二人のバクラ――
私が愛した、二人のバクラ!!
『得体の知れない声』は、『その時』が来たら手を触れるなと私に言った。
二人のバクラ達はそれぞれ、自分の手を取れと私に呼びかけた。
でも。
でも!!!!
『闇』は『分かっていない』。
バクラ達は『忘れている』。
何を――そう、私の性質を!!
人智を超えたモノが私をどうこうしようが、もはや知ったことか。
日没と共に己の命が尽きようと、そんなものどうでもいい!!
今、バクラ達は私に手を差し伸べている。
ただそれだけが真実だ!
そして。
私はバクラを『選べない』。
二人がどちらも『バクラ』なら、私は両方のバクラが欲しい!!
強欲で、醜くて、我がままで――どうしようもない私という人間。
でも。
それこそが私だと、千年リングに宿るバクラは言ってくれたではないか。
盗賊バクラはそんな私に呆れた素振りを見せつつも、私に触れてくれたではないか。
だから!!!
私は、『バクラ』が欲しい!!!
千年リングに宿るバクラと、盗賊王バクラ――
両方の『バクラ』が!!
ゆえに、私は両手を広げ、二人の手を取った。
ほとんど同時に。
光と風がほとばしる中、それぞれのバクラが少しだけ驚愕の表情を浮かべた気がしたが、彼らはどちらも私の手を振り払わなかった。
白い手と褐色の手が、私の手を強く握り返す。
そして。
そして――!!!
パァン、と反発したような音が響き、一瞬で光と風が消え去った。
しんと静まり返る部屋。
先程とほとんど変わらない601号室には――
二人のバクラが、立っていた。
胸元に掲げられた、寸分たがわぬ千年リング。
互いが手にした千年リング同士は、まるで同極の磁石のように反発して離れ、彼らはそれぞれ一歩ずつ後ずさって固まっていた。
彼らの片手はどちらも私の手を握ったままで――
そこから伝わる体温は、バクラ達の存在を確かなものとしてここに繋ぎとめていた。
「……、」
私は実感として、自分の行動が二人の『試み』を阻害してしまったのだと気付いていた。
だが、それでも。
分かってはいたけれども。
自分勝手だとは嫌というほど分かってたけど、それでも私は彼らの手を取らずにはいられなかったのだ。
――タイムスリップ現象を正す試みは振り出しに戻った。
そして、あの『闇』に逆らった私の命の期限は、きっとあと僅かだ。
でもそんな状態でも、私は『良かった』としか思えなかった。
二人のバクラが消えずに、ここに居る。
それが私にとってどれほど重要で、どれほど嬉しいことか。
そう――その先に何が、待ち受けていたとしても。
今は何も考えられないし、考えたくない。
分かっている……これは私のエゴだ。
わかっている。
わかって、る……
「やっぱりオマエはオマエだな、桃香」
獏良君の体を持つバクラが、呆れたようにそう呟いた。
あれ……、怒って、ない……?
「ま、この程度で妨害されるってんなら、その『闇の声』とやらも本気じゃねえんだよ、多分な」
盗賊王から発せられた言葉は、やけに都合の良い言い分だった。
え……いいの?
二人とも、それでいいの……?
自分で選んでおいて言うのもなんだが、私は彼らの穏当な反応に戸惑わずにはいられなかった。
だが――
何事かを考える前に、繋いだままの手から、同時に体を引っ張られた。
「わっ……!」
揺らぐ体。
二人の間で引き裂かれるかと思った体はしかし、立ち位置をずらした二人のバクラの間に収まるように、すとんと吸い込まれた。
「っ、っ……!!!」
二人分の体温が、左右から私を包む。
バクラとバクラ。
肌の色も眼の色も違う彼らが、私を同時に抱き締めていた。
(なにこれ……、なにこれ。
なにこれなにこれなにこれ!!!)
上昇する体温。爆ぜる頭。高鳴る心臓。
(だってこんなの、ありえないよ、嬉しい、嬉しいけど、でも、だって――)
バクラ達は私をぎゅっと抱き締め、二人の間に挟まれた私は正気を失いつつあった。
思考が乱れる。視界が歪む。
意識が、混濁して…………
「バクラ、」
口にした瞬間に、世界が暗転した。
………………
…………
……
いつもの帰り道。見慣れた景色。
仲間たちと途中で別れ、一人で家路を歩く私。
童実野高校のブレザーの制服に、使い慣れた通学かばん。
今日も何の変哲もない一日だった――そう、そのはずだ。
もうすぐ自宅が見えてくる。
そう、そこには、何の変哲も無い見慣れた自宅の玄関門が――
夕焼けに照らされた白銀の髪。
胸元で光る千年リング。
赤くて丈の長い外套と、褐色の肌――
「バ、クラ……?」
そこに立っていたのはかつて盗賊王と称された少年だった。
バクラという名前の、その彼は、前に私と……
あれ? 私は盗賊王バクラに、いつ会ったんだっけ?
獏良君を宿主とするバクラが仕組んだ幻想世界で――
いいや違う。
もっと、最近、現実で、あれ、えっと――
『彼』はじっと私を見つめている。
私はこの後に起こることを知っている。
ほら、私を警戒した盗賊バクラが、ナイフを構えて私に肉薄してきて――
そして、ほら。
ほら……、うん。
自宅の庭で対立する二人のバクラ。
千年リングに宿るバクラと、予期せず現れた盗賊王バクラ――
うん、そうなるよね。
だって現代のバクラにとっては、盗賊王は本来この世界に現れるはずの無い――
盗賊王に懐柔され、現代のバクラに関する秘密を暴露してしまう私。
そして、現代のバクラと合流する途中で、千年パズルを持つ遊戯君の姿を盗賊王が発見して――
うん。知ってるよ。
私は知ってる。
二人のバクラがとりあえず和解……というか共闘する流れになって、私は現代のバクラにお仕置きされて、それで――
なんか、楽しいな。
こんなの本来ありえないはずなのに、楽しい。嬉しい。
幸せ、だ……
二人のバクラはどこか似ている。
その声が、仕草が、体温が、私を惑わせ――
溺れさせ、て――
…………
……
「あっ……、や、だめ、そんなの、ぁ……っ!」
弄ばれる身体。
二人のバクラに嬲られる私は、たまらなく幸せだ。
「ゃ、ぁだ、こわれちゃう、よ……! あん……!!」
――こんなの、夢に決まってる。
こんな、私に都合が良くて、幸せすぎる世界。
だってそうでしょ?
頭がぐちゃぐちゃで、何も考えられなくて、二人のバクラにいいように扱われて、それで――
それで私は、何回『これ』を繰り返した??
「あはっ……、すき、すき……!!
バクラ、バクラ……っ!」
前後から嬲られる身体。快楽の奔流。
二人分の『バクラ』を受け止めて、肢体をくねらせる。
犯され、舐められ、咥えさせられ、撫でられ、噛まれ、縛られ、絞められ――
溺れていく。『バクラ』に溺れていく。
薄々気付いている。これはもはや、現実ではないと――
でも良い。
目の前にあるものだけが真実だ。
とめどなくもたらされる熱だけが、私を生かす。
「こういうのがお望みだったんだろ? オマエは……、」
どこからかバクラの声がする。
――そうだよ。
こういうのがいい。こうでなきゃ、嫌だ。
二つの宝石を目の前に見せつけられるなら、どちらも欲しい。
バクラという二つの魔石の虜になった私は、どこまでも彼らに溺れて行く。
彼らに弄ばれて。
日常を共有して。
バクラ達の目的に協力して。
どこまでも。どこまでも。
私にとって都合の良い世界だけが、きらきらと輝く万華鏡のようにぐるぐると巡り、永遠に続いていく。
終わりのない世界。
――否。
きっとこれが『終わる』のは、『バクラ』が消えた時だろう。
分かってる。でもそれでいい。
『その時』まで私は、この世界を片目で覗いて楽しむのだ。
貪って。溺れて。心行くまで。
バクラ。
愛してる。
バクラ、バクラ、バクラ――
愛おしい、二人のバクラ――
**********
「ククク……」
『彼』は、とある少女を一人見下ろしていた。
桃香と呼ばれる女の部屋。
獏良了の体を持つバクラはそこで、とある女の頭を撫でていた。
桃香。
『バクラ』にイカレた女。
彼女の瞼は固く閉じられ、いっこうに目を覚ます気配が無い。
その体は確かに『生きている』が――
その意識は、二度と蘇ることは無いだろう。
恐らく、『バクラ』が消えるまで。
それは賭けだった。
形あるものに、自らの念を封じる事ができる千年リング――
だが、ただの物ではなく、生きた人間に千年リングから『バクラ』の念を注入したらどうなるか。
もちろん千年ロッドのように、都合よく精神を操るという事は出来ないだろう。
千年リングを直接身につけている宿主の意識を乗っ取るならともかく、千年リングを身につけているわけでもなく無機物でもない、生きた人間そのものにパラサイトするのはさすがに荷が重い。
だが。
この童実野町で3000年を超えた決戦を間近に控えたバクラは、それでも試したのだ。
桃香という少女に、直接己の念を封じることを。
結果は面白いものだった。
彼女はバクラの念をするすると飲み込み、そして昏睡状態に陥った。
『バクラ』を愛した桃香という少女――
本来ただの人間でしか無いその女は、バクラに溺れ、執着し、闇に同化しつつあった。
まるで、普通の人間ならこれは毒だと一口で吐き捨てるような邪悪な意思という魔性の酒を、桃香は進んでごくごくと飲み干したのだ。
そして、彼女は『こうなった』。
バクラは桃香の頭を撫でてやる。
彼女は今、この頭の中で、夢を見ているのだ――あられもない夢を。
バクラが意識を移せば、今彼女がどんな夢を見ているのかが伝わってくる。
終わらない狂った夢の中で、彼女は時間を繰り返し、恍惚に溺れているのだ。
桃香という女は、心底悦んでいた。
幸福だった。感動していた。
たとえそれが、現実ではないと薄々気付いてはいても。
彼女はもはや、何処までが現実で何処からか夢か、分かっていないだろう。
3000年前の人間がこの現代に現れる……?
そんな馬鹿な現象が、実際に起きるわけがないのに!
それでも桃香は、あの褐色肌の『バクラ』に実際出会ったと思い込み、それにまつわる謎を解決しようとして、欲に溺れ、『三人』で繰り広げられる享楽に溺れ、『彼』を帰すことも無く、いつまでも、いつまでも――
その痴態はどこまでも下らなく、滑稽ではあったが。
しかしバクラは、どこか昂揚感と歓喜と、そして満足感を覚えている自分がいることに気がついた。
その感覚がどこから来るのかは分からない。
ただ、そう……喩えるならば。
お気に入りの宝を手に入れた盗賊が、誰にも奪われないようにそれをしまい込んで、人に見せることすら拒み、時折自分だけでひっそりと宝を眺めて愛でるような。
――そう、誰にも知られずに、ひそやかに手元に置いておくならば……
彼女の体はこのまま病院送りだろう。
体ごと攫って閉じ込めてしまいたい気もしたが、宿主の手前、それはリスクが高すぎる。
昏睡した生身の少女一人を監禁する労力がどんなものか、考えるまでも無い。
であれば。
そんなものよりも、もっと良いものがあるではないか。
――人形。
『バクラ』の念によって恍惚の中で眠り続ける桃香の魂を、丸ごと人形に閉じ込めてしまえばいい。
そうすれば彼女の体が病院送りになろうと、その精神だけはずっとバクラの手の中に置いておける。
永遠に夢を見続ける人形として。
時折眺めて暇を潰す、物言わぬ宝物として。
もうすぐ始まるファラオとの記憶戦争において、『どういうわけか意識を失ったままの友人の一人』が、何故そうなったのか、遊戯に明かしてやるのも面白い、と彼はほくそ笑んだ。
ずっとずっと秘めてきた、桃香という少女と、獏良了を宿主とするバクラという意思の間にある、昏い秘密。
二人がどんな関係だったのかを全部暴露したら、あのファラオ――遊戯はどんな顔をするだろうか。
考えただけで、背筋に心地よい震えが走る。
桃香はずっと眠り続けている。
『バクラ』が消えない限り、二度と眼を覚まさないはずなのに――
その顔はただ穏やかで、幸せそうで、満足した表情を浮かべていた。
「約束は守ってやるぜ……
オレ様がこの世に在る限り、ずっとオマエを手元に置いてやるよ」
吐き出す声は、どこまでも優しい。
宿主の声を借りてこんな声が出せることを、今の今までバクラ自身も知らなかった。
『人形』にする直前まで、バクラは彼女の頭を撫で続ける。
「愛してるぜぇ、桃香……」
それはきっと、悪魔の声だった。
T.Open-ended
『すべては彼の手の中』
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bkm