…………
「……っはッ!!
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――……」
暗闇の中で目を覚ます。
胸を締め付ける得体の知れないモノ。
背筋に張り付いた、寒気と震え。
喉はカラカラで張り付き、唇は震えてわななく。
指先はすっかり冷え、小刻みに震えながら異常を訴えていた。
ひどく――――
怖い夢を見た。
ベッドの上で、すっかり覚めてしまった目をこすりながら、未だ悪夢の残滓に震える自分の身体を抱き、こわかった……と小さく零した。
真っ暗な部屋の中、時計を確認してみれば真夜中で。
別室に居るマリクの部屋からも物音一つせず、彼がすでに寝てしまったのだと実感した。
「うぅ……」
自分の部屋だというのに、ひどく怖い。
たった今見ていた悪夢は、どこが具体的にどう怖かったのか簡潔に説明できるほど明瞭なものではなかったが、それでも自分が夢の中で、身の危険を感じ、正体のわからない何かに怯えていたことだけはハッキリと覚えていた。
「うぅ……! こわい……!!
マリクマリクマリク〜〜!!!」
堪らなく不安になって思わず、別室の彼には聞こえないほどの小さな声でマリクの名を呼び続ける。
目尻には涙が溢れ、ばくばくと早鐘を打つ心臓は相変わらず苦しいままだった。
「っ……! っう……」
柄にもなく、涙がどっと溢れる。
悪夢を見たくらいでこんなに不安になるなんて、我ながら未だかつて経験したことはなかった――
ッ、……
「っ!?」
ふと、部屋のドアの外に気配を感じる。
「マ……」
マリクなの、と呼びかけようとして、何故だか、暗闇の奥に潜む何らかの存在を意識してしまい、咄嗟に声が出なかった。
誰かの、気配がする――
この家にいるはずの人間を考えればそれはマリクのはずなのだが、それならいつものようにずけずけと私の部屋に入って来るなり、外から呼びかけるなり、いくらでもやりようはあるはずだ。
しかし今は――、確かに気配はするものの、『それ』には目立った動きがなくて。
「マリク、だよ……ね?」
震える声を絞り出し、半信半疑で答えた声にはしかし、返事はなかった。
「だ、誰……?」
額から嫌な汗がにじみ出す。
唇を噛み締めていないと泣き出してしまいそうで、私は必死に口元を押さえて息を殺した。
そして――
部屋のドア、が、ゆっくり、と、開かれ――――
「どうしたぁ……?」
「っっっ……!!!!」
闇の中から聞こえてきた間延びした声は――、
紛れもなく、マリク――の闇人格の声で。
いつものように「なんでもないから出てって〜!」と追い払うなんて思考は頭からすっぽり抜け落ちて、気付けばまたマリクの名前を繰り返し呟いていた――
まるで、縋るように。
「わ〜ん!!
おどかさないでよバカぁぁ〜!!!!
ホントに、ホントに、何かいるのかと思っちゃったじゃん……!!
ばかっ! 怖いんだからやめてよもう〜〜!!!
はぁ……、はぁ……うぅ、イキナリごめん……
な、なんか私、その……っ!!!」
再び背筋がぶるりと震え、溢れ出した涙を慌てて拭った。
「ハハッ……何だぁ……?
怖い夢でも見たのかぁ……? 瑞香……」
こちらを小馬鹿にした、からかうようなマリクの声。
しかし今の私には、それすら神の助けのように聞こえてしまうのだった。
「うん……!!
怖い……夢見たの……!!
なんかよくわかんないけど、その……!
こ、わくて……私、すごく怖くて……!!」
泣き出したい気持ちを堪え、静かな声で吐き出す。
冷たくなった指先をもう片方の手で握りこむと、私は暗闇の中にいるマリクに目をこらした。
「ククク……
やけに素直じゃねえか……!
何ならオレが添い寝してやろうかぁ……?」
「うん……! こっち来て……!!!」
深く考える間もなく、気付けば即答していた私。
「ハハッ……軽口に乗ってこねえなんて余程だなぁ……
そうやって怯えた貴様も悪くないぜぇ……!
ハハハ……!」
「っ、今だけは……何を言われても認めるよ!
マリク……っ、マリク……!!」
ベッドの上に座ったまま、腕をバッと広げ半泣きになって懇願する。
「そんなに呼ばなくてもここにいるぜぇ……」
ふわ、と空気が揺らぎ、身体を包むように抱きしめられる。
瞬間またどっとと涙が溢れ、私はマリクの肩に顔を埋めながら彼の身体を強く抱きしめ返した。
「わ〜ん……!!
怖かったよ〜〜〜!!!」
今だけは、と素直に泣き言を漏らせば、マリクがクククと小馬鹿にするように肩を震わせ――
次いで子供をあやすように後頭部を撫でた手が、ポンポンと小さく弾んだ。
その行為に、私の心はたちまちマリクに捕われて。
抱きしめる腕にぎゅっと力を込めると、彼の温もりを貪ったのだった――
「本当に、寝付くまで居てくれる……?」
「ああ……」
「良かった……! ありがとね、マリク……!!」
「フン……」
狭いシングルベッドに二人で潜り込んでくっついてみれば、マリクの体温や息使いを感じ――
その胸に縋ったまま深呼吸をすれば、彼の匂いが肺を満たした。
たちまち生まれる頬の火照りと高鳴る鼓動が、安心と幸福感となって、胸の中を支配する不安を何処かへ押しやっていく。
「ん……嬉しい……!
あったかいし……、へへへ……!」
マリクの胸に埋めた顔をぐりぐりと擦りつけてみれば、気怠そうに私の背中に腕が回され。
「どこにも行かねえよ、」と小さく吐き出された声と、力の篭った腕を背中に感じながら私は――
これならもう、どんな悪夢を見ても大丈夫だと確信しながらまた、眠りについたのだった――
(チッ……スヤスヤ寝てやがる……
襲ってやろうと思って部屋に来てみたが……
変なことになっちまったぜぇ……
今から襲ってやるかぁ……?)
(マ、リクぅ……す、き……むにゃむにゃ……)
(…………)
(すぅ……すぅ……)
(……ククッ……、今日だけだぜぇ……)
END
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bkm