21.同胞

※R18。イチャついてるだけなのでこの辺まで読み飛ばしてOKです





「バ、クラ」

重ねられた唇。

普段ならすぐ離れるそれは――
しかし、再び重なり、離れなかった。

「んっ! ……っ!」

噛み付くように塞がれた唇。
歯列を割って入った舌が絡んだ時、英瑠はようやくバクラが本気なのだと悟った。

「っ、敵来るかもしれないし、今は……、その」

何とか呼吸のタイミングを見つけ、しどろもどろになって理由を口にする英瑠。

だが彼は、ファラオが死んで王宮が混乱しているだろうこと、神官団も満身創痍ですぐには動けないことなどを的確に挙げ、もはや止める理由などないといった様子で英瑠を強引に石床に押し倒すのだった。


「ん、んん……っ」

再び貪られる、有無を言わさぬ口付け。

まるで呼吸を奪われるようなそれは、彼の中にある情欲という名の炎が、燃料に引火してたちまち燃え広がったような激しさだった。

その熱に反応して、彼女の全身にもまた、たちまち熱が生まれていく。


『これ』がバクラか。

英瑠は突然の流れに戸惑いつつも、同時に、それを欲する貪欲な自分がいることにもすぐ気が付いた。

気付いてしまえばもはや、抵抗する気など微塵も無くなっていた。
彼に触れられた瞬間に知ってしまったのだ。
己が何よりも、彼の熱を求めていたことを。

英瑠はどうしようもないくらいバクラという人間に惹かれ、心から彼を求めていたのだ。


首筋に唇を這わされ、逸る手つきに胸をまさぐられる。

「あっ、ん」

バクラの褐色の手が、乱暴とも言っていいほど激しく、英瑠の胸を揉みしだいた。

「や、あっ……」

いつか馬上でこんな風に胸を揉まれた事があったのを思い出す。
だがその時よりもずっと嬉しくて心地好い、と彼女は思った。

彼の手の中で変形するほど、膨らみを強引に弄ばれているのに。

その強引さが、堪らなく愛おしくて、今の自分にピッタリと『合致している』。
そんな風に感じるのだ。

英瑠の服を掴み、有無を言わさず胸元を開くバクラの手。

外気に晒された肌に、彼の掌が直接触れた。

「あ、ん……っ」

皮膚を通して感じる彼の手の熱さ。
生きている人間の体温。

褐色の指が膨らみの先端を押しつぶし、引っ掻くように擦られれば、彼女の口からは抑えようのない声が漏れた。



英瑠は思い出す。

普通の人間に比べて、自分が痛みというものにかなり鈍感らしいと気付いたのはいつ頃だったか。

まだ駆け出しだった頃、手柄を得ようと突出し、矢の雨の中を盾も持たずに走り抜けて、叩き落としきれなかった矢が胸に刺さったこともある。

だが矢は防具と胸の脂肪に阻まれて、心臓には達しなかった。

さすがに全く痛くないわけではない。
ただ耐えられないほどでもない。
だから戦い続けた。そして敵将の首を取った。
仲間からは心配され、上官からは叱られた。

その時の傷はもう無い。
すぐ治ったからだ。
つくづく化け物だと自分でも思う。

だが、あの時我慢出来たはずの痛み、それよりずっと弱くて優しい刺激を、今はどういうわけか堪らえることが出来ない。

バクラの舌が胸の先端を這い、緩く吸われた時に漏れてしまった声は、決して演技では無かった。

頭の芯が痺れるようだ、と英瑠は思った。

人ならざる者なのに、人としての温もりを欲するなんて。


「私、人と同じじゃないから、っその……っ
バクラが求めてることにっ、ん、応えられるかどうか、っあ……」

もたらされる刺激に理性を溶かされながら、切れ切れに呟く。

彼の唇が胸から離れ、一言だけ声を発した。

「オレが確かめてやるよ」

熱っぽいバクラの手が、英瑠の太股を撫でる。

性急で余裕のない、欲を孕んだ手つき。

彼はそれ以上何も言わない。

「バクラ、あっ……!」

誰にも触らせたことのない下半身を探られて、羞恥と期待で英瑠の心臓はドクリと高鳴った。

「だ、め……っ、ん……!」

申し訳程度の拒否が無意味であることに気付きつつも、言わずにはいられなかった。

「あ……っ!! や、や……っ!!」

人間と同じかどうかわからない場所を指でなぞられて、たちまち英瑠の全身を電流が走り抜けていく。
ぬるぬると潤みを湛える中心を探りながら、バクラが薄く嗤った。

「ケモノったって、ココはよ……っ、
人間とそんなに変わりゃしねえだろ、多分」

異種姦を彷彿とさせるような物騒な物言いはきっと、彼なりの慰めなのだろう。


「はぁっ……、そこ、は……っ! ん、」

何も受け入れたことのない、未知の場所を指で押し広げられ、まるで形状を確かめるように掻き回される。

痛みはない。
あるのは、引き攣るような違和感と、それに付随する快感だ。

英瑠は、これから致す行為がもたらすであろう、『これ』の延長線上にあると思われる感覚を予測して、密かに身震いした。


こんな感覚がもっと高まったら、一体どうなってしまうのだろう。

それこそ、獣のように啼いて狂ってしまうのではないか。

そんな恐怖が心に忍び寄る。

だが、余裕の無さそうな彼がそれを配慮してくれるとも思えない。



「バ、クラ……っ
あっ、や―― だめ……、

っっああぁん! あっ、んんんっ……!」

脚を開かれ、宛てがわれた彼のモノをいきなり捩じ込まれる。

確認もいたわりも無い。
欲に逸る、強引で雑な行為。

だが、英瑠の身体はそのままバクラ自身を拒否せずに受け入れていく。

痛みとは違う圧迫感に犯され、言葉に出来ない熱情が彼女の心を掻き乱した。

「や……、あ……、ん……っ!」

のし掛かるバクラの重み。
腰を掴まれ奥へと彼が刺さり込む感覚を、英瑠は心地よい、とどこか感じていた。

「んっ……、なに、これ、」

自然と言葉が漏れる。
それ以上余計なことを言ってしまうのが怖くて、英瑠はバクラから顔を背けると己の手で口を押さえるのだった。

ふと、我に返ったように――
バクラの手がそっと、英瑠の頬を撫でる。

「オマエ、痛くねえのかよ、」

それは、『初めて』の女に対し強引に体を繋いでしまったことに対する、彼の罪悪感だったのだろうか。

「痛くない、の……多分、ケモノだから、」

反射的に答える英瑠。
自嘲にも似たそれは一種の照れ隠しだ。
気遣いや罪悪感など、本当に、全く不要なのだ。
何故なら、不快な点など何一つ無いのだから。

英瑠は、そんな己の現状をバクラに知られたくないと思った。

ずきずきと甘く疼き続ける心。
身体をこじ開けられ、中を擦って挿し込まれた気持ち良さと充足感。
油断すると、理性やら羞恥心やらを根こそぎ持って行かれそうな、本能の奔流。

「変でしょ、初めてなのにっ、こんな――あっ……!
や、強くしちゃ、だめ……!」

英瑠の言葉に遠慮はいらないと悟ったのか、バクラは己のモノを奥へ突き立てると、それから欲望の赴くまま彼女の身体を揺さぶり始めた。

「や、バクラ、本当に、や……!」

何が嫌なものか、と彼女は頭の隅で思う。

嫌どころか全力で悦んでいる。

奥を突かれる度に甘い声が漏れ、胸や肌を撫でられる手の感触が、重ねた身体から伝わる彼の体温が、ひたすら心地良い。


これが、好きな人と身体を繋ぐということなのか。
これが、愛した人に犯されるということなのか。

伝聞と予想でしか無かったものが、初めて実感として英瑠の全身に刻み込まれていく。

幸せな感覚だ、と思った。

そう考えたら涙が込み上がってきて、英瑠は顔をバクラから背けたまま、そっと手で目元を拭ったのだった。

直後、褐色の手が慌てたように彼女の手首を捕らえる。

揺らいだ彼の眼は、覗き込むようにして英瑠の顔を伺っていた。

「嫌なら抵抗しとけよ、オレ様に同情すんな」

至近距離で絡む視線。

欲望の色を湛える盗賊の双眸は僅かな怒りと戸惑いも滲ませていて、英瑠はバクラの発言の意味がわからず言葉を失った。


考える。

そうか、涙――

彼はきっと、英瑠の涙を見て、本当は泣くほど嫌なのに、バクラへの同情から身体を許したのだと――
そう誤解したのだろう。

気付いてから、咄嗟に答える。

「ちがう、全然嫌じゃない……、逆、ん」

身体を揺らされている干渉と性的な快感のせいで、うまく頭が回らない。

バクラはこのような刺激に慣れているのだろうか。
自分はとてもじゃないがまともにモノを考える余裕などない、と英瑠は思った。


「ハッ……、逆ってなんだよ、っ
気持ち良すぎて泣くってか、」

嘲笑うようなバクラの声。
その声はどこか嬉しそうな、呆れたようなものが混じっているように感じられた。

(ちがう、そうだけど、いや、それだけじゃない)

バクラの軽口を否定しようとして、でも完全に否定出来るわけでもないとわかっているから、恥ずかしくて、頭がぐちゃぐちゃで――


だから。

だから、掴まれた手首を優しく振り払って、両腕を伸ばした。

彼の顔を見据えて。


「ぎゅっ、てさせて」


我ながらなんて馬鹿な物言いだと英瑠は思う。

しかしもはやどうでも良かった。

ただ、彼の温もりが欲しかった。

その首筋に縋りついて、頭を掻き抱きたいと思った。
だから。


「バクラ……っ、すき」

彼女の求めに応じたバクラの首筋に腕を回して、彼を抱き寄せ、温もりを貪り、英瑠は耳元でそう囁いた。

バクラが一瞬息を呑んだ気配がする。

「……、…………」

彼は何事かを言おうと試みたようだった。

だが少しだけ顔を上げて英瑠を見下ろしたバクラは、そのまま何も言うことなく、英瑠の唇を塞ぐ。

「んっ、ん……!」

身体をゆるゆると揺さぶられながら、重ねられる唇。

「は……っ、あっ、あっ、ん……!」

バクラの手が胸の膨らみを弄び、英瑠が切ない声を漏らす。

「……オマエは、」

「んっ……、っ、あ……っ」

「なぁ、…………、……」

「どうした、の……?」

互いを貪る中で、バクラが何かを言いたそうに言葉を詰まらせていた。

熱に浮かされた頭で彼の二の句を待つ英瑠だが、バクラはなかなか続きを口にしない。

ならば、と英瑠は己の感情を先に言葉にしてしまおうと決めた。


「バクラ、すき……、だよ、本当にっ、
この世界で、あなたに会えて、良かった……!
だい、すき……、ありがとう、」

他人が聞いたら子供のような物言いだと思うだろう。

だが、杯の淵から溢れたものがごく僅かであるように、心という杯の中には言葉に出来ないあらゆる感情が溜まっている。

感謝。慕情。信頼。劣情。歓喜。悦楽。

バクラに対する数えきれない熱情が、そこには注がれている。



あの雪の降る城で、将としての『役割』を終えた時。

もはや自分には何もないのだと、英瑠は思っていた。

だが全てを失った後に、見知らぬ世界で、『彼』に出会った。

共に戦う者としての信頼、力への尊敬、滾る復讐心への畏怖――
そして、愛情。

元の世界で空っぽになった杯は、いつしか彼で充たされた。

それは、主を失った自分が、新たな心の拠り所を探したというだけに過ぎないのかもしれない、と英瑠は自覚している。

けれども、それでも。

空っぽになった杯に充たされたものは、決して紛い物の酒ではない。

何よりも濃厚で、味わい深くて、香しい美酒だ。

失いたくない、と思った。
このまま共に生きて行きたい、と思った。

だがそれが叶わないことも分かっている。

破滅の足音が迫っていることに気付きつつも逃れられない、これは既視感だ。

彼――バクラの目には復讐しか見えていない。

あの、呪われた千年アイテム――あれは極めて危険なものだ。
少なくとも、邪神とやらの力を手に入れて世界を破滅させて、その屍の山の上で自分だけが嗤っていられるほど、安易なものではないだろうと英瑠は直感していた。

だがもはやバクラは止まらないだろう。
誰が何を説いてもだ。
彼は死ぬまで止まらない。

かつての主、あの鬼神がそうであったように――

ならば。

往く道は、たった一つだ。



「英瑠っ、オマエは、」

さっき言えなかった続きが、バクラの唇から紡がれる。

英瑠は彼の下で吐息を漏らしながら、首筋に回した手で白銀の髪をかき乱し、さらに続きを待った。


「付き合ってくれんのかよ、
オレ様の『全て』に」

耳元で密やかに吐き出された言葉は、甘く、どこか縋るような寂しさも含んでいた。

「もちろん、っ……。
さいごまで付き合うよ、だって私はバクラの刃だから……!
んっ、たとえ、死んだって、」

「…………、英瑠、っ」

「はっ……、なぁに、ん、」

「お前はオレ様のモンだ……、
どこに居ても、正体が何であっても……!
たとえ元の世界に帰れたとしても、帰さねえ……っ、
それでもイイのか、っ……!」

「イイです、よ……!
ふふっ、知ってた……?
バクラがそう思うより前から、とっくに私、そんなふうに思ってたんだよ……!
私の方がずっとバクラのこと好きだから、いまさら、だね……」

「……っ、ほざいてろ、オマエ、そんな口聞けないようにしてやるからな……っ!
後悔したって、遅いぜ、」

「えっ、あ……っ

ッッあん! やっ、あぁっ、あっ、あん、や……っ!!
バクラっ、やだ、そんなに激しく、や――!!」

英瑠の言葉を挑発と受け取ったのか、バクラの欲望が火を吹いて、彼女の身体を激しく揺さぶっていく。

快感に身悶えた英瑠は、律動に合わせてあられもない声を漏らす。

遠慮のないバクラに首や耳を緩く噛まれ、さらに甘い刺激の中に身を落とした彼女は、またうっすらと目に涙を浮かべながらも、嬉しそうな表情を見せたのだった――



復讐という修羅の道を往くバクラを、止めもせず、ただ隣で見守り、彼のために武器を振るう。

それはもしかしたら、彼を真に愛する者が取るべき行動ではないのかもしれない。

でも、それでいい。

それが、バクラという存在に寄り添う、たった一つの方法なのだから。

彼の行き着く先を見届けることが、英瑠という女が選んだ、ただ一つの道なのだから――――



**********



「クク……ッ、ハハハ……、
ハハハハ……ッ」

たった今身体を重ねたばかりの女を見下ろしながら。

バクラは嘲笑っていた。

彼女をではない。
自分自身、をだ。


本当はとっくに気付いていたのだ。

ファラオを抹殺した後、彼女が黙って去って行った時に。
いや、盗賊の男を追って奈落の底へ飛び込んで来てくれた彼女を見た時に。
あるいは、彼女が泉で溺れたのではないかと思ったときに。

もしくは――
そうだ。

彼女への執着はただの盗賊気質と肉欲から来るものだと思いたかった。
それだけでなければ、ならなかった。

けれどもバクラは気付いてしまった。

それはまるで、ずっと、あんな王墓すぐに暴ける、本気を出せば軽く忍び込めると嘯いていた口ばかりのチンケな盗賊が、実際に王墓へと足を踏み入れてみたら、たちまち罠にかかって現実を知ってしまったような。


獣混じりのくせに、人間の女と同じ体温で喘ぐ肢体。
白い肌を晒して、好きだと囁く甘い声。
いたわりも何も無い、冷たい石床の上で半ば強引に犯したのに、嫌な素振り一つ見せず優しく笑う彼女。

そこに在るのは、決して単なる所有欲や肉欲だけでは無かった。

その事実が、バクラを堪らなく打ちのめす。

まるで己の信じたものが、揺らぐような衝撃だった。

だが、しかし。
しかし、だ。



幼い頃のあの惨劇の夜から、バクラはずっと血溜まりの中に居た。

血濡れのナイフの柄を、決して外れないように、手に括りつけるような真似をして。
そうしてでしか生きてはいけないと言うのなら、それはこの世の地獄ではないのかと思った事もある。

だがいつしか、それは自らの決意で選びとった確かな道だと考えるようになっていた。

後悔や逡巡など微塵もない。
それが正義だと信じた。だから強くなれた。


けれどもその闇と血溜まりの中で、ぽつんと座り込む女が居た。

その女は始め、ずっとずっと下の方の遠い場所へいたはずなのに、いつのまにかバクラの隣に座っていた。

ここいいですか、と言うような気軽さでもって。

気付けば血よりももっと澄んでいる柔らかい水が、するするとバクラの中に染み込んできた。

まるで、乾いてひび割れた大地に降り注ぐ雨のように。


邪悪なモノたちは、雨など気のせいだ、大地を全て血と闇で満たせと彼に言うだろう。

だがそれがなんだ。

彼女は彼女だ。
闇の中でも揺らがないもの。

茫洋たる闇の中でも、永遠にバクラを待っていてくれるような。


同胞――そう、同胞だ。
かつてこの世を去って怨念となった盗賊村の連中と同じ。

初めての、生きた同胞。
バクラが復讐劇の幕を下ろす時まで、傍らで手を取り踊り続けてくれるような。

そんな、同胞の女――英瑠。



「バクラ……、どうしたの……?」

睦み合いの余韻が残る身体で、英瑠が心配そうに問いかけた。

なんでもねえよ、と返す前に、むくりと身体を起こした彼女が、泣きそうな顔でとんでもない事を口にする。

「やっぱり私、変だった……?
バクラの体、壊れちゃった……?」

「っ、壊れてねえよ!」

反射的に彼女の額を指で弾く。

痛みなど全く感じていない筈なのに、額を押さえるような真似をして彼を見た英瑠に、バクラは思わずため息をついたのだった。

「……悪ィな。何か敷くもん持ってきてやるよ」

自然にそんな言葉が口をついて出て、バクラは立ち上がった。


(コイツは同胞なんだよ。
中身がなんであろうとな。
それで……いいだろうが)

バクラは心の中で独りごちた。

石盤の上で輝く千年宝物の邪念と、怨霊たちに向かって人知れず叫ぶ。

全てオレ様のものだ――と。

復讐も、闇に彩られた目的も。正義の定義も。同胞ですらも。

(全てオレが決める。文句は言わせねえ!
だからついて来い。最後の最期まで……!

それでもし、しくじるってんなら――
オレを恨め!!)

バクラはそんなことを思い、闇に向かって不敵に嗤った。

それから彼女を振り返り――

まだ『足りない』と感じたのだった。



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