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「なぁ、何か食うもんはねえのかよ」

「んー……雨降ってるし外行くのめんどい……
カップ麺でも適当に食べてて〜」

「…………」


休日の朝。窓の外から聞こえてくる雨の音。

あたしは、特に起床時間の制約の無い中、ベッドの中でだらしなく惰眠を貪っていた。

そんなあたしに、まるでエサの時間なのに飼い主が起きて来ないことにやきもきをしてベッドまでやってくるペットのごとく、やたらとよく食べる『居候』は不満そうに空腹を訴えてくる。

彼はあたしよりずっと大食らいだし、何より朝は割と早起きだ。
いや、朝だけでなく……彼は眠りに関して、何もかもが『浅い』。

ぐっすり眠っていると思わせながら、何かイタズラしてやろうなどとふざけて手を伸ばそうもんなら、彼はたちどころに目覚め、鋭い視線であたしを睨めつけて来る。

さらに、呑気に2人でぐーぐー昼寝してる時だって。
どうでもいいセールスの訪問チャイムに、彼はたちまち目を覚ましてあたしを揺り起こして来るくらいなのだ。
朝だって、大抵あたしより先に起きてるし、あたしが早起きしたとしても一緒にすぐ起きてくる。

やはり彼は、記憶が無いとは言いつつもどこか、警戒心を覚えているのかもしれない。
それは、あたしのことが信用出来ないという意味だけじゃなく――
『彼自身』に起因する気質や、刷り込まれたモノ、のような。

やっぱりバクラは、平穏な日々を生きていた一般人カタギとは違うのだろう。
あたしは、そんなことを強く思わずにはいられなかった。



「お湯を沸かしてる間にコイツを用意しろってんだろ……?
かやく……スープはこれか」

ふあぁ、と欠伸をしながら起きたあたしは、ようやくベッドを抜け出し、カップ麺と向かい合うバクラの前に顔を出した。

ちなみにあたしの家は、俗に言う2DK。
ベッドのある寝室とバクラが寝床にしているソファーがあるリビングは、常時ドアが開け放たれているし構造的にもほぼ地続きだ。
1Kじゃないだけマシだと思って欲しい。

こんな所帯染みた家で、恋愛関係でもない男と一緒に過ごしているんだから、あたしも大抵頭がおかしいと思う。
そして、記憶がないとしてもこの状況を黙って受け入れているバクラの方も。

「『こちら側のどこからでも切れます』……?
チッ、切れねーじゃねえか!」

慣れないカップ麺に悪態をつくバクラを見て、寝起きのあたしは思わず大声で笑ってしまった。

あたしを睨み、舌打ちを漏らす彼。
ごめんごめんと謝ってから、あたしもカップ麺食べる〜と、ストックしてあるカップ麺置き場を漁ってみることにする。

もうすぐ沸くであろう、コンロにかけられたやかん。
持ち上げてみればそれは意外と重く、どうやら彼はあたしの分のお湯も一緒に沸かしてくれたらしかった。

「んもー、優しい子〜」

キッチンで軽口を叩けば、「ケッ」という一声が遠くから聞こえてくる。
バクラは耳もけっこう良いのだ。


TVの前に鎮座するソファー。
ラグの上に置かれた、ちょっと大きめのローテーブル。
床に座り、座卓のごとく向かい合って食事をするのはこれで何度目だろう。

自身の名前も、年齢も、過去も……
素性が一切思い出せないという『バクラ』と、あたしは今一緒に過ごしている。

彼はお金を稼いでくるわけでもない。
家事をするわけでもない。
あたしの機嫌を取って、ちやほや甘やかしてくれるわけでもない。

けど、何故だか彼が居るとあたしは癒されるような気がするのだ。

生活するためだけに朝嫌々起きて、適当な仕事をして、夜疲れて帰って来る。
休みの前日は夜更かしをし、翌日は朝寝坊をする。
そんなあたしのライフサイクルを、しかし彼はちょっと不満げに空腹を訴えてくるくらいで、それ以上は否定してこないからだ。

あたしという生き物を丸ごと許容し、静観し、受け入れてくれる彼……
あたしが『バクラ』と名付けた男性。

律儀にも、朝あたしの出勤を緩やかに見送り、帰りは帰宅をぬるく出迎えてくれるバクラ……
昼間何をしているかは知らないけども。

あたしを否定も肯定もしない、喜怒哀楽が激しいわけでもない、たまに胸や脚に視線を感じることはあってもそれ以上踏み込んでこないといった彼のそんな性質に、あたしは今までにないくらいの心地よさを感じていたのだ。

もちろんそれは、彼が一般的に言う善人ということでは多分なく。
この絶妙な距離感を生み出してるのは、記憶のあるなしに関わらず彼に生来備わった警戒心、何が最善かを判断する状況判断能力の高さによるところが大きい、とわかった上で。

それでもあたしは、このバクラと一緒にいるのが好きだった。


「そのカップ麺、おいしい?」

「ん……、まあまあだな」

「バクラってお肉ベースのスープの方が好きだよね?
記憶喪失になる前も、お肉が好きだったってことかなー?」

「さぁな……」

「ね、バクラが食べてるやつ、ちょっとちょうだい〜!
あたしのも食べていいからさ」

ズルズルと麺をすすりながら、カップ麺を味わうあたしたち。
あたしが食べかけのカップ麺を差し出せば、バクラは了解を無言で示して自分のカップ麺をこちらに寄越して来た。

「んー、豚骨ラーメンか〜
……おいしいおいしい!」

あたしが彼のカップ麺を一口いただけば、同じくあたしのカップ麺に口をつけたバクラが――

たちまち硬直して固まっていた。

「あー……それ、アレだからw」

彼の動揺の理由を知るあたしは、うひひと意地悪く笑いながら肩を震わせる。

「っ…………、なんだコレ……!」

口元を手で拭いながら、ばっとカップ麺の側面を確認するバクラ。

「バニラ、味……だと?」

わなわなと呟く彼に、あたしはもう笑わずにはいられなかった。

「あははっ、変な味でしょ??
興味本位でさ、変なカップ麺買ってみたんだよね〜!
……あ、それ全部食べちゃっていいよ!
あたしもらったこっち食べるから!」

宣言してから豚骨ラーメンのスープを啜れば、
「待て、」とたちまち入る制止。

「ふざけんな、そっち寄越せ……!
こっちは責任持ってオマエが食いな」

「んー!!」

口をつけたカップを引っ張られ、スープがこぼれそうになって抗議の声をあげる。

「いやいや、バクラ甘い物わりと好きだよね?
この前バニラアイス美味そうに食べてたじゃん」

そもそもあたしのお金で買ったものなんだから、あたしの好きにさせろ!
なんてことは言わない。
本気で怒った時にしか、あたしは多分それを口にしない。

これはあたしのルールみたいなものだ。
そんなあたしの前提を、彼は分かっているのかいないのか。

「それとこれとは話が別なんだよ……!
っ、手を離せ、こぼれんだろうが……!」

「待って、あと一口、あと一口だけ……!」

「一口とか言って、全部一口で啜るつもりだろ?
わかってんだよ、オマエの考えることなんざ……!」

「バクラってちょっと興奮するとあたしのこと『オマエ』って言ってくるよねー
前に『てめえ』、って口滑らせてたのも知ってるぞー」

「……ナマエ、」

「いいよ、あたしバクラならオマエって言われても嫌じゃないから」

「……とか誤魔化してんじゃねえよ、どさくさに紛れて麺を掬ってんじゃ――」

「あっ、待っ……!!」

――――ばしゃっ。

あたしは馬鹿だ。
というか、それにつられてあたしのレベルに合わせて来るバクラもけっこうお馬鹿だと思う。

あたしは――あたしたちは。

食べかけのカップ麺を巡ってわちゃわちゃした結果、中身をひっくり返すという醜態をやらかしてしまうのだった。

カップ麺がこぼれた先は運良く? 悪く? あたしじゃなく、バクラの方で。

さすがにごめんと素直に謝るあたしに対して、彼が舌打ちだけで済ませたのは、正直驚いた。
反射的に殴られるくらいの覚悟はしていたからだ。

けれども彼はその直後、殴られるよりもっと衝撃的な展開をあたしに突きつけて来たのだ。



「ちょ…………、うん、気持ちはわかるけど……」

視線が泳ぐ。
柄にもなく頬が熱を持って、心臓がドキドキと高鳴ってうるさい。

あたしは…………『彼』を直視出来ずに、不審者のような怪しい挙動で動揺しまくっていた。
何故なら――

「ケッ。他の服が洗濯中ならこうするしか無いだろ……?
オレ様に見とれて照れんのはわかるけどよ」

――ちょっと待って、今『オレ様』って言った?
ほとんど反射的に脳裏を過ぎる記憶。

眼前に突きつけられる、褐色の肌。

心の奥底にでんと陣取る消えない思い出と、目の前の衝撃が一緒くたになって襲いかかってきて、あたしは混乱するばかりで。

――ああもう、ラーメンがこぼれたからって、パンツ一丁になるとか……!!!

鍛えあげられた男の肉体。
でも、そこにくっついている顔は、一見大人っぽくはあれどふとした時に見せる表情なんかがどこかあどけない気がして。
あたしは彼を、薄々未成年ではないかと疑っていたりもするのだ。

まぁ、一度だけ軽く宅飲みをしたこともあるし、彼はお酒が飲めるようだったから、その可能性は倫理的に考えたくないのだけれど。

なんにしても、このまま彼をほとんど裸にしておくのはいろいろマズい。
そう思ったあたしは、拳を握り締めながらある決意をするのだった。




「へぇ〜、けっこう似合ってるね!」

新品の服に袖を通して立ったバクラを、あたしは素直に褒める。

赤い薄手のパーカーに、開いた胸元から覗く白っぽいシャツ。
丈がやや短めの、足首を出したデザインの黒っぽいボトムス。

路地裏で目を覚ました時に着ていたようなジャージや、あたしがあげた『元彼のお下がり』なんかではない。
お店で選んだ新品の服を身にまとったバクラは、控えめに言ってけっこう、いやとても……カッコよかった。


あのあと。

何とかバクラに服を着てもらおうと苦心したあたしは。
汚れた『元彼のシャツとハーフパンツ』をゴミ箱に突っ込むと、干してあった彼の着替え――バクラがあたしと出会ったときに着ていた簡素なシャツとジャージ――に、ドライヤーの風を当てて乾かしまくった。

一応言っておくと、彼の服は現状、ラーメンに汚染された『元彼のシャツとハーフパンツ』、そして今日慌てて乾かしたシャツとジャージだけだ。
つまり居候バクラは、今までその2着を着回していただけってこと。

下着類も全く同様だ。
彼の『初期装備一式』を洗濯している間、下着を含め元彼のお下がりセットを着てもらうしかない可哀相な現状は、どうにかしないとなとは前々から思っていたのだ。

外を見れば、雨はもう上がっている。
これを好機だと捉えたあたしは――よし、と心を決め。

身支度を急いで整えると、バクラに服を着てもらって、一緒に街へ繰り出したのだ。

最優先はとにもかくにも、彼の服を買うこと。
元彼のお下がりなんていう可哀想な間に合わせの衣服ではなく、彼だけの服をだ。

そして、なるべく安い若者向けのカジュアルショップにバクラを連れて入ったあたしは、キョロキョロとするばかりの彼に好みやこだわりを聞いて、あまりハッキリとしない答えにやきもきしつつも彼に似合いそうな服を適当に見繕い、合わせて試着を何度か繰り返したあとようやく購入にこぎつけた……
というのが今までの流れ。


とにかく、試着そのまま新品の服を着て店を出ようとするあたしたちは、どっからどう見ても街に馴染んでいる一組の男女だった。

まぁ……バクラの頬についた大きな傷は、見ようによっちゃけっこう目立つけど……
ま、カッコイイし別にいいよね。

……なんて思うあたしは、ナチュラルにどっか毒されて来てないか!? と自問自答するのだった。

お店では、バクラが普通のボトムス以外にもハーフパンツ類などに興味を示していたため、そちらも一緒に買ってあげた。
これから暑くなるしね。着替え用のシャツや下着等々、ついでに新しい靴も。
着のみ着のまま一張羅じゃあまりにも可哀想だし。

よくよく考えれば、はじめに身につけていたジャージや靴は、彼の『初期装備』でもある。
路地裏で覚醒したあの時……あの時以前の彼を、知る手掛かりになるかもしれない。

つまり、いま荷物として持っているこれらを細部までつぶさに見ていけば、メーカーや国など入手経路についてのヒントになる可能性もあるのだけれど……
何となく照れくさいので、それはどうしようかなと思うあたしなのだった。

あ、それと。
服をレジに持っていく前に起きた出来事が、もう一つあった。

それは――


バクラに似合うシャツでも選んであげようと、売場をうろうろしていた時。
不意にとある柄のシャツが視界に入って、あたしの胸はキュッと締め付けられた。

一見、何の変哲も無いシャツ――
そう、『普通』なら。

あたしは……、これからの季節にピッタリな、俗にマリンボーダーと呼ばれる青と白のボーダーシャツを見て、嫌でも彼を思い出さずにはいられなかったのだ。

彼――『バクラ』。
いま、初めて来たお店で店内を物珍しげに眺めているバクラの、名前の元になった存在。

『彼』はかつて、どんな状況でも物怖じせず、あたしの前で有象無象を簡単に蹴散らして見せた。
不敵な笑みを浮かべ、邪悪に嗤い、けどあたしには少しだけ優しい声で何かとちょっかいをかけてくる、あの人……

あの人は、そんな悪辣な内面とは裏腹に、爽やかな青白のボーダーシャツを着ている事が割とあった。
うん、勿論わかっている。
彼が本当に3000年前の遺物に宿った魂だというのなら、不釣合いなブルーとホワイトが織り成すコントラストは、彼が宿主と呼ぶ少年の趣味によるものなのだろう。

けれど、『バクラ』とほの暗くて甘い時間を過ごしていたあたしにとっては、あのボーダー柄こそが『バクラ』なのだ。

思い出すだけで、あたしの心を甘く、切なく支配するモノ。
――『バクラ』。

だから、あたしは。


「ぶはっ……、くくっ、くくくっ……!!」

「…………」

店内を徘徊する褐色肌のバクラに、例のボーダーシャツを試着してもらったあたし。
そんなあたしは、試着を終えてこちらを向いて立った彼を見た時に、己の失敗を強く悟るのだった。

うん、なんというか……
『あのバクラ』とは肌の色や体の線が違うから、薄々分かってたことではあるけどさぁ……

あたしは――
褐色の肌に白い髪、頬に傷を持ったバクラが、青と白のボーダーシャツを着ている姿にどうしても笑いをこらえる事が出来なかったのだ。

「……何笑ってやがる」

憮然とした表情で吐き出された言葉には、はっきりと怒りの色がこもっている。
あたしは「ごめんごめん、」と慌てて謝罪して、「いや、馬鹿にしてるわけじゃなくて、」と弁解を続けた。

「うーん、似合ってないとかそういうことじゃなくてさ……」

歯切れの悪いあたしの言葉に、バクラが眉根を寄せて苛立ちを滲ませた。

その、目線だけで人を射殺せそうな剣呑さと、鮮やかなマリンボーダーが持つ健全な雰囲気とのギャップが、さらなる笑いを生む。

「なんか……ふふっ、爽やかすぎる、っていうか……くくっ」

肩を震わせながら、あたしがどうでもいい感想を述べた時。

彼は今度こそ舌打ちをこぼし、以来二度とボーダーのシャツを手に取る事はなかったのだった。


そんな感じで無事(?)買い物も終わり、店を出たあたしたち。
勢いのままクレジットカードを使いまくったあたしは、来月の支払い死ぬな……とぼんやりと考えていた。

横ではバクラが、「ありがとよ」と一言だけあたしに告げる。
思わず彼を見やれば、交差する視線。

雨上がりの午後。
雲間から差し込む日差しに照らされて、キラキラと輝く彼の紫がかった双眼。

それを直視してしまったあたしは――
『これ』がもはや、自力では這い上がれない流砂であることを。

あたしの心はいつの間にか、彼という流砂に飲まれてしまっていたのだということに――
今更遅れて気付くのだった。



あたしとバクラは並んで街を歩く。

服を買ったことで一応目的は果たしたが、日はまだ高い。
家ではカップ麺しか食べていなかったこともあり、外に出たついでに何か食べて行こうと思ったあたしは、彼を連れて飲食店が立ち並ぶ通りへと緩やかに向かっていた。

「ねぇ、一人で外歩いてる時に職質されたこととかない?
……危険な目に遭ったりとかも」

あたしの何気ない問いに、「別に」と素っ気なく答えるバクラ。

街を歩く彼は、初めに出会った頃のように目立ってキョロキョロすることはないが、それでもさりげなく周囲に視線を巡らせてはいるようだ。
口数も多くない。
彼は今、何を考えているのだろうか。

「なんかさ……、デートみたいだね」

ちょっとだけ気まずくなっておどけてみるも、しかし返事はなく。
不安を覚えたあたしは、バクラの顔をチラリと窺ってみた。

もし彼がこの状況を疎ましく、退屈に思っているのならヘコむな、なんて思ってしまったから――
けれどもその顔は意外と穏やかで、あたしは素直に安堵を覚える。

あたしに歩幅を合わせてくれているのであろうバクラは、どことなく満足げというか、薄い笑みを浮かべているように見えた。
彼は普通に、新しい服を手に入れてそれなりにご満悦なのかもしれない。

けれど、どこかそれだけじゃないと良いなぁ、なんて……
そんなことを思ってしまうあたしはやっぱり、惚れっぽくてちょろい馬鹿なのかもしれない。


「…………、」

とある路地の一角を通りがかった時。

一緒に歩いていたバクラが、ふと足を止め一点を凝視していた。

「ん〜? どうしたの……って、あぁ」

街角にあるアイスクリームショップ。
雨上がりとはいえ、季節柄もうけっこう気温が上がってきている。
こうして外を歩いていると、冷たいものが欲しくなってくる頃だ。

バクラを店先へ促してあげれば、彼は素直に沢山種類のある一覧表をまじまじと眺め始めた。

果物をベースにしたシンプルな単色アイス。チョコチップを混ぜた甘いアイス。
多色カラーが織り成すマーブルなアイス。
人工的なカラフルさに彩られたそんなアイスたちを、バクラは心なしか訝しむような表情で見つめている。

「あたしのオススメはねぇ……、これ」

やっぱりバクラは記憶喪失のせいか住んでいた場所の環境のせいか、あまり現代日本の文化を知らないのかもしれない。
そんなことを薄々感じていたあたしは、含み笑いを噛み殺しながら、一覧の中で一番ド派手な色をしたアイスを彼に勧めてみた。

赤、白、黄色、紫……まさに人工物といったケミカルな色彩。
そんな視覚の暴力のようなアイスは、色合い的に何故かバクラを髣髴とさせるカラーリングで。

そちらへ目を遣ったバクラは、一瞬「は?」という顔をして、それから目を細めて眉根を寄せながらアイスの写真を凝視したあと、顔をゆっくりとあたしに向けてきた。

その目には、今朝の『ゲテモノカップ麺』と同じ轍を踏むのではないかという疑念が込められていて――
笑いをこらえきれなくなったあたしは、思わず噴きだしてしまったのだった。


「結局フツーのにしたんだね〜
いや本当、あの変な色のアイス、普通に美味しいからね!?」

「…………」

ゴクリ、とジュースを飲みこむあたしの隣で、無言でアイスを頬張りながら歩くバクラ。

彼が口にしているのは、レモンと蜂蜜をベースにした何の変哲もないアイス。
アイスではなくジュースを買ったあたしは、ストローに口をつけながら、今朝の『前科』のせいですっかり疑われてしまったようで悲しい、と肩をすくめた。

「……虫入りジュースを飲んでる奴に言われたくねえよ」

んっ!?!?

彼が発した今の一言はなんだろうか。

ハ? ナンダッテ?? と大袈裟なポーズで耳を近づければ、まさかの発言が追い討ちをかけてくる。

「その飲み物に入ってるブツブツした黒いモノ……虫じゃねえのかよ」

――なっ!!!!!

あたしは反射的にドリンクへ視線を落とし、それから首をぶんぶんと振って物騒な発言を即否定する。

「これはタピオカだよ!!! 虫じゃないってば……!!
ああんもうバカー!! たしかに黒くてブツブツしてるから見た目アレだけど!!
ちゃんと食べ物だから! ていうか生き物じゃない!!」

必死になって説明するあたしは、端から見たらすごく滑稽だろう。
そして、バクラも。

「……じゃあ、タピオカって何だよ」

「え?」

「…………」

「疑いの目やめて! えーと……餅? みたいな?? ナタデココ? 違うか」

「餅ってのは? ナタデ……なんだ?」

「お餅知らないの!? あー、外国には無いか……
餅ってお米? だよね??
……あっ、多分こんにゃく系じゃない!?
何か芋類をアレコレして作るやつ!」

「…………」

「ごめんわかんない……でも変なものじゃないから、本当」

「…………」

「そういう、『こいつバカだな』みたいな目で見るのやめて!?
たしかにバカだけども! 傷つく!!
……ほら、タピオカジュース飲んでみなよ。
ストロー奥まで差して、ちょっと強めに吸って――」

「…………っ、」

「……ほらね、もちもちで美味しいでしょ?」

「……ン」

「ね、あたしにもそのアイスちょうだい」

「……、」

何の気なしにねだったアイス。
素直に差し出されたそれを見たときに、あたしはまたふと、昔を思い出す。

『あの人』と並んで歩きながら、こうしてアイスを頬張った頃。
あたしの手から奪ったアイスをあの人が食べ、その後あたしに返して寄越した白い手。
肌の色は違っても、そのシルエットが何故か今ここに居る彼とかぶる。

……でもあたしは、もうあの頃のあたしじゃない。
あの頃より甘えたって、罰は当たらないはずだ。

「手が塞がってるから食べさせて。あーん」

おバカと呆れられたついでに、あたしはバカに徹してみる。
そんなあたしに――けれど『このバクラ』は、黙ってついてくるのだ。

バクラが口元に差し出してくれたアイスに、そっとかぶりつくあたし。

胸がキュッと疼いたのは、多分アイスの甘酸っぱさのせいだけじゃない。

「……おいしい」

感想を述べれば、紫色の瞳があたしの手元を覗いていた。
視線の意図を察したあたしは、自らの手でドリンクを掴んだまま、ストローを彼の口元へ近づけてあげる。

あたしより背の高い彼の白い頭が少しだけ屈み、ふわりと僅かに香った、この『バクラ』の匂い。

ごくり、とタピオカジュースを飲み干し、あたしを見つめたバクラの顔は。

またどこか穏やかで、満足そうなのだった――


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