9



「んっ……、……やっ、め!」

唇に触れた盗賊王の熱。

本能と、思慕からくる嬉しさが全身を駆け巡る。

それでも最後の力を振り絞った私は、何とかバクラを押し返し、唇を離して息をついた。

だが次の瞬間、伸びてきた手に顎を捕えられ、彼の方を向けさせられると同時に再び唇を塞がれてしまう。

「んっ……! んん……!」

それ以上の言葉は呆気なく消滅し、強引にねじ込まれた舌が歯列を割って呼吸を奪っていく。

思わず目を閉じてみれば、あとに残るのはいつものバクラとほとんど同じ熱なのだった。

まるで体内にある電源をONにしたように、全身を勢いよく駆け巡っていく電流のようなもの。
その電流は、理性という名の障害物をたやすく撃ち抜いていくのだ。


「……ぷはっ、バクラさ……、なんで、こんな……っ」

ようやく唇が離れると、彼の思惑に気付きつつも尋ねずにはいられなかった。

「なんで……?
オマエがさっさと答えねえから急かしてやったんだよ。
オレ様につけよ、ゆめ」

「…………っ」

盗賊王の提案。

あのバクラを守るために隠している秘密を、盗賊王に打ち明けること。
そうすることであのバクラの怒りを買ってしまった私の身を、盗賊王が守ってくれるということ。
そして盗賊王は、私に危害を加えないということ。

…………考えるまでもなかった。

もしここで出てくる『あのバクラ』が別の人間なら、私は盗賊王の提案に乗っていたかもしれない。
たとえ盗賊王の出した条件が、舌触りの良い詐欺めいた誘い文句だったとしても。

だが、あのバクラは『バクラ』なのだ。

私という人間を構成する全て。
彼が居なければ私の存在する意味もないと思えるほど、バクラに魅入られている私の心と体。

だから。


「……それは出来ない、よ……
だって……言ったら、あのバクラが困るから……

バクラさんの力になりたいとは思うけど、その為にあの人を裏切るなんて出来ない……!
絶対に譲れないものを持ってるのは、バクラさんだって同じでしょ……?」

言い切った瞬間、盗賊バクラが私の体を唐突に抱き上げた。

「やっ、バクラさ……!」

ぼす、と乱暴に放り出された先。

私の体重を押し返す――私のベッド。

「っっ……!」

覆い被さる影が、既視感を生む。
有無を言わさず両手を頭上で纏められ、抵抗を封じられる。

「馬鹿なオマエにも分かるように説明してやるよ。
外での出来事を思い出してみな。
……ヤツはあの時、オマエに直接口止めしたか?」

「……っ!」

「してねぇよな。
たしかにヤツは何かを隠して、結局オマエを見捨てた。
だがオマエがオレ様に捕まった時点で、秘密とやらはもう漏れたものだと考えて、今頃ヤツは動いてるかもしれねえぜ……!」

「っ……」

「そうなりゃオマエが秘密を守ろうが漏らそうが関係ねえ……!
どう転ぼうと、お前はヤツの元には帰れない。
いや……、帰れたとしても二度と信用されねえぜ。
それ以前に、ヤツはもうお前のことなんざ忘れちまってるよ!
なのに、まだヤツに義理立てするってか……?」

「…………」

「なぁ……この状況、理解出来ねえわけじゃないんだろ……?
体張ってまで守りたいモノを守った先に、何が残るってんだ……?
ヤツにも見捨てられ、オレ様にもいいように嬲られてよ……
良く考えろよ、ゆめ」

私を見下ろしながら念を押すように語った盗賊バクラ。

その口元にはいつもの不敵な笑みはなく、これが最後通告だというように真剣な目で訴えていた。

その眼差しには既視感がある。

人種だって瞳の色だって違うはずなのに。
あの時庭で見せた、バクラの眼差しと――


たしかに、盗賊王の言う通りなのかもしれない。

はたから見たら私は哀れだろう。
あのバクラから直接念押しされたわけでもないのに、私はあの状況の憶測からバクラの秘密を守ろうとしている。

彼が私を無能な奴隷だと思っているなら、奴隷が脅しに屈して主人の秘密をペラペラと喋ったところで、彼にとっては決して予想外というわけでもなく、いらなくなった奴隷は後で殺せばいいだけだ。

彼への忠誠心に従って秘密を守り抜いたとて、人質なんかになりやがって面倒くせえと、二度と私に触れてくれなくなるかもしれない。

そもそも私の足掻き自体全部無駄で、私が何をしようと、あのバクラは自力でこの奇妙なタイムスリップごっこをあっさり解決してしまうかもしれない!

……でも。

でも。

やはり、それでも。

言ってはいけないことは言ってはならないのだ。

その証拠にあのバクラだって、庭を去る時、今の盗賊王のように念押しするような眼で私を見つめたではないか――

あ。

そうか。

あの視線の意味は……そうだったのか!

『余計なことを盗賊王に言うな』
という、バクラの念押し。

だったら……やっぱり、私の判断は間違っていないことになる!!

いや……でも。

何かが引っかかる。

たしかに去り際のバクラの視線には、余計なことを言うなという意味が込められていたのだと思う。

余計なこと――
つまり、盗賊王に知られたらバクラにとって不利益になるようなこと。

バクラにとっての不利益――
遊戯君と千年パズルに封じられた古のファラオの魂にまつわることだ。

3000年前に決着がついたはずの憎きファラオが、現代にまで『残って』いて……
それを知った盗賊王がファラオを狙って勝手に動いたら、現代で決戦を待つバクラの計画が狂ってしまう。

盗賊王に計画を壊されないようバクラは願っている……?

それは、つまり――


そこまで考えた時、突然もたらされた刺激に思考を寸断されてしまった。

「っっ……!! あ――」

いつの間にかめくられていた胸元。
盗賊王の眼下に晒された二つの膨らみは、彼の手によって形を変え、指先で弾かれた頂点は固く屹立していた。

「遅ェんだよ……!
どうせロクでもねえこと考えてたんだろ?
クク、これ以上は止めてやるからさっさとオレ様に付きなと言いてぇところだが……
どうやらオマエにとっちゃ、逆の方が効果ありそうだからな」

言うや否や、胸の先端を指で摘まれ、私はまたあられもない声を上げた。

もたらされた甘い痺れがスイッチのように脳を刺激し、ダイレクトに下半身へ流れ込んでいく。

「や、や……、バクラさん、やめて……!」

「やめないで、だろ……?」

「ッ!」

口角を上げたバクラの表情はいつもの不敵な笑みに戻っていた。

待って、彼は何を――

「オマエは『バクラ』に逆らえない。
だからオマエはオレ様にも、ずっとこうされることを望んでいた。
少なくとも、外でオレ様に拘束された時、まんざらでもなさそうに身を委ねて来るくらいにはな」

「!!!」

予期せずとんでもないことを指摘され、性的な快感とは別の意味で心臓が跳ねた。

バクラに拘束された時――
たしかに。

初めて胸倉を掴まれてナイフを突きつけられた時。
現代のバクラがやって来るのを警戒し、捕らえられて家の裏手に引きずって行かれた時。
それから、それから……

とにかく、私は確かに彼の温もりを貪ってしまっていた。

だがそれでも私は、溢れ出す慕情を必死にこらえ、彼に気付かれないよう、状況を真面目に把握しようと内心足掻いてもいたはずだ。

けれども。

それを、当の本人に気付かれていたなんて――!!

とてつもなく恥ずかしい……
羞恥心が胸を締め付ける。


「そして、オマエのその反応にこそ、オレ様の求めている答えがある。
やはりな……

さっきの誘いには乗らなくていいぜ。
いくら理屈を積み上げてもオマエには響かないようだからな。
やっぱりこっちのやり方が正解だったってこった……!」

胸に落とされる彼の唇。
ぬるりと舐め上げられた頂点が、取り戻しかけていた理性を全て打ち砕いていく。

「っ、はっ、なにを、……っ」

「ハッ、懐柔策ってヤツだよ。
オマエも自分で言ってたろうが……
あの手この手で揺さぶられてすっかり忘れちまったか?
オマエにはこの手が一番効くんだろ……?」

「っやぁぁん……!」

まずい。
まずい。

盗賊王は私に種明かしをした。

それはつまり、私が彼の懐柔策とやらで完全に落ちてしまうことを彼は確信したのだ。

そして、それはきっと正解だ。

与えられる快楽を人質にして交渉されたら、私にはきっと抗え、ない……!!


「や、だ、こんなの……っ」

「嫌ならやめてやってもイイぜ。
全部喋るなら、だ」

「っ……!」

身体の芯が欲望に疼く。
噴き上がる熱が、私を変貌させていく。

私の身体をまさぐる、盗賊バクラの手。
その腕はあのバクラより逞しくて、肌の色も、眼の色も、彼とは全然違うはずなのに。

それなのに、決定的に『近い』。

二人のバクラの『似ている』部分。
声や口調や目つきや仕草や――
ご丁寧に首に掛けられた、千年リングの気配さえも。

それらは全て、私がバクラに向けている灼けつくような慕情を刺激する。

一切の例外なく。

頭では別人だと分かっている。
けれども感情と本能がそれを割り切らせてくれないのだ。

 
「……長い年月が経っていようと、女の身体は変わっちゃいねぇんだな」

「や、……っ」

薄く嗤って露骨な感想を口にしながら、私の太腿を撫でさするバクラ。

物欲しげな、欲を孕んだ彼の手つきに当てられて、期待感が私の全身を蝕んでいく。

思い出す。

ああ、あの時の『彼』のままだ。

脳裏に浮かぶいつかの幻。

現代のバクラの策略によって古代を模した世界に飛ばされ、遺跡の入口で盗賊の姿をした彼に押し倒された時――

それから、文化祭の後。
今度は二人のバクラと同時に出会い、弄ばれながら悦楽に溺れた時――

盗賊王を称する彼もまた『バクラ』なのだ。

時代を超え、詳細は分からないが千年アイテムに封じられた邪念だか邪神だかと混じり合い、もはや人ではなくなった『バクラ』と完全に同一ではないとしても――

私が愛した『あのバクラ』の中に、確かに『このバクラ』は息づいているのだ。

捨てられる、わけがない。
別物だと、拒んで見捨てることなど出来ない。

それを言ったら、現代で暗躍する『あのバクラ』だって、肉体はただの借り物――
獏良了のものなのだから。

たとえるなら、大好物のケーキがひとつだけ乗ったお皿に、いきなりもうひとつのケーキを――とてもとてもよく似たケーキを――有無を言わさず乗せられて。

ではどちらかのケーキを捨ててくださいと、そう突きつけられているに等しいのだ。

捨てなければいけないのなら、初めから見せないで欲しかった。
存在すら知らなければ、苦しむこともなかったのに。

自分勝手な心の叫びが、行き場を失って暴れている。

そうだ。

何が本物で何が紛い物か。
何を愛して何を愛さないのか。

そんなの、どうだっていい。

全部、『彼』なのだ。

『バクラ』を、形作るモノ全てが、ただ私の心を突き動かす――


「……っ」

首筋に寄せられる唇。
ナイフを突きつけられた時についた、薄い傷跡をなぞる舌。

近付いた白銀の頭から、ふわりと漂う香り。
それが自分のシャンプーと同じ匂いだと気付いた途端、心臓が止まるかと思った。

「……逃げないから、手、離して……」

静かにお願いすれば、意外とあっさり解放される私の両手。

腕を引き戻し、盗賊バクラの頭をそっと撫でる。
すでに乾いている彼の髪。
ちゃんとドライヤーをかけてあげれば良かったな、などと思う。

「なんだよ……?
やけに素直になったじゃねえか」

「…………」

このバクラは知らないだろう。
今目の前にいる女が、幻想世界の自分と睦み合った事があるなどと。

じくじくと甘く疼く胸。
どこまでも熱を上げていく身体。

頭がおかしくなりそうになって、自ら残りの服に手をかけた。

少しだけ戸惑いを見せたバクラの前で体を起こし、恥じらいもなく服を脱ぎ捨てる。

思惑を悟ったらしい彼も、私に応えるように急場しのぎの服を脱ぎ、首に掛けられた黄金色のリングと褐色肌をその場に晒した。

「積極的な女は嫌いじゃないぜ」

ふと目が合ったところで、バクラがそんなことを口にする。

正直ありがたいと思った。
仮にも人質にされている女が自分から肌を晒して、余計に警戒されたり冷たい目で軽蔑されたりしたら、私の心は折れそうになってしまうからだ。

バクラは薄く嗤って私の次の行動を待っている。

私は顔に集中する熱をこらえ、そっと甘えるように身を寄せて千年リングを撫でてみた。

ひんやりとした金属の感触。
盗賊王は『まだ』人間だ。
彼の本体はまだココにではなく、肉体に在る。

そう思うと、惜しげもなく晒された褐色の肌が無性に愛しく感じられたのだった。

ゆっくりと、バクラの顔を見上げてみる。

紫がかった双眼。
頬に走った痛々しい傷痕。

私とほとんど変わらない年月を生きた彼の半生は、どれだけ過酷だったのだろう。

想像することすらおぞましい、惨劇の夜を起点として。

たった一人で王宮に戦いを挑み、千年アイテムと大邪神の力を求めて闘い抜いたらしい、バクラ

そんな盗賊王バクラが、原因も分からずいきなり遠い未来の異国に飛ばされて――
それでも彼は己の意志を以て、必死に足掻こうとしている。

壮絶で、鮮烈だと思った。
狂おしいほど、愛しいと思えた。


「バクラさんが会ったのが、私で……よかった、」

「……、」

これは私のエゴだ。
しかし、嘘偽りない本心だった。

言わば『バクラ』の落し物である盗賊バクラ。

タイムスリップだか何だか知らないが、予期せずこの世界に来てしまった盗賊王に運良く出会えて、言葉を交わし、短い間かもしれないが共に過ごして、こうして温もりを共有している事がたまらなく嬉しい。

それがたとえ、人質だの駆け引きだのといった、きな臭い色彩を帯びていたものだったとしても。

会えて、よかった――

幸運……それは。

……あれ?

待って。

熱に浮かされる中、私は先程考えていたことを反芻する。

『余計なことを盗賊王に言うな』と、私に無言で訴えたバクラの意図。

そのバクラは、『盗賊王に計画を壊されないよう願っている』。

であれば。

で、あれば――

あのバクラにとって一番都合が悪いのは、盗賊王に好き勝手にこの世界を闊歩されることだろう。

だからバクラは……、事情を知っている私に、盗賊王が勝手に暴れないよう見張っておけ、と……?

つまり。


バクラは、私に、盗賊王を託した――!?


気付いた瞬間、パズルのピースがぴたりとハマったように、すとんと心に落ちていく。

そうだったのか。

だからあのバクラはあんなに、嘲りでも観察でも戯れでもない、真剣で真摯な眼差しで私を見つめてきたのか。

――もちろん、信頼などとと言うのはおこがましいと自覚はしている。

でも、少なくともあのバクラは、あの状況ではそうすることがベストだと判断したから、あえて私を盗賊王に『くれてやった』のだと思う。
その真っ直ぐな眼差しを、自分の女が攫われそうになっているのを歯ぎしりしながら見つめている男のものだ、と盗賊王に誤解させて。

そうして二人のバクラが離れているうちに、あっちのバクラは何をするか。

恐らく、この不可思議な現象について調べているのだろう。
この摩訶不思議な現象を誰よりも解明したいのはあのバクラだろうからだ。

であればやはり私は、この盗賊バクラの気をギリギリまで引きつけておかなくてはならないのだ。
たとえ、敵わない相手に懐柔されてしまったとしても――


「あは、は……」

胸の中に広がる安堵。

同時に広がる、やる気のようなもの。

「バクラ……っ」

私に触れる盗賊王。『バクラ』の片割れ。

愛しいその頬を手で引き寄せて、私は自ら唇を重ねたのだった――


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