ED-W



私に向かって手を伸ばす、二人のバクラ。

思わずその手を取りたい衝動にかられつつも、脳裏に浮かんだ『忠告』が、それを押し留めた。

「っ……!」


私は彼らに触れてはいけない。

異物である私が彼らに触れてしまえば、法則が捻じ曲がると『声』は言っていた。

そうなれば、彼らを在るべきところへ帰す事が出来ないとも――

「ゆめ!」
「ゆめ!」

私を呼ぶバクラ達の声が、重なって反響する。

でも。

でも!!!


「ごめん、なさい……!!
私は触れちゃ駄目だから……っ、バクラ達にも朝言ったよね……!?
だって、そうしないと、元の世界に帰れないからっ!!!」

後ろ髪を引かれる思いを無理矢理断ち切るように、私は夢中で叫んだ。

本当はバクラ達の手を取りたい。

――でも。でも、そうしたら!!

『言いつけ』を破ったら、どうなるか。

あの得体の知れないモノの忠告を無視して彼らの手を取ったら、一体どうなるのだろう。

恐らく私は、私たちは、『あれ』の怒りを買って、全員罰せられてしまうんじゃ――

そうしたら、やっぱりバクラの目的も結果的に阻害しちゃうことになるし、盗賊王だって――


「ごめんなさい……!! ごめん、なさい……!!!」

断腸の思いで、謝罪を口にする私。

溢れる涙。胸が締め付けられる。

宙に浮いた彼らの手。
その手が、わかったよという風にそれぞれ引っ込められ、私は歯を食いしばって二人の姿を見つめ続けた。

激しさを増す光の奔流。吹き荒れる風。

収束する力が、うねりが、全てを呑み込んで――


そして。

そして――――




………………

…………

……


「…………、」


しん、と静まり返った部屋。

いつの間にか閉じてしまっていたらしい目を、そっと開ける。

「……ッ!?」


そこには――
たった今まで二人のバクラが向かい合って立っていた、目の前には……


どちらのバクラも、存在しなかった。


「っ、ぁ、ぇ……、」

眼を疑う。

盗賊王が立っていた場所は忽然と何もかもが消えていた。
彼の姿は勿論、持っていた荷物も首から下げていた千年リングも全部。

そして、白い肌のバクラが立っていた場所には――

彼の千年リングだけが、無造作に、床に落ちていた。

獏良君の肉体も、衣服も、何も無く。
物言わぬ千年リングだけが、そこに。


何が起きたのか分からなかった。

ただ私は、言葉を失っていた。

何かとてつもなく恐ろしいものが、胸の中に生まれてしまったことを自覚していた。

ぽっかりと空いた穴のような。闇のような。虚無のような。

それを直視してしまえば、理解してしまえば、私の心は壊れてしまう。

そんな実感があった。

でも。
それを認識するなというのは、私には無理な話だった。


――つまり。

二人のバクラがこの世から消えてしまったという、救いようのない事実を、だ。



「――――ッ
あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


血を吐くような絶叫が、喉を震わせた。


何が起こった。
何故。何故こうなった。

だって、え、だって、あの『声』は、そうしろって、


膝を付く。頭を抱える。涙すら出ない。

まるで、全身という全身に、刃を突き立てられたような。

自分の魂が、全存在が、引き裂かれるような痛みだった。


「なんでッ、なんでぇぇぇ――――っ!!!!!!!」


『在るべきモノを在るべき場所へ帰す』
そうでしょ? ならば!!

3000年前に生きていたはずの盗賊バクラは、3000年前に『帰る』!
そして、現代で獏良君を宿主とするバクラは、そのまま――


「なんで、なんで、なんで…………!?
おかしいよ、だってバクラは、獏良君の体は!?
千年リングだけが、何で!? 獏良君の体はこの時代の人間だよ!!!!
何で消えるのっ、なんで!!!!!!!」

感情のままに叫んだ言葉はまるで断末魔のようだった。


「やだ、やだ、こんなの……、ひどいよ!!!
おかしいよ、ねえ!!!
人間じゃないモノ、人智を超えた何か? ねえ……、ねぇ!!!
違うよね? これ……、間違ってるよね、こんなの!!!!」

床を這い、一つだけ残った千年リングを夢中で拾い上げる。

ひんやりとした金属の感触。

そして私は、その輪っかを強く握り締めた時、全身が凍りつくのを自覚するのだった。


――いない。

その千年リングに、もうバクラは『居なかった』。

ただの人間である私には、本来何の力も無い。
でもバクラと共に過ごし、体を繋ぐうち、そこに在る気配――
俗に言う邪念や闇の気配というような、彼の気配がぼんやりとだが感じられるようになっていたのだ。

それは、千年リングに直接触れたときに最も強く感じられる。

千年リングに宿る『バクラ』の意思は、昏くて、深くて、ちょっと怖くて、でも好ましくて、好きで、幸せで、私の劣情を煽るような――
そんな気配に満ちていたはずなのに。


でも今ここにある千年リングからは、それらの気配が全く感じられなかった。

ただの、邪悪な属性を持つ無機物。
千年パズル以外の、他の千年アイテムと同じような――


「は、はは、あはは、ははは…………」

唇から勝手に漏れる笑い声のようなもの。

終わってしまった。消えてしまった。
二人のバクラは『在るべきところ』へ還されて、それはきっとこの時代ではないのだ。

恐らく盗賊王は3000年前。

そして、もはや肉体すら持たない、千年リングに宿っていたバクラという意思は……

きっと、どこか、私が及びも付かない、復活を待っている大邪神の本体か、もしくは闇か、あの世か――
とにかく、理解できないどこか遠くへだ。


「なに、それ……」

血の気という血の気が、体中から失われていた。

震える唇は、呼吸さえ覚束ない。


だって。

バクラが消えたということは――
それも、遊戯君たちとの決戦に負けたんじゃなく、私が『闇から教えられた情報に乗ったせい』でこうなったということは、これはもう、どんな言い訳も許されないじゃないか。

『こうなった』元々の原因は何だったか。

――私が、戯れで二つの千年リングに触れたからだ。

そして、その先に潜むモノに言われたことを、そのまま二人に伝えたからだ。

さらに駄目押しで、自分から『闇』に潜った結果、脅され、バクラに助けられ、図らずも『人智を超えたモノ』の本気を知った二人は、急いで『方法』を試さざるを得なくなったのだ。


――その結果が、これだ。

二人のバクラが両方消えてしまうという結末。

私はようやく悟った。

『あれ』は――
あの『闇に潜むモノ』は。

きっと、バクラ達の『敵』だったのだ。
二人のバクラ達を邪魔者だと思っていたのだ。

盗賊王バクラを現代へ送ってみせたのが『それ』の自作自演なのか、はたまた『それ』とは別の勢力なのかは分からない。

けれども、『闇』の中で私を脅し、在るべきモノを在るべき場所へ還すように命じて来た存在は、明確にバクラ達の……私たちの、敵対者だ……!

でなければ。

でなければ、こんな騙すような形で二人を消し去り、あげく何の罪もない獏良君の体まで持って行ってしまうようなことを、するわけがないっ!!

――そう、獏良君。

彼はれっきとしたこの世の人間なのに。
獏良了の在るべき世界は、この世界なのに。

ひどい……、ひどすぎるよ…………


でももう、何を言っても何を考えても遅いのだろう。

私はバクラ達を消してしまった。
獏良君を消してしまった。

得体の知れないモノに騙され、全てを失ってしまった。


だから。

もう、私にはこうすることしか…………



千年リングをその場に置いて、よろよろと立ち上がる私。

千年リングは遊戯君にとって必要なものだろう。
だから『置いていく』。

もしかしたら、あの憎むべき『闇に潜むモノ』もそう考えたから、現代の千年リングだけをこの世に残したのかもしれない。

そこに宿る3000年前の魂はともかく、無機物である千年リング自体は他の千年アイテムと同様、この時代に『在るべきモノ』なのだから――


焦点の合わない瞳で、窓の方に目を遣る。

それから少しだけ考えて、私は玄関へ向かうことにした。

――ベランダから飛び降りるのは簡単だが、さすがに『この部屋から』それをしたら、獏良君に……ああ、彼はもう居ないんだっけ……でも、残された彼の家族に迷惑がかかる。
それだけじゃなく、このマンションに住む人たちにも。

だから、どこか別の場所を『探す』。

二人のバクラと、何の罪も無い獏良君を巻き込んでしまった責任を取るために。

この命をもって、償うために。

許してもらえるなんて思わないが、私にはそうすることしか出来ないから。

だから。


ふらふらと、玄関のドアに手を伸ばす、私――

その時だった。


《待って》


『声』が、響く。

その声は、あの『闇』の中で聞いたようなおぞましいモノではなかった。

女性のような、子供のような――
どことなく優しい声だった。


《彼らは 消えたわけじゃない》

声は続けてそう言った。

「ッ……!?」

ドアに伸ばしかけていた手を引っ込め、硬直する私。

心臓がざわざわと音を立てる。


「だ、誰……、」

しかし『声』はその問いには答えず、さらに続けた。

《先程の 場所へ 戻って》

先程の、場所……?

二人のバクラが千年リングを重ね合わせたのは、ソファのあるリビングルームだ。


私は未だ力の入らない足で、よろよろとそちらへ戻っていく。

ぐるぐると空転し続ける頭。

彼らは消えたわけじゃ、ない……?

どういうこと、だって……!

現にもう、二人は、この世に居ないじゃないか……!!

一体、何が…………



リビングに戻ると、床に置かれた千年リングが目に入った。

思わず込み上がってくる涙。

ほら、やっぱり。
だってもう、バクラは居ない……!!

何処にも、居ない、いない、いないいないいないいない……!!!!


《彼らは 消えたわけじゃない》

――再び発せられる『声』。

その声は私のすぐ傍でそう言った。


さらに。

《彼らは 『認識出来なくなった』だけ》

《彼らは 違う次元へ 『ずれた』》

《でも まだ そこに居る》


「っ……!?」

『声』は突拍子もないことを言った。

理解出来ず、膝をついた私の耳元で。

いつかの『闇の中の声』のように、まるで張り付くようにその『声』は囁いた。


《だから》

《あなたが 認識すれば》

《彼らが ここに居る と》

《そう 強く 思い浮かべれば》

《彼らは この次元に 帰ってこれる》


それはとても優しい声だった。

耳元で諭すように話すその声は、女性のような、子供のような――

暖かくて、安心するような気配。


私の体から、恐怖や混乱や諦観といった負の要素が抜け落ちて行く。癒される。

私は深呼吸をいくつかすると、さらに『声』に耳を澄ませてみた。


『声』が語る。

《目を閉じて》

《願って 思い浮かべて 彼らの姿を》

《そこに 向かい合っていた 二人の姿を》


――あなたは、誰。

そう問いかけようとしたが、やめておいた。

今はまず、言われたことを試すのが先だ。

恐怖を沸き立たせるような恐ろしいモノではない。

この『声』は。

どこか温かく、心地よくて――
まるで陽だまりのような。優しい光のような。

信じられる。
この『声』なら、今度こそ。



私は目を閉じて、祈った。

彼らが戻って来ますようにと――


……違う。

彼らは――二人のバクラは、ここに居る、と。

違う次元なんかじゃない。
他でもない、この次元に、私のすぐ間近に、彼らは存在しているのだと。

そう、信じる。


バクラ……バクラ、二人のバクラ……

予期せず私の前に現れて、もがきつつもこの世界のことを学び、吸収し、味わい――
そして、この世界で得たモノと知識を携えて、3000年前に帰ろうとした、バクラ。

盗賊王バクラ。
白銀の髪と褐色肌によく映える真っ赤な外套を羽織り、不敵に嗤う彼。

そして。

千年リングに宿る意思となって、大いなる目的を果たすためにリングの中で3000年を過ごし――
この現代で、獏良了という少年を宿主として顕現したバクラ。

現代のバクラ。
獏良君の肉体を借りた彼は、邪悪さを身にまとい、3000年前と同じ不敵な笑みを浮かべる。


つい先程まで、すぐそこに向かい合って立っていた二人のバクラ。

あるいは、元の世界に帰るために。
またあるいは、大いなる目的を誰にも邪魔されず果たすために。

その存在たちは、私を甘く、激しく狂わせる。

バクラ、バクラ。

彼らは、『居る』――


肉体を持って。
不敵な笑みを浮かべて。

だから、バクラ、お願い、ここに『居て』――

先のことなんて分からない。
でも今は、今だけは!!

ここが!! 二人の、居場所だから――

この部屋が、私の目の前が、『バクラ』の在るべき場所!!

だから――!!!


私は目を閉じ、頭の中で必死に念じた。

601号室の床に立っている二人の姿を、細部まで念入りに思い浮かべる。


――『何か』がほとばしる気配がした。

でも私には、目を開ける勇気が無かった。

だって。
この目が開いた時、そこに二人が『居なかったら』、私は――!


《あなたが 聞いた おぞましい声 は》

――『優しい声』が、私のすぐ耳元で囁く。

まるで私を、落ち着かせるように。

目を閉じたまま、その『声』に耳を傾ける。

《『あの闇』は 千年リングに 宿る 邪悪な意思を》

《いいえ 千年アイテムに 魅入られた 邪悪さを孕む存在 すべてを》

《時さえ 超えて 強引に この世から 『消し去ろうと』 するモノ》


「…………っ」


《でも 『私達』は》

《邪悪なモノも そうでないモノも》

《闇も 光も》

《すべてが 在るがまま》

《『いつか』 在るべきところへ 還る だから》

《静かに 成り行きを 見守るべき》

《そう 考えている》


『声』は、敵意を全く感じさせない、柔らかな温かさで、そう言った。


《だから 私達は 『彼』を 一時的に 逃がすために ここへ 飛ばした》

《けれど それが 裏目に 出てしまった》


『声』が語った内容は、私を心底驚愕させるものだった。

彼を……盗賊王を守るために、この世界に『飛ばした』……?


《ならば 再び 『あの存在』に 干渉されないように》

《私達の力で この世界だけを 守る》

《ゆえに》

《この世界に 飛ばされた 者は 今は帰れない》

《しかし》

《千年アイテムを 巡る戦いの 結末が どうなろうと》

《この時代での 戦いを 私達は 見届ける》

《だから》

《今 そこに在る 者達は 『二人として』》

《この時代で 自らの欲する モノのために 戦い》

《そして 決着を つけなければならない》


「ッ……!?」

心臓がどくどくと期待に脈打った。

それって……それって、つまり――


「随分勝手なことをほざくじゃねえか」


――――ッ!!!!!!

あらゆる常識を、論理を打ち砕く一条の矢。
頼もしい声。

一瞬で全身に力がみなぎった私は、半ば反射的に目を開けた。


――飛び込んでくる光。

ずっと、ずっと渇望していた、そのシルエット。


「……よぉ」

そこに立っていたのは、二人のバクラだった。


「っ……!!!!」

ぎゅっと締め付けられる胸に呼応して、涙が溢れた。
滲む視界。たちまち臨界点を超える感情の容量。


バクラが……、バクラ達が、帰ってきた……!!


《邪悪な 者たちよ》

《あなたを 『飛ばした』責は 私達にある》

《だから この時代では 3000年前の決着が つくまでは》

《『あの存在』に 干渉は させない》

『声』が続きを語る。

だが私にとっては、目の前に戻ってきた存在たちの方が何より圧倒的で、声の内容を精査する余裕は残されていなかった。

とめどなく流れてくる涙を、繰り返し拭う私。

腰を上げ、二人の方へ歩み寄った。


「っく……、ひっく……」

泣いてる場合じゃない。
それは分かっているのに。

意志とは裏腹に、喉は狭まり、目頭は熱くなって、声がしゃくり上がるのが止められなかった。

「ハッ、……」

呆れたような声が漏れ、唐突に包まれた温もりに顔を上げれば、それが盗賊バクラから発せられたものだということに気付く。

彼は私を落ち着かせるように――
否、少し黙ってろというように私の頭を抱き寄せ、自身の胸に押し付けた。

再び込み上がる涙。

二人の邪魔にならないように、盗賊王の胸を借りて、私は声を殺して歓喜の涙に打ち震えるのだった。


「勝手に飛ばしといて、あげく戻せねぇと来た……
ケッ! 千年アイテムを巡る戦い見届けるだと……?
人が足掻く姿を、呑気に高みの見物、ってか。
上等じゃねえか……!」

獏良君の体を持つバクラが吐き捨てる。

「てめえらは何モンだ……!
時を超えたり人を消滅させようとしたり……
勝手な都合ばっかほざいてんじゃねえよ!」

私を抱きとめたままの盗賊王も続いてそんなことを言う。

だが、彼らの抗議など、きっと『声』には届かないのだろう。

だってそれはきっと、人の身はおろか、大邪神にさえ匹敵する……
いいやもしかしたら、それすら超える上位の――

そして、案の定。


《これが最後》

《あなたを この世界に 飛ばしたことは 申し訳ありません》

《でも この流れこそも また――》

『声』が遠くなっていく。

「おい!!」

辺りを見回し、叫んだ盗賊王の声は、たった一言によって断ち切られた。

つまり。


《さようなら 3000年前の 『バクラ』達》


最後に彼らの名を呼んだ『声』は、二度と応えることは無かった。






「どうなってんだよこりゃあ……!」

「ケッ、オレ様が知りてえよ……!」

「うぅっ…………良かった……
バクラ……バクラ……!!」

「っ、いい加減うざってえんだよ!
いつまで泣いてやがる!!」

「うぅ、ごめんなさい……!!」


とりあえず、私たちの身に降り掛かった奇妙な現象は、一旦解決した。

いや、本当は解決してないのだが……そういうことになってしまったのだから仕方ない。


「ったく……どうすんだよ、これから……」

ソファへ移動してもしつこく縋りついていた私の体は、いい加減にしろと盗賊王に引き剥がされた後、白いバクラの方へと押し付けられた。

バクラはそれを受け取り、まるで子供が大きなぬいぐるみを無造作に扱うように、私の体を乱暴に片腕で抱き締めた。

ちょっと痛いが――この痛さこそが、バクラが今ここに居る証だ。
涙が止まらない。

「チッ、面倒くせえ……
その千年ロッドで片っ端から邪魔な人間共を洗脳しちまえよ。
そうすりゃ警察だのこの世界で生きる厄介事だのもどうにかなんだろ」

盗賊バクラが不貞腐れたように乱暴なことを言い、現代のバクラが心底呆れたように深いため息をついた。

千年ロッドと言えば、いつまでもそれを遊戯君から借りておくわけにも行かないだろう。
それに、明日は学校がある。

盗賊バクラはこれからどうするのか。
獏良君の家で居候することにしたとしても、昼間はどうするのか……
それに、本来の家主である獏良君の精神をずっと心の奥底に閉じ込めたままにするのか。
それとも、彼にもうまく説明して居候を了承してもらうか……?

考えることは山積みだった。


私に腕を回すバクラが、面白くなさそうな顔でがりがりと頭を掻き、そのやけに人間らしい仕草に私は思わず笑ってしまう。

ようやく収まってくる涙。

「笑ってる場合じゃねえんだよ!」

脇腹の肉をぎりりと掴まれて、思わず痛みに悲鳴を上げる私。

ヒャハハ、と横で嗤う盗賊王は、この滅茶苦茶な現状をどう思っているのだろうか。


「チッ、こんなことなら……」

私の体を押し退けた白いバクラが、そっぽを向いてそんなことを口にする。

「安心しな……!
『貴様が何であろうと』、今はここに居てやる。
『利用されてることに気付いて反旗を翻したりはしねえ』よ、今はな。
こうなちまった以上、いまさら貴様の正体も3000年前の真実も、何の意味もねえからなぁ……!

寝込みを襲うのも無しだ。
ゆめそいつを独り占めして余計なことを吹き込むってんなら、こっちも同じコトをやらせてもらう。
ヒャハハ、いっちょ共同戦線と行こうじゃねえかバクラさんよぉ……!」

盗賊バクラが不敵な笑みを浮かべて大仰に述べれば、千年リングに宿るバクラも鼻を鳴らして力強い視線を返した。

「上等だ……オレ様の足を引っ張るような真似をしなけりゃ、その提案に乗ってやるよ……!!
せいぜいこの世界のお勉強を続けて足掻くことだな……!」



なぁに、これ……

これは、現状維持、ってことでいいのかな……?

何も解決してない。
この世界に盗賊王が飛ばされた力の源と理由は分かったけど、私たちを取り巻く状況的には何も進展していない。

けれども。

私は嬉しい、と思った。


バクラが居る。
二人のバクラがどちらも消えずに、ここに居る。

それだけで、私は強くなれる。
ただそれだけで、涙が出るほど嬉しくて、幸せな気持ちになれる。

たとえすぐに消えてしまう安息でも。

今は、まだ。

この他愛のない時間が、もう少し続きますように。


そう願って、私は二人のバクラの手を同時に取った。

「おい」
「おい!」

二人の声が重なる。

あはは、と微笑んで、掴んだ手をぎゅっと握れば――

少しだけ握り返される二つの手と、次いで吐き出される溜め息。

「ま……オレ達をここへ呼び戻したオマエの功績は認めてやるよ」

「ああ。オマエのウザってえ執着が、オレ達の居場所を認識したからオレ達は帰って来れた。
狂ってやがるぜ、本当によ」

――発せられる褒め言葉は、私をどこまでも昂揚させる。

だから、もう少しだけ、こうさせていて。


二人のバクラ。


私が愛した、二人のバクラ――



W.HAPPY END
『せめて、今だけは』


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