12.月の砂漠



「ごめんなさい……」

ディアバウンドの力を使い王宮から逃げ切ったとき、英瑠の口をついて出たのはまず謝罪の言葉だった。


彼女は後悔していた。

千年アイテムを手に入れたのに、手放してしまったこと。

オベリスクにやられたバクラに気を取られ、千年アイテムをすぐに拾いに行かなかったこと。

そして何より、彼女を意気消沈させたのは――
他でもない、精霊や魔物の力に対抗する術を持たない、自分自身の無力さだった。


そんな彼女は、バクラに怒られるかと身を固くし覚悟していたのだが……

しかし、当のバクラは。

「クク……これが王権崩壊の序曲だ……
盗賊一匹が戦争をおっ始めてやるぜ!!
楽しみにしてな……」

口から血を流しながらも、遠くに見える王宮に向かってそんなことを口にするのであった。

悔しさでも、怒りでもなく、不敵な笑みを浮かべながら。


彼はもしかしたら、こうなることも薄々予想していたのかもしれない。

強い人だ、と英瑠は思う。

精霊獣の力はもちろん、たった一人でも己の戦を全うするというその意志が。

そんなバクラの横顔を見つめていたら、英瑠は自分がますます彼に惹かれていることを知る羽目になり、胸が高鳴るのを抑えられなかった。

そこにはほの甘い懸想だけではなく、力への憧憬と畏怖がある。

バクラは怒るだろうけど、わずかな同情も。
そして、この人の力になりたいという――忠誠に似た感情も。


彼女の視線に気付いたのか、バクラがあぁ、と二の句を告ぐ。

「一匹じゃねえってか。
もう一匹いるもんな、獣がよ」

「…………、」

英瑠は地面の上で正座しながら、申し訳ないと思い彼をじっと見つめていた。

顔を覆っていた布は取った。
バクラに言われて持たされていた『モノ』も体から離し、実際には身軽になったはずなのに。

だが先程の王宮での出来事を思い出すと、心がたちまち重くなる。
無力感が全身を支配する。

そんな彼女の心情を悟ってか、バクラは英瑠の隣にドカッと座り込むと、呆れたように吐き捨てた。


「そう落ち込んでんじゃねえよ……!
ケッ、欲をかいていっぺんに全部手に入れようとしたのが間違いだってこった……!
次は確実に一匹ずつ仕留めてやるぜ」

「はい……」

「チッ、いつまで辛気臭ェ顔してるつもりだよ!」

「ひゃっ!」

バクラは唐突に英瑠の肩に腕を回し、彼女は奇声を上げて身を固くした。

「あ、あの……、またこれ……!」

ぐるぐる空転し始める頭。
英瑠の思考が、真面目な反省から甘ったるい別のもので塗りつぶされていく。

「オマエが神官に飛び掛った姿はケッサクだったぜ!
奴ぁ、狼に襲われた羊みてえな面してやがった!
ヒャハハハ!!」

「あ、あのバクラ、こうされてると頭回んなくなっちゃいます……!
考えなきゃいけないこと、沢山あるのに……!」

肩に回されたバクラの腕。至近距離に居る彼の存在。
それらにひどく心地良さを覚えた英瑠は、ある種の危機感を覚え彼を遠ざけようと控えめに発言した。

だがバクラが、それを聞き入れることはない。

「見てな……!
神官どもを順番にブッ潰して、七つの千年アイテムを全て手に入れてやるからよ……!」

まるで自分に言い聞かせるように、バクラが口にする。

「バクラ……、っ」

肩に回される腕に力が篭る。
普通の女なら痛みを訴えてもがくほどの強さだった。

英瑠は黙って、それを受け入れる。

恥ずかしさを堪えてちらりと彼の横顔を伺えば、前を見据えるその瞳には、押し殺したような激情が宿っていた。

ふざけた態度や不敵さの中に潜む、ドス黒くて煮えたぎったモノ。

それはかつて、戦場で、軍議の場で、あの落日の城で――
幾度となく見たことがあるモノだ。

胸がちくりと痛んだ。


英瑠は目を閉じると、湿っぽい追憶を頭から追い出し、ゆっくり目を開いた。

それから、首を伸ばせばすぐ届く距離にある彼の頬へ、そっと唇を近付けた。


褐色の頬に一度だけ触れて、すぐ離れる唇。

バクラは何も言わず、腕の力を緩めた。

それから、回した腕を彼女の背中へ移動させると、首をゆっくりと動かし、英瑠を真っ直ぐに見据えた。

刹那の沈黙。


「……同情じゃないですからね」

英瑠が、そう吐き出せば。

雑に伸びた白銀の髪が揺らめいて、彼女の唇をそっと塞いだのだった――



「……血の味がする」

唇がゆっくり離れたあと、英瑠はそんなことを呟いた。

原因はきっと、バクラの口元から滴った一筋の血痕。

次に彼女は、ほとんど無意識に、その血痕ごと彼の口元を舌で舐め上げていた。

やはり血の味。バクラから流れ出た彼の血液。


「っ、おま」

バクラが声を上げる。

そこで英瑠はようやく、己のしたことの重大さに気付き大袈裟に後ずさった。

「あ、わごめんなさい! つい……!!」

何がついなのかわからない。

頬がカァッと熱くなるのがわかり、英瑠は両手で顔を抑えて悶絶した。


「オマエ、けっこう大胆なんだな」

「っっ〜〜〜!!!」

英瑠が羞恥から意図的に離した距離を、しかしバクラは再び詰めてきて、その腕に彼女を掻き抱く。

「あっ、離して、ください……っ!!」

「本気でそう思ってねえだろ」

彼女は身をよじってバクラから離れようとするが、彼が下した判断は無情なものだった。


「つーか……、イイのか?」

英瑠の心臓がドクリと大きく跳ねた。


何がだ。何が良いのだ。

わかりたくない。いや、わかりたい。

顔を覆った指の隙間からバクラを覗く。

やたらと熱っぽい彼と目が合い、英瑠はキュッと指の隙間を閉じた。


「誘ってんだろ、オマエ」

「っ!!!!!」

バクラの指が英瑠の耳の輪郭をなぞる。

胸を激しく打つ鼓動が、全身に血を巡らせていた。


「……化け物みてえに途中で襲ってくんなよ?」

彼は意味のわからないことを確認するように念押ししている。

そして、彼の手が顔を両手で覆った英瑠の腕をこじ開け、胸に伸ばされたところで――

とうとう、耐えきれなくなった英瑠は。


「ああぁぁぁ誤解です!!! ごかい!!
なな何か勘違いさせちゃったみたいでごめんなさい!!
バクラのことは好きですけど!!
私、本当に免疫ないんです今はこれ以上はごめんなさい――!!!」


獣の力を発揮して力強くバクラを振り払うと、脚のバネを使って大きく背後に飛びすさり、真っ赤な顔でバクラに頭を下げたのだった――










「チ……案の定、どこもかしこも兵士だらけか。
ご苦労なこった」


王宮襲撃の後。

素性を明かしてしまったバクラは、根城としていたクル・エルナ村にも戻れず、城下町や砂漠にも軍隊が配備されてしまったため、人目を忍んで行動していた。

別に軍隊を恐れていたわけではない。
彼の精霊獣ディアバウンドは生身の人間など、近付いただけでいとも容易く鏖殺する。

彼が目立って行動をしない理由は、ただ一つ。

神官たちが行動するのを待って、一人ずつおびき出して確実に狩っていくためである。


「まぁ見てな、そのうち奴らは動き出すだろうぜ。
警備の目をすり抜けるなんざ盗賊にとっちゃ朝飯前よ。
オマエの『それ』がありゃしばらく食うにも困らねえし、何も問題ねぇな」

バクラは高台から警備兵たちの列を見下ろしながら、そんなことを呟いていた。

そんな彼の背後で、英瑠は手にした袋を揺すって重さを確かめる。

王宮襲撃の時――彼女はこれを全て服の下に身につけ立ち回っていたのだ。

先代ファラオの王墓から奪ってきた宝物。

バクラが王たちの前で巻き散らかした宝物の、残りの一部。


目も眩むような黄金に、様々な宝石。

いつの時代も人間の好むものはそう変わらないのだな、と英瑠は実感した。

英瑠は、この世界が、自分のいた世界よりもかなり昔の時代なのではないかと予想していた。

様々な道具、人々の纏う衣服、兵士の使う武器、街並みや流通などを見れば嫌でもわかる。

そんな世界でも、王侯貴族が使う貴金属や宝石は元いた世界とそう変わりがないのだ。

そんなことを考え、見知った宝石を見つめながら、英瑠はどこか懐かしい気持ちになったのだった――




それから数日。

英瑠は眼を閉じながら、ここ数日で起きた様々なことを思い返していた。


人気のない夕暮れのオアシス。

湧き出た泉に身体を浸し、心を落ち着けながら英瑠は、己に潜むモノと向き合おうと試みていたのだった。

髪を解き、一糸纏わぬ姿で。



深く息を吸い、ゆっくりと吐きだす。


脳裏に浮かぶのは、あの日王宮で見た神官たちの精霊、魔物――

そしてバクラのディアバウンドに、王が召喚した神オベリスク――

とてつもない力だと思う。
多少力が強いだけの自分など、到底敵わないと彼女は思った。


だがバクラは、英瑠の中にもそれが居ると言う。

彼女自身も、それはあながち嘘ではないと薄々分かっている。

しかし呼び出す方法が分からない。

己の内に潜んでいるモノが何なのか、知らない。


けれども、知らなければならない。

でなければ、彼の力になることは出来ない。

バクラが雑魚狩りと称す露払いならいくらでもするのだが、足でまといになるのは許せないのだ。



瞼を閉じたまま、水の中へ潜る。

正確に時間を計ったわけではないが、普通の人間よりはこうして息を止めて居られる方だと思う。


静寂。

自らの内に存在する『力』――

魂の根源。


――たしかに、こうして外界と半ば遮断された状態で自分自身と向き合ってみれば、普段は気付かない深い深いところに、たしかに『それ』は居る。

胸に手を当てれば、水の中にも関わらず、はっきりとした熱がそこにあるのがわかる。


瞼の下の暗闇の中で、英瑠は思い浮かべる――

『それ』はきっと獣のようなモノだ。

四足歩行の獣は、力強い足取りで地を歩く。

その後ろ姿が闇の中に浮かび上がり、英瑠は『それ』をもっとよく観察しようと試みる。

野生動物のような毛並み。
地を踏みしめる脚は逞しく、何者をも引き裂くような鋭い爪を生やしている。


もっとはっきり見たい――

彼女がそう願うと、朧げだった想像、あるいは幻想がはっきりとした輪郭を形作っていく。

顔、は――


『それ』が振り向き、闇の中で獣の口元が明らかになる。

鋭い牙。
半開きの口の奥に潜む、得体の知れない『何か』。
きっと咆哮とともに、烈しい力を巻き散らす。


そして。

鋭い眼光は、闇の中でこちらを睨め付け、光を放ち――――



ざばあああぁぁっ


英瑠の身体が、唐突に水から引っ張り上げられる。

寸断される闇の世界。


「っ!?!?」


頭を振って瞬きを繰り返した彼女は、そこが先程と変わらぬオアシスの泉で、自分の両肩が脇の下からがっしりと何者かに掴まれていることを知った。

「おい貴様!!! 死にてぇのか!!!」

「っ……!」


頭上から有無を言わさず怒鳴りつける声。

見上げなくてもわかる。彼だ。

この世界で、復讐という名の炎に身を投じる彼――

盗賊王、バクラだ。


彼はそのまま力ずくで英瑠の身体を泉から引き上げると、手を離し、
「クソが……!」と毒づいた。

なんだかひどく頭がボーッとする。

たった数分潜っていただけなのに、すごく身体が怠い、と英瑠は感じていた。

呼吸も荒い。胸が苦しい。
唇は心なしか震え、うまく言葉が出てこない。

そんな状態でゆっくりバクラを見上げてみれば、その眼は明らかに怒りと焦りを滲ませていた。


「てめえが自暴自棄になって勝手にくたばるのはどうでもいいんだよ!
だがな、契約を一方的に反故にされんのは許せねえ……!!
っ英瑠……!
どういうつもりだ、てめえは!!」

「…………、」

英瑠は呆然と、ポカンと口を開けて浴びせられる罵声を受け止めていた。

わけがわからなかった。

ちょっと泉に潜っていただけなのに、そんな頭ごなしに怒られるとは。


「……な、んで……」


英瑠は濡れた髪をまとめて掻き上げると、ギュッと握って水分を絞り出した。

未だ判然としない頭。はぁはぁと荒いままの呼吸。

「だって……、ちょっと潜ってただけなのに……
もしかして、ここ、危険な生き物がいる、とか……っ?
でも、そんな気配は、全然――」

「ほざけ!!」

皆まで言い終わらないうちに、バクラの平手が英瑠の頭を強めにはたいた。

拳でないあたり彼の優しさなのかもしれない。
彼女がそんなことを考えた時だった。

「ふざけんじゃねえぞ、てめえ……!!
服だけ脱ぎ散らかして姿は見えねえ、水ん中覗いてみりゃあ潜ったまま待てど暮らせど上がって来ねえ……!

延々と潜ったまま微動だにしなけりゃ、いい加減くたばったと思うだろうが……!!」

「っ…………!?」

聞き間違いだろうか。
英瑠の脳裏に疑問符が浮かぶ。

空を見てみれば水に潜った時より随分と日が沈んでいる気がした。
もちろんたった数分ではこうはならないだろう。


「そんな……、ほんのちょっと潜ってただけなのに……
ていうか、私――――わあぁぁぁっ!!
やだ、裸……! ああぁ服……っ!!!」

たしかこのオアシスに着いた時。
水浴びをしてくるという彼女から離れ、バクラは別の場所へ向かって行ったはずだ。

後から自分の方が彼に合流するから、と、遠回しに泉には近付かないよう話したはずだった。

それが何故――


「何がほんのちょっとだ……!
ケッ……、ンなに潜ってても死にゃあしねえって、やっぱ化け物だなてめえはよ!
だがその呼吸の荒さと顔色の悪さじゃ、もうちょっと遅かったら本当にあの世行きだったんじゃねえか?」

「え……」

バクラは不穏なことを言う。

たしかに彼の言う通り、乱れている呼吸、予期せぬ倦怠感、朦朧とした頭、唇の震え。
彼女は明らかにおかしかった。

まるで普通の人間が、限界まで全力疾走してきた後のような。


英瑠の背筋を、ゾクリとしたものが駆け抜けていく。


瞼を閉じた闇の中に見たあの獣――
『あれ』に思いを馳せたせいなのだろうか。

呼び起こしてはいけないモノを直視しようとしたせいなのだろうか。

得体の知れない黒いものが、彼女の胸に広がっていく。

そんな彼女を見下ろしながら、バクラは。


「……大丈夫かよ」

ひとしきり怒鳴って満足したのか、その声はひどく優しかった。

彼は王宮襲撃の後の時のように、英瑠の近くへ腰を下ろす。

だが今回は隣ではない。
英瑠の正面に、だった。

バクラが手を伸ばす。
頬に触れられた手がひどく暖かい、と英瑠は思った。

「バクラ……心配してくださってありがとうございます」

「ほざいてろ」

突き放すような一言はしかし、どこか柔らかいものだった。

互いの視線が絡む。
彼の指が頬を滑り、英瑠の唇をなぞるように撫でた。


その甘さに溺れそうになる前に――彼女はすんでのところで思い出す。
自分がまだ一糸纏わぬ姿のままだったことを。

「バクラ、あの」

羞恥が頭をもたげる。

バクラの手から逃れようとしたが、しかし今度は抱き寄せるように背中に手を回され、その暖かさに身体が硬直した。


急に大人しくなった彼に戸惑う一方で、触られた部分がひどく心地良い。

それは危険な反応だと、彼女自身分かっていた。

冷えていた体温が急激に上昇していくのが分かる。


「……英瑠」


気付けば、唇が重なっていた。


「んっ……」

触れただけで、すぐ離れていく唇。

それで終わるはずだった。
だが――


バクラの腕が、唐突に英瑠の身体を抱き上げた。

抱き上げられる瞬間、英瑠は身をよじってすぐ側にあった服を夢中で広い上げたが、バクラは彼女を運びやすいように抱え直し、そのまま立ち上がると歩き出した。

まるで、女を攫う盗賊のように。

「っ、バクラ……!」






「…………」

「っ、何故」


泉から英瑠を連れ去ったバクラは、まるで抱えた猫を放すように、無言で彼女を地面に座らせるように下ろした。

オアシスの中で木々が生い茂る場所。
もし人が来てもすぐには見つからないであろう、泉からは死角になった場所。


「……嫌なら拒んどけよ」

彼が発する最終通告。

「な、ん……」

直後に伸びてきた腕が、英瑠の身体を地面に押し倒し、同時に唇を塞いだ。

「んっ……! っクラ、な……」

「裸の女に挑発されて黙ってられるほど、悟り開いちゃいねえんだよ」

「っっっ……!」

言葉を発する為か、一度だけ触れて離れた唇は、一言だけ告げて再び重ねられた。

噛み付くような口付け。

英瑠はようやく、事態を全て把握する。


「ん、め……、んん……!」

強引に割り込まれた舌が英瑠の歯列をなぞる。

痺れるような電流が全身を駆け巡り、もう無理だ、と彼女は悟った。


もう拒めない。


欲望の色を滲ませた彼の双眸。

それは獲物を目の前にした獣の視線に似ていた。

まるで、腹を空かせた獣が、ようやく肉にありつけた時のような――

飢えた野獣の、狂おしい欲求。


そんなバクラの獲物になってしまったことを、しかし英瑠は悪くない、と感じていた。


「バクラ、私、……ッッ!!」

胸の膨らみが形を変え、英瑠は息を呑んだ。

熱を帯びた褐色の手。
その手が、彼女の胸を掴んでいる。

「や……、」

ドクリと跳ねる心臓と、呼応して疼いた下半身。

その先にあるのは、きっと――

互いの唇が、再び重なろうかという時だった。


「!!!!!」


弾かれたように、英瑠が無言で跳ね起きた。
一瞬だけ衝撃に驚いた様子を見せたバクラも、次の瞬間事態を察し、彼女から離れて息を潜める。

「敵か」

バクラが問う。
英瑠は急いで服を着込みながら、彼に答えた。

「恐らく。
私たちを探す兵士たちだと思います。
それほど数は多くありませんが――」

「ケッ。こんなトコまで遠征かよ。もうすぐ夜だってのにご苦労なこった」

英瑠は素早く服を着終えると、荷物と武器を預けていたバクラに目で訴えた。

「……こっちだ。
奴らに見つからねぇうちにトンズラするぜ」

彼らは迫り来る敵の気配を感じながら、そっとオアシスを後にしたのだった。









夜の帳が降りた砂漠。

英瑠とバクラは、馬に相乗りをしながら道を進んでいた。

月明かりが砂漠を照らし出し、青白く光っている。


「チッ……、いいトコだったのによ」

「…………」

あられもないバクラの発言。
英瑠は手綱を取る彼の前で、羞恥から体をこわばらせた。


「まぁいい……続きは千年アイテムを奪った後のお楽しみにしといてやるぜ」

「…………、前から思ってたんですけど……
バクラって、けっこう好色家なんですね」

先程のいきさつを思い出すと気まずくて仕方の無い英瑠は、ちょっとだけむくれてそんなことを口にした。

「てめっ……、そりゃオマエのせいだろうが!!
盗賊を名乗る男にホイホイついてきて、力があるのをいいことに全く警戒しやがらねえ――
言っとくけどなオマエ、最初の晩に呑気に床で寝てた時から、襲う機会はいくらでもあったんだぜ……!!

オレ様は枯れたジジイでも正義面した神官サマでもねえ。
オマエより年下の血気盛んな盗賊王なんだよ!
目の前に宝ぁチラつかされりゃ、そりゃ頂くに決まってんだろうが……!!」

一気にまくし立てたバクラの声は、心なしか焦っているような、照れたようにも聞こえ、英瑠は思わず噴き出したのだった。

「血気盛んとか、自分で言っちゃうんですね」

お腹を抱えて、笑いを堪える。


「てめえ……」

バクラが剣呑な声を発し、手綱を握っていた片方の手を素早く英瑠の胸に回した。

「あっ……」

既視感と共に事態を察した英瑠は、その手に自分の手を重ね、悪さはさせまいと力ずくで押さえ込んだ。

「てぇっ……! おい化け物女! 痛ェんだよ! ちったぁ加減しな!!」

「わっごめんなさい……!!」

咄嗟に力がこもってしまったか。
英瑠が後悔を覚え、手の力を緩めた時だった。

「ひゃっ!! ああぁぁぁっ!! ば、バクラやだ〜〜っ!!
胸っ、乱暴に揉まないで〜〜!!! やー!!」

「ヒャハハっ、油断したオマエが悪ィんだよ英瑠!!
力に溺れたスキだらけの頭カラッポ女!!」

「なっ、バクラにそれ言われたくない!!
たしかに頭の回転は私より早いけど、力に溺れてるのはバクラだって――

っやだぁぁぁっ〜〜! ほ、本当に胸やだぁぁっ、あん、あっ……!
ッッ……!!」

背後から回された手で胸を揉まれ続けていた英瑠は、次第に変な気分になり、とうとうあられもない声を漏らしてしまい慌てて自分の口を塞いだ。


バクラの手が緩む。

彼はしてやったりというふうにクク、と一声漏らすと、ぽつりと穏やかな声で告げた。

「……オマエ、ずっとその口調にしとけよ。
よそよそしい喋り方よりずっとイイぜ」

「っ……!!」


背中に感じる体温。

見知らぬ土地で出会った、男――まだ少年と言ってもいい、褐色肌を持つ彼。

盗賊を名乗る彼には、あらゆるものを捻じ伏せてでもやり遂げなければならない目的があった。

復讐――己の全てを賭けた闘争。
たとえその先に待つのが、破滅だとしても。


現世で役目を終えた英瑠は彼と出会った。

彼の名はバクラ。

盗賊王を称する、バクラだった――――



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