「バクラ……、もしかしてこの戟に千年アイテムの力使った?」
「ああ、悪ィかよ。目印だ目印!
ンな重いもん持ち歩いてられっかよ……!
ケッ、捨てちまえば良かったぜ」
「え…………だってバクラ、元々こっちの武器の方が欲しかったんでしょ?
お宝は盗賊にとって大切な――」
「うるせえ!
今はオマエが居りゃあイイんだよ……!
それとも何か? 千年輪の邪念がウザくてそいつに触れねえってか?」
「…………っ」
ファラオと神官団を巻き込んだ激闘から、一夜が明けた。
英瑠とバクラは王都を離れ、途中で英瑠の武器を回収し、休息を取りつつ追っ手の有無を確認しながら、バクラの潜伏先であるクル・エルナ村へと向かっていた。
精霊獣と白き虎を操った二人の死闘も終わり、仲直り(?)が果たされた後。
バクラの纏う雰囲気は元に戻り、夜の森で見せたような邪悪な殺気などはすっかり鳴りを潜めてしまっていた。
もっとも――
彼の深いところにある剣呑さは決して消えたわけではなく、その矛先を、味方である英瑠だけには向けないことにしたからなのだろうが。
それにしても、だ。
何か憑き物が落ちたような彼は、今さっきのような何気ない甘言を、さりげなく会話に挟み込むようになった気がする、と英瑠は感じていた。
彼自身は気付いてないのだろうか。
もしくは、自覚した上で、本心からそう言いたいからと、あえて正直に気持ちを吐露しているのだろうか。
どちらにしても、ちょっと卑怯だ、と英瑠は思った。
罵倒や嘲笑の中に唐突に挟み込まれる甘さが、どれだけ英瑠の心を揺さぶるか。
ずるい、と思った。
思うところは他にもある。
千年輪の力を使って彼の念を封じ込めたという、英瑠の戟――
そこに染み付いた気配は、確かに違和感を覚える。
だがどういうわけか、それは彼女にとって、さほど嫌な感覚でもなかったのだ。
少なくとも、彼がとある神官の千年眼に封じたと話していたような邪念とは、確実に違う気がする。
どことなく温かいような、まるでバクラが傍にいるような――
やはり、ずるい。
バクラの存在を感じるだけで、彼のことを考えるだけで、英瑠の胸はギュッと締め付けられて、切ない気持ちになってしまうのだから。
こんな想い、知らなきゃ良かった。
でも、知れて良かった。幸せだ。
そんな相反する気持ちが英瑠の頭の中を支配していく。
苦しい、と思った。
けれど、嫌じゃない。
英瑠は得物を握った手に力を込め、そこに込められた彼の念にそっと寄り添ったのだった――
かつて盗賊たちが住んでいた場所。
バクラの故郷、クル・エルナ村。
その盗賊村は今や廃墟と化していた。
「ひどい……」
無残に破壊された建物。打ち捨てられた白骨。
その惨状を目の当たりにし、英瑠は慰めの言葉一つかける事が出来なかった。
先を行くバクラがふと振り返り、呆れたように鼻で嗤う。
「オマエ、本当何モンだよ……!
死霊どもが怯えてるぜ?
オマエに……というより、オマエの中に居るモンによ」
「死霊……って、この村をさっきから浮遊している方たち……?
私、やっぱり邪魔なんじゃ――」
「クク、まぁ気にすんなよ。
だがこの死霊たちは一応オレ様の同胞なんでなぁ……
オマエ、間違ってもここであの光線みたいなやつぶっ放すなよ?
死霊どもがみんな一発で蒸発しちまうぜ!
……つか、あの獣みてえなヤツ自体出すんじゃねえ」
「ええ……っ!」
「コイツはオレ様の女だから気にすんなって言っといてやるよ。
悪さされたらオレ様に言いな!
守ってやるからよ……ククク」
「っ……!」
まるで地元を案内するかのような気軽さで、とんでもないことを口走るバクラ。
何かバクラの意外な一面を見てしまったようで、英瑠の心臓は不覚にも跳ねてしまい。
彼女はまたズルイ、と心の中で口にしたのだった。
とある民家の跡地。
そこには地下へ通じる隠し扉があった。
死霊が蠢く地下階段をバクラは難なく進んで行き、英瑠もそれを追う。
昼間でも光の差さない地下神殿。
明かりを灯すと、やたらとだだっ広い空間の中心に祭壇のようなものがあった。
「これは……まさか」
「ああ。こいつが冥界の石盤よ……!
七つの千年アイテムをここに収めれば、大邪神ゾーク・ネクロファデスの闇の力を得ることが出来る……!
その時オレは、クル・エルナの同胞の怨念と共に世界を盗んでやる!!」
「バクラ……」
薄暗い地下神殿。
そこに渦巻く怨霊たちと共に己の目的を語るバクラ。
彼は戦利品である千年輪、千年錐、千年タウクを一旦石盤に収めると、満足そうに嗤って石盤の上に腰を下ろしたのだった。
英瑠はそんな彼の姿に幸福感を覚えながら、同時に不安も感じていた。
闇の気配。
それは千年宝物だけでなく、地下神殿に鎮座する冥界の石盤とやらからも発せられている気がする。
そもそも、千年宝物とは――それを収める、冥界の石盤とは何なのか。
冥界ですら、英瑠にとってはあの世のようなものだろう、とぼんやりとしか想像出来ていない。
どちらが正しいとか間違いとかではなく、ただここは、英瑠の生きていた世界の文化や宗教とは違うのだ。
だが英瑠はここでバクラと価値観の擦り合わせや問答をする気は無かった。
どの世界に居ても、何を信じていても、きっと死んでしまえば皆同じ――
それこそ、生まれた世界や時代が違っても、それは言わば複雑な形をした水晶を、いろんな角度から眺めているだけ――
そんな風に感じられるからだ。
最後のさいごに、行き着くところは、皆同じ。
そんな確信が彼女にはあった。
さいご。
その言葉がチクリと胸を刺す。
バクラが大邪神の力とやらを手に入れて、『世界を盗んだ』あとの世界は、どんな景色だろうか。
彼は死霊たちと共に、生きている人々を闇の力とやらで支配するのだろうか。
死霊軍を率い、闇の王に君臨する、盗賊王バクラ――
と、彼の側で戟を構える英瑠。
現実味のない光景だった。
だが、悪くないと思う。
バクラと一緒ならどんな世界でも良いと思った。
たとえ、全ての人間を滅ぼしても。
たとえ、罪という罪を一身に背負っても。
さいごまで、貴方と居られるなら。
それは逆に言えば、さいごまで彼と共に居られないのならば、この世界も千年宝物にまつわる戦も、英瑠にとっては無意味に等しいという事を意味していた。
バクラだから、力になりたいと思った。
彼の目的だから、道を切り開く刃になりたいと思った。
(私の戦場は、バクラと共にある――)
そんな事を夢想しながら、英瑠は石盤から離れた、太い柱を背にして腰を下ろしたのだった。
**********
血塗られた過去を持つ盗賊村。
その中でも最も冒涜的な場所、地下神殿。
そこに渦巻く死霊たちは、とある一つの存在に怯えていた。
英瑠。獣の力を宿した女。
千年宝物に宿る怨念がバクラに語りかけて来る。
『あれ』はやめておけと。
あの女に宿るのは精霊でも魔物でもない――
しいて言うなれば、別世界の神に近いモノだと。
半人半妖ゆえ、人間の意思を以て何とか妖の部分を乗りこなしているようなもので、本来は関わってはいけないモノだと――
そもそも。
あの惨劇の日から今日まで。
バクラという男は、他を一切寄せ付けない、孤高で孤独な血塗られた日々を送って来たではないか。
怒りや哀しみすら、不敵に嗤う仮面の下に封じ込めて。
己の力だけを頼り、脇目もふらずその日その時を生き延び、目的だけに邁進してきたのでは無かったか。
――分かっている。
ああ、分かっている。
今この地下神殿で、少し離れて腰を下ろしている人外混じりの女は、本来ただの気まぐれみたいなものだった。
だがいつしか、その女が、自らの内に宿るドス黒いモノとは別の場所で、光を放つようになった。
英瑠。
ディアバウンドはあの女を殺さなかった。
殺せ、なかった。
殺したく、ないと思ってしまった。
それは甘さなのかもしれない。
女にうつつを抜かしただの情にほだされただの指摘されれば、もはや完全に否と答えられるかは、怪しい――
いいや。
この執着は、きっと違う。
違って欲しいと叫んでいる自分が何処かにいる。
この制御出来ない執着は、そんな甘ったるい感情であってほしくない。
人間らしい情、であってはならない。
ただ、手に入れた宝に対する執着心であって。
所有物の行動が己の思惑を外れる事への、苛立ちであって。
そして、ただの肉欲であって――
そう。
それは、確かめればすぐにわかるはずだ。
今あそこで戟を置き、無防備に座り込んで辺りを見回している女に近付いて。
手を伸ばせば、すぐに。
一度身体を重ねてしまえば、すぐ掻き消えるはず。
ほの甘い、執着心など。
すぐ、に――
「バクラ……?」
石盤から降りて、バクラは女の方へと歩いて行く。
真っ直ぐに。獲物だけを目にして。
英瑠が何か感じ取ったように、すくっと立ち上がる。
どうしたの、とその眼は語っていた。
だが彼女はその場に立ち尽くしたまま、動かない。
「英瑠」
名前を口にする。
その一語がどれほどの意味を持つか。
気付きたくない。知りたく、ない。
「っ、バクラ、あの」
英瑠が少しだけ照れるような素振りを見せて、それから――
顎を捕えて、有無を言わさず唇を塞ぐ。
彼女は抵抗しない。
ただ、与えられる熱に酔うように、目を閉じて受け入れるだけだ。
まるで焼け爛れたように疼く胸。
この感覚が、全て錯覚だったら、どんなに――
バクラは英瑠を腕の中に捕えた。
それから、何かを振り払うように、彼女を貪ったのだった――
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bkm