「眠い……」
「…………」
桃香は、ラグの上に置かれたテーブルの前に座り、向かいに座るバクラの動きを眠たげな目で眺めていた。
「ふぁ〜っ……」
噛み殺しきれなかったあくびに慌てて口を押さえ、佇まいを直す。
しかし、忍び寄った睡魔はさらに桃香に襲いかかり、ついには重くなった瞼が徐々に下り――、桃香の意識は、遠く――
「眠いならベッドで寝てろ」
デッキ調整をしていた手を止めぬままバクラが冷ややかな声をあげ、ビクリと肩を震わせて意識を取り戻す桃香。
軽くかぶりを振ると、瞬きを何度か繰り返し、気を取り直してバクラに微笑みかけた。
「や、ごめんなさい……何だか疲れちゃって……
でも、せっかくバクラといるんだから寝ないよ!!
それに、一人で寝るのは――……」
言いかけてから、とんでもない事を口にしてしまったことに気付き、また慌てて自分の口を押さえる桃香。
しかしバクラは、何事もなかったかのようにその発言を黙殺し――
少し冷や汗をかいた桃香は、何を考えたか、おどけて――――
「寝るなら、バクラに添い寝して欲しいよねっ!!」
一瞬で口に出したことを後悔するような、破壊力抜群の軽口を叩いてしまったのであった――――
「ッッッごめん!!! 冗談冗談!!!!
はは、つい調子に乗っちゃった……
ごめんなさい!!!」
背中に嫌な汗が流れ、頬が火照っていくのを感じながら乾いた笑いを浮かべ、頭を掻く桃香。
我ながらなんて滑稽なんだと、心の中で猛烈に後悔していた。
そして、バクラは――
「それ以上下らねえ事をほざくとブチ殺すぜ……?
して欲しいことがあるなら行動で示すんだな」
「…………!!!!!」
思いもかけない言葉を紡ぎ、その後半の内容に、桃香は口をだらし無く半開きにしたまま硬直していたのだった。
一瞬止まった思考が、やがて奔流のように流れ出す――――
息を呑んで、ただバクバクと自分の胸を打つ心臓の音に耳を傾ける。
「っ……」
永遠とも思える時間。
バクラがテーブルの上でカードをいじる音だけが部屋に響く。
そして桃香は。
頬から目元まで噴き上がってくる熱を手で押さえながら、そっと身体を移動させ――
そして、息を殺したまま、バクラの横へ――――
思考が止まる。
(ど、どうしよう…………)
行動で示せと言われても。
頭の中を支配するのは、今にも暴走しそうな激情と、身体中に広がっていく熱だけで。
そして。
どうしようもない、と悟った桃香がとったのは――――
ぱたん。
バクラの横で、その震える身体を床の上に横たえることだった。
そして――
腕を伸ばし、ゆっくりと、腕をバクラの腰に回し――
未だ無言でテーブルに向かうバクラの腰に腕を絡ませると、抱き着くように、横向きに寝転んだままバクラにしがみついたのだった。
「…………ハァ」
ボーダーのシャツに身を包む細いバクラの身体から漏れたのは、小さなため息で。
「何をするかと思えば……」
再びため息とともに吐き出された、秘やかな声。
その声が鼓膜を震わせると、ますます身体は熱を帯び、桃香はさらに顔をバクラの腰あたりに埋めるのだった。
深呼吸をすると、服越しに伝わるバクラの体温が温もりを伝え、彼の匂いが肺を充たす。
「あはは……しあわせ……」
バクラには届かないその言葉を、バクラに埋めたままの唇で紡ぎ――
やがて再び息を吹き返した睡魔が、桃香の意識を攫っていくのだった――――
すぅ……すぅ……
「チッ………
何やってんだコイツは…………」
ようやく手を止めたバクラは、自分にしがみついたまま顔を紅く染め寝息をたてる桃香を見下ろしながら、軽く舌打ちをした。
「本気で寝やがって……
このまま殺してやろうか……?」
静かな声で吐き出した言葉にはしかし、反応はない。
「めんどくせえ……」
もう一度、控えめな悪態をついたバクラは。
またため息を一つこぼすと、その白い手で、おもむろに桃香の頭を軽くポンポンと撫でるようにはたくと、指を少しだけ髪に絡ませ――
桃香の髪が、その指をすり抜けたところで、また、軽い舌打ちをこぼしたのであった――――
(わ〜!!! ごめんなさい!!!
私、本気で寝ちゃったみたい……!!!
しかもバクラにしがみついてああぁぁ何てことを……!!!! あ〜!!
それにあれ、添い寝って言わないよね……
私が一方的に……しがみついて……あぁ……!!)
(うるせえよ……
次にあんな事をしやがったら叩き起こして襲うからな!)
(えっ、)
(バカが……!!)
END
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bkm