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「……で?
何を買ってきたんだよ」


買い物から帰ってきた盗賊王が手にしていたのは、一つの大きな袋だった。

そのビニール袋は濃い色がついていて外からは中身が見えず、また店の名前も入っていない。

私は思わずあれ? と首をかしげた。

だって、コンビニやファーストフードなら袋に店名が入っているし、白いビニール袋なら多少なりとも中身が透けるはずだ。

だが、ご丁寧に持ち手の部分までしっかりと縛られた袋は、形状から何かの容器と思われるものがいくつか入っているように見えるだけで、それが何なのかは外からは判別出来ない有様なのだ。

そして、バクラが何の気なしに問いかけた内容にも答えない盗賊王は――
その顔に、何故か不敵な笑みを浮かべていて。

そんな盗賊王から少しだけ不穏な気配を感じ取った私は、次に彼から発せられた言葉に、耳を疑う羽目になったのだった。

「デュエルしようぜ」


………………

…………

……


「デュエルディスクってやつを使えば楽だったのによ」

「フン。ディスクがあったところで、こんな狭苦しい部屋でやり合えるかよ……!
なんなら外で戦ってやってもいいぜ?
貴様が寒さを我慢出来ればの話だがな」

盗賊王とバクラが会話をしている。

私という第三者を、傍に置きながら。

「ケッ、ほざいてな……!
雪合戦とやらで体が冷えきっちまって、コタツに張り付いてんのはどっちだよ。
オレ様を買い物にパシらせて、女で暖を取ってたんだろ? いいご身分だぜ……!」

「貴様こそ……、素手で雪遊びからのお買い物が、だいぶ堪えたみたいじゃねえか。
……そいつの肌に冷えた手を押し付けるのはいいが、触る場所とタイミングをよく考えるんだな!
デュエルも飯もそっちのけでサカりたい、ってんなら話は別だけどよ」

ちらり、と私に向けられる現代バクラの視線。
あぁ……ようやくこの状況から解放されるのだろうか?

「……? 何ほざいてやがる……」

バクラの言葉を訝しんだ盗賊王の目が、私の顔を覗き込む。

盗賊王は私のすぐ傍にいる。
そして、その熱に直で当てられた私は――――

「……っ、…………!?」

盗賊王が私の様子を見て、ハッとしたように息を呑んだ。

「ケッ、ようやく気付いたかよ。
貴様にとっては軽い悪ふざけでも、そいつにとっちゃ最重要事項なんだぜ?
……だらしねえ顔で発情して、既に何もわかんなくなってんじゃねえか!

いい加減そいつの胸から手を退けな……!」

……つまりは、そういうことだ。



色々と言いたいことは山ほどある。

とりあえず、外から帰ってきて謎のデュエル宣言をした盗賊王が、何事かと眉根を寄せる現代のバクラを尻目にコタツに入ったのは覚えている。

それから彼は、自身の冷えきった手を温めたかったのだろう、隣にいた私の体温を求めて服の裾から手を潜り込ませて来た。

けれどあろうことか、彼の手は昨晩のように私のお腹をすすすと這い上って、あまりの冷たさに息を呑んだのもつかの間、遠慮なく胸の膨らみをむんずと掴んだのだ。

そして、下着の下から潜りこんだ手が、じかに胸を揉みしだき始め、体温とともに私の理性が奪われたのがたった今の出来事。

たちまち頭がピンク一色に染まり、再び三人での享楽が始まるかと危惧した私の、とち狂った欲望はさておき――


盗賊王バクラは帰って来るなり、現代のバクラにデュエルを持ち掛けた。

彼の言い分はこうだった。

買って来た食べ物は三種類。
その内容は、勝負が終わるまで明かさない。
そして、デュエルの勝敗によって食べるものを決めよう、と――

つまり、三種類あるという食べ物のうち、勝った者がその中から好きなものを一番先に選べるということだ!
(ちなみに、食べ物の内容をあらかじめ明かさないのはその方が面白いかららしい。
そのために彼は、中身の見えない袋をどこからか調達してきたのだろうか……)


とにかく、そんなわけで。
肉欲にすべてを持って行かれそうだった危機を何とか脱した私は、コタツテーブルを挟んで向かい合う二人のバクラに注目していた。

千年リングに宿るバクラと、盗賊王バクラ。

二人のバクラはそれぞれデッキを取り出し、似たような不敵な笑みを浮かべ、決闘者の眼差しで対峙していた。狭苦しいと称された、私の部屋で!

そして。

「デュエル!!!」


盗賊王バクラは、この現代日本の文字が普通に読み書き出来るらしい。
だからテキストが書かれたカードの内容を理解することも、全く苦ではなかったようだ。

彼は、私が最低限のルールを教えて有り合わせのデッキで何度か対戦したのも束の間、すぐに私より強くなった。

盗賊王は記憶力が良いし、私のようにカードの効果を忘れたりLPの計算を間違ったりすることはほとんど無い。

加えて、攻め一辺倒ではなく視野が広くて状況判断力に優れている。
時に慎重な部分も兼ね備えている彼は、闇雲に前進せず防御に意識を割くことも忘れない。

そして、必要だと思った時は大胆に自らのLPや手札やデッキを削っていく。
自分に自信がないと成し得ないその戦法は、現代のバクラとほとんど同じだった。

――そんなわけで。


「モンスター効果発動!
このモンスターは墓地に送られることで効果を発揮する!
その効果は、モンスターを特殊召か……」

「……待ちな!
悪ィがそれは出来ねえぜ」

「っ、何だと……?」

コタツテーブルの上でカードを広げて行われるアナログなデュエル。

バクラが、盗賊王のフィールドに出ているモンスターを対象に罠カードを発動し、それを防ごうと盗賊王がそのモンスターの効果を発動させた。

手札を一枚捨てることで、相手の魔法や罠を無効にするモンスター効果……
この時盗賊王がコストとして捨てたカード――そのモンスターカードにも効果があり、それは墓地に送られたことで効果を発揮する。

つまり盗賊王は、バクラの発動した罠を無効にした上でさらに、墓地に捨てたモンスターの効果も発動しようとしたのだが……

「……お前、そのカードを使うのは初めてか?
少なくともデュエルディスクで回した事は無ェようだな」

現代のバクラが小さくため息をつき、心なしか諭すような穏やかな声で言い放った。

「、どういうことだ……!」

「今墓地に送ったそのモンスター……、テキストをよく見てみろよ。
『このカードが墓地へ送られた“時”、効果を発動“できる”』と書いてあるだろ?」

「…………」

「だが、まだオレ様が先に発動した罠の処理が終わってないぜ。
お前はオレ様の罠にチェーンして、フィールドに出ているモンスターの効果を発動、コストとして別のモンスターを墓地へ送った。
だが、そこで捨てられたモンスターの誘発効果は、そのタイミングでは発動出来ねぇんだよ。
スペルスピードとチェーンの概念は何となく理解してるよな?」

「……ああ」

「そして、オレ様の罠カードの処理が終わったタイミングでは、既にタイミングを逃している……
捨てたモンスターカードには、墓地へ送られた『時』、〜〜『できる』と書いてあるだろ?
そういうカードはタイミングを逃すことがあって、発動出来ねぇんだぜ」

「………………」

バクラの解説に、盗賊王はじっと対象のカードを眺め何かを考えこんでいるようだった。

「……なら、『墓地へ送られた場合』、となってるカードなら」

「ああ。タイミングを逃す事はないぜ。
ちなみに、『〜できる』ではなく『〜する』などの強制効果の場合もだ」

「私もそのへんごちゃごちゃしてよく間違えるんだよね〜……
デュエルディスクなら自動で教えてくれるから間違えること無いんだけど……」

「……ま、お前ならすぐに理解出来るだろうよ。
続き行くぜ!」


………………


…………


……


そんなわけで、バクラVS盗賊王のコタツデュエルは決着がついた。

結果はバクラの勝ち。

けれど、圧勝と言うわけではなく、接戦と言っていい展開だったと思う。

盗賊王が現代のデュエルを覚えてからさほど時間は経ってないはずなのに、さすが『バクラ』……

私は彼の持つポテンシャルの高さに感嘆するばかりなのだった。

「チッ…………、くそ……
今回はオレ様の負けにしといてやるぜ……!
貴様の方がこの世界のことをよく知ってるっつーのは、動かしようのない事実だからな」

「……そうだ。
雪合戦にしたって、お前よりもオレ様の方がコイツの行動パターンをよく知ってる、ってだけの話よ……
伊達にこの宿主の体で、何年も現代人やってきちゃいないんでな」

ククク、と薄く笑ったバクラは、私を親指で指し示しながらそんなことを言った。

いつもより優しい雰囲気のその声に、蚊帳の外にも関わらずドキドキしてしまう私。

もしかしたら千年リングに宿るバクラは、雪合戦にデュエルと、続けて盗賊王に勝つことが出来てちょっと機嫌が良いのかもしれない。

「ま……、今回は認めてやるよ。
貴様の……、あんたの勝ちだ。
……おらよ、好きなもん選びな!」

買ってきたビニール袋を引き寄せながら返した盗賊王の声も、字面とは裏腹にどこか穏やかなものだった。

現代で獏良君の体を持つバクラと、古代からやってきた盗賊王バクラ……
そんな二人は、二人にだけ通じる繋がりみたいな感情の機微を、共に過ごす間で培ったのかもしれない。


千年リングに宿る意思であるバクラと、『まだ』人間である盗賊王は、人格こそ近似値であるが厳密には別人と言っていい。

何故なら、現代で獏良君の体を借りる『バクラ』は、盗賊王の自我とは別に人ならざるものの意思が多分に含まれているからだ。

……もしかしたら千年リングに宿るバクラは、一見前面に大幅に出ているように見える盗賊王バクラとしての成分なんてほんの僅かしかなくて、実は大部分が盗賊王バクラとは別のモノなのかもしれない、と思う。

ただ『バクラ』と名乗っているだけで――盗賊王の近似値に『見える』だけで。

けれども、己が命運をかけた宿命の対決などではない、こと平穏な日常においては……
獏良君の体で不敵な笑みを浮かべるバクラは、たしかに盗賊王の近似値だった。

きっと、日常生活に必要な人間らしい所作や考え方、なんていう『ソフト』が、人ならざるモノの中には無いから……なのだと思う。

たとえばこんな風に、食事をかけてデュエルしたりだとか。
玩具と称する人間の女の体温で暖を取ったり、だとか。

そして私は、意識してか無意識か、人間盗賊王の近似値として振舞うバクラが好きだった。
二人の似ている部分が大好きだし、ううん、違っている部分も愛おしい。

いいや、千年リングに宿るバクラの人間じゃない超越的な部分すら私は愛している。

そして、そんなバクラの元になった、盗賊王という人間の全ても。

二人の『バクラ』が、たとえ決戦までの短い間だとしても、同時に存在するという事実。
その事実が私は堪らなく嬉しい。


嬉しい……、嬉しい……

嬉しいんだー……、そう……!

こんな……、昨晩盗賊王バクラが寝ていたコタツの場所に座ってみた時に気付いた、とある事実さえ、私は――


「おい貴様……! これは一体どういう事だ……!!
まともな食い物が一つしか無ェじゃねえか!!

ケッ、オレ様は当然コイツを貰うぜ!
オレ様にデュエルを吹っかけて、勝って貴様だけまともなモンを食う算段だったんだろうが、そう上手くは行かねえんだよ!」

ガサゴソとビニール袋を漁った白い肌のバクラが、悪態をつきながら何かの丼らしきお弁当を一つ取り出す。

あー……、何故このタイミングで気付いてしまったんだろう私……
頭がまともに働かない……

そういえば私の食事って、有無を言わさず最後に残ったものを貰うしか無い感じ??
彼らはハナから私をデュエルに誘わなかったし、そもそも勝負なんかはじめから見えてるし……、まぁ、そういうことなのだろう。

「……っ、そいつを現実に引き戻してやりな。
ウザくてかなわねえんだよ……!
言っとくが、すべててめえの責任だからな!」

現代バクラの声は、さっきとはうって変わってまたぶっきらぼうなものに戻っていた。
彼は何をそんなに苛立っているのだろうか……?

それにしても、このコタツ――


「ゆめ……、何がそんなに嬉しいか知らねぇが、オマエにはこれをくれてやるよ。
つーか……、このコタツ布団……とやらが何をそんなに――」

「だってこのコタツ布団……!
昨日バクラが……、バクラさんが寝てたところ、バクラさんの匂いがするから!!
あぁ…………、んん……んんん!」

「うわ」

思わずコタツ布団に顔をうずめた私に、どちらのバクラかわからないドン引きの声が降りかかった。

いけないいけない、と理性を呼び起こし、顔を上げる私。
――と、その前に置かれた、紙の包み。

「そいつでも食っとけ」

私の前にごろりと置かれた何かは、どう見てもお弁当の類ではなかった。

言われた通りガサゴソと包みを開ければ、ふわりと鼻腔をくすぐる甘い匂い。

「わーいありがとう〜、おいしそう〜〜!
……って、焼き芋!? 主食ですらない!?
いや、ありがたく食べるけども……、なんで……」

目の前に突然現れた焼き芋の衝撃。
と、それが発する香りにコタツ布団に付いた愛しい人の匂いをかき消されて、私は半ばヤケになって焼き芋にかぶりついた。

――甘い。
まだほんのりと温かさを残す焼き芋は、とろりと芯まで加熱されていて、まるでお菓子のスイートポテトのようにこってりとした濃厚な口当たりだった。

それから、さすがに今の一口はただのノリであって、二人を差し置いてこのまま焼き芋を食べ進めるつもりもない私は、バクラ達の食べ物に目を向けた。

現代のバクラの前にあったのは、丼タイプのお弁当――
ずっしりと存在感を放つ、その中身は……

「あっ、ローストビーフ丼? いいな〜」

きらきらと輝く肉の照りに、思わず率直な気持ちを漏らす。

それから、盗賊王の前へ目を向けて――

「えっ、」

盗賊王バクラの前に置かれていたのは、たしかに丼だった。
恐らく、どこかのお弁当屋さんで買ってきたものなのだろう。

しかし、問題はその中身。

丼の蓋を開けたその中身は――

ただの、白いご飯だった。

「え??? なんで???」

私が間抜けに発した声に、千年リングに宿るバクラがケッ、と吐き捨てる。

そういえば先程バクラは、盗賊王がデュエルで勝って自分だけまともなものを食べる算段だったとか何とか――

けれど盗賊王は負けてしまったのだから、彼は自業自得、白いご飯を食べなければならないわけで……

しかし。

「あー、ちょっと待ってて……!
たしか、あれがあったはず……あれなら――」

私の体は反射的に動いていた。

焼き芋をその場に置き、コタツの前で立ち上がる。

白い肌のバクラが千年リングを揺らめかせ何かを言いたそうにこちらを見たが、私は立ち止まらずに自室を出て行った。

そして――

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