「あれ……?
う〜ん……おかしいなぁ……」
弱々しい……というか、ほとんど吐き出されないエアコンの風。
リモコンを手にしながらボタンをあれこれ押してみるものの、いっこうにエアコンが冷たい風を吐く気配はなかった。
「うわぁ……なんで……!
エアコン壊れたかも……!!!
クーラーないと暑くて死んじゃうよ……!!
あぁもう……!!」
突き付けられた苛酷な現実に、どっと額に汗が滲む。
今は真夏。
毎日毎日暑くて、とてもじゃないがクーラーなしでは童実野町の夏は過ごせないのだ。
「おい……アイス持って来てやったぜぇ……
って……、おい……!! 暑いぞ……!!!」
キッチンの冷蔵庫から勝手にアイスを持ってきたマリクが、部屋に入るなり文句を垂れた。
「うん……なんか、クーラー壊れちゃったみたい……
全然冷たい風出なくて……しょうがないからリビングに行く?」
「面倒くせえ……」
ボソリと零したマリクは、私の部屋のベッドに腰を下ろすと、手にしたアイスを開けて食べ始めた。
「ちょっと、そこで食べても良いけどベッドにアイスこぼさないでね……?
……ん、あ、ありがとう」
マリクから手渡されたもうひとつのアイスを受け取り、マリクからは離れてミニテーブルの前に座ってアイスを頬張る。
クーラーが役目を果たしていない部屋では、冷たいものでも食べてなければ暑くてやってられない。
「食べたらリビング行こうっと……暑いし」
「…………」
そんな事をひとりごちながらシャクシャクとアイスを食べ進めていると、いつの間にかベッドから下りたマリクが横に居た。
「早っ……もう食べ終わっちゃったの……?
暑いでしょ、もうちょっと離れてた方がいいよ」
「…………」
しかし忠告を無視して、さらに距離を詰めてくるマリク。
思わず触れた腕から体温が伝わり、生暖かい温度が暑さを更に意識させ、思わず身体を離した。
「暑いって〜」
何気なく呟いて、ようやく食べ終わったアイスの棒を部屋のゴミ箱に捨てる。
そのままマリクから離れた私は、再びエアコンのリモコンを手に取りベッドに腰を下ろした。
「う〜ん……何で風が出ないんだろ……
っていうか、このままじゃ夜暑くて寝られないし……!!
あーあ、リビングのソファーで寝るしかないかなぁ……」
ピッ、ピッとリモコンをエアコンに向けながら無駄な足掻きを続けつつ、ベッドに上がり壁にもたれながら愚痴をこぼした。
「ダメか……」
ようやく諦めて、リモコンを離してみれば――
テーブルのところに居たはずのマリクがおもむろに立ち上がり、ベッドに上がるとまた私に身を寄せて腰を下ろしたのだった。
マリクの身体から発せられる熱気が、直接触れているわけでもないのに私の肌を撫でる。
その熱に汗がじわりと肌から滲み、思わずまた
「暑い〜!」と身をよじった。
「もう、クーラー壊れてるんだから……!
そんなにくっついちゃ暑いってば〜……!」
何の気はなしにそう言って、マリクから離れる為にベッドから下りようとした時に。
がしっ!
「ッッちょっ……!!!
んわぁぁ暑い!! 暑いってばマリク!!
抱き着くのやめ!!
暑いってば〜〜!! もうちょっと離れて……!!」
マリクに後ろから豪快に抱き着かれ、身体を包んだ火照った熱気に思わず手足をジタバタさせて抵抗した私。
晒した腕や首筋と触れ合う素肌同士からはたちまち灼けつくような熱が生まれ、暑さを不快に感じつつも、心の中にはチリ、と別の熱が生まれた事に気付いた。
一方で、いくら身を捩ってもマリクの腕はしっかりと私の身体を捕らえていて、その力強さに不穏なものを感じとる。
「マ、マリクは暑くないの……?」
高鳴る鼓動を抑えつつ、背後で熱を発するマリクに問い掛ける。
返ってきたのは、
「別にこのくらいの暑さはどうってことないぜぇ……」というふて腐れたような声だった。
「……なんか怒ってる……?」
「……」
フン、と鼻を鳴らしたマリクは、私の問いには答えず、かわりにその唇をこちらの首筋に寄せてきた。
ちゅむ、という柔らかい感触と、触れた部分から感じるマリクの熱。
「あ……つい……」
全身から滲む汗と身体を包む熱気が呼吸を狭め、浅く息を吐く。
「マリク、ってば……
どうしてそんなに……」
くっつくの、と言おうとしたが、続きの言葉は飲みこんだ。
何故なら、甘えるように頭を寄せてきたマリクが、何を考えたのかがちょっとわかってしまったような気がしたから――――
「ごめん、ね」
顔を少しだけ後ろへ向けて、ぽつりとこぼす。
背後ではまた、フン……と鼻を鳴らしたマリクが、火照る唇をまた首筋に寄せてきたのだった――――
「………いやいやいややっぱり暑い!!
暑い〜!!
マリク、リビング行こうよ……!!
っていうか汗かいてきちゃったしお風呂入りたい!!
……ってちょっ……!!!
暑い、本当に暑いって……!!
や、離れ……っ、ん、んん〜っ……!!
甘っ、ん……」
部屋に篭った噎せ返るような熱気。
締め付けられた心臓が、呼吸を奪って声を途切れさせる。
火傷しそうな熱を孕んだ互いの吐息に朦朧とする頭で、マリクの首筋に腕を回してみれば――
まぁ……、こんなのも悪くはないかな、なんて気持ちになって。
身体を包むその灼けるような熱気さえ、愛しく思えてくるのだった――――
(ごめんね……、本当に暑かっただけなんだよ……!
だって暑いとさ、汗かいて髪の毛も肌もベタベタになっちゃうし、その……
汗くさかったら悪いな、って、その…………
決して、マリクと離れたかったわけじゃ――)
(黙ってなぁ……)
(へへっ、マリク可愛いね!!
あ、でも、私の方は、汗かいててもマリクの匂い好き――……んっ、ん……!)
(瑞香……黙ってオネンネしてな……!)
(んっ……、やっぱり、あっ、あ、つい……溶けそ……
ん……っ、マリクぅ……)
(……ククッ)
END
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