東京で一人暮らしを始めて…早五年。
久しぶりに地元へ帰省した。

思えば、上京してから仕事三昧な日々…
地元の友達とも疎遠になっていた。

珍しく取れたこの三連休。

友達や家族と共に…有意義に過ごしたいものだ。



**私と先輩の…



『ただいま!』

『お帰りなさい。あらアンタ少し太ったんじゃないの?』

『…久しぶりなんだから、もっと違う事言えないかなぁ…』

懐かしい玄関の引き戸。
それをあければ、相変わらずな母がいつものジョークを口走りながら出迎えた。


『お父さん。ただいま』

『……ん。』

リビングの父は、野球中継を見ながら短い返事だけを返した。
相変わらずだ。


『あれ?お母さん。里沙は?』
『え?あぁ…アイツは"彼氏"とやらとデートだよ』

年頃の妹。里沙は、彼氏とデートらしい。
アイツは昔っから男っ気の多い奴だった。

『アンタご飯は?』

『食べてない。久しぶりにお母さんのご飯が食べたいな』

『なに言ってんの!そんな事言ったって、残り物しかないわよ』

母はそう言いながらも、嬉しそうで…
早速食事の準備をし始めた。

母が出してきた食事は、焼き魚と煮物…。
それから卵焼き。
一口、口に含めば母の味がした。

そんな懐かしい食事を堪能する私の耳に…車のマフラー音が微かに聞こえた。

それは徐々に近づいて、私の家の前で止まったかと思えば、次にチャイムの音がした。

『誰かしら?』

母が玄関へと向かう。
ガラガラと戸を開ける音。

『あらぁ!!バクラちゃん!上がって!ちょうどゆめ帰って来たのよ』

母が放った"バクラ"という名に…ピタリと私の箸が止まる。

私は、即座に机の下へと隠れた。

しばらくして…やってくる母と…一人の男。

『あら?さっきまでここでご飯食べてたんだけど…。ゆめー??』

私を呼ぶ母の声。
私は必死で身を隠す。

『…分かってんだよゆめ…そこに居んのは…』

そう言って机の下を覗き込む…男の整った顔。

『久しぶりだな』

そう言って目を細める。

『バクラ……先輩』

私は気まずそうに視線を逸らした。
彼はバクラ。私より一コ上の一応先輩だ。
幼稚園、小学校、中学校、高校…
ずうっと一緒のいわゆる腐れ縁。何の呪いだろうか…とにかくずうっと一緒だった。

幼稚園、小学校時代には…
イジメられた記憶しかない。
中学校時代には、毎日"スカート捲り"された記憶しかない。

高校時代には、毎日…帰ると何故か家に居て…
バクラ先輩自慢の"単車"とやらで毎晩街を連れ回された記憶しかない。

とにかく良い思い出がない。

『…何で私が帰ってくるって…知ってたんですか…?』

『あぁ!?オレ様の"鋭い勘"だ』

ああ。相変わらずチャラチャラした格好の彼。
整った顔立ちの彼は、よくモテる。
噂じゃこの地元一帯の女の子は全て、彼につまみ食いされた経験があるとかないとか…。
私は無い。間違っても先輩とは…


有り得ない。



『ゆめ!久しぶりにオレ様とドライブしねぇか?…お母さん。娘さん預かります!』

『ちょっ…私まだご飯…!!』

私の返事も聞かずに、バクラ先輩は私を連れ出した。
母は笑顔で手を振っている。
父は何故かバクラ先輩に向かってガッツポーズしていた。
それに対し、バクラ先輩もガッツポーズで返す。

全くもって意味が分からない。

私を助けてくれる人は…誰も居なかった。



『ゆめは何処行きてぇんだ?何処でも連れて行ってやるぜ!!』

バクラ先輩の車は、所々改造されたスポーツカーで…
車内にはLEDの装飾が…多分これは付けすぎだと思う。
ピカピカと、とてつもなく目に悪い車だ。

『私は、家に帰りたい』

『…てめぇ…ぶち殺すぞ』

バクラ先輩は私の行きたい所を無視して車を発進させた。

連れて来られたのは、地元では有名な夜景スポット。
周りではカップルがイチャイチャ…。

そんなカップルに、気まずさを感じつつ…
バクラ先輩が、こんなロマンチックな場所を知っている事に驚愕した。

『…綺麗だろ?』

『…とりあえずこの車内のLED消して下さいよ。夜景どころじゃないから…』

『ちっ…うるせぇな…』

バクラ先輩はブツブツ文句を良いながらLEDの照明を消した。
そして訪れる沈黙と、暗闇。

『…外行こうぜ!』

バクラ先輩は、沈黙に耐えきれなくなったのか…
車外へと出る。
私も、とりあえず車外に出た。
様々な色をした、街のネオンや照明が…
キラキラと宝石を散りばめたかのように光り輝く。
百万ドルの夜景とは言えないが、見応えは充分だ。

『なぁ』

『はい?』

そう言えば…さっきよりバクラ先輩が近い。
徐々に距離が縮んできている。
『…仕事大変か?一人暮らしも大変だろ??』

『えぇ。まぁ…』

私の素っ気なさすぎる返事に、バクラ先輩が一瞬眉を寄せた。
『…ってめぇ…何なんだよ!久しぶりに再会したのによぉ!!そんなにオレ様が嫌いか!?あぁ!!?』

いきなり怒鳴られたものだから…私はビクリと肩を震わせる。そんな私を見て、バクラ先輩はすかさず謝った。

『わ…わりぃ…』

『……だって…』

『あ?』

私の言葉にバクラ先輩が短めな返事を返す。

『……ロクな思い出がないじゃないですか……。小さい頃はイジメられた記憶しかないし、年頃になればセクハラされた記憶しかないし…』

『…そりゃあ…』

『だから嫌とかじゃないんですけど…苦手なんです…バクラ先輩の事』

私の言葉が終わる。
湿気を含んだ風が、二人の間を通り過ぎた。
バクラ先輩は黙ったままで…夜景だけを見つめていた。

さすがに言い過ぎた?
でも、黙って冷たい態度とるほうが酷いと思うから…
私は正直に告白した。

しばらくの沈黙。
周りからはカップルの甘い囁きなんかが微かに聞こえてきて…
夜景は相変わらず綺麗で…

そんな時。私の手に人の体温。

それはバクラ先輩の手の暖かさだった。
握られた手。
私は思わずバクラ先輩を見た。相変わらず、夜景を見つめるバクラ先輩。
その顔は今まで見た事ないくらい真剣で…
私は不覚にもドキリとしてしまった。

『せ…せん…』

『ゆめ……………オレ様の嫁になれ!!!!』


は?

いきなり何を言い出すのかと思えば、いきなり過ぎる内容だった。

『あ…あの』

『んだよ!!…婿に行った方がいいのか!?』

『いや…そうじゃなくて…意味が分からないんですけど…』

『あぁ!?そのまんまの意味だろうが!!』

…。ややキレ気味なバクラ先輩に、何を言っても無駄な気がした。

『オレ様はなぁ…ガキの頃からてめぇの事だけ思って生きてきたんだぜ?…よく言うだろ?"好きな子はイジメたくなる"って…』

『いや。あの…。分かったんですけど…。いきなり嫁とか婿とか…ムリです。』

そう言いはなった私の言葉に、バクラ先輩はわかりやすい位にショックを受ける。

チラリと彼を伺えば…
真っ赤になった顔に、うっすら涙目…
捨てられた子犬のような目で此方を見つめてきた。

『…仮に…先輩と結婚したら…苦労しそうですよね。女関係とかで』

『なっ!オレ様は浮気なんざしねぇよ!!』

『…地元の女の子つまみ食いして回ったくせに?』

『…そっそりゃあ…アッチから誘ってきたんだバカヤロー!!』

『そうなんですか。じゃあ誘われたらふらっと着いてくって事なんですね』

『ゆめが居てくれれば、何処にも行かねーよ!!』

必死になるバクラ先輩は意外にも可愛かった。

『…じゃあ…まずは…"苦手克服"から頑張ります。』

私はそう言って踵を翻すと、スタスタと車へ向かった。
バクラ先輩に顔を見られたくなかったから、とにかく車に向かって歩いた。
何故なら…そう言った私の顔は、真っ赤に違いないからだ。

『なぁゆめ…それって…』

『…』

バクラ先輩の声が後ろから聞こえたと思えば…
フワリと暖かさに包まれる私の体。
それはバクラ先輩の体温で…
私はそこで初めて、後ろから彼に抱きしめられている事に気づく。
『ちょっ…!!』

『すっげぇ…嬉しい…』

『…』

バクラ先輩の体温は、心地よい暖かさだった。


これから先…。
私がバクラ先輩を克服出来るかは分からない。
…が。

なんだか、克服出来そうな気がした。








『ただいま…』

『お父さん!お母さん!ただいま戻りやしたぁ!』

家に帰れば、何故かバクラ先輩まで家の中まで入ってきた。
リビングからバタバタと…
父と母がやってきて、私を押しのけ先輩へと駆け寄る。

『バクラちゃんどうだった?』

『上手くいったのか!?』

『いやぁ…お陰様で上手くいったみたいっす!これからよろしくお願いします!お父さん!お母さん』



…。
その時。
私は初めて両親までもがグルだったということに気づかされた。
出かける前の、父のガッツポーズの意味がこの時やっと理解出来たのだった。

そして一つだけ言いたい事がある…
両親も、先輩も気が早過ぎる。私は全くついていけない。

突っ込むのもめんどくさいので、"結婚式は…"とか"入籍は…"などと騒ぐ三人をただただ見つめていた。



私と先輩の…今後。
それはまだ誰も分からない、未来の話だ。



『完』

スーパー言い訳タイム↓

あとがき…というスーパー言い訳タイム。

kaz様相互リク『バクラ君』
ギャグ甘にしてみました。
しかし甘いのか!?
そして、緩すぎるギャグ(ToT)

地元には、1人くらい苦手な先輩がいるものです(そうなの!?)


kaz様に捧げます!

kaz様☆相互ありがとうございました!!



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bkm


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