「今日も雨だね〜……
まあ、梅雨だから仕方ないか……」
しとしとと雨の降り続く空を部屋の中から窓越しに眺め、ぽつりと呟く。
目線を落とせば、濡れた地面にはあちこちに小さな水たまりが出来ていて、この雨が長らく降り続けていることを示していた。
「せっかくのお休みなのにね、」と呟きながらため息をつく。
そんな私の背後から聞こえたのは、フン……、と気怠そうに小さく零れた声で。
「外には行けなくてもこうして家に来てやったんだからいいだろうよ……」
ぼやいた声は、後ろでソファにくつろぐ闇人格のマリクのものだった。
私は振り返り、彼の姿をまじまじと眺めながら、言葉を返すことにする。
そこにいるとわかっているのに、マリクの存在を改めて視界に入れるだけで、何故か暖かくなっていく自分の心。
「そうだね……!
雨の中、来てくれてありがとね……!
でもやっぱり、どこかに出かけたかったな〜〜
雨さえ降らなければ、今の時期の気温はまあまあ過ごしやすいのにね……!」
「……」
マリクが確かに此処に居て、他愛のない会話をしていられること自体が何よりも嬉しい。
「あ、そういえば、エジプトは一年中晴れてばかりなの?
それとも、雨期とか乾期とかそういうのあるの……?
なんか地理でそういうの習ったことあるけど……」
「……フン
地下にずっと押し込められてたんじゃ知るよしもないねぇ」
「あ……、」
真面目に答える気分ではなかったのか、皮肉を込めて吐き出された言葉にきゅっと胸が痛くなる。
そういえばマリクは――ずっと、地下に押し込められてたんだっけ……
それが終わったのは、闇人格のマリクがその父親を殺害した後で――
そもそも私の前に居るこの闇人格のマリクは、人格が生まれてからのそのほとんどを、主人格の中に押し込められた状態で過ごしてきたわけで……
人格が分かれるほどの苦痛を感じたとか……
自分の父親に手をかけてしまったとか……
彼にはそんな、想像を絶するような日々があったのだという事を今更実感し、また胸がズキリと痛んだ。
「ごめん……」
「フン……
どうだっていいだろ……くだらねぇ……
それよりも……、せっかく来てやったんだ……
窓の外ばかり見てないで、もっと別のものを見たらどうだ……?」
「っ……!」
不機嫌そうに吐き出された声に、慌ててマリクの方を振り返れば。
半分だけ伏せられた眠たげな眼と視線が合い、心の中に小さな熱が生まれるのだった。
「ん……」
私は胸の高鳴りを自覚しつつ服の裾を指先でいじりながら、ソファを占領するマリクに近付いた。
彼の隣に腰を下ろそうとしたところで――
スッと伸びた手に腕を捕まれ、そのまま引き込まれる。
「ん……、っ」
腕を引かれ、思わず腰を下ろしてしまえばそれは、ソファに深く腰かけたマリクの脚の間で。
褐色の両腕の中に収まってしまった自分の身体を咄嗟によじりながら、思わず「あはは」と間抜けな笑い声をあげた。
――この体制は色々と危うい。
小さく収縮するだけだった心臓が、自分でもハッキリとわかるほど激しく高鳴り、頬にはたちまち熱が生まれていく。
「もう……マリクってば……」
と、吐き出した自分の声には既にうっすら期待の色がこもっていることを、彼は気付いているだろうか。
いつもなら、この状態から流れで始まってしまうコトは、たいてい口にも出せないようなコトで――
が、しかし。
肩に感じた重みで、いつもと違うことに気付く。
ぎゅ、と私の身体を背後から両腕で抱きしめたまま、マリクは――
その頭を、私の肩に乗せていた。
「マ……リク……?」
擦り寄ったマリクの頭が首に触れ、さわりとした感触が背中を粟立たせた。
色素の薄い逆立った金髪が、私の首を撫で――
髪からほんのり立ち上るエキゾチックな芳香とマリク自身が纏う香りが、私の肺を満たしていき胸の鼓動をさらに早めていく。
「……、どうしたの?」
「…………」
彼にかぷ、と少しだけ耳を噛まれたり、髪に顔を埋められたりしながら。
自分が平静とはほど遠い状態で、ずっと頬が熱を帯びたままになっていることはわかっているのだが。
いつもと違う、強引さのない、まるで――
まるで甘えるようなマリクの行動に、思わず笑みが浮かんできて――
初めて会った時とは雲泥の差だな、などと心の中でひとりごちた。
初めて、マリクと会った時――――
それは、決して、幸せな出会いとは言い難かった。
あれを冷静に考えれば、ここに至ったのが奇跡のように思えてくる。
(そうだね……)
私は、そっと目を閉じながら。
マリクと初めて出会ったときの事を、思い返していた――――
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bkm