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毎日変わらない学校生活。
いつもと同じクラスメイトたち。

獏良了は、あたしの前から『バクラ』が姿を消した後も、変わらず登校し授業を受けていた。

あたしは未だFCの一人としてそれを眺めながら、次第に、『あれ』はやっぱり獏良了という男子高校生の精神的な問題だったんじゃないかという気がしていた。

たとえば、人当たりの良い普段の人格とは別に、もう一つの邪悪な人格を宿す美少年――
その名はバクラ。頭がキレて価値観はブッ飛んでて、怪しげな術を使い――
っていう、設定モリモリの中二病なりきりごっこ。

……それを使ってあたしにちょっかいを掛けていた獏良了は、いい加減飽きてその設定を『終わりにした』。

いわゆる卒業というやつだ。
あとは、いつかイタタな所業を思い出してベッドの上で悶絶したり、あの似合わないカッコつけ黒コートのやり場に困ってこっそり処分したりとかそういうオチだ。

……もしくは。

その設定がまんま、多重人格障害のようなガチの病気から来ているもので――
バクラという人格は確かに『獏良了とは別に』存在したが、紆余曲折あって、『バクラ』は獏良了の本来の人格と統合あるいは吸収されたというパターン。

そういう『本物』の逸話をどこかで聞いたことがあるからだ。
あたしの主観もだいぶ偏見が入ってるとは思うけど、そこはあたしだから許して欲しい。

とまぁ、それはさておき。

どちらの場合でも、獏良了は青春時代のささやかなやんちゃな思い出と決別し、前に進んだのではないか。

そして当然、彼のやんちゃな思い出の中には、あたしも含まれていて……

つまりは、そういうことじゃないかと。

あの夜盛り上がってぐずぐずと泣いたあたしは、今考えるとちょっと……
いや、けっこうなお馬鹿で。

もしかすると、獏良了のやらかしに引きずられて、あたしの方も『バクラと関わった一連の大はしゃぎ』が、そのうち黒歴史になるかもしれなかったり。

……いつか同窓会とかで、ボクの中二ごっこに本気で付き合ってくれた子が居てさ〜w
なんて、みんなの前で笑い話にされかねない危険を考えると、願わくばあたしは後者の方――
『バクラ』が獏良了の中に生まれた本物の二重人格、という説の方を、是非支持したい気分になるのだった。

でもそれは同時に、獏良クンに何か精神的な苦痛を催させる出来事が過去にあったことを意味するかもしれないわけで……

あたしは、かつて彼の部屋で見た写真の、彼によく似た小さな女の子について……
獏良クンが未だ一言も口にしないのは、離れて暮らしている妹だろうその子と彼があんまり仲良くないからってだけの理由だと、信じたくて仕方がなかったりする。

あたしは本当に最低な人間だ。
あれだけ獏良了というクラスメイトに勝手なイメージと感情を抱いたのに、あたし自身が救われた今となって、罪悪感がふつふつと湧いて来ているのだから。

こういうブレや身勝手さが凡人たる所以だと、あたし自身も良く分かってはいるんだけど。


しかし。

しかし、あたしはその後。

そんな安っぽい想像なんて、全て打ち砕かれることとなったのだ。



長期休みが明け、三年生に進級したあと。

また獏良クンや武藤遊戯と同じクラスになったあたしは、武藤遊戯の胸元から例の首飾りが消えていることに気がついた。

あたしはどこか不安なものを覚え、まさかね、と思い直した。

そもそも、ただの首飾り――
気分転換に外したのかも知れないし、もしかしたら休み中に無くしたのかも知れない。

いつもは馬鹿騒がしい城之内が心なしか大人しい気もしたが、多分休み中に羽目を外し過ぎて体調でも崩したんだろう。

そもそも何故あたしが、本来無関係であるはずの武藤遊戯の派手なアクセのことなんか気にしなきゃいけないのか。


……ううん、あたしには本当はわかっていたのだ。

だって『それ』は、『彼』の首飾りと良く似ていて。

『彼』はあの時、すごい眼でそれを見――



あたしは昼休みになるや否や、友達から離れ、一人屋上に駆け上がらずにはいられなかった。

だって。だって――

だって!

あたしは風の噂に聞いてしまったのだ。

武藤遊戯や獏良了たちが、長期休み中にエジプトに行ったという話を――


頭の中に奔流のように流れてくる記憶。

『彼』は何と言った?

――オレ様か?
強いて言うなら……3000年前の亡霊さ

――3000年前の古代エジプトの盗賊、それがオレ様だ

――目的だと?
フフン、オレ様にはやるべき事があるんだよ

――古代の秘められたパワーってやつさ!

――オレ様は『コレ』が無いと表に出て来れねぇんだよ


……全て、与太話だと思ったのに!!!
獏良了の考えた設定か、思い込みか、だって、だって……!

そんなの、本当にあるわけ…………



あたしは泣いた。

ガチャリと屋上の扉が開き、お昼を屋上で取ろうとする生徒達が出てくる。

あたしは込み上がってくる涙を拭い、深呼吸して心を落ち着けようと務めた。


――わかってる。

きっと、あたしが最初から全てを信じたところで、この結末は変わらない。

あたしはどこまでも部外者で、愚かな少女だ。

けれど、あたしを救い上げた『彼』が、本物なのだとしたら、あたしは……

あの時、バクラと別れる時に口にした言葉を、あたしは守らなければならない……!!



「ミョウジ……
って悪ィ、なんかタイミング悪かったか」

「っ……!」

ふと、背後から掛けられた声。

良く聞き慣れたその声の主は、かなり意外だった。


「……いや、いいけど」

振り返りながら、あたしはさりげなく涙を拭う。
よりにもよってコイツに――

獏良了のお友達である城之内克也に、声を掛けられるなんて。
あたしの頭に疑問符が浮かんだ。

「いや、ちょっと確認したいんだけどよ……
――――って、お前の妹か?」


は、とあたしはポカンとして彼を見た。

だってたった今城之内の口から発せられたのは、確かにあたしの妹の名前だったからだ。

そうだけど、と肯定すれば、城之内の顔が明るくなり、彼はそれからペラペラと理由をまくし立てた。

「やっぱりな!
童実野高校に姉ちゃんがいるつってたから、名字同じだしお前じゃないかと思ったんだよな!
……あ、変なアレじゃねえぜ、ほら、オレらがやってるカード……ゲームの町内大会で、お前の妹に会ってさ。

このオレ!
うっかり優勝なんかしちまったもんだから?
小学生の子達にデュエル教えてくれって言われてよー!
この優しいオレは、快くオッケーしてやったわけよ!

でもお前の妹、姉ちゃんに聞いてみるって言ってそれきりだったから、どうなったのかと思ってなー……
ちょっと気になって、一応、よ」

「あー…………」


あたしはようやく合点が行き、同時に思い出した。

少し前に妹がカードゲームの町内大会に出たとかで、準優勝したとかって喜んでたっけ。
その時、興奮してたあの子は、優勝者が高校生の男の子であること、今度その人にデュエルを教えてもらいたいとか言ってて……

そこで運悪く、アレな母親の男事情を聞いて機嫌が悪くなっていたあたしは、年上の男なんてろくなもんじゃないからやめときなとか、適当なことを妹に返してしまったのだった。

うわ……サイテーだ、あたし。

にしても、その優勝した男子高校生が城之内だったとは。


「……ごめん。
あたし高校生の男って聞いただけで、ちょっと警戒してやめときなって言っちゃったの。
あんたなら大丈夫だし、他の子たちもいるなら、妹にあたしから謝っとくわ。

うち、ちょっと複雑だから……
ホントやだなー、もう……
あの子には、変な奴に引っかかって欲しくないと思って、つい、ね……」

あたしは苦笑を浮かべながら、柄にもなくペラペラと言い訳を並べた。

先程の涙を見られたかもしれなくて、つい饒舌になってしまったのだ。
こんなこと、コイツに言っても仕方ないのに。


けれども。

「あー……そういうことだったのか。
うちも妹いるから分かるぜ。
静香って言って……中学生なんだけどよ。
名字は違うんだけどな」

「…………」

城之内が語った返答には、彼なりの事情がありありと浮かんでいた。

「あー…………
うちも、似たような感じ。親がアレだとさぁー……
あたしは悪いコトでも何でもして稼ぐからいいんだけど、妹には楽させてあげたくて」

「わかる、わかるぜ……!
静香だけは絶対幸せになって欲しいぜ!
うんうん……っておま、何して稼ぐんだよ!?
エンコーとか止めとけよ、お前さぁ……」

「やらねーよ!
オッサンなんか大っ嫌い! キモっ!!
つーかあんた元ヤンでしょ?
昔、武藤のこといじめてたって聞いたけど……
何で仲良くなってんだよ、意味わかんない」

「うっせーなー、オレは真の友情に目覚めたんだよ!!」

「あはっ、何それ……でもいいんじゃん?
獏良くんハブんないであげてね」

「はぁ? 何だよそりゃ!
……ていうかお前の妹、マジでデュエルの才能あるぜ。
この城之内克也様が保証してやるよ!」

「えーっ、マジでー!?
えー……あたしもデュエルやってみようかな……
前、……好きだった人がやってたんだよね」

「やれよやれよ!
千里のデュエリストの道も、一歩から、ってな!」

「ばっか、何それー!」


ぎゃはは、と笑い合うあたしは、気付けばまた涙を浮かべていた。

だがそれは、悲しみから来る涙ではなかった。
あたしは楽しくて。嬉しくて。
そして、感謝していたのだ。

あたしを『ここ』へ導いてくれた、あの人に。

あたしの大好きな、バクラという存在に――



あたしはそれから、これで本当の本当に最後だというつもりで、獏良了にとある質問を投げかけた。

意地が悪いのは認める。

でも、あたしはどこまでもひねくれ者なのだ。
そして、疑り深い。


「……ねぇ獏良クン。
二重人格ごっこは、もうやめちゃったの?」


その時獏良了が、どんな顔をしたか。
あたしはずっと忘れないだろう。

獏良了は、何故それを知っているというような表情で、あたしを見た。

そこには純粋な驚愕と……
ややあって、怯えの色があった。

往生際の悪いあたしは、そこでようやく心から諦めがついたのだ。

「……ごめん。冗談」


あたしは獏良了のファンクラブを辞めた。

友達には何故だと訊かれたが、好きな人が出来たからだと言っておいた。

嘘ではない。
出来て、もう終わったけど。

ていうかそもそも、人じゃなかったりして!

変な話だと思うけど、あたし、最初から全部バクラの思惑通りじゃないかっていう気もしてるんだ。

たとえばあの日、あたしは準備室でバクラを――
獏良了を挑発して向こうから襲わせたつもりだったけど、もしかしたら、あたしの陳腐な計画すら、あのバクラなら見抜いてたんじゃないかって。

わかってた上で、あえてあたしの挑発に乗ってくれたんじゃないかって!

……ううん、今更考えても仕方ないことだし、さすがに過大評価過ぎるとは思うけどさ。


獏良了はもう、あたしの太陽じゃない。

そこには妬ましさも、非日常感もない。

ただあたしと同じ人間で、彼なりの事情を抱えたイケメンの少年なんだ。

あたしは彼の裏人格であるバクラと共に、『獏良了』から卒業した。





「……お姉ちゃん、新しいお家どんな感じ?」

「もうすぐ着くよ。
今日は見るだけだけどね」


あたしは妹と手を繋いでいる。

卒業式を間近に控え、何とか仕事の決まったあたしは、妹を連れて家を出ることになった。

継父が失踪し、出会い系にハマって家を空けることが多くなった母親に我慢が出来なくなったあたしが駄目元で本当の父親に窮状を訴えた結果、さすがに同情したらしい父親が、引越し費用と生活が安定するまでの生活費を少し出してくれることになったのだ。

そして、いつか『彼』とした後ろ暗い行為で稼いだお金も、卒業までの学費の足しとして大いに役立った。


あたしは素行不良でどうしようもない人間だ。
この先、あたしの性情と回ったツケが、あたしの首を絞める可能性だって大いにある。

けれども。

あたしは何があっても、妹を守ってみせる。


「……お姉ちゃん」

「なぁに」

「わたしをずっと守ってくれてありがとう」


あたしは決して涙もろい人間ではないと思う。
あたしはクズで、冷酷で、馬鹿で、性格が終わっている最低女だ。

でも。

あたしは涙を流さずにはいられなかった。

繋いだ手から伝わる温もり。

あたしを現実に繋ぎ止めている尊い命が、あたしを人間で居させてくれる。
どこまでも。いつまでも。

――きっと、死ぬまで。


死……
そう。

あたしはバクラに言いたいことがある。

あたしはバクラに『またね』と言った。
バクラはそれに応え、『またな』と言った。

彼にしたら、苦し紛れの嘘だったのかも知れない。


――けれども、バクラは忘れている。

何を……
そう、人間の寿命をだ。

バクラは、己を3000年前の魂だと言った。
待ちに待って、現代に蘇ったと豪語していた。


ねぇ、バクラ。

あたしがどんなに長生きしたとして、あと100年は生きないだろう。

なら、それなら。

3000年に比べたら、100年なんて、あっという間だと思わない……?


あたしはきっと地獄に落ちる。
うんまぁ、あたしはあんまり死後の世界は信じていないけれどもさ。

でももし、天国と地獄というものがあるのなら、誰かの死を願い、誰かを傷つけ、犯罪に手を染めたあたしはきっと地獄行きだ。

……でもそれは、きっとバクラも似たようなものだよね?

バクラはあたしなんかよりずっと深い闇を見てきているだろうし、やっちゃいけないことも沢山やったのだろう。

なら。
ならば。

あと100年足らずであたしはそっちへ行ってやるよ。
あたしはこの世界を精一杯生きて、地獄へ行ってやる。


「……待ってなよ、バクラ」

だから地獄で待ってろ、バクラ!!

3000年に比べたら吹き飛ぶような100年足らずで、きっと再会を果たしてやる!!

その時になって、そんなつもりじゃなかったって焦ってもおせーからな!!

嫌がっても食らいついて、二度と離してやらないから!!

バクラ!!!!


あたしは心の中で叫んだ。

精一杯。


あたしは生きる。

それがどれだけ無様であっても。

彼に救われたあたしの人生を、全うしてやる!

いつか、命尽きるまで――!!



END


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