゃねーって分かるだろ!?
ふざけんな!!」
奴らの一人が大袈裟に否定して見せれば、他の奴もゲラゲラと獏良了を小馬鹿にしたように嗤っていた。
さすがに……さすがにそれは、無理があると思う……
困惑したあたしが一歩踏み出して獏良クンの横顔を覗き込めば、いきなりバッと伸びてきた手が、あたしの肩に回される。
「ちょ、な」
ビクリと体を震わせたあたしのすぐ横で、迷いなくハッキリと紡がれた声。
その内容に、あたしは呼吸を忘れてしばし硬直する羽目になる――
「コイツをやるよ……!
オレ様が負けたら、この女を貴様らにくれてやる。
それで文句ねえだろ?」
はぁ!?!? と、今度はあたしが声を荒らげる番だった。
離せよ、ともがくあたしは、しかし己の体に力が入らないことを疑問に思う。
至近距離にある、獏良了の端正な横顔。
その鋭い眼差しと釣り上がる口元はやっぱ、普段の獏良了と似ても似つかない!!
「っ、ふざけんなよおまえ……!
デュエルだか何だか知らないけど、あたしを巻き込むなよ……!
ていうか、」
「この前の礼ってことで許せよ。
……黙って見てな」
――――ッ、
あたしの怒りを遮って耳元で囁かれた声は、ひどく優しく、そして威圧的だった。
一瞬で言葉を失うあたし。
それから突き放すように彼の熱が離れて、彼の発言に当てられた不良オタクたちの物色するような視線をいっぺんに浴びていることに、あたしはようやく気が付いた。
奴らの一人が、主犯格である男に何かを耳打ちしている。
……うん、わかるよ。
彼らには数の暴力がある(と、彼らは思ってる)。
極論すれば勝ち負けなんてどうでもいい彼らにとっては、ここは嘘でも一旦ウンと言っておくのが得策だろう。
だから奴らは、ニヤニヤ下卑た視線をあたしに向けながら、「仕方ねーな〜……別に女なんかどうでもいいんだけどなー」などとわざとらしく言いながら、獏良クンの言い分を認める形になったのだ。
否応なしに巻き込まれた、あたしの意見を無視して。
「言っておくが、勝ち負けに賭けた条件をあとで反故にしようなんてのは、考えない方が身のためだぜ……!
命が惜しけりゃな」
獏良了はまた、あたしには理解出来ないことをまるで念押しするように述べた。
その正面で、ぎゃはは何じゃそりゃと嗤う不良オタクたちは、獏良クンの言葉をちっとも真面目に受け取ってはいないようだが……
何にせよ、この勝負、絶対獏良クンに勝ってもらわないと困る!!!
『デュエル!!』
オレのターン、などと言いながら交互にカードを引いたり出したりするゲームの何が面白いのか、あたしにはさっぱりわからない。
けれど、少なくとも二人は割と真剣だった。
もうずっと『本性』を剥き出しにしたままの獏良了と、そんな獏良クンに勝負を吹っ掛けた不良オタクの一人。
えーと、モンスターの攻撃力の強い方が相手のモンスターを倒せて、ライフポイントがゼロになった方が負けで……
モンスターは負けると破壊? されて、『墓地』に行って……
ええ、じゃあ今、ライフポイントが少ない獏良クンの方が不利ってこと……?
ふざけんなよ獏良了、負けんな!
……とあたしは、口に出したくてたまらなかった。
けど、ライフポイントを削られても一向に不敵な表情を崩さない強気な彼を、あたしはどこかで信じたかったのだと思う。
だから黙っていた。
もし獏良クンが負けて、あたしが奴らの玩具になるようなことがあったら――
あたしは一生獏良了を恨んでやる。
家に押しかけて、慰謝料を払わせて、二度と学校に来れないようにしてやる!!
――そんなドス黒い想像が、あたしの脳裏を支配する。
けれども。
「クク……ククク……
自信満々で勝負を吹っ掛けて来やがるから、どんだけ強いのかと期待してみりゃ……
どうにもてめえら、終わってるようだぜ」
肩を震わせ嗤う、獏良了。
なんだと、といきり立った不良オタクたちに、彼の一手が炸裂する。
「オレ様はモンスターを特殊召喚するぜ!
さらに……」
何だかよくわからないけど、それからはあっという間。
ライフポイントで負けていたはずの獏良了の前には、見たこともないモンスターがずらりと勢揃い。
そして、モンスター……効果? 魔法? 罠? とかいうアレコレを駆使して、敵をあっさりと葬ってしまった!
「うわああぁぁ!!!!」
情けない叫び声を上げて、腰を抜かす不良オタク。
なんていうか……漫画に出てくるモブの雑魚敵みたいだ。
大袈裟な……
ライフポイントがゼロになった相手は、得意げに胸を反らす獏良クンの前で、く……と歯噛みして苦悶の表情を浮かべている。
「あは、すごいじゃん!」
あたしは柄にもなく、素直に獏良了を褒めた。
だって、いくらデュエルは1対1とはいえ、全体的にはこの人数差。
背後にちらつく暴力の影を意識すれば、デュエル中だって精神的に動揺してしまい、本来の力が発揮出来なかったとしても不思議はないのだ。
獏良了という人間は、精神的にもかなりタフだ。
あたしはからからと笑うと、勝利のハグくらいはしてあげてもいいかななどと考える。
直後に、いやいやいやと自分で自分の気の迷いを否定する羽目になったけど。
「約束だ。
貴様らの持っているモノを、全て置いてってもらおうか」
デュエルに勝った獏良了は、さも当然のように、先程の条件を口にした。
「ふ、ふざけんな……!
たかが一度勝ったくらいで……!!」
「コイツ、オレたちの身ぐるみ剥ごうとしてんのか……!?
ぎゃはは!! バッカじゃねーの!?
あんな口約束、守るかよ!」
「おめーにはカード1枚たりともくれてやらねーよ!
……それより、ボコられたくなきゃ有り金とその女を置いてさっさと消えな!
連絡先は許してやるからよー、ガハハ!!!」
雑魚モブ(もはやこう呼ぶ)たちは、口々にそんなことをギャンギャンと吠えてあたし達ににじり寄って来た。
潮時、だと思う。
獏良了の腕っ節なら奴らを物理的にボコれるかもしれないが、何よりあたしが足でまといだ。
――ていうか、あたしは本来、獏良了が『直接暴力を振るう場面を見たことがないはずだ』。
でも、『獏良了は強い』。
あたしがあの日、夜更けに見た獏良了は、数人の敵に対して直接手を触れていなかった、ような……
今更なぜか、あの日の彼の背中が脳内にフラッシュバックし、あたしは自分の頭をポカリと殴りつけた。
あんな『目の錯覚』、今更思い出したってしょうがな――
近付いて来る敵に、あたしが一歩、二歩後ずさった時だった。
「そうか……それが貴様らの答えか」
ククク、と肩を震わせた獏良了の背中は、『あの時』と同じだった。
彼は今、どんな顔をしているんだろう――
「大人しく従うなら、カードと有り金だけで許してやったのによ」
まるで哀れな害獣でも見下すように吐き捨てられた言葉は、いきり立ったモブたちの怒号に掻き消された。
「やっちまえ!!!」
「ッ!!!」
――あたしは、のろまな自分の行動を後悔しながら、ぎゅっと目を瞑りかけた。
が――、ふと思い直して、薄目を開けてみる。
あたしたちに襲いかかってきた……はずだった奴ら。
そのシルエットが、全員その場で不自然に固まっていた。
「な、な…………」
モブの一人が情けない声を漏らす。
獏良了が、『これ』を……?
あの夜のように、彼の体は金色の光を放っている。
この前より近くに居たあたしは、その光がようやく彼の――
獏良了の体の、正面から発せられていることに気がついた。
ざ、と地面を踏みしめて、彼の横をすり抜けるように前へ出て、首を向けるあたし。
その時あたしの目に映ったのは、獏良了の胸元で見たこともない光を放つ、金色の輪っかのような金属で――
「敗者は全てを失う……
残念だったな! 罰ゲームだ!!」
――――ッ!
何が起きたのか分からなかった。
暴力的な光が炸裂……したように見え、あたしは今度こそ目を閉じた。
そして。
恐る恐るあたしが目を開けた時、そこには静寂が横たわっていた。
いいや、横たわっていたのは静寂だけじゃない。
あたしの、すぐ側……
先程、獏良了に襲いかかってきたモブたち、が…………
彼らは全員、事切れたようにその場に倒れ伏していたのだ。
「…………っ」
心臓がヒュっと締め付けられ、あ、これもデジャヴだと思う。
固まるあたしの横で、ケッ、と吐き捨てた獏良クン。
その視線は倒れているモブたちに注がれていたが、その目は本当の意味で彼らを見てはいないのだろう。
ガサゴソと奴らの懐を漁り、カードと財布を抜き取る獏良了。
死体を漁るようなその光景に、あたしは何も考えることが出来なかった。
ただ疑問と、得体の知れない怖気が背筋をはい登ってくる気配がした。
殺した、の? という問いを口にする前に、彼が先に口を開く。
「今日のオレ様は気分がイイからな……!
命までは取らないでおいてやるよ。
ヒャハハハ……!」
それは独り言のような、あたしに向けたような。
「ま……コイツらは二度と、オレたちの前に立つことは出来ねえだろうよ。
それどころか、再びデュエルディスクを扱えるかどうかも怪しいもんだ」
継がれる二の句に、何処か安堵しているあたしが居た。
「戦利品だ、取っときな」
今度こそハッキリと自分に向けられた声に、あたしはハッと我に返ると、獏良クンの顔を見た。
不敵な笑みを浮かべたその顔は、どことなく満足そうな、面白そうな表情で――
そんな彼があたしに差し出したもの。
モブたちから奪ったお金が、そこにはあった。
「うっわ! わるー!」
思わずあたしの口を付いたのは、彼の行為を咎めるとも取れるおどけた一言で――
まずいかな、と思ってチラリと獏良了を見上げてみるあたし。
けれども。
「巻き込んじまった詫び料ってヤツだよ。
不満か? ……フフ、そんな顔すんなよ」
「っ、」
獏良了という人間は、掴みどころがない。
というか…………彼は何故、あたしにそんな態度を取る……?
そんな、まるで茶化すような……
あたしという人間にちょっかいをかけるような、おどけた態度で……
まるで、この金をやるからまた付き合えよ、とでも言うように、彼は不敵な笑みをあたしに向け続けているのだ!
「ありがと。
……でもいいの? ていうか、あたし何も見なかったことにするよ」
胸に湧いた疑念を押し殺して強がるあたしも、相当馬鹿だなと思う。
でも、あたしは……
考えても分からない得体の知れないものよりも――
それを彼に問い詰めて、全てを失うよりも――
今目の前に立っているこの男と、もう少し憎まれ口をきいていたいと思ってしまったのだ。
それに、金。
あたしにはお金が要る。
卒業したら、ろくに子供の世話をしない母親から妹を連れて独立するために。
そのためには……
「そういやさ。
……『あいつ、』行方不明扱いじゃん?
死体が出ないと、保険金降りないらしいんだけど。
そこんとこどう思う?」
あたしはゲスい内容を、平静を装って口にする。
何となく、今の獏良了ならあたしの軽口――
甘えと呼ばれるそれを、受け止めてくれるような気がしたから。
「知らねえな」
「……ま、でもいっか。
死んだって分かったら、まーたあの馬鹿な母親が変な男連れてきて、再婚するとか言いかねないし。
行方不明なら、少なくとも書類上は何年か猶予あるっしょ」
「…………」
「あんたも変わってるね。
なんであたしに優しくするんだか」
くるり、と獏良了に背を向けて告げた言葉には、しかし返答はなかった。
何となくわかってる。
彼の『これ』は、優しさなんかじゃない。
でも、同情でもない。
彼が何故あたしに構うのか、あたしにはわからなかった。
でも、それでいい。
あたしは、獏良了という男の子と一緒にいる時間が、楽しかったのだ。
学校では澄ました顔をしている育ちの良い彼が、あたしに見せてくれる裏の顔が……
そのどぎつい本性を、あたしは好いている。
陳腐だとは思うけども。
獏良クンの秘めた一面を知っているという優越感、そして……
どこか、ホッとするような。
ズタズタになって治らないあたしの傷を、無理矢理舐めてくれるような。
そんな勝手な印象を、あたしは彼に抱いてたのだ――
「また遊ぼうぜ。あばよ」
夕陽を白銀の髪に映し去って行く彼は、きっと嘘つきなのだと思う。
でも良い。それでもいいんだ。
それが、いいんだ……!
あたしは暖かくなった心と懐を抱えながら、家路についた。
そうしてあたしと獏良クンの、奇妙な関係が始まったのだった――
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