24.それぞれの闘い



バクラはディアバウンドの特殊能力によって身を隠しながら、ファラオが静養している部屋へと向かって行った。

誰にも気付かれないよう闇の中を闊歩するのは盗賊であるバクラの得意技だ。

ファラオの眠る部屋まではあと少し――

月明かりの下、バクラは柱が立ち並ぶ開けた広場のような場所を歩く。

衛兵の姿は無い。

(おいおい、随分と不用心じゃねえか――)
ディアバウンドの能力を解いたバクラが不敵な笑みを浮かべた、その時。


「バクラ! そこまでだ!!」

闇を切り裂くような声が辺りに響く。

ざざざっ、という音と共に広がっていく影。

「いけませんファラオ、お下がりください!」

「オレはこの手で千年宝物を取り戻す!
バクラ、貴様を絶対に許しはしない!!」

バクラを取り囲むように増えていく衛兵たちの影。
松明を手にした彼らと共に、ファラオが堂々と姿を現していた。

それを守るように急いで前へ立ちはだかる、生き残りの神官と側近たち。
アクナディンとセトの姿はない。

千年輪と千年タウクがこちらにある以上、ファラオが今夜の襲撃を予見出来たとは思えないが、随分と手際がいいことだ、とバクラは思う。

ファラオを殺したがっているアクナディンが、ファラオの居場所についてバクラに嘘を教えたとも思えないが――
ともかく、王はここでバクラと決着をつける気なのだろう。

「よぉファラオ……死の淵から蘇ったんだってなぁ!
もう寝室でオネンネしてなくていいのか?」

息を荒くするファラオたちを見据えながら、バクラは嘲笑うように軽口を叩いた。


「なぁファラオ……クル・エルナの地下神殿の話は聞いたか?
神秘の力を欲した貴様ら王族が、闇の錬金術によって七つの千年宝物を誕生させた話だよ……!
盗賊村の住民を虐殺し、生贄にしてな……

いっぺん見に行ってみな……!
王族共への復讐を果たすまでさ迷い続ける怨霊が、貴様を待ってるぜ――

もっとも……貴様は今度こそ死ぬんだから、そりゃ無理だろうがなぁぁ!!」


出でよ、精霊超獣――!!!

バクラの求めに応じて、進化したディアバウンドが姿を現す。

弾かれたように精霊と魔物を召喚する神官たち――

そしてファラオも。

闇を振り払うように、ファラオの精霊が出現する――

その姿は、いつか千年タウクのビジョンで見た幻想の魔術師だ。
死してもなお、王への忠誠心を失わず、しもべと化した王の守護者――!


「バクラ……
多くの人々を犠牲にし得た平和……
その忌まわしい出来事は、マハードの魂がオレに教えてくれた……

だが、王国の平和を願う父上の意志は揺るがぬものだった……!
その意志を受け継いだオレも、王として闘う……!!」

「ケッ!」


やはりファラオはファラオだ。
答えになどなっていない。

多くの人間を犠牲にした平和が正しかったのか間違いだったのか。
王にとってそこに答えは無いし、出す必要もないのだ。

王は後ろを振り向かない。
王は頭を下げない。
王はあらゆる過去を受け止めて、あらゆる悲劇を踏み越えて、今倒すべきものの前に、全力で立ち向かう――

そうだ。
それでこそ王だ。
復讐だけを見据えた盗賊王と、絶対に相容れない存在。

バクラとて、今更ファラオに過去の惨劇は過ちだった、すまないと頭を下げられたところで何の意味も無いのだ。

死んだ人々は戻ってこない。
失われた日々は戻ってこない。

(ならばせめて、最後の最期までオレ様の『敵』として足掻いて、死ね――ッッ!!)


「千年宝物を集めるのは石盤に収めるためだけじゃねぇ!
その邪念を取り込むことで、精霊獣を進化させることが出来るのよ!!

いくぜっ、サンダーフォース!!」

ディアバウンドから放たれた『神の技』が、幻想の魔術師に向かって炸裂する。

だが――

『バクラよ……私も冥界で修行を積み、魔力ヘカの能力を上げたと言っておこう!

冥界の時空!!』

幻想の魔術師の前に、ぽっかりと口を開けた空間の渦が生まれる――
ディアバウンドの放ったサンダーフォースは、穴のようなそれに飲み込まれ、魔術師には届かなかった。

直後、目を見開いたバクラの近くに開いたもう一つの穴から、噴き出してくるサンダーフォース――

「!!」

空間を飛び越えたサンダーフォースは立ち並んでいた柱を穿ち、折れた柱がバクラを襲う――

バクラが飛びすさるより早く、ディアバウンドがバクラを守るように柱を受け止めた。

その隙を逃さず、魔術師が攻撃技を放つ――

「魔導波!!」

「ぐああっ!」

ディアバウンドの顔に着弾した攻撃に、バクラは目を押さえて苦痛に喘ぐ。
幻想の魔術師の追撃――柱を砕き、破片を飛び散らせ盾にする精霊超獣。

「正直面食らったぜぇぇ……
だが、たいして効いちゃいねえよ!!

ディアバウンドの特殊能力発動!
闇迷彩!!」


月が雲で隠れた夜闇の中。

バクラの精霊超獣と、ファラオと神官団の精霊は、熾烈な闘いを繰り広げていた――



**********



英瑠はアクナディンを追っていた。

バクラの精霊獣のような特殊能力は無くとも、かわりに彼女は他者の気配を敏感に察知する能力を備えている。

衛兵の目を掻い潜り、つかず離れずアクナディンを追う英瑠。
そしてアクナディンがようやく青い眼の女の居場所に辿り着き、彼の手の者によって女が連れ出された。

鍛練場のような、屋根のない広い空間。
そこに用意された石版と、連れて来られた女――

アクナディンが人払いをする。
英瑠は柱の影で息を潜めながら、成り行きを見守った。

「女……貴様に罪はないが、我が息子のため犠牲になってもらおう!」

アクナディンがナイフを構える。
哀れな青い眼の女は驚いた顔でアクナディンを見つめつつも、抗う術のない彼女は怯えた様子でその場に立ちつくしていた。

胸糞悪い光景。
英瑠が眉を顰めた時だった。

近付いて来る気配。

金属板をキーキーと引っ掻くような拒否感。
間違いない、千年宝物だ――
それも、千年タウクよりも邪悪な性質を持つ、千年錫杖。

まずいことになりそうだ、と英瑠は思う。
そして――



「キサラ!!!」

彼女の名を呼んで広場へと辿りついた彼は、眼を見開いてその光景を目に焼き付けていた。

血濡れのナイフを手に、立ちつくすアクナディン――

その足元に横たわる、肌の白い女。
彼女の瞳は光を失い、胸元は真っ赤な血で染まっていた。

「ア、クナディン様……」

彼――神官セトは、信じられないものを見るような目でアクナディンを見つめていた。

やがて、その双眸が怒りと哀しみで滲んでいく。

「何故……、何故……!!
罪人にさえ慈悲を与える神官団の指導者であるあなたが、何故……っ!!!」

セトは唇を震わせ、千年錫杖を握り締めてアクナディンに歩み寄った。

「セ……ト様……」

わずかに息のあったキサラが、最期に残された力で声をセトの名を呼ぶ。

「キサラ……!」
彼はキサラと呼ばれた女を抱き上げると、苦しむように目を閉じ、歯を食いしばった。

「セトよ……その娘が死す時、お前に大いなる力が宿りし時……!
闇の世界の王となれ……我が息子よ!」

「な……!」

実の息子へ向ける、歪んだ愛情。
息子は初めて己の素性を知り、心を寄せた女を父に殺されたことを知る。

いまセトはどんな気持ちだろうか。

哀しさと、怒りと、戸惑いと、驚きと――

あらゆる感情が混ざり合い、せめぎ合っているに違いない。

キサラの身体から力が抜けていく。

「この娘は死ぬ運命だったのだ……
お前が神を宿すためにな!
千年錫杖の力を使え! セト!!」

アクナディンは声を荒げ、セトを急かしていた。
英瑠はその光景を遠巻きに見つめながら、やはりおかしい、と感じていた。

何がおかしいのか。
アクナディンはセトに、王となれと言った。
闇の世界の王となれ、と。

(闇の、世界――?)

英瑠の心臓がドクリと音を立てて高鳴った。

闇の世界の王……?
それは――

アクナディンは呆然とするセトに、その秘められた血統を打ち明けていた。
そして、彼がその後に続けた言葉は、英瑠をさらに疑念の渦に叩き落とすこととなる。

「ファラオと我らの運命は光と影!
だが闇の力の目覚めによって、世界は新たな時代を迎える!

憎きファラオを抹殺し――
我らがこの世を支配するのだ、セトよ!!」

「……ッ!!」

――我ら。
アクナディンはそう言った。
アクナディンとセトがこの世を支配すると。

ならばバクラはどうなる!?

やはりおかしい。
邪念が増幅されたとはいえ、何かが変だ。
そもそもアクナディンは、闇の力だの闇の王だの、そんな事を口にする人間ではなかったはずだ。

これではまるで、アクナディンという人間の意志だけではないような――


「たとえ……あなたが父であっても!
私は闇に魂は売らぬ!!」

セトが毅然とした声で叫ぶ。

英瑠は回らない頭で考える。
この状態から、アクナディンはどうやってセトから千年錫杖を奪うつもりなのだ。

やはり、バクラとの取り引きに応じたアクナディンは、完全にバクラの思惑の内というわけでは――

英瑠が奥歯を噛んだ時。


「ならばセト!!
あそこに潜んでいるバクラの仲間を打ち倒すために、その力を使うのだ!!!」

「――ッッ」



やはり、アクナディンは危険だ。
バクラの手の内で大人しく使われているようなタマではない――

というか、何か違う『モノ』が、彼の奥底に潜んでいる気さえする。

それが何なのか、今の英瑠にはわからなかった。

ただ、バクラが何よりも渇望しているものが、いずれバクラの存在自体を脅かしてしまうような――

根拠のない危機感だけが、彼女の背筋を撫でていた。


セトが千年錫杖を翳す。
迸る白い光、そして姿を現す、白き龍――

柱の影から飛び出した英瑠は、迷わず白き虎を出現させた。
今の白い光が、バクラの闇迷彩を邪魔してなければ良いのだが、と思いつつ。

英瑠を敵と認め、白き龍の力を放つセト――
迎え撃つ、白き虎の力。

神にも等しい力と力が、ぶつかり合った――



**********



「やみくもに攻撃しても無駄だぜ!」

「っ、ディアバウンドを囲い込むよう陣形をとれ!!」

闇の中、バクラのディアバウンドはファラオと神官団を相手にして一歩も引かなかった。


グアァァァ……!

闇に潜んだ精霊超獣の一撃が、神官の召喚した魔物を消し飛ばす。
今や、神官の手にある千年宝物は千年錠と千年秤のみ。

神も呼べないファラオに、千年宝物二つ。
何も恐れることはない。

(目には映らぬだろうが、ディアバウンドはこの瞬間!
確実に貴様らの背に攻撃照準を定めたぜ……
この一撃で終わりだ!)

バクラが勝利を確信した、その時だった。


カッ、と闇を照らす白い閃光がどこからか広がった。

「ッ!」

既視感。

だが今度の光は、あの半人半妖のものではない。
白き龍――神に匹敵する力を持つという、その光……!

バクラは反射的にディアバウンドに力を収束させた。

だが。

「遅い!!」

幻想の魔術師の攻撃照準は、光に照らされた精霊超獣の居場所を捉えていた。

「暗黒魔連弾!!」

黒き魔術師の技が、ディアバウンドに炸裂する。

「ぐあああ……っ!」

バクラは膝を付き、頭と口から血を流して呻いた。
しかし、それだけだ。


雲が晴れ、月明かりが辺りを照らす――
バクラは闇迷彩を使わずに、精霊超獣を突撃させた。

素早い動きを見せる魔術師が、ディアバウンドに攻撃を仕掛ける――
が、三つの千年宝物の力を使ったバクラが、魔物を召喚し精霊超獣を守らせた。

「死ね! 魔術師! 螺旋波動!!」

ディアバウンドの特殊能力が、幻想の魔術師を吹き飛ばす――

魂と繋がっているファラオが膝を付き、精霊超獣は追撃のため力を収束させた。

別の精霊が動けずにいる幻想の魔術師を救い上げ、また別の魔物は盾となって玉砕すべく、ディアバウンドの前に立ちはだかる――

「我々の魔物が単体で攻撃してもディアバウンドはビクともしない!
私の千年秤で二体以上の魔物をひとつに束ねるのだ!」

千年秤を持つ神官が叫ぶ。


「千年宝物に秘められし真の力……
それは結束の力!!」

千年秤の効果によって、二体の魔物が融合され別の魔物へと形を変えていく。


「ザコを束ねたところで、最強を誇るディアバウンドの敵じゃないことを思い知らせてやる!」

魔物融合体と精霊超獣の特殊能力がぶつかり合い、互角の様相を見せる――

が、バクラは嗤ってそれを一蹴した。

(貴様らが魔物を融合するなら――
オレ様は攻撃を融合するぜ!!)

蛇の口から放たれたサンダーフォースが、螺旋波動と融合し、敵を押し切っていく――!

神官達は今、ディアバウンドの攻撃を受け切るだけで精一杯だ。

隙をついたバクラは、別の魔物を神官にけしかける。

「ぐ、ああぁっ!!」

魔物の一撃は、千年秤を持つ神官を確かに穿った。

神官の手から秤が弾き飛ばされ、別の魔物がそれを回収する。

「なっ……!」

千年秤が失われたことで、融合された魔物も消えて行く。
受け止める魔物を失ったディアバウンドの攻撃はもう一人の神官を襲い、最後の千年宝物、千年錠が衝撃で地面に転がった。

「ヒャハハハハ!!!」

それを拾えば目的は達成される。
バクラは精霊超獣と魔物たちの体制を整え直し、千年錠を狙ったのだった――




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