27



バクラとバクラ。

本来同時に存在するはずのない、二人のバクラ。

彼らは今、601号室のリビングルームで、静かに向かい合っていた。


一人は、この現代で生きる獏良了という少年を宿主とする、千年リングに宿ったバクラ。

そしてもう一人は、遥か昔の3000年前からどういうわけか飛ばされてきた、盗賊王のバクラ。

彼らの肉体は声や面差しこそ似ているが、人種も肌の色も違う別人だ。
だが、その胸元には、寸分違わぬとある宝物が掲げられている。


千年リング。

かつて平和を願ったとある王族が、クル・エルナという村の住民を生贄にして生み出した、七つの千年アイテム。

そのうちの一つである千年リングは本来、3000年前には盗賊王バクラの手にあり、それから紆余曲折を経てこの現代で獏良了の手に渡ったはずだ。

つまり、いくら時代を経ているとはいえ、千年リングはこの世にたった一つしか存在しないはずなのだ。

けれどもどういうわけか、今この現代の童実野町に、千年リングは二つ存在している。

理由は簡単。
3000年前に生きていたはずの盗賊王バクラが、千年リングを持ったままこの現代に飛ばされて来たからだ。

タイムスリップ。
謎のトリップ現象。

何故それが起きたのかは、誰にも分からない。


わけが分からないまま、盗賊王バクラはこの現代で私と出会った。
そして、千年リングに宿る魂となって存在していた現代のバクラとも――

私たち三人は、盗賊バクラが元の世界に帰るための方法を探して、時には揉め、時には安息に浸り、この週末を共に過ごした。

そして、今。

一連の不可解な現象は、どうやらバクラ達でさえも正体が分からない、何らかの人智を超えた存在によって引き起こされたらしい、ということが判明した。

その、『人智を超えた存在』は……否、存在『たち』は。


そう、『存在たち』……これは、私たちの憶測でしか無いのだが。

とある『何かの存在』によって引き起こされた事象が、『盗賊王バクラのタイムスリップ』だとしたら。

それを正すように、糾弾するように、盗賊バクラを『在るべき場所へ戻すように』求めてきた、『別の何か』が新たに現れたのだ。

得体の知れない闇に潜んだ『別の何か』は、私を通じて、恫喝めいた要求をしてきた。
今日の日没までに在るべきモノを在るべき場所へ――
つまり盗賊王を元の世界に戻さなければ、私を殺すとその『闇』は言ってきたのだ。

そして『闇』は、そのための方法を強制的に私の脳に書き込んだ。
決して忘れられない『声』となって。

しかし本来のバクラ達なら、私一人の命のために不本意な譲歩などしないはずだった。

玩具一個の犠牲で先に進めるならバクラ達は躊躇しないだろうし、私だってそれでもいいと思っていたのだ。


けれども。

事はそう簡単ではなかった。

正体の分からない『何か』――
人間を超えた存在感を放つ『何か』が、『本気』だったとしたら。

『闇』に潜む冒涜的なものが、本気でこのタイムスリップごっこを終わらせたいと願っているのなら。
その為に、どんな手でも使うと決意しているのなら。

そしたら、私の命が奪われたあとで、次に犠牲になるのは別の人間かもしれないのだ。

――たとえば、死、あるいはそれに近い重篤状態に陥ることで、バクラ達の目的を結果的に阻害することになる人物、とか。

そうなれば本末転倒だ。

現代のバクラは、3000年を超えた宿願をこの時代で果たすために、待ち、時には遠回りまでしてきたのだ。

ただそのためだけに。
彼は、予期せず現れた盗賊王バクラに対しても着実に、時には馴れ合いに似たコトをしながらも慎重に――関係を築いて来たのだ。

だがそうやって慎重に積み上げて来たものが、全て無駄になってしまうとしたら。

否、無駄になるどころか――積み上げてきたものを守ろうとする事が、結果的に自分の破滅に繋がるとしたら。

それはやはり、受け入れる事は出来ないのだろう。

千年リングに宿るバクラにとっては不本意だろうが、自らの大いなる目的のために、積み上げて来たものを――
盗賊バクラとの関係を、盗賊バクラ自身を、手放す。

そう決めたのだ。きっと。


盗賊王バクラは元の世界に帰る。
帰さなければ、ならない。

現代のバクラにとっての本当に大切なもの――譲れない目的――を守るために。

だから、あの『闇の中の声』に示された方法を試す。

そういうことだ。
だから。


「まさかこんな妙なことになっちまうとはな」

口を開いたのは盗賊王だった。

彼はこの世界の衣服を全て脱ぎ捨て、最初にこの世界にやってきた時の格好に戻っていた。

赤い外套に黄金の装身具。
暑い土地特有の、ゆったりと開かれた胸元。

そして――
唯一その肩には、現代で入手したバッグを掲げていた。

本人いわく、『この世界で手に入れた食料や役立ちそうなモノ』、らしい。

私が無様にも寝てしまった昼間のうちに、二人のバクラで買い出しに出掛けたとのことだった。

「名残り惜しいか? この世界がよ。
まぁ、そもそもありえねぇんだよこんな現象は……
ゲームで言やあ、バグのようなもの……
貴様にも分かる言葉で言えば、賭博でのイカサマみてぇなモンだ」

獏良君の体を持つバクラが、達観したように鼻で嗤ってそんなことを言った。

彼は続ける。

「……問題はイカサマをやってる奴が、胴元に近い奴かもしれねえってこった。
冗談じゃねえとブチ殺したいところだが……
生憎オレ様にはやるべき事があんだよ。

ソイツの力にビビってるわけじゃねえが、余計なモンに気を取られて一番大事なことを見失うってーのは、馬鹿ってもんだろ……?」

バクラはいつになく饒舌に語り、それを聞いた盗賊王も薄く嗤うと肩をすくめて言葉を返す。

「何だよそりゃ。
妙な力に怖気付いちまって、オレ様をさっさと元の世界に追い返すことにしたものの、今更罪悪感が湧いて来たってか?

やめとけよ。長々と語ってんじゃねえ……!
邪魔者が居なくなってせいせいする、っつー顔でもしとけやバクラさんよぉ……」

「……ケッ」

軽く煽られた現代のバクラは、面白くなさそうにそっぽを向いた。
だがその顔が心なしか穏やかだったことに、私は意外なものを覚えてしまうのだった。


「……ゆめ」

不意に呼ばれる名前。

盗賊バクラが私の顔を見つめ、不敵な笑みを浮かべていた。

ずきり、と鳴った心臓は、恋情から来るものだけではない。

切なさ――そう、永劫の別れにも等しい別離の哀しみによる部分もあった。

つんとする鼻の奥は、涙の予感。
泣くのは駄目だ、と自分に言い聞かせ、唇を噛んで拳を強く握る。

だが次に盗賊王から発せられた言葉により、涙の気配は一旦収まることとなる。

「そいつはオレ様であってオレ様じゃないぜ。
オマエはそいつが単なる、オレ様の未来の姿だと思ってるんだろうが、中身は――」

「おい」

――そうか。

盗賊バクラは、千年リングに宿る『バクラ』の本質を知ったんだね。

その上で盗賊バクラは、元の世界に帰ることに同意した。

それはつまり、私には分からない二人のバクラの間で、何らかの重要な会話が交わされたということだ。

現代のバクラの正体を盗賊王に明かした上で、それでも盗賊王が納得して過去に帰る気になった、何らかの会話が。

私はそれについて、今更詮索する気も無かった。

ただ、伝える。
私だって、現代のバクラの中身について『納得しているのだ』、と。

「……知ってる。
でもいいんだ。全然いいの。
……それに、人間ぽい行動の部分は、二人けっこう似てるところあるし」

言い切れば、盗賊王と白いバクラが同時に怪訝な顔をして、ほら似てる、と私は少し笑ったのだった。

ありがとうバクラさん。
私は千年リングに宿るバクラを誤解して騙されてるわけじゃない。

全部自分の意思だから。

だから、大丈夫。


「……物好きな女だぜ、本当によ」

呆れたように吐き出された言葉は、どこか嬉しそうな、穏やかな盗賊バクラの声だった。

似てる、と言われたのが案外満更でもなかったのだろうか。

「…………すき、」

唇から勝手に漏れた言葉は、本来呑み込んでおくべき言葉だった。

ここで感情をあらわにしたところで。
意味などないし、邪魔になる。

――それは、分かっているけれども!



向かい合ったバクラ達は、互いに自身の千年リングに手をやり、裏側から輪の部分を掴むと、前に突き出すように掲げた。

二人の距離はまだ少し空いている。

この距離がゼロになったら、そしたら……!


「さようなら、バクラさん」

どうにか口に出せば、こらえきれない涙が涙腺から溢れ出し、頬を伝った。

泣いては駄目だ。
急いで涙を拭う。

「あばよ、ゆめ」

盗賊王は私を一瞥してそう言った。

まるで仮面のように張り付いた、不敵な表情を崩さぬまま。

それから視線をもう一人のバクラへ戻し、一歩前へと踏み出す。


「…………っ」

苦しい。

二つのケーキが乗ったお皿から、片方のケーキを捨てる時が来たのだ。

否――彼らはもっと貴重で、独特の輝きを放っている、宝石のようなものだ。

闇を吸い、魔力を蓄えた、二度と手に入らない貴重な宝石。

どこか似ているのに、でもどこか違う、二人の宝石。

バクラ……、バクラ……!!

二人のバクラ。

私を狂わせる、二つの魔石。

闇の中で輝く彼ら。

愛して、る……

大好きなバクラ達。

バクラ……!


二人の距離が近付いて、寸分違わぬ二人のリングが肉薄した。

この世に二つと存在しないモノ。

同時に存在するはずのない千年リング同士を、触れ合わせれば――
全て『在るべき場所へと帰る』。

だから。

さよなら。


キン、と輝いた揺らぎが、空気を震わせた。

千年リング同士が触れ合い――
光が、生まれる。


「っ……!!」


601号室に光が満ち溢れ、獏良君の体を持つバクラと、盗賊王のバクラは、ほとんど同じ格好で千年リングを触れ合わせていた。

空間が歪むような得体の知れない力が拡散し、室内にも関わらず風が生まれる。

風はバクラ達と私の衣服をはためかせ、全身にビリビリと電流のようなものを走らせた。

膝が震え、力が抜ける――


でも。

見届けなければ。

彼の帰還を。

見届けて。

そして、私は。

私は、私は……!!!


「ゆめ!!」

未だ『そこに居る』盗賊王バクラが、私の名を叫んだ。

「……前言撤回だ! ゆめ!!
オレ様と来い!!」

ばっ、とこちらに伸ばされた褐色の手。

「っ……!?」

光と風がほとばしる中、片手で千年リングを掲げ、もう片方の手を私の方に伸ばし、その少年は絶叫する。

「オマエが欲しいんだよ、ゆめ……!!
オマエはオレ様のモンだ、だから……!
オレ様と共に来い、ゆめ……!!!」

光を反射してぎらぎらと輝く双眸。

その瞳は真剣で、真摯で、まるで渇望という名の欲望を剥き出しにするように、私に呼び掛けた。

心臓がばくばくと高鳴り続ける。

私を求める彼の手は、有無を言わさず縋りつきたいような魅力を孕んでいる。


――でも!

「ゆめ……!!
オマエはオレ様のモンだ……!!
『他のバクラ』にはくれてやらねえし何処にも行かせねえ!!
オレ様とこの先の結末を見届けるんだろうが!!
この現代で!! 3000年を超えた因縁の結末をよ!!!」

白銀の長い髪をなびかせ、もう一人の『バクラ』が叫ぶ。

獏良君の肉体を宿主とするバクラ。
千年リングに宿るバクラ。

彼もまた私の方へ手を伸ばし、誰にも渡さないというように私を求めていた。

頭がぐらぐらする。

既視感に似たモノ。

ふざけた戯れで、二人のバクラ達に取り合いをされた甘い茶番が思い起こされる。


「オマエにとっちゃ、オレ様は過去の遺物にしか過ぎねえだろうが……だがな!!
オレ様が正真正銘の『バクラ』だ!!
オマエが求めてる『バクラ』の元になった盗賊王バクラ様だ!!

……オレを選べ、ゆめ……!!
オマエの全てはオレ様のモンだ!
ゆめ……!!!!」

「ゆめ……!!
オマエはこの時代の人間だ、3000年前の人間じゃねえ!!
たとえ宿主の肉体だろうと、オマエはこの現代でオレ様と生きるしかねえんだよ!!
ゆめ!!」


――ああ。

なんで。

なんで……!!


だって……、ずるいよ、こんな……!!

バクラ……!! 二人のバクラ!!

選べない、そんなこと言われて選べない、だって私は――!!


その時、ふと脳裏に蘇る、『闇』の声。


――『彼ら』に触れてはいけない。

触れてしまえば、法則が捻じ曲がり、彼らを在るべきところへ 還す事が出来な――


人智を超えた存在に押し付けられたルール。

そうだった。

じゃあ私は、どちらのバクラの手も取ることが出来ずに、ただ見てろと……!?

他でもない、私に伸ばされた、手を。

拒んで。断って。

ただ、在るべきモノが在るべき場所に帰れるようにと――!?

そんな……、そんなのって……!!


「ゆめ!!」
「ゆめ!!」

同じ声で発せられる、血を吐くような叫び。

それは、獲物を取られまいと唸りを上げる、獣の咆哮に似ていた。

どうしよう……どうしよう!!

私は一体どうすればいい……?

何を、選べばいいの……!?


私は――

T.どっちのバクラも欲しい!
 二人の手を取る

U.盗賊王の手を取る

V.現代のバクラの手を取る

W.『声』の言いつけ通り
 どちらの手も取らない


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