9.告白



「……聞いたら戻れねえぜ」


バクラの声は震えていた。

悲しみや恐怖にではない。

英瑠にはわかる。
そういう声を発する人間を幾人も見てきたのだ。

戦場で。刑場で。軍議の場で。

彼女自身、そういう声を発したことがあるから余計わかる。

口からこぼれ出る言葉なぞ、杯の淵から溢れ出た僅かなものにしかすぎない。

その杯の中には、暗くて、烈しくて、燃え盛るような怒りと淀んだ怨嗟が溜まっている。

それは、激情で己が燃え尽きてしまうのではないかと思うくらい、苛烈な炎だ。


「聞かせてください。
バクラの、絶望を」

そう返した時、彼の瞳には底の見えない闇が広がっていた。

どこまでも昏くて、ドス黒い狂気と絶望。

だが、その中にほんの僅かだけ交じる、縋るような、深い哀しみを見たから――

英瑠は、彼の横で、その身の上話を聞くことにしたのだった――



**********



そこにはもはや、復讐心しか無かった。

涙などとっくに枯れ果てた。

恐怖など、顔に消えない傷を刻まれた時に、怒りで塗りつぶせることを知った。

後に残るのは圧倒的な憎しみと、憤怒と、報復心――


復讐してやる。
自らの全てを奪った者に。
それらを擁護する連中に。

この難攻不落の王墓、惨劇を引き起こした張本人、欺瞞の王の墓を暴いて――!!






英瑠は泣いていた。

正確には、彼女は涙をこらえ、時折さりげなく涙を拭いていた。

おめでたい女だ、とバクラは思う。

今語った惨劇は全て嘘だと、信じてんじゃねえバカ女、将の端くれのクセに頭空っぽかよ死んどけよ、と暴言を吐いてやろうかと一瞬思った。

だが彼女は信じないだろう。

嘘だと言うには、あまりにも感情が篭りすぎた。

英瑠は哀しみを湛えた目で、この救いのない身の上話に、何と言葉を返そうか考えているようだった。

(くだらねえ)

同情など要らない。

そんなものをもらったところで、何になる。

失った日々は、人々は決して返って来ない。

英瑠が哀れにも失ったらしい、主君とやらと一緒でだ。

バクラはすぐに後悔を覚えた。

己の素性を明かすのは、この王墓に眠っている、あらゆる元凶の王――
その息子である現ファラオを抹殺する時で良かったはずだ。

人々の命から作られた宝物で今の平和が保たれていると知ったら――
お上品なファラオはどんな顔をするだろうか。
想像しただけで震えが走る、とバクラは思った。

そうだ。ファラオだ。
彼と、彼の神官団が持つ七つの千年アイテムを全て奪って――


「ありがとう」

ふと、隣に居た英瑠の声がバクラの鼓膜を震わせた。

「バクラの話、聞かせてくれて」

「…………」

英瑠は哀しいような、憐れむような、そんな顔をしていた。

(これだから)

「同情なんざ要らねえんだよ……!
チッ、オレ様としたことが雰囲気に呑まれちまったぜ……
忘れな。今の話は全部よ」

「忘れませんよ。
だってこれからその……悪い王様のお墓を暴いて、それで……
千年アイテムというものを奪って、復讐するんですよね……?」

英瑠の声はひどく穏やかだった。

どうして、こんな穏やかな声が出せるのかと思う。

「お前は……、
お前は、ご主人サマとやらがくたばった時も、そんなに平然としてたのかよ」

「そんなわけないじゃないですか!!!」


英瑠が叫んだ。


血を吐くような声だった。

獣の咆哮のような、烈しい声。


バクラは思わず息を呑み、横にいる彼女の顔を見た。

燃える瞳。
炎に照らされて輝く英瑠の双眸。

その奥底には怒りがある。
哀しみも、無念も、憎しみも――

「……悪かったな」

思わず口にしていた。

「いいえ」

応えた声は、いつもの彼女だった。

英瑠から視線を外したバクラは、何故だか笑みが込み上がってきて、
「ククク。そんな声出すんだな」

と思ったままを口にしたのだった。

彼女は怒るだろうか。
そんなことを考えてまた英瑠の顔を伺うバクラだったが――

その顔は、不満げにむくれていただけで。

「ハッ、何だよその顔は!
随分と可愛らしい怒り顔じゃねえか。
そんなんちっとも怖くなんざ――
っ、おい」

「あの、困るので、そういう事言わないでください!」

「は?」

松明の炎に照らされた英瑠の顔が心なしか赤らみ、彼女は両手を顔の前でひらひらさせ拒絶のポーズを取っていた。

「何が、ってあ」

バクラは一瞬本気でわからなくて、それからたった今自分が口にしたセリフを思い出し、ハッとした。

「ばっ……てめ!
皮肉もわからねえのかこの野郎!」

「えっ、あ! 皮肉……、
……ああっ今のなし! 今の無しでお願いしますもうやだ私勘違いしちゃってああぁ」

「、っとに頭空っぽかよオイ、お前は本当――」

柄にもなく取り乱したバクラは、思わず英瑠の肩に腕を回すと、もう片方の拳で彼女の頭をぐりぐりと攻撃した。

「や、やめてくださいバクラさ――
バクラ、あの――!!」

「てめえがくだらねえ勘違いするからだろうがクソが、おらおら、痛てえかよ!」

「ひゃっ、ちょ……!
痛くはないです、だって私だし!!
痛みとかも鈍くてあ――」

「うるせえんだよ!!
だいたい何だよそのデタラメな力はよ、ムカつくんだよてめえそんな細っこい身体してるクセによ――」

「わーっグリグリするの、ていうか腕回すの本当にやめてください!
ドキドキしちゃうんですよ!!
嬉しいのと恥ずかしいので胸が苦しくなるんですよっ!
バクラにはわかんないだろうけど!!」

「………………は」


しばしの沈黙が流れた。


「……そういうことです。
笑ってくれていいですよ。
男性ばかりの軍に居たのに、免疫ないんですから私」

「…………」

「……離してください」

英瑠は固まるバクラの腕の中で、もぞもぞと身じろぎをした。

その力は決して、人外とやらの力ではなく、つまり彼女は本気で離してほしいと思っているわけではなく、つまりは――

そういうことなのだろう。

「……離してくださいよ」

英瑠の口調は何だかとても不自然だった。

「お願いですよ」

まるで、盗賊ではないかと兵士に疑われたチンケなこそ泥が、素性を隠すために善人ぶって口調まで意図して変えるような――

バクラの中で、再び笑いが込み上がってくる。

「ヒャハハハハ!!!」

笑う。

声を上げて笑って、それから。

彼の腕の中で、顔を真っ赤にして目を伏せてむくれる彼女の頬を撫でて、それから――

一瞬だけ唇を重ねて、彼女から腕を離し――


「行くぜ。アクナムカノンの野郎の全てを奪うためによ」

バクラは王墓のさらに奥へと、足を踏み出したのだった――




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