22.体温

※R18。イチャついてるだけなので全部読み飛ばしてOKです





「バクラ……っ、もう、だめ……っ」

英瑠は切れ切れに息を吐き出しながら、ごろんと身体を投げ出した。


はじめは固くて冷たいだけだった石の床。

だが先程初めて身体を重ねたあと、バクラがふと思い出したようにどこからか毛布を持ってきて、身体の下に敷いてくれたのだ。

ありがとう、とお礼を言った英瑠が、服を着ようかと思って手を伸ばした時。

ずいと伸びてきた褐色の手が、英瑠の体を毛布の上に戻すように引き倒した。

「ッ!?」

そのまま始まる再戦。

「えっ、バクラ、なん……っんん!
……ふっ、んんっ」

盗賊王を自称する男の欲望が、再び火を噴く。

バクラは羞恥と戸惑いから緩やかに彼を拒む英瑠を無視して、彼女の身体を求め続けるだけだった。

無論、英瑠も本気で彼を拒んでいたわけではない。

ただ彼女は、つい先ほど初めて異性を知ったばかりなのであって。

熱情に浮かされているうちに終わった行為を、たしかな現実のものだと実感するには――
少し時間が必要だったのだ。

だが、英瑠の繊細な心の機微など知りもしないバクラは……
復讐に燃える彼も、言ってみれば、身体は齢20に満たない思春期の少年にしか過ぎないのかもしれない。


――そんなわけで、二度目の睦事が終わったのが、つい今しがた。

毛布の上にごろんと身体を投げ出した英瑠は、己の息が切れているのを知って思わず笑った。


戦の時は、あのとんでもない重量の戟を振り回してよほど暴れない限りは、息が切れることなんて無かった筈なのに。

おかしなものだ、と英瑠は思う。
ただ、互いの身体を求め合っているだけなのに。
それなのに、こんなに胸がドキドキして、身体が気怠くて、頭が朦朧とするなんて。

そういえば、と英瑠はさらに思い出す。

たとえば酒。
普通の人よりは呑めるが、酒豪と言うほどではない。

体力や治癒力は化け物なのに、酒には普通に酔うなんて――

ああでも、神仙や化け物を、酒で酔わせて倒したなんて伝説もあるし……
獣だって、やはりお酒には普通に酔うのか――

などと、身体を横たえたまま英瑠が考えていた時。


「……何を考えてんだよ」

すっと伸びてきたバクラの腕が英瑠を背後から抱き寄せ、そう語りかけた。

「うん……、なんか、こういう時だけ人間らしくなるの可笑しいなって」

背中越しに感じるバクラの体温。
素肌同士で触れ合うことがこんなに心地良いなんて、きっと彼と出会わなければ知らないままだった。

「イイじゃねえか。
本気で獣のメスみたいな反応されたら、どうしようかと思ったぜ」

「けもの……の雌、ってどんな?」

「あぁ、なんか無反応なヤツだよ。
オスに乗られてもその場でじっとしてるような」

「…………、」

あられもない彼の物言いに返す言葉を失った英瑠は、そのまま口をつぐんでしまった。

獣同士が交尾をしている光景が脳裏を過ぎる。
英瑠は顔を赤らめると、恥ずかしい想像を頭から打ち消そうとバクラの腕の中で小さく首を振った。

「何想像してんだよ?」
「なにも!!」

反射的に返す。
上ずった声がかえって怪しい、と彼女自身、自覚してしまうような反応だった。

こういうことに免疫がない、といつか彼に言った気がする。
たしかにこの醜態は無様で、間抜けすぎると英瑠は思う。

もっと優雅に、洗練された態度と言葉でもって、バクラをあしらえれば良いのに。

だがいくら彼女がそう考えたところで、無理なものはやはり無理なのだ。


横たわりながら英瑠を背後から抱きすくめるバクラの手が、ゆるゆると彼女の胸元をまさぐった。

英瑠が息を呑む。
もたらされる温い刺激は快としか言いようがなく、彼女はその手に自分の手を重ね、そっと握ってみるのだった。

肌の色も大きさも違う、二人の手。

英瑠が手を重ねると、バクラも胸元を探るのをやめ、ぎゅっと彼女の手を握り返した。

――あたたかい。

小声で呟いて、英瑠はふふと笑った。

そんな彼女の背後で、バクラがぽつりと呟く。

「オマエって……可愛いよな」

「っ!?」


――いきなり、至近距離から投げつけられた爆弾。

もちろん即死だ。

英瑠は己の呼吸が止まったのを、はっきりと自覚した。


彼は何を言ったのか。
空耳か。錯覚か。
己の手に重なる褐色の手は幻覚か。


直後に、どっと熱が噴き出し、英瑠の顔から耳までを覆った。



そもそも。

彼は元からこんな人間だったか!?

前から人を茶化すように煽ることはあったが、どこか浮世離れしていて、己の内に精霊獣を宿しているという自信もあってか、有象無象を寄せ付けない抜き身の刃のような危うさがあったはずだ。

途方もない力を宿したその刃に、血糊をべったりと纏わせて、復讐心という灯りを頼りに自信満々で闇を闊歩するような存在だったはずだ。

もちろん、今でもそれは変わってはいない。

だが、今ここにいる、今こうして英瑠の身体をまさぐっているような少年は、その刃を一旦横へ置いたような、何か吹っ切れたような真っ直ぐな印象さえ感じさせる有様ではないか。

英瑠のことだって、前はもっとてめえだの貴様だの、半ば罵倒するような形で呼んでいたはずだ。

しかし今はどうだ。
バクラがオマエ、と口にする時、英瑠の名を口にする時、言葉遣いは乱暴なはずなのに、口調がどこか柔らかくなった気がするのは気のせいだろうか。

(そういえば、バクラは年下だったんだっけ……)

今更ながらの事実を、英瑠が思い出した時。


バクラの口が、再び開かれる。

重ねた手、彼女の指の付け根を、指先でなぞりながら。

他でもない、一人の思春期の少年としてのバクラの声が。
英瑠の背後から耳元の、ゼロ距離で。


「なぁ、英瑠……
もう一回ヤラせろよ」

英瑠は、身体中の熱という熱が顔と下半身に集まって行くのを自覚し、本気で死にたくなったのだった。



「や……、ダメっ……」

咄嗟にそう答えた英瑠。

ばくばくと高鳴る心臓と、耳まで火照る顔。

バクラの腕は相変わらず英瑠を閉じ込めたままで、その手は飽きもせず彼女の指の輪郭をなぞっている。

「……本当は痛ェんだろ、体」

「っ! ううん、それはないよ、本当に」

まさかの斜め上の気遣いが発せられ、英瑠はすぐに否定した。

痛いからやめてと言えば恐らく、彼は今しがたの一言は無かったことにしてくれるのだろう。

だがそうやって嘘をついて彼を引き下がらせるのは嫌だった。

「なら何で駄目なんだよ」

当然の疑問。彼からしたらそうだろう。

「…………、」


身体は嫌がってなどいない。
むしろ悦んでいる。そんなのはわかっている。

だが、心がついていかないのだ、と英瑠は叫びたい気持ちになった。

それは、そこまで心を許していない相手から執拗に身体を求められて辟易するといったような、冷めた性質のものではない。

ただ、恥ずかしいのだ。
バクラの前で、淫らな声を上げて、彼を欲して、身も心も散り散りに乱される事が。

怖いくらいに心地良くて気持ち良い。
だから恥ずかしいし、自分が怖い。

英瑠はそんな事を考えていたのだが。

重ねた手から離れた彼の手が、英瑠の首と頬をそっとなぞり、頭へ移動する。

柄にもなく優しく撫でられる頭に、英瑠は脳味噌が溶け出してしまうのではないかとギュッと目を瞑った。

「しつこい男は嫌いだってか?
……まぁ、オマエがそう言うんなら別にいいけどよ」

バクラの声はひどく優しくて、それでいて熱っぽくて、英瑠の全てを掻き乱すような力を持っていた。

「……嫌いなんかじゃ、ない……」

小声で吐き出す。
直後に、バクラの手が素早く頭を離れ、英瑠の胸元を再びまさぐった。

「っひゃん!」
「いや、やっぱり良くねぇよ!!
英瑠お前、ホントに嫌なら、いっちょ本気出して抵抗してみろよ……!
この前は精霊同士の闘いだったからな……
オマエ自身の腕力が実際のトコどれくらいなのか、前々から興味あったんだぜ」

バクラはとんでもないことをサラリと言ってのける。

「やだやだ、バクラにもう力は使わない……っ!
ん、っ……、」

「なんでだよ……!
別にいきなり全力で来いっつってるワケじゃねえ、ヤバかったらディアバウンド使うから問題ねぇよ!」

「ちょ、さすがに今度は私死んじゃうよ!!
っ、あ……っ、バクラ、胸揉んじゃや、あん、っ……」

「死にゃあしねぇだろ、そんくらい――
ってオマエ……、」

「や……、あっ……、だめ……っ、あ――
んぅっ! や、摘んじゃや、あ……っ」

「…………、」

本気とも冗談ともつかないやり取りはふつりと途切れ、後には、胸を揉みしだかれた英瑠の嬌声と、口を閉ざしたバクラの劣情がそこに残るだけだった。



「バクラっ、本当に、もう……
っん、ん……っ、はっ……、」

英瑠のうなじに点々と落とされる、バクラの唇。

触れたところから生まれる熱が、僅かに残った理性まで溶かしていく。

「や……、やだ……っ」

「…………」

腕力に訴えずに言葉で拒否はしているが、バクラはもはや聞いてなどくれない。

彼は英瑠の肌に唇を落とし、後ろから胸を揉みしだいては、突起を指で刺激していく。

ああ、全てバレてしまったのだ、と英瑠は気付いた。

彼女の身体がまだ、バクラを欲していること。

その心すら、本質的なところでは彼を求めていること。

ならば、と英瑠は本心を彼に打ち明けようと言葉を紡ぐ。

「バクラにされるの……全然嫌じゃない、本当は嬉しい……!
っでも、あっ、恥ずかしいから……っ!
こんな、声出ちゃうし、私ばっかり気持ち良すぎて怖いから、あ――」

「ああ、わかってるぜ。もう黙ってな」

「っああぁん! や、そこ、や……!!」

するすると下半身へ伸ばされたバクラの指が、先程まで彼を受け入れていた彼女の場所をなぞる。

彼の残滓と性的な昂揚で、そこがまるで泉のように深い潤みを湛えていることを、彼女自身も痛いほど分かっていた。

背後から腰を掴まれ、獣のように後ろから覆いかぶさられたと思った直後、ずるりと流れ込むようにバクラが英瑠の中へ侵入してきた。

「あっ、あ……!!」

何の抵抗も無く飲み込んだ彼のモノ。

英瑠が腰を突き出し、上半身を床に預けて悶えれば、バクラの身体もそれに重なるように、背後から彼女を抱きすくめ、下半身を打ち付けながら手で彼女の胸を揉みしだいた。

「あっ、あっ、や、だめっ、これ……っ!」

後ろからバクラに奥を突き上げられて、彼の吐息を首筋に感じて、滅茶苦茶な快感と彼の存在感を全身で受け止める英瑠。

バクラの指先が時折、英瑠が彼を受け入れている部分、繋がった境界線上の一番敏感な芽をなぞり、彼女は声にならない声を上げて身体を震わせた。

「そこっ、や、押しつぶしながらシちゃ、や……!」

「気持ちイイんだろ?
っ、このままイッちまえよ、英瑠……!」

「あっ、や……!!」


先程想像した、獣の交尾姿が英瑠の脳裏を過ぎる。

人間だって、本当は獣とそんなに変わらないのだ。きっと。

自分より弱そうな獲物に噛み付いて、切り裂いて、殺して――
戦だって結局はそうだ。

人間の本質が暴力ならば、人も獣もそれほど違わないのだと彼女は思う。

この行為だってそうだ。

平常時に考えたらとてつもなく恥ずかしくて、直視出来ない筈なのに――

こうやって、慕情と興奮に灼かれて、熱に溺れている時は、何もかもが本能に押し流されていく。

バクラの事が好きだと思った。
この人と最期まで運命を共にしたいと思った。

だから――


「バクラ、わたしの……っ、もう一つの名前、教えてあげる、」

「っ、聞かせろよ、」

「姓は龍、名は琉……っ
ねえバクラ、私の居た地方ではね……、
女の本当の名は、夫になる人にしか、教えないの……っ
私は武将だから、皆に知られてて、敵には罵倒混じりで呼ばれてた、けどね……!」

「ハッ、そうかよ……!
英瑠、龍琉……
どっちもオマエらしくてイイ名前じゃねえか、」

「っ、ありがとうバクラ……!
でも、恥ずかしいから英瑠でいいよ……!
バクラに名前呼ばれるのっ、すき……!」

「っ、オマエ……、本当、イイな」

余裕のないバクラの声。

「英瑠、英瑠……っ」

切れ切れに呼ぶ声。

堪らなく愛しい、と英瑠は思った。

「んっ、バクラ……、バクラ……っ」

彼の名前を呼び返せば、満たされていく心。

「英瑠っ……!
お前は、オレだけの……っ、
全部、オレの、モンだ……!! 英瑠……っ
たとえ先にくたばりやがったって成仏させてやらねえっ、永久に、オレだけの、モノだ……!!」

命を削って吐き出すようなバクラの声。
子供じみた独占欲が英瑠の魂を全て支配していく。

いいよ、と応えて、英瑠は彼の手に己の手を重ねた。

この温もりを永遠に忘れないように。
たとえどちらかが先に消えても。

そんな祈りを込めて――――









「ハッ、そう拗ねんなよ……!
オマエだって滅茶苦茶気持ち良さそうにしてたじゃねえか」

「…………別に拗ねてないです」


荒廃した村の地下神殿で繰り広げられた、二人の秘め事。

血塗られた歴史を持つ場所で、しかも敵がいつ来ないとも限らないのに、よくよく考えてみればおかしなものだ、と英瑠は思う。


「拗ねてんじゃねえかよ。
やっぱ冷静になったら後悔したってか?
後から言われても知らねえっつーの」

「違います後悔とかしてないです!
ただ、……恥ずかしいんです!!
あんな……、あんなに…………」


だがよくよく考えてみれば、出会った頃から『こう』だったはずだ。

他人の死を横目で黙殺する傍らで、自らの生を繋ぐ。
残酷で、勝手すぎる強者の論理。

それは互いに。互いが出会う前から。
ずっと、そうやって生きてきたのだから。


「あんなに……? ハハッ、あんなに何だよ?
あんなに沢山? あんなに激しくってか?
ヒャハハッ、お前だってエロい声上げて何度もイキまくってたじゃねえか!
お互い様だろ」

「わー!!!!
だからそういうのが恥ずかしいんです!!
口に出さないでください! そっと胸にしまっておいてください!!
もう、心臓ばくばくして頭おかしくなっちゃうんですから!!
やだ……もう……」


たとえ数歩歩いた先が、断崖絶壁であっても。
そうやって生きてきた者たちは、最期まで己の生き方を全うしなくてはならない。


「……オマエ、照れてるとこ本当可愛いな」

「っっ!!!!
あっ、……なっ、またそういう……!!
もっ、本当に……、私をここ殺す気ですね?」

「つーか何で口調戻ってんだよ……
タメ口聞いてる時のお前の方が好きだぜ、オレはよ」

「わぁぁぁっバクラずるい!
ひどっ……、卑怯だよそういうこと言うの……!
だって私の方が好きって言いたいのに……あっ違っ、
あぁやだもう顔熱い……!! うぅ……」


怨霊渦巻く地下神殿に、盗賊王の哄笑が響き渡る。
次いで、獣の女の照れた叫び声。

彼らは薄々予感していた。
闘いがまだ終わりでは無いことを。

気付いていたから、笑った。
次の瞬間には、殺戮の嵐に身を投じるとしても。

彼らはまだ、生きているのだから。

生と死、現世と冥界、愉悦と怨嗟の狭間で、たしかにまだ息をしているのだから――



「そういえば……!!
っ、っっ……!? っ……」

「何キョロキョロしてんだよ」

「っあ…………、その、死霊さんたち居ないなって
……ああ、今は居てくれない方が嬉しいけど!!」

「あぁ……?
ヒャハハッ、気ィ利かせて外してくれたんだろ。
もしくはオマエの声にビビっちまったとかな!」

「声…………? ってやだ!!
なんでそんなこと言うの!?
だってバクラがあんなに激しくするから!
あぁん、もうヒドイよ〜〜」

「ヒャハハ! 別にイイじゃねえか。
可愛いぜ? オマエの喘ぎ声」

「わーわーわー!!!
それ以上言わないで!!
さらりと私を混乱させることばかり言ってずるい!

……ていうか、全体的にバクラはずるい……っ
独りで何でも出来て、強くて、転んでも立ち上がれる強さを持ってて、カッコよくて、私の心を全部攫って行っちゃって――

心を盗む盗賊なんて、そんな上手いこと言いたくないけど……でもずるい。
何も、抗えなくなっちゃう……」

「…………オマエ、それ誘ってんのか?
さすがケモノだけあって体力あんな」

「っ!!!!
なっ、違っ……!!
ただ、バクラはすごくカッコいいのに、私なんかでいいのかなって思っ――

っひゃ!!
バクラ! いきなり抱きつかれると……困る!

困る、からぁ……っ
……やだ、首吸わないでっ、心臓壊れちゃうよ……っ!
ていうかまだ元気あるの……!? あっ……
バクラずるいよっ、ずーるーいー! んっ……!」

「ずるいのはオマエの方だろっ、こんなイイ身体しやがって、いつもいつも平然と煽ってきてよ……っ!

足りねえんだよ!!
今まで焦らされまくった分、全部その身体にぶつけてやる……!
覚悟しなっ、英瑠……!!」

「やっ、だめぇぇぇっ……!! あぁっ……!」



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