どさり。
家に帰ってきた私を待っていたのは、手にしたバッグを思わず取り落とすに相応しい衝撃だった。
「よぉ瑞香……
遅かったじゃねえか……」
「…………」
瞬時に状況を悟ってみれば、たちまち目眩に襲われる。
私は頭を抱えながら、リビングのソファにだらしなくもたれている『彼』、マリクの姿――
つまり、すでに身体がソファからずり落ちかかっているありえない彼の姿と。
そして、テーブルの上にあるお菓子の箱、特徴のある瓶とグラスを目にした私は。
この上なく大きなため息をついて、肩を落としたのだった――
「あのさ……、マリク………そのお菓子……
っていうかチョコレート……の、箱……」
「ハハハハ……!!
れ、冷蔵庫にあったから食ってやったんだよ……!!
クハハハハハハ……!!!」
「もしかして……全部!?」
「ハハハハ!!!
残念だったなぁ……!!!
ぜ、全部オレが食いつくしてやったぜぇ……!!!
っく……、ハハハハハハッ……!!」
マリクはいつもの半眼よりさらに眠たそうな眼差しで高笑い、褐色の頬を紅潮させながら、全く悪びれる様子もなくそう答えた――
呂律の怪しい声で。
「信じられない……」
私はさらに頭を抱え、その場にへたり込む。
マリクが食べ尽くしたと豪語したのは、箱入りのチョコレート。
それも、お土産用に配ろうと思って冷蔵庫に入れておいたもので、三箱以上はあったはず。
そして問題は、そのチョコレートが――
「ハハハハハハ!!!
なんて顔してんだァ……? 瑞香……
こっちに来なぁ……ククッ……、ひっく」
――お酒入りのチョコレートだったという事なのであった。
しかも、問題はそれだけではない。
いくらお酒入りとは言っても、チョコレートを沢山食べたくらいじゃこうはならないはず。
「マリク……
チョコレートはわかったんだけどさ……
その、瓶とグラスは……?」
遠目からでもハッキリとわかる。
たしか、サイドボードの中に半ば骨董品と化して鎮座していたモノだ。
マリクがゆっくりと身体を起こし、チョコレートの箱を指差しながら、しまりのない口調で話し始める。
「あぁ……?
っククッ、このチョコレートとやらの中身が気になったからなァ……
箱を見てみたんだよ……ククッ……
そしたら、しぇ……成分に、ブランデーって書いてあったからよぉ……
フッ、そこの棚の中にその『ブランデー』とやらがあったから、飲んでみたんだよ……」
「ッ……!」
さらに目眩がひどくなる。
「ハハッ……!!
だがなぁ……、これは良くないぜェ……
っく、まずくて飲めたもんじゃねェ……
だからこの瓶のブランデーとやらは、一杯しか飲んでないぜぇ……
っく、ハハッ、ハハハハハ……!!」
そこまで話し終えると、何が面白いのか、マリクはまたソファに身を預けて邪悪に高笑っていた。
一方の私といえば、失われたチョコレートに茫然とし、声にならない声をあげて盛大にへこむしかないのだった……。
「と、とりあえず片付ける……
は〜……、冷蔵庫に入れただけで、食べちゃダメって念押しをしない私が馬鹿だった……
ほら、お酒もしまうからね……!
子供はこんなの飲んじゃダメなんだから!!」
そう言い放って、ブランデーの瓶をまじまじと眺めているマリクから強引に瓶を奪う。
元々口が開いていたものだから、多少減ったところで問題はないだろう。
だが、瓶をサイドボードにしまおうとすると、ソファからブツブツと不吉な声が聞こえてくるのだった。
「うん……? なぁに?」
思わずマリクに近づいて、口元に耳を近付けたところで――
がしっ。
「ちょ!」
それまでのらりくらりとしていたマリクが、突然私の腰にしがみついてきたのだった。
「瑞香……、」
「マ、マリクってば……!
ちょっ……、とりあえず箱とか片付けるからね……?
離して……!」
慌てて瓶を取り落としそうになり、一旦テーブルに瓶を置いた状態でマリクを見下ろしてみる。
マリクは恐らく、酔った勢いで甘えているのかもしれなかったが、ここで流されるわけにもいかないのだ。
小さなため息を一つついて、腰にしがみついて顔を埋めるマリクの逆立つ頭をポンポンと撫でてみる。
マリクの頭が揺らいで、思わず「ん、」と漏らした声に、胸が小さく高鳴るのを感じた私は慌てて首を振った。
「ククッ……、子供、ねぇ……
その子供にいつもいいようにされてるのは誰だったかねぇ……」
そう呟きながら腰に埋めていた顔をゆっくりと離し、こちらの顔を見上げるマリク。
予想に反して剣呑な光を帯びた声とその眼差しに、本能が警告音を発した。
まずい、と身構えて握り拳に力を込める。
「クワーッ!!!」
握った拳をマリクの頭の上にちらつかせ、おどけて威嚇しながら離れろと警告する。
マリクの気に呑まれてしまった後には、いつもいいように弄ばれる結果にしかならないのだから、自分のペースを守るためにもここは頑張っておかなければならないのだった。
「ふん……」
私の可愛いげのない(?)反応を見てか、諦めたようにスルスルと手を離すマリク。
よし。私の勝ちだ。
「ちなみにラーの翼神竜の真似だよ!
似てた? っくく……!!」
いひひ、とマリクに笑いかけてみれば、マリクはつまらなそうに鼻を鳴らし、ソファに戻ることさえ怠いのかテーブルの前にのろのろと腰を下ろしていった。
が、大振りな動きになっているマリクの手がふとグラスに触れ、テーブルから落ちそうになり慌ててそれを回収する。
危ない危ない。
本当に酔っ払ってしまったらしい。
しかし――
酔ったマリクは、まぁ笑い声とかちょっとアレではあるけれども、何となくいつもより可愛いかもしれないなどと、呑気な考えが脳裏に浮かんできて。
私は手にしたグラスをキッチンへ持っていき、マリクのいないところでくっくと小さく笑うと、箱とブランデーを片付ける為にまたマリクのいるリビングに戻って行ったのだった――
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bkm