愛の決闘の門を越えて



「爽やかで優しい正統派イケメンとか……興味ないのですいません」


全く表情を変えず、それに私が気を惹かれる要素は一切ありません、というように冷めた目のまま吐き捨てる女性が一人。


「えっ!? ちょっ……」

「さようなら、爽やかで優しいイケメンさん――
正義派なんてクソ食らえです」

「なっ――


女は、爽やかで優しいイケメン同僚の告白を、にべもなく断って去って行った。
若干どす黒い語尾を付け加えながら。




「は〜〜〜
どこかに良い男性は居ないものか……

たとえば、釣り目でクールで悪を貫く孤高で俺様な色白の男の子とか……
半目で邪気と無邪気が混在していて闇の人格()を併せ持つ厨二病的色黒の男の子とか……
復讐に燃え、頬に傷があって目茶苦茶強力な力を持っている野生味溢れるアンチヒーローな男の子とか……

はぁ〜〜〜〜
いるわけないよね……」



―――― 居た。


「遊戯!!
貴様はオレ様の罠にハマったんだよ!!」

「なぁ〜〜〜〜っ!!
目茶苦茶カッコイイんですけど!?」


―― ゆめ―― の目が、今まさにデュエルをしている男に釘付けになる。



「こらバイト!!
サボってないで働け!!」

「げっ――すいません!!」

ゆめはこの、バトルシップで働くアルバイトスタッフだった。

「あの〜……、ちょっと良いですか?」

「何だ」

不機嫌そうなKC社員に問い掛ける。

「あの、今……デュエルしている人って――
なんて名前なんですか??」

「武藤遊戯と獏良了だが」

――たしか、白い頭の方が、奇抜な紅葉頭に対して「ゆうぎ」と発言していた。
ということは――

あの、目茶苦茶素敵な殿方は――「獏良了」というのか!?

ゆめは興奮でニヤつきが止まらなくなり、あまつさえ鼻血が出るという状態異常に陥った。

「うべべずびばぜん ちょっど鼻血が……」

「っ……な、何やってる!仕方ない奴だな、拭いて来い!!」

KCの社員があまりに禍禍しいオーラを放つゆめにたじろいでいた。


「今回はオレ様の負けにしておいてやるぜ!
来い!遊戯!!!」

ぶばっ!!!

あまりのカッコ良さ(ゆめの趣味基準)に、さらに鼻血が噴き出る。


(やだ……! あの白頭の人……ばくら君、目茶苦茶カッコイイ!!!!)

昂るぞ、昂るぞ〜!!と言いながら走り去っていく女性スタッフを、デュエルを観戦していた一同は見ない振りをした。

もっとも……遊戯たち一行は、倒れた獏良の介抱に夢中で、そんな奴がいたことにすら気付かなかったのだが。






(ふー……やっと鼻血が止まった……
理想のヒトに逢うと鼻血が出る体質をどうにかしたい……
リボンを装備すればたいていの状態異常は回避できるかな☆)

――ゆめは雑食のオタクだった。


(そういや、あのばくら君てヒト――医務室に運ばれたらしいな……
よし、行ってみよう!!)

休憩時間なのを良いことに、ゆめは獏良が寝ている部屋へ向かうのだった。

公私混同甚だしかったが、生憎ゆめはそんな事を気にする人間ではなかった!




「う〜〜〜〜〜ん……」

獏良の寝顔を見つめながら、唸るゆめ。


「こんな雰囲気だったっけ……うーん……
私の思い違いかも……

寝顔とはいえ、こんな無邪気で性格が優しそうな子、私一目惚れした覚えないもん……」

残念そうに一人ごちる。


「はぁ〜〜
さっきデュエルしてる時はカッコ良かったのにな……
もっと邪悪で俺様的で……
オレを殺すならカードで殺せ!的な……って、ちょっと違う!!

ホラ、オレ様にも気に入る勝ち方と気に入らねえ勝ち方があんだよ!的な?
むふふふふ……」

ゆめの口元にはまた妖しい笑みが浮かんでいた。



キン―――

何かが煌めいた。


「何者だてめえ」

「っっわわわわわ!!!」


ガタン、と大きな音を出して無様に椅子から転げ落ちるゆめ。

「あああ、あの……

ば、ば、ばくら君……いえ、邪悪でカッコイイ獏良了様でいらっしゃいますね?」

完全に声は裏返り、震えてわななく。

「いきなり失礼な奴だなオイ!
つーか質問してんのはオレ様だぞ! 何モンだよてめえは!!」

あらこの人、ツッコミの才能も持ち合わせてらっしゃるわ……

とうっとりした瞳で視線を送るゆめに、バクラは思わず身震いした。

(な、なんだこいつ――
このオレ様が、気圧されただと――!?)


「えー……ゆめ。●○歳厄年。
このバトルシップでアルバイトをさせて頂いてます。
何故かというとワタクシ、今現在未曾有の金欠に陥っておりまして――
これはイカンと思い立ち、そうだデュエリストの殿方を観察しつつアルバイトに精を出せばこれぞ一石二鳥ではないか、と思い立ち――」

「いやいやいやそこまで聞いてねーから!!
てか鳥肌実風に言われても困るわ!つーかモノ真似か?そうなのか?
似てねーよ!てかこのネタわかる奴どんだけ居んだよ!!」

「わわわ、ごめんなさいですぅ」

「可愛く言うなムカつく!殺すぞ!!」

「ごめんなさい……
実は、話せば長い話しになるのですが……
…………

……

デュエルをしていた貴方の凛々しい姿に一目惚れしてしまったのです」

「長くねぇ!!長くねーよ??
今オレ様ちゃんと話し聞く体制だったよ?
てか間を長くとっただけじゃねーか死ね!!!」

「愛してます……ポッ」

「っ、なっ、ばっ……
っクソが……! てめーが惚れたのはこの宿主の見た目にだろ!!」

「やどぬし?」

「あっしまった」

柄にもなくうろたえてしまったバクラは自分のあまりの醜態に愕然とした。

何やってやがる……!!オレ様!!!


「この私が―――たかが!たかが見た目に!!!
この身を引き裂くほど深く――惚れる女に見えるのかね!!!

ブチ殺すぞヒュゥマァァン!!!!!」

「うわなにこいつまじやばい」

「ヘルシング風に言ってみました」

「ああ――OVAクオリティ高ェよな!!
ってそうじゃねぇぇぇ!!!」

思わず、腕に繋がれていた点滴の針をブチィィと引き抜く。


「だ……大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねーよ!テメェのせいでな!!」

「私……本気ですよ」

ワタシが一番マシに見える角度☆を研究した成果がここで役にたったと言わんばかりの計算された角度と上目遣い、そして潤んだ瞳でバクラを見つめるゆめ。

「っ……!」

バクラは思わず息を呑んだ。

「て、てめぇ……
頭おかしいんじゃねーのか!?
普通惚れねーだろ!こんな邪悪でラスボスオーラ全開のオレ様に!!!」

「ラスボスなんですか?」

「うるせえよ!!
てか本気でオレ様の事が好きなら証拠を見せな!!」

いやいやいや好きである事に証拠も何もないだろと、口に出してしまってから気付くバクラ。

だが――――


「……わかりました」


ゆめの顔がそっと近付く――


ちゅっ。


バクラの唇に重ねられた、ゆめの唇。

「!!!!」

「っは……」

「恥ずかしい、です……」

ゆめは目を伏せて赤面すると、固まるバクラの前でもぢもぢしていた。


「バ、カ……だな、てめえ……」

「はい……」

静まり返った空気が部屋を満たしていく。


「っあ――!!
休憩時間終わっちゃう!!わああっ!
あのっ、獏良様、またあとでっ!!」

「――オレ様は獏良じゃねえ……バクラだ。」

「……文面ならではの良さですね。その区別は」

「うるせえ」

「またねです。バクラさま!」

ゆめはダッ!と駆け出して部屋から出て行く。


「いやいや、二度とは会わねーぜ!!
失恋おめでとう!!!」

バクラは嫌みたっぷりに叫んでみたが、その声がゆめに届いたかどうかは謎であった。









「ぐあぁぁっ!!」

「わっ。なにこの状況!」

マリクと呼ばれたマント姿の男と、城之内という金髪のデュエリストが共に倒れている。


そして―――

ナムとかいう褐色肌のデュエリストが頭を抑え、苦悶の表情を浮かべている―――

休憩に入っていたため、イマイチ状況に着いていけないゆめだった。

しかし、あまりの異様な状況に――休憩から帰ってくることが遅れた事をKC社員から咎められなかった事にゆめはただ安堵していた。


あれ?ナムの様子が……

デッデッデッデッデッデッデ デ〜デッ
デ〜デ〜デ デデデデ〜デデ〜♪

おめでとう!ナムは闇マリクに進化した!!


「ぶーーーっ!!!」

ゆめはまた豪快に鼻血を噴いた。


「オレがマリクだ……」

(マリクやべ〜〜〜〜!!!!)

瞬時に真顔からニヤケMAXにまでボルテージが上がったゆめは、闇マリクから目を離せなくなっていた。

「オレは闇が大好きでね……」

「ぎゃああああっ!!!厨二病キタコレ!!」

噴き出る鼻血を抑えきれず、ゆめはまたバトルシップの甲板をダダダッと走り去って行ったのであった。


「はひーはひー……
なにあの金髪逆毛……

実はナム君とかいうヒトにもけっこう惹かれてたけど……
あの逆毛のマリクはヤバイ!!ドンピシャすぎてヤバイ!!
あーもう〜 バクラさまというものがありながら……私のバカバカ!!」

多少罪悪感は感じたものの―――

『平等に愛せるなら多恋もアリですよ……平等に愛せるのなら、ね……』

という天使の声に背中を押され、いざ鎌倉と言わんばかりにマリクのもとへと出陣して行ったのであった。

いや、どう考えても悪魔の声だと思うが……







「リシド……
貴様がいる限り…もう一人のこのオレは闇に幽閉されてしまう……」

闇マリクが手にした千年ロッドの刃先がリシドに迫る――

「わ。いきなり殺人する気だよこのヒト。」

「誰だっ!!」

マリクのマントがばさりと翻って背後を臨む。


「あ……敵じゃないので殺さないで下さい。
私はゆめ――このバトルシップのアルバイトスタッフで、国際結婚もアリな女です」

武器は持ってないよと両手を上げて、怖ず怖ずと上目遣いでマリクに挨拶するゆめ。

「何だ……? 貴様……」

「へっへっへ。
その男を殺っちまうんでさ?
力になりますぜぇ、ダンナ……ヒッヒッヒ」

「きめぇ……」

ゆめの、悪人面をしたオッサンくさい芝居にはさすがの闇マリクもドン引きだった。


「消えな……闇に葬られたくなければな…!」

「葬られるのは別に良いのですが、その前に告白して良いですか?」

「なに……?」

「好きです。
貴方に一目惚れしちゃいました。

あの、ナムという普段の貴方じゃなく――
今出てる、暴力的なお花のように逆立った髪の貴方にです。」

「告白ってそっちのかよ……
つーか暴力的な花って何だ……?
日本語は難しいぜぇ……」

バクラよりテンションは低いが、サ行の怪しい声で律儀に繰り出されるツッコミに、ゆめは嬉しくなって頭がクラクラした。


「きしゃま……殺すぞ……!!」

「私の事……嫌いですか??
私は、闇を纏った貴方も痛々しい二重人格を背負った貴方も、辛い過去を背負った貴方も大好きです……」

さっきしたように、また角度を計算し潤んだ瞳で囁くゆめ。


「貴様……オレの何を知っている……!!」

「二重人格はたいてい、抑圧された辛い記憶のせいで出来るものと相場が決まっているのです。
マリクさまもそうでしょう??」

「フン……きしゃまに何がわかる」

「サ行がちょっと言いづらいのかな、ってことはわかりますが……」

「おーん!?殺す!!!」

ロッドが向けられ、さすがのゆめも身構えたが――


モニタから流れてきた第三戦の開始を告げる合図に、マリクは「フ……今しばらく生かしておいてやる……」とマントを翻し、部屋から出て行こうとする。

「頑張ってくださいね」

すれ違い様にゆめがマリクにニコリと微笑みかけると、半目のマリクの瞳が一瞬見開かれる――

すぐにふいっと顔を逸らし、行ってしまったが。










「クビだ、ゆめ」

「げぇっ――!!」

「なお、その業務中のあまりに勝手な行動により、今日の給料は無しとする!!
今バトルシップから下ろすわけにはいかないから、今後バトルシップの中で飲み食いしたものは給料から差し引くから覚悟するように!!
今後は邪魔にならないようじっとしていろ!!」

KC社員の非情な宣告が、ゆめを打ちのめす。

(ガーン……せっかく見つかったバイトだったのに……またクビになった……)

凹むゆめだったが――すぐに良い方向に思い直す。

(考えによってはむしろプラスじゃね?これで堂々と理想のデュエリスト様たちを追っていける―――)

ゆめはどこまでもキチ○イで社会不適合者だった。







「闇のゲームの始まりだ……」

闇の人格が覚醒したマリクと、孔雀舞のデュエル。

辺りに黒い霧が広がっていく。

周りから「息苦しい」という声があがる。

「なにこの霧……
うーん、息苦しいけどなんかちょっと心地良いかも……」

ありえない事を呟きながら、ゆめの視線は闇のマリクに釘付けだ。


デュエルが進み、舞の様子がおかしくなっていく。

「あの――……
もしよかったら、この私に今北産業でいきさつを教えてくれませんか?」

「君は……? ていうかイマドキ今北産業てw」

ドサクサに紛れ、ゆめは遊戯達に接触をはかっていた。

ゆめが、バクラの胸にあったリングと似ているアイテムを遊戯とマリクが所持している事に目敏く気付き、バクラの名前を出してみたら
「あいつに近付いてはいけない!」ともう一人の遊戯は激昂し、事情をゆめに教えたのであった。


(ふぅむ……千年アイテムかぁ……
それを巡って争いが起こっているわけね……)

ゆめの理解はあまりにも大雑把すぎだった。


幻覚を見せられている舞が、苦痛に喘ぐ。

一体、舞は何をされているのか――興味津々なゆめであった。

マリクのあまりにひどいイカレ具合に、また鼻血をツツ……と垂らすゆめ。

あんな顔芸を愛しいと思うんだからゆめの趣味はこの上なく悪趣味としか言いようがなかった。

(あ〜〜舞さんは一体何をされてるんだろう……!
私…私痛いの平気だからな……私も死なない程度に痛めつけられたいかも……!!)

ゆめのドM気質が発動した瞬間だった。

しかしデュエルはそんな生温い状況ではなくなってくる。

とうとう舞が磔にされ、ラーの翼神竜が正しい形で召喚されてしまう。

そしてマリクは――

「オレのバースデーはなぁ……奴が10歳の時……」

二重人格に至った経緯を語るのであった。

(マリクさま……やっぱり悲しい過去がおありになったのですねっ!!)

周りが緊迫した真剣な表情でマリクを見つめる中、ゆめ一人だけはキラキラ潤んだ瞳でマリクを見つめ続けるのであった。

そんな粘着質な視線に寒気が走ったマリクが、寒気のもとを探してみると、彼の視界の端に映ったのは異質なオーラを放つゆめ―――

マリクは(気付きたくなかった)と心底思い、そっと視線を外すのであった。

そして遊戯に「貴様の真の目的は何だ!!」と、さも目的がおありなんでしょうね的に問い掛けられたマリクは――

「破壊!破壊だぁ!!」

と投げやりに答えてみせるのだった。

そんな厨二病発言が、さらにゆめを惹きつけるとも知らず―――


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