夏休みも終わり、9月になった。
9月2日。獏良くんの誕生日。
「獏良くん、お誕生日おめでとう〜!」
「あ、ありがとう……」
2学期が始まったばかりのこの日、獏良くんはファンクラブの女子に囲まれ、次々にお祝いの言葉とプレゼントを手渡されていた。
「獏良くんシュークリーム好きなんだって?
私、作ってきたの〜!」
「私も私も〜!」
「私のは駅前の人気店のケーキだよ!」
「はは……すげぇな、獏良のヤツ」
「本当ね……あたしたちが近付ける雰囲気じゃないわね」
「獏良くん、大変だね」
そんな光景を遠巻きに眺める城之内君や杏子といったいつもの面々と、獏良くんの大変さについて同情する。
そして学校で生ものを渡すのはどうなんだろうという周りの心配をよそに、やがて獏良くんは保冷剤ぎっしりのシュークリームやその他甘味を持って家路につくことになったのだった。
「そ、それで…………
なんで私が呼ばれたのかな……?
私は何をすればいいのかな……??
バクラ……」
私たち二人だけしか居ない獏良くん宅のリビング。
そのソファーに踏ん反り返って腕を組むバクラと、その前のテーブルの上に広げられた獏良くんの「戦利品」の甘味一覧。
食べ物ではないプレゼントはより分けられ、食べ物のプレゼントだけがテーブルの上に広げられ並んで鎮座していた。
「フン……コイツを見りゃあわかるだろ……
宿主の野郎が取り巻きどもから押し付けられた食い物よ……!
なぁに、宿主のヤツも連中の押し付けがましい態度には辟易していたものの、この下らねぇ食い物には満更でもねぇみたいでよ……!
事もあろうに無防備にも手をつけようとしやがるもんだから、仕方なく貴様を呼んでやったのさ!
……わかったら桃香、さっさとこいつらを味見しな!」
「…………」
頭がくらくらする。
腕を組んだままヒャハハと不敵に嗤うバクラの髪は、窓から差し込んだ夕陽の色を映し、胸元を飾る彼の本体こと千年リングはきらきらと輝きを放っていた。
バクラの神々しいまでの美しさとかっこよさと、そして目の前に並んでいるシュークリームをはじめ様々な甘味たちのあまりに不釣り合いな光景に、思わず頭を押さえて深呼吸を繰り返す羽目になる。
「どうした……?
まぁ、あいつらは宿主のファンだからな……
命に関わるようなもんは入っちゃいないだろうよ……!
だが、宿主に気に入られようと目の色変えて躍起になった連中の作ったもんだ……
既製品の方はともかく、手作りのもんなんざ危険すぎて食うヤツの気が知れねぇぜ」
「そ、そんなふうに思うなら手作りのは食べなくてもいいんじゃ……」
「ハッ!
おめでたい連中のせっかくの好意を無下にするとは、てめえもなかなか冷たいことをほざきやがる……
いいんだぜ、オレ様は別によォ……
てめえが毒味をしねぇってんなら、この真心こもった手作りのプレゼントたちはゴミ箱行きになるだけだからな!!」
「なっ、そんな……!!
っていうか毒味って言った……」
またヒャハハハハと愉しそうに嗤うバクラの前で、私は力なく首を振ってへたり込んだのだった……
「……あ、あの子たちは獏良くんのファンだもん!
変なものなんか入ってるわけない……!
みんなちゃんとおいしいはずだよ……
それなのに私が手をつけたら悪いよ……!」
「御託はいいから早くしな……!
……どうした、手が震えてるぜ」
「ち、ちがう……! これは別に……!!」
「ヒャハハハハ!!
腹を壊して学校を休む羽目になったら作ったヤツに罰ゲームしてやるから安心しな!!」
「うぅ、そんなことしちゃダメだよ……」
様々な包みの中に収められた様々な洋菓子たちを見渡し、その中から手作りと思われるシュークリームを一つ手に取って口元へ持ってくる。
チラリとバクラを見遣ればいつもの不敵で邪悪な眼差しの中にどこかふざけた雰囲気を宿しながらこちらを見据えていて、うっかり合わさってしまった視線に思わず頬が熱くなる。
慌ててごまかすようにシュークリームを口に含めば、歯を立てた瞬間、カスタードクリームが流れ出て甘さが口いっぱいに広がった。
もぐもぐ。
……とくに不自然なところはない。
手作りとはいえ普通に美味しい。
獏良くんのことを思いながら頑張って作ったであろう女の子のことを思うと、罪悪感でちくりと胸が痛んだ。
「おいしいよ、これ…!
全然変じゃないよ……
っていうか、私が口つけちゃった食べかけじゃ、獏良くんが食べられなくなっちゃうんじゃ――」
口に含んだシュークリームを喉の奥に押し込み、バクラにそう告げた瞬間――
揺らぐ影。
「んむっ!!!」
べちょ、という湿っぽい感触が口元いっぱいに広がったと思ったら、どうやら手にしていた食べかけのシュークリームごと手をバクラに掴まれ、シュークリームを顔に押し付けられたらしかった。
「ん〜〜ッッ!!!!!!」
べっとりとした不快感と鼻をつく甘ったるい香りに、声にならぬ声を上げて悶える私。
……と、次の瞬間にはヒャハハハハハ!!というバクラの無邪気な……
否、邪気たっぷりの哄笑が部屋にこだました。
「ん〜ッ!!! ……っは、や〜〜〜〜っ!!
バクラぁぁ〜〜ッ!!」
バクラに遊ばれた。
そう気付くと、今までの緊張感も胸の高鳴りもどこかへ消し飛んで、私は悲痛な叫び声を上げながら、口元から顔にまで広がったカスタードクリームを恐る恐る手で拭ってみるのだった。
「ひどっ…! ひどいバクラ……ひどい……!!
っ……、もう……っ
っはは、あはは……っ、もぅ〜ッ!! やだ……っ」
次第にじわじわと沸き上がる笑いに口元を緩ませながら、指先と唇に付いたクリームをぺろりと舐めてみる。
また甘いクリームの味が口の中を満たし、甘いのと可笑しいのとバクラが愛おしいのが一緒くたになって涙が滲みはじめた。
「や、もう、本当に……っ!
美味しいけど、美味しいけどさ……!!
っもう、ティッシュ……!
っていうか顔洗う……!!」
クリーム塗れの顔をいつまでもバクラに晒していたくないと思い、手にしたままだった潰れかけたシュークリームを一気に口の中に押し込み飲み下すと、ゆっくりと腰を上げようとする。
が――
それは肩を掴まれ唐突に遮られ、浮きかけた腰はまたストンと床に着地した。
「バク、」
開きかけた唇の上を、視界に割り込んだ影がぬるりと滑っていく。
「ッ……!」
生暖かいそれはたった一つの可能性を示し、それが他でもないバクラの舌だと気付いた時には、派手に跳ねた心臓が呼吸を止め身体を硬直させていた。
シャラリと小さく鳴ったリングに宿る魂は、獏良了の肉体を借りて、今度は頬についたクリームをゆっくり舐めとっていく。
「……甘すぎる」
ぼそりと耳元で吐き出されたバクラの声が、鼓膜を震わせて脳髄に染み渡っていった。
「ヒャハハ……っ
面白いモンが見られたぜ」
底の見えない闇を潜ませた眼を細め、満足そうな笑みを浮かべて舌なめずりをするバクラの姿が、瞬きひとつ出来ない私の網膜にくっきりと焼き付いたのだった――――
「心臓に悪い……心臓に悪い……」
「顔は洗ったか?
ほら、まだ戦利品は残ってるぜ……!
とっとと毒味しな!!
……それとも、オレ様がまたその口にねじ込んでやろうか……?
ククク……」
「自分で食べます……
それはそうと……、お誕生日おめでとう、バクラ」
「そいつは宿主に言うセリフだな……
だが、とりあえず礼は言っておくぜ……今だけはな」
END
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bkm