カウントダウン(バクラ)



今年もあとわずか。


というか、詳しく言えばあと10分。


時計は今、12月31日23時50分を指していた。


テレビの中は年越しに向けて浮足立ち、独特の非日常な雰囲気を醸し出している。

今年の年越しは、両親が不在という何とも哀しい状況で。

そして、年明けに皆と初詣に行く事になっていた私は、年越しを見届けたら一人でさっさと眠りにつき、朝に備える――

はずだった……のだ、が……。


しかし。


「よォ……、邪魔するぜ」

「えっ、ちょっ……!?」


ガチャリと鍵の開く音と次いでドアの開く音がして、何事かと玄関まで走ってみればそこには――

当たり前のように合鍵で我が家の扉を開けたバクラが、悪びれもなくそう言い放って突っ立っていたのだった。


「バクラ……!? え、なんで……!?
えっ、獏良君……の家族は!?」

「言わなかったか?
宿主も一人で新しい年を迎えるってんでな……
ちょいと宿主の時間を借りることにしたのよ……!

哀れな寂しい玩具が暇を持て余して悶々と過ごしてるっつーからな……」

「えっ……
それって私……!? ……ていうか、私なにも言ってな――」

「そんな事よりいいのかァ?
もうすぐ時間だぜ!」

「……えっ、あ……!」


――わけがわからない。


いつもよりテンションの高いバクラは、外気の寒さに当てられたのか鼻の頭を赤らめ、白い息を吐きながら部屋に上がり込み、我が物顔で居間のソファに直行した。


急な展開に頭がついていけず、ただ疑問符と高揚感がぐるぐると胸の中に沸き上がっていく。


バクラと年越し……


そんな言葉をふと心に浮かべてみれば、身体中の熱が一気に上昇し、心臓がキュッと収縮した。


ソファに踏ん反り返るバクラの横に無言でちょこんと腰を落としてみれば、すかさず腰に回される手。

バクラのコートが纏った寒空の匂いが鼻を霞め、吐く息との温度差と身体の感触に、一瞬にして思考が停止した。


「あ……の……
バ、クラ……」

「何だよ」

「っ……、はずかしい……」

「……あぁ?」

「だから……っ、心臓壊れるってば、もう……!!
あぁ、う、あ……!! ッ……!!!」


真顔のバクラが至近距離からじっとこちらを見つめ、その眼差しに言葉は掻き消される。

エアコンの効いた部屋はのぼせるほど暖かくはないはずなのに、頬はどんどん熱を帯びて瞼まで熱くなっていく。

呼吸すらままならなくて、いたたまれなくなった私はパチパチと瞬きを繰り返すと、そっと視線を逸らしたのだった。


互いにそれきり無言のまま、ただ過ぎていく時間。



『3分前!!』

テレビの中が騒がしくなる。
司会の芸能人が、何か早口で喋っていた。


『2分前!!』

腰に回されたバクラの手とくっついた身体から、じわじわと体温が伝わってくる。


『1分前……!!!』

テレビの中がにわかに騒がしくなったようだ。
しかし、同じくらい自分の心臓もうるさく高鳴っている。

テレビの声なんてもう、どうだっていい。


『30秒前……!!』

――ゆっくりと目を閉じる。

このまま時が止まってしまえば良いのに――

心に忍び込む、僅かな願い。


『10秒前!! ……7、6、5、4……』

――バクラが横で、フ……、と嗤った気配がした。



『3、2、1……!!

A HAPPY NEW YEAR!!!!』


ぐい、と腰を引かれ、揺らぐ気配。


ハッと我に返り、目を開く――


同時に、覆い被さる影。


「ッ、」


ちゅ、とほんの少しだけ、触れた唇。


すぐに離れた影に、目を真ん丸くして言葉を失っていると、再び視界を遮った影に唇を塞がれた。


「……ッ!!! っ……」


慌てて目を閉じれば、何度か重なった唇が一旦離れ、刹那、シャラリという音を連れて固く冷たいものに変わる。

そっと目を開ければ、千年リングを手にしたバクラが、リングを私の唇に押し当てていたのだった。


火照った唇に伝わる、冷えた金属の輪。

闇を湛えた双眼がじっとこちらを覗き込み、私はまた眼を閉じて、リングの口づけを受け入れた。


ちゅ、ちゅ……と何度も唇に重ねられる金属が、ある時また肉体のそれに変わる。

呼吸ごと啄むように吸われた唇が、全身に痺れを伝え、ビリビリと身体を貫いていった。


「ば、くら……」


ようやく離れた唇の端から、無意識にバクラの名を呼べば、「桃香、」とだけ呼ばれた名前。


息を吸おうとしたところで、背中ごと抱きしめられて、さらに深く唇を塞がれる。


歯列を割る舌に、ゾクゾクするような電流が身体を駆け巡り。

もはや新しい年に浮かれるテレビの声など、何一つ耳に入らないのだった――――










「新しい年なんざどうでもいい……
ただ……、一番最初にお前の眼に映るのはオレ様でなけりゃ気が済まねぇ」

「え……? 何か言った……?」

「何でもねぇよ……」


――あけましておめでとうバクラ。


果てまで――

あなたと共に――――






END


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