26



『ありがとうございました〜またご利用くださいませー』

店員さんの挨拶を背に、お店を出る。

手には荷物――ビニール袋に包まれたそれ――を持って、私は自宅へ向かっていた。

『それ』。

この時代のモノではない、丈の長い外套。
盗賊王を称する少年が羽織っていた、赤い上衣だ。

昨日クリーニングに出していたそれを受け取った私は、休日の路地を一人歩く。

背中に張り付いた、命のカウントダウンの音を聞きながら。

二人の『バクラ』の顔を、脳裏に思い浮かべながら。



――あれから。

突発的な思い付きにより、三度目の『闇』を味わった私は。

日没までに在るべきモノを在るべき場所へ返さなければ死ぬという、『闇』に告げられた事実を、二人には伝えなかった。

当初はその『期限』がいつなのかを探るためにあえて『闇に潜った』私だったが、その行動を『得体の知れないモノ』に詰られ、脅された。

そして、すんでのところで、恐らく千年ロッドの力かバクラ自身の影響力か知らないが、とにかく千年リングに宿るバクラに助けられて――

しかしそのバクラも、『闇に潜むモノ』に戸惑い、あそこで何があったのか私に訊いては来なかったのだ。


そうして、膠着。

食べ放題で騒いだり、淫らな狂宴に溺れたり、一緒に寝たり――などというぬるい安寧はあっけなく霧散し、二人のバクラは鋭い視線で空を睨み、黙り込んでしまった。

自分では彼らの力になる事が出来ない。

そう実感した私は、盗賊王の服を取りに行くと告げて601号室を後にしたのだった。




自宅へ戻り、洗濯の終わった彼の服と、埃の払った靴や装身具をまとめる私。

そうして、すぐ家を出れる状態にしてから――考えた。

もしこのまま黙って日没を迎えたらどうなるだろうか。

盗賊王の口ぶりからして、彼は今日いっぱいなどと言わずに、もっとこの世界の勉強をしたいはずだ。
持ち帰るものだって、今日一日では集められるものに限界がある。

ゆえに、私の命がかかっているから早く帰ってくれなどと彼に切り出すことは、とてもじゃないが私には出来ない。

何故なら盗賊バクラは、この世界で得たものを使って『過去を変える』と決めたのだから。

それを、出会ったばかりの少女一人を救うために、全て捨てろと――
潔く諦めて、さっさと帰れと。

そんなの、あまりにも残酷すぎるし、自分勝手すぎるではないか……!

『バクラ』だからと心を寄せた私が、この世界で出来るだけ楽に暮らせるようにと、エゴと表裏一体である親切心を盗賊バクラに押し付けて。

彼の思惑に乗って、温もりを貪って。
あげく、自分の命が大事だからもう帰れ、と。

『得体の知れないモノ』に教えられた――
否、有無を言わさず押し付けられた方法を、試してみろと。

そんなこと、言えるわけが無いじゃないか……!!


私は自室のベッドに体を投げ出し、込み上がってくる涙を拭わずに泣いた。

闇に潜む『あれ』は一体何だというのか。

人智を超えたモノ。
このタイムスリップごっこの全容を知る、大いなる存在――

もっとも、バクラが私を救うために一度は跳ね付けたくらいだから、千年アイテムを二つ持った大邪神交じりのバクラなら、多少はあの存在に肉薄できるのかもしれないが――

どちらにしても、何の力も無い私では理解できないし、抗うことも出来ないだろう。

もし、もう一度自分から闇に蠢く『あれ』を覗いたら――
今度こそ私は『破壊』される。

どういうわけか、そんな直感があった。

それにやはり、千年アイテムを持つバクラ達とは言え、根本のタイプスリップ的な部分に関しては全くの無知なのだ。
たとえバクラ達が正面から相対すれば良い勝負が出来るかもしれない相手だとしても、この不可思議な現象となると話は別。

盗賊王をこの時代に送りこんだ何者かにとって、時を超えたこの悪ふざけはまるで、暗闇の中で暗視ゴーグルをつけてターゲットを背後から急襲するような行為に等しかったのだと思う。

その存在がどれほどの強さだろうと、ターゲット――盗賊王には抗う術が無かったのだ。

3000年前の古代で孤独な戦いを続けていた盗賊王バクラを、不意打ちでこの世界に飛ばした『何者か』――

それを元に戻そうと恫喝してきた『闇の中のモノ』。

どちらの正体も分からない。多分人間じゃない。
何が何だか全く分からない。

それはたとえば、異能力バトル漫画で、達人同士が空中で激しい戦いを繰り広げているようなものだ。

地上から観戦している一般人には、何が起きているか分からない。
そんな感じだ。



頭がごちゃごちゃして考えがまとまらないまま、私はベッドの上で時間を無駄に浪費していた。

ただ一つ分かることは、私の人生は今日で終わる可能性が高いということ。

不思議と恐怖は無い。
ただ、哀しさだけが澱のようにお腹の底に溜まって、とめどなく涙を溢れさせた。

哀しみ――ただ、自分が死んでしまうことが悲しい、という単純なものも僅かにあるが、むしろ。

私は、明日からはもう二度とバクラに、バクラ達に会えないのだという事が猛烈に哀しかった。

彼らはただの玩具や奴隷でしかない私の屍を黙殺して、先に進むのだろう。
それはいい。それでいい。そこに異論は無い。

けれども。

バクラ達の行方を――彼らの闘いの結末を見られないのは、何より残念だった。

あの不敵な笑みを、自信満々で狡猾な姿を、二度と見られないのだという事実が、私を打ちのめす。


――いいや、でも。

やっぱり。


目を閉じる。

瞼の下に浮かび上がる、二体のシルエット。

獏良了という現代人の肉体を借りて顕現する、千年リングに宿ったバクラ。
3000年前の古代エジプトで王宮に戦いを挑んだ、褐色肌の盗賊王バクラ。

彼らが協力し合い、この時代で宿願を果たすというのなら、それでいい――

たとえその勇姿を、見届けることが出来なくても。

彼らが無事なら、それでいい――

やっぱり、そう思えるのだ。

哀しい気持ちは仕方ない。
でも、これでいい。

そう、考えて。

涙を拭わず目を閉じれば、私の意識はまるで沼に沈んで行くように、ゆっくり、ゆっくりと――

闇に落ちて行ったのだった。



**********



「……コイツは、」

盗賊王バクラは、たった今手の平に乗せられたモノを見て、何事かとそれを渡した張本人の顔を窺った。

「餞別だ。貴様にくれてやる。
……持って行けよ、過去ってヤツによ」

獏良了という人間を宿主とする『バクラ』。
白い肌を持つその少年は、薄く嗤ってそう答える。

ずっしりと重みのある金属製の『それ』。
3000年前には存在しなかったもの。

しかし、これが何で、どうやって使うものか、盗賊王は何となく知っていた。
テレビという機械や、図書館で見た本で知っていたからだ。

「使い方はあとで教えてやる。
苦労したんだぜ……? 手に入れるのによ。
まぁもっとも……六発しかねぇから、あくまでも奥の手ってヤツさ」

ポケットに手を突っ込んでククク、と肩を震わせる白い肌のバクラは、さて本題はここからだと言わんばかりに佇まいを正し、真っ直ぐに盗賊バクラを見据えた。

「……それからもう一つ。
貴様の末路を教えてやるよ。3000年前の結末をな」

「、なんだと……!?」

白い肌のバクラはとんでもないことを言った。

肉体をとうに失い、千年リングに宿る意思として3000年を超え、目的のために暗躍する『バクラ』。
ただの借り物でしかない少年の肉体で、その存在は器用に『現代人』らしく振舞っている。

「おいおいバクラさんよぉ、オレ様の人生をネタバレしちまおうってか……?
貴様の力なんざ借りなくても、オレ様の精霊獣ディアバウンドと、この世界で得たモンがありゃ――」

彼の思惑が分からない盗賊王は、訝しむように目を細めて疑問を口にした。
だが、「いや、」と途中で遮られ、そのまま現代のバクラは理由という名の続きを述べた。

「オレ様の正体を教えてやる。
お前が知らないことも全部だ。お前がどこでどうしくじるか、もだ」

「っ!?」


『バクラ』の瞳は真剣だった。

感情の読めないその双眼には、底知れぬ闇が宿っていて――
それは単なる、『盗賊王が大邪神の力を手に入れた成れの果て』とは違うような気がした。

ハッとした盗賊王は、もしかしたら自分はこの『バクラ』の正体にまつわる根幹を、今まで勝手な憶測で誤解していたのかもしれない、と思った。

息を呑む彼の前で、『バクラ』は語る。

「……言っとくが、過去の事実に不満があったところで、今ここに居るお前にはどうすることも出来ねえぜ。
お前に出来る事はただ一つ。3000年前に戻り、足掻くことだけだ」

「っ……!」

盗賊王の背筋がざわりと粟立つ。
恐怖とは違う、それは。

――まるで、期待と絶望が、同時に襲ってきたような!


「だからもうオマエは帰れ。そして『結末』を変えろ。
これから話すことを受け止め、『過去』で生かせ。
……なぁに、過去を変えたことで今の『オレ様』には影響は出ねえよ。多分な」


その男は確かにそう言った。

ゆめという女が部屋を出て行って、不本意だが二人で図書館とやらに行って、保存食と役に立ちそうなモノを買い込んで――

待てど暮らせど帰って来ないその少女が語らなかった『闇の中でのいきさつ』を白いバクラから聞いて、少女に課せられた制約に驚愕したのも束の間。

そうして、二人して601号室に帰って来たときに、現代のバクラはそんなことを言ったのだ。


言葉を失う盗賊バクラ。

悔しいが、この男は真実を語ろうとしている――
嘘もごまかしもミスリードも無い、真実を。

そう直感したからこそ、盗賊王は黙って続きを聞くことにした。

少女の命のタイムリミットが迫っている中で。
『過去』の出来事と、自分の結末と、現代で千年リングに宿るモノの正体と、その計画を。

獏良了バクラが全てを明らかにするということは、全てを暴露したところで今の盗賊王バクラなら駄々をこねたり反旗を翻したりはしないと、彼が確信したからだろう。

それは言い換えれば、千年リングに宿るバクラは、かつての自分自身でもある盗賊王バクラという男を、信じていたのかもしれなかった。

――いや、信じたかった……、と言ったら感傷的すぎるだろうか。

人間から外れている邪悪な意思にそんなものを期待するのは馬鹿げている、と盗賊王自身も思う。

だが。


3000年前を思い出すように、切れ切れに『過去の真実』を語るバクラは、たしかに『バクラ』だった。

闇そのものである『彼』は、しかし人間である盗賊王バクラに、かつて自分がなし得なかったモノを託すように、全てを伝えようとしているのだ。

勿論それは、人間である盗賊王の側から見たバイアス、思い込みなのかも知れないけれど。


そうして、二人きりの長い昔話が始まり――そして。

そして――――



**********



ヴーッ、ヴーッという人工的な異音が耳をついた。

何だろう、と寝返りを打って――

私はハッと気付く。


「っ……!!!」


携帯電話のバイブ音。

テーブルの上で震え続けるそれには、獏良了の文字が表示されていた。

ずき、と胸を打った心臓。

時計を見る前に、携帯を引っつかむようにして電話に出た。

「おい貴様……こんな時に呑気におねんねか?
今朝のコトが余程こたえたようだな。
まぁいい……とりあえずさっさと来い!」

電話口から聞こえた『バクラ』の声。

反射的に謝罪の言葉を口にし、持っていくものを手にして忘れ物は無いかと部屋を見回す。

……と、耳元で不意に発せられた二の句に、私は思わず息を呑んで固まった。

「なぁ……今喋ってるオレ様が、どっちの『オレ様』だかわかるか?」

――――。


電話を通した音声は当然だが、直接聞くそれとは微妙に違う。

だが、元々の声が非常に似ている者同士なら、電話を通したって同じような声になるのは必然なのだ。

私は千年リングに宿るバクラの電話の声を知っている。
だが今携帯電話を通して聞こえてくる声もまた、『バクラ』だ。

その上で、私は少し頭をひねって、それで――

「……もしかして、盗賊のバクラさん?」

返した答えは、「ククク、」という嘲笑の後に、
「何故そう思う?」
という声と共に返ってきた。

「うーん……
前半はバクラっぽかったけど……
でもこういう可愛いことをするのはバクラさんかな、って思って」

「っ……!」

電話口の『バクラ』が息を呑んだように黙り込んだ。

思わず笑いが込みあがる。

「馬鹿にしてるわけじゃないよ。
可愛い、は好きってことと同じ意味だよ。
愛してる、と言い換えてもいいかもね」

すらすらと流れ出た言葉は、自分でも不思議なくらいストレートで、達観したような心情から来るものだった。

しばしの沈黙の後、彼の口が開かれる。

「……とにかくさっさと来い」

ぶっきらぼうに発せられた一言の直後、ぶつりと切られた通話。

私はふふふ、と笑うと急いで着替え、部屋を出たのだった。


可愛いひと。

それは盗賊バクラもそうだけど、もう一人のバクラだって似たようなものだ。

千年リングに宿るバクラは獏良君の体を借りて、意外と人間らしいことをする時があるし、冷静に考えれば『目的に向かって突き進む』邪悪なるモノには不要だと思える、ふざけたようなこともするし――

そういう人間らしさの『ぶれ』みたいなものの根源は、やはりあっちの盗賊王に由来するものなのだと思う。

だからバクラは――バクラ達はやっぱり、可愛いのだ。

邪悪でカッコよくて可愛い存在ひと

そう。

私が命を賭けても良いと思えるくらい、素敵で愛おしい者たち。


たとえ私が消えても。
彼が、彼らが自分たちの道を歩いて行けますように――

バクラ。

それが彼の、彼らを表す名前。

バクラ。

バクラ……





「遅ェんだよゆめ!!
今何時だか分かってんのか!」

「ごめんなさい!!!」

601号室に入った途端に飛んでくる罵声。

これは獏良君の肉体を持つバクラだ。


時間は午後。お昼時をだいぶ過ぎ、もうすぐ夕方になろうかという時間だった。

私は叱られた犬のように小さくなりながら、持ってきた荷物をほどく。

「バクラさんのお洋服とか全部持ってきたよ……。
靴も玄関に置いておくから。あと他に欲しいものあったら言ってね」

盗賊王バクラがこの世界にやって来た時に身につけていたもの。
古代の衣類と装身具を現代的なソファの端に置けば、そこだけが部屋から切り離されたようにぽっかりと浮かび上がっていた。

「オマエが居ねえから、こちとら『もう一人のオレ様』とつるんでお出かけする羽目になったんだぜ」

盗賊バクラがふざけた口調でそんなことを言う。

「もう一人のオレ様……?」

口に出せば、脳裏に浮かぶのは例の千年パズル所持者の二人で。

ならば、もう片方のことは『相棒』と呼ぶのか。
そんなことを考え、私は思わず笑ってしまうのだった。

「チッ……、何がもう一人のオレ様だ……!
次にふざけた事をほざきやがったら承知しねえ……!」

「どう承知しねえんだよ……?
オレ様に『餞別』を寄越したことも忘れたか? もう一人のオレ様よぉ!
貴様が何をしようと――」

「ッ、おい!!
ばっ……、出すんじゃねえよ!」

「っ!?」

何が起こったのだろう。

もはや様式美である現代のバクラのぼやきに、半ば面白がって食いついた盗賊バクラ――
その褐色の手が自身のポケットを探り、何かを取り出した瞬間。

焦ったように見えたバクラがそれを遮るように盗賊王の手をポケットの中に押し戻し、しばし二人の視線が交差し、それから……
何かを悟った盗賊王が大人しくなり、現代バクラも舌打ちと共に手を離したのだ。

「…………」

私は今、視界の中にちょっとだけ見えてしまったものを見てしまったことに、少しだけ後悔を覚えた。

盗賊王が見せびらかすようにポケットから出したそれが、いつぞやのナイフなどではなく――
多くの日本人にとって、実際には見た事が無いのにある意味見慣れたもので、片手に収まる金属製の物騒な――

いいや。気のせいだと思いたい。
私は何も知らない。
盗賊王が古代に『それ』を持ち帰って何をするのかは分からない。

でもまぁ、護身用になると言うならそれはそれで……


「……ところで、二人はお昼なに食べたの?」

話題を変えようと水を向ければ、白いバクラがうんざりしたような様子で私を見た。
その眼は『それを今聞く必要があるか?』と訴えていたが、盗賊王の方が「ああ、」と応えてくれたため私は安堵し、続きを聞く。

「ラーメン、てやつだ」

ソファに腰を下ろした盗賊バクラが、隣に座れというように私に合図する。

素直に従いながらも、バクラ達が連れ立ってラーメンを食べているというありえない、……というか、微笑ましい光景を想像してしまい、私はつい笑ってしまうのだった。

「あはは……ラーメンかぁ〜……おいしいよね!」

お金は多分バクラ――というか獏良君のお財布が出したのだろう。

そのお金で、口頭か食券か知らないが、食べたいものを注文して……多分熱さと味に戸惑っただろう盗賊バクラが、おずおずと麺とスープを口に運んでいるところを想像したら。

そしてそれを見た現代のバクラが、軽くイラつきつつも困惑しながら、かつての自分自身を見守っている光景を想像したら――

もう耐えられないのだった。


「……っ」

ソファに座り、両手で顔を覆いながら人知れず悶絶する私。

だって可愛いし……好きだし……愛らしいし……

「好き……」

手を離した途端に漏れた声は、二人のバクラに届いてしまっただろうか。


こんな……

こんな。

いつか終わると分かっている日常の安寧が、幸せが。

もうすぐ、終わってしまうなんて……

「っ……、」


気付けば、ぽた、ぽたと涙がこぼれ落ちていた。

ふと横を向けば、いつになく真剣な表情の盗賊バクラがじっと私を見つめている。

そして、背後には白いバクラが。
千年リングに宿る彼は、反対側からソファの背に軽く腰掛けて、呆れたようなため息を漏らしていた。

慌てて涙を拭い、深呼吸をして平常心を取り戻そうとする私。

だが。


「……準備はいいか?
忘れモンがあっても潔く諦めるんだな」

獏良君の体で腕を組んだバクラは、確かにそう言った。

それはまるで、今すぐ出かける人に対して掛けるような言葉だった。

え、と固まる私の横で、同じ声を持つ別の人間が、それに応える。

「ああ。いつでもいいぜ。
ま……、上手く行く保証はねぇがな。試してやるよ」

「っ……!?」


え。

え……、バクラ達は何を言ってるのだろう?

『いつでもいい……?』
だって――

「何の話を……しているの」

不穏な音を立てて高鳴る胸を押さえ、私は彼らに問いかけた。


「何って……オレ様が帰る話だよ。
オマエがどっかから聞いてきたんだろ?」

何を今更、という様子で鼻で嗤う盗賊王。

それは……わかっているけども。でも!

「え……でもいつ頃……?」

口にすれば、フ、と嗤った背後のバクラが、ソファから離れて行った。

少しだけそちらに視線を向ければ、「今だよ、」という声がすぐ傍から発せられる。

「っ、」

「今だ、っつってんだよ。
もっと構って欲しかったってか? 悪かったな。
これからはあっちの『バクラ』だけに可愛がってもらえよ」

真っ直ぐ私を見据える、紫がかった双眸。
その眼は真剣で、決しておふざけでもごまかしでもなかった。


「っ、な、でも……
情報収集だって、買い物だって、まだ……
だって、一日じゃとても――」

「イイんだよ」

震え始める唇で紡いだ言葉は、まるで私を諭すような一語によってあっけなく断ち切られる。


「っ、でも……、そんな」

頭を思い切り殴られたような衝撃。

だって。あれほどこの世界の情報を吸収したがってた盗賊バクラが。

こんな、焦るように。急いで帰ろうとするなんて――


ずき、と収縮した心臓が、とある事実を私の頭の中に蘇らせた。

――そうだ。
千年ロッドを借りてきた(?)バクラは、あの『得体の知れない闇の中』で、私と『おぞましい声』のやり取りを聞いていたのかもしれない。

だから彼は私に突きつけられた命のリミットのことも知っているのだ。

でも何故。

ただの道具でしか無い私の命なんて、バクラにとっては――


「ゆめ。オマエは『あれ』が、オマエ一人の命を奪ったくらいで引くタマだと思うか?」

ソファに座る私たちの方を振り返り、そう口にした現代のバクラ。

「……、」

わけがわからなくて、思わず立ち上がる私。

バクラを追うようにソファから離れれば、ゆっくりと腰を上げた盗賊王もついてきた。

「……オマエに突きつけられたタイムリミットを無視して、本当にオマエが死んだとしよう。
で……、ンな強引な手段を使ってきた『あれ』が、それなら仕方ないと、オレ達を野放しにすると思うか?

何の力もない小娘一人を犠牲にして、それでオレ達……
いいや、そこの盗賊王そいつが『許容』されるってんなら、随分とヌルい話じゃねえか」

「っ……!!」

ボーダーシャツをまとったバクラの考察は明快なものだった。

彼は私の首に突きつけられた刃の、その先を見据えていたのだ。

人質に怯まない彼らが、無慈悲な刃によって切り裂かれる私を黙殺したとしよう。
であれば――
次にその刃は、何処へ向かうか。

千年アイテムにまつわる悲喜こもごもに、本来無関係である私は別にいい。
いや、本当は良くないけどとりあえずまぁいい。

でも、もっと別の――たとえば、千年アイテムを巡るお話の、中心に居る誰かが同じような目に遭ったとしたら。

これは私の勝手な仮定にしか過ぎないけれど、過去からやってきた盗賊王バクラという本来居てはならない人間をこの時代に留めておこうとした結果、別の誰かが傷つけられ、それが現代のバクラの計画を決定的に阻害することになったとしたら――

それは本末転倒というものだろう。

もちろん私の場合、二つの千年リングを触ったからこうなったわけで、私の後に続く誰かがそうなるとは言い切れないのだけど。

でも『闇の中』で感じたあれは決して戯れや冗談などではなかった。

たまたま私が、二つの千年リングに同時に触れるなどという愚行を犯したから『あれ』が私に接触する近道になっただけで、何もなくても、『あれ』は遅かれ早かれ私たちに何らかの形で干渉しようとしてきただろう。

人には理解出来ない『あれ』には、それだけの力がある――と思う。

それをバクラも分かっているからこそ、不本意だが『あれ』に従うことにしたのだ。
でないと、自分の目的を邪魔されるかもしれないから。

そしてその結果、私の命は救われようとしている。
盗賊王だって、まだ準備不足ではあるものの納得して元の世界に帰るつもりでいる。

ならば。

これでターンエンド、なのだろう。

私と二人のバクラ達が、共に過ごす時間、てやつの。


そっか……

そうだね。

寂しがったり落ち込んだりするのは私のエゴだ。

わかってる。
わかってる。

わかってるよ!

だから!!


私は俯いて、込み上がる涙をそっと拭うのだった――


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