「みんな……! 良かったらこれどうぞ……!」
「おおっ!? チョコか!?
おーし! やったぜ〜!!!!
義理ってのが泣けるけどよ〜、もらえないよりはマシだもんな!!
サンキューな、桃香!!!」
「ありがとう桃香!!」
「ありがとう〜!!
でもボク、持って帰れるかなぁ……」
「獏良は女子から沢山チョコもらったもんな!!
く〜っ、オレにも少し分けやがれ!!」
「あはは……」
2月14日。
巷でバレンタインデーとして定着しているこの日に、桃香は遊戯や城之内をはじめいつものメンバーに義理チョコを配っていたのだった。
手作りではないささやかなそれは、とくに深い意味もなく普段の友愛の証として皆の手に渡り、そのまま何事もなく放課後を迎えた――
「ね、桃香は本命チョコはどうするの??
もう渡したの?」
「えっ……、いや、ないよ……!
ほ、本命とか……私は別に……」
「そうなの〜?
なんかソワソワしてるように見えたんだけど……
もし迷ってるなら今からでも渡した方がいいと思うよ!!
この機会に告白しちゃえ!」
「ええ〜」
杏子が意味深なウインクを寄越し、桃香は少し困ったように照れて苦笑し、そして――
少しだけ目を伏せ、鞄をひと撫ですると小さなため息をこぼしたのだった。
「――――おい」
「っ!?」
帰り道、桃香の背後から鋭い声がかかる。
思わず振り返った先に立っていたのは、女子たちからのチョコをいっぱいに詰めた紙袋を手に提げた、獏良――
ではなく、バクラで。
「バ……クラ」
息を呑み唇を震わせた桃香の瞳と、それを射抜くようなバクラの鋭い視線がかち合う。
桃香は、いつも気まぐれにしか現れないバクラが目の前に現れた事に内心小躍りした。
だが、あからさまに嬉しい顔をするわけにもいかないと思った彼女は目を伏せ、頬を赤らめながらバクラの次の言葉を待つことにする。
「てめえ……仲良しごっこもたいがいにしとけよ」
「え……」
あまりに不機嫌な言葉に、一瞬何を言われたのかわからないという顔で言葉を失う桃香。
そんな彼女の反応にバクラはさらに苛立ちを感じたのか、軽く舌打ちをこぼした。
「この世界の下らねえイベントなんざどうでもいい……
だがな……、他の奴らに尻尾振っといて、自分が一番イカレちまってる奴の存在を無視するとは……
素直じゃねぇのもたいがいにしとけよ」
「ッ……!!!」
「なんだよその面は……
ハッ……、図星突かれると貴様はいつも情けねえ面で見つめて来やがる……
ゾクゾクすんだよ……、もっと痛めつけてブチ壊したくなるぜ」
「……っ!!!!
あっ……、あの……っ!
だって……!! その……――」
「あァ?」
「だ、だって……!!!
バクラ、チョコレートなんて食べないかなって思ったし……
その、獏良君の方が沢山チョコもらうだろうし……
そもそも!
わ、私の気持ちなんてとっくにバクラに伝わってるんだし……、
私なんかが気持ち押し付けたら迷惑かな、って思った……から……!
だから……」
バクラの暴言に、弾かれるように勢いよく言葉を紡いだ桃香の声は、徐々に小さくなって夕焼けの空に溶けていった。
吐く息が白く染まるのとは対照的に、彼女の顔は耳まで真っ赤に染まって熱を帯びていく。
身体の前で大事そうに抱えた鞄を指で撫で、やがてぎゅっと拳を握りしめていた。
そんな桃香をバクラは睥睨していたが――やがて、呆れたような視線を向けてまた舌打ちをこぼした。
「来い」
「あっ――」
バクラは唐突に桃香の腕をとり、そのまま人気の無い建物の陰へ連れて行く。
「さっさと寄越すんだな……その鞄の中にしまったものをよ」
「バクラ……」
壁際へ追いやられバクラを恐る恐る見上げていた桃香。
その瞳はやがて、観念したように伏せられ、震える指がそっと鞄から小さな包みを取り出した。
「……これ」
「開けてみな」
「えっここで!?」
「あいにくオレ様には時間がねえんだ……
そいつを食って欲しかったらさっさとするんだな……!」
「ええぇ〜……」
桃香は小さな声で抗議をしてみたが、バクラは全く動じることはなく。
彼女がもじもじしながら仕方なく包装を解くと、中から小さな手作りのチョコレートが顔を覗かせた。
「食わせろよ」
「えっ、ええっ!?」
予期せぬバクラの発言に桃香はまた大袈裟にうろたえるが、バクラは薄く嗤いながらじっと彼女の眼を覗きこむだけで。
この状況から抜け出すことは不可能と悟った桃香は、羞恥と緊張で耳まで真っ赤に火照らせながら小さなチョコを一つ指で摘み、そっとバクラの半開きの唇へ押し当てたのだった。
甘いチョコレートがバクラの唇に沈み、わななく指先をそっと離す――
バクラがチョコを味わう間、桃香は息を呑んでその反応を伺い、僅かな沈黙が二人の間を支配した――
「……」
「甘い」
「あ……、甘いの嫌いだった……?」
「さぁな」
「……、あ、もう一つ……食べる?」
「いらねぇ」
「そっか」
桃香は照れたように視線を彷徨わせていたが、やがて残りのチョコを自分の鞄に慌ただしく押し込むと、はにかみながら顔を上げ言葉を紡ぐ。
「あ、あの……!
チョコ、食べてくれてありが――……ッッ!?」
彼女の手からすり抜けた鞄がドサリと音を立て、地面を叩く。
バクラによって壁に押し付けられた身体。
併せて塞いだ唇が続きの言葉を全て奪い、割って入った舌が桃香の思考を掻き乱していった。
「ん……っ、ばく……ッッんんん……!!」
重なった唇の中で混じり合う吐息。
触れた舌先から感じられるチョコレートの甘さが、彼女の頭を痺れさせていく。
「バクラ……
すき……」
唇がそっと離れたところで、とっくに知られている想いをやっとの思いで言葉にする。
「ハッ……」
呆れたように嗤ったバクラが、また噛み付くように唇を塞ぐと、桃香は夢中でバクラの首筋に縋り付き――
やがて唇から甘さが消えるまで、二人の影は重なっていたのだった――――
(はじめから素直に渡しゃいいんだ)
(チョコ食べてくれた……!
嬉しい嬉しい嬉しい……!!
想いも伝えられたし、わ、私もう……!!!!)
(人の話聞いてねえだろ……お仕置きだな)
(えっ、あっ、ちょっと!?
あぁゴメンなさいゴメンなさい!!)
(うるせえよ……)
END
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bkm