癒しのチカラ(バクラ)



うーん……


頭が痛い……

お腹が痛い……


桃香は気怠い身体を抱え、悶々と過ごしていた。


「うぅ……
身体が重くて怠いよ……」


夕方。

テスト勉強のために、桃香は怠い身体を堪えながら自宅の机に向かっていた。


ピンポーン


玄関から呼び鈴の音。


「誰だろう……

出なくても……いいかな」


荷物が届く予定もないしどうせ新聞か何かの勧誘だろうと、身体の不調にかこつけて無視を決めこむことにした。


「…………」


そのまま再度呼び鈴が鳴ることもなく、特に気にも止めなかった桃香は、散漫になる集中力を抑えながら必死に内容を頭に叩きこもうと足掻いていた。


しかし――――


「はぁ……ダメだ……」


頭とお腹が痛み、身体が重くてどうにもままならない。

諦めの大きなため息を一つつくと、桃香は頭を抱えて机に突っ伏した。


「やっぱり居るじゃねえか……クソが」

「!!!!!」


聞き慣れた声にガバッと顔を上げた彼女が、部屋のドアに視線を走らせれば――

これまた、見慣れた男がドアにもたれて憮然とした表情で立っていて。


「バ、バクラ……」

「……フン」

「……ていうか……、すごいね……
全然気付かなかったし……さすがだね……」


桃香は高鳴る胸を抑え、音もなく自分の部屋まで侵入してきたバクラの功績を素直に讃えたのであった。


「ククッ、オレ様にかかりゃこんなもんは朝飯前なんだよ……

お前が敵なら、オレ様の存在に気付くのは音もなくグサリとやられた後――
オレが敵じゃ無かったことに感謝するんだな……!
ヒャハハハハハ」

「はは……」


自慢げに高笑うバクラを眺めながら、桃香はせめて表情だけは明るく取り繕うのが精一杯だった。


バクラが来てくれたことはすごく嬉しい。
が、今の自分には、それを全身で喜ぶだけの体力が残されていない。
それがとても悲しくて情けなくて――

彼女はそんなことを考える。


「おい……どうしたんだよ。いつもと違ェだろ」

「えっ……!!
あっ、違わないよ!?

テスト勉強してたの……」


咄嗟に間の抜けた返事を返してしまう。


「どこがだよ……全然違ェじゃねえか馬鹿が……
んだよ、具合でも悪いってか?」

「!!!!
あっ、いや……」

バクラは机に手をついたバクラは、座ったままの桃香を冷ややかな目で見下ろしていた。


顔をあげチラリとバクラの顔を伺った桃香は、羞恥と感嘆を感じていた。

だが彼女はすぐにふいっと視線を逸らし、
「バクラってすごいね……本当に」
とこぼすのであった。


「チッ……、オレ様の質問に答えな……!
それとも、直接身体に訊いてほしいってか……?」

桃香を見下ろしたまま、バクラは嗜虐的な笑みを浮かべる。


「ッ……!! あ……ダメっ、ああ……もう……

…………そうだよ……

熱はないんだけど頭とお腹痛くて……
身体全体がだるくて全然集中できなくて……困ってるんだ」


バクラの挑発に観念したように口を開いた桃香は、ハァ、と大きなため息をひとつ零してノロノロと椅子から立ち上がり、テーブルの前に腰を下ろす。


「ゴメンね……せっかく来てくれたのに……」

「ハッ……、オマエなんざただの暇つぶしなんだよ……!
勘違いしてんじゃねえ」

「ゴメン」


机の横に立ったままのバクラを見上げてふふ、と控えめに微笑む桃香を見てか、バクラから舌打ちが零れる。


「ああうざってえ!!
何なんだよてめえは……!!
具合悪いなら寝てりゃいいだろうが!!」

「ッッ!!」

机から離れたバクラはテーブルの前に座る桃香のすぐ後ろに腰を下ろすと、乱暴に彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

「ん……!!」

頭痛による不快感と、バクラに撫で回された嬉しさがごっちゃになって、桃香を襲う。


「バ……クラっ」

悲痛な声をあげたところで、頭から手が離れ――

今後はそっと、その腕が桃香を背後から捕らえて抱きしめたのだった――


「ッッ……!!!!
ぁ――――」


息が止まり、声にならない声が喉から漏れる。


ドクリ、と派手に跳ねた心臓は全身を痺れさせ、まるでスイッチのように頬に熱を生み始めていた。


――いつだってそうだ。

いつだって、バクラに触れられれば身体に異変が起きる。

それは自分でも制御しようがなくて。


「たしかに熱はねえな……

ククッ、ちょうどいいからこのまま勉強したらどうだ?
集中力が鍛えられるぜ?」

桃香を抱いたまま、不敵に笑うバクラ。


「っ……絶対勉強なんかできない〜!!」

「じゃあこのままでいろよ。
しばらくじっとしてりゃ治るだろ!
ま、オレ様に感謝するんだな……ククッ」


バクラの腕にぎゅっと力が篭り、腕の中の桃香は少しだけ身じろいだ。

愛しさがこみあがり、彼女の胸を焦がしていく。


「ありがとう……」

小さく吐き出した声に、バクラはフン、と鼻を軽く鳴らすだけだった。


やがて桃香は、ゆるく吐き出した吐息とともに、身体をそっと背後に預ける――


文句を言わず受け止めたバクラの温もりと、背中に感じる硬い金属の千年リングの感触が、ゆっくりと桃香の全身に染み渡っていく。


それはまるで、どんな薬よりもよく効く癒しのチカラのようで――――


そっと首筋に落とされた唇の感触に、これが夢でない事を実感しながら、桃香はそっと目を閉じたのだった――――






(本当に治った……!!
すごい!! バクラすごい……!!)

(それは良かったなァ……
だが、この借りは後で返してもらうから覚悟しておきな……!)

(え……)




END


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