8



「あはは、何かさっきのバクラさん可愛かった」

「ブチ殺すぞてめえ」

「ごめんなさぁい……」

またテレビを見ながら、ソファに座るバクラ。

ゆめはキッチンとかいう炊事場の方に行くと、何やらガサゴソやり始めた。

もはや逐一監視する必要もないだろう、とバクラは彼女に対する監視に一定の見切りをつけた。

机の上に置かれた携帯電話という道具。
あれから震えることもない。

彼は考える。

あの『バクラ』とかいう男は、いつまたここへやって来るだろうか。
まともな感覚なら、次は仲間をぞろぞろ引き連れて来るはずだ。

だがそう考えつつも、どこかそれを否定している自分が居ることに盗賊王は疑問を抱いていた。
あの男を――少年の姿を思い出すと、仲間を引き連れている光景というやつが今ひとつしっくりこないというか、想像できなかったのだ。


仲間。

死した同胞の亡霊たちを除けば、盗賊王にとってそんなモノが近くにいた時期は決して長くはなかった。

他人とつるんだことも過去に無いわけじゃない。
でも最後はやはり独りだった。

最後――そう、マハードとかいう神官から千年リングを奪って、それから……

記憶が混濁している。
これはゆめには明かしていない。

バクラは、この世界に飛ばされて来る直前の事を何も覚えていなかった。
王宮に再び乗り込んで神官どもを一匹ずつ血祭りに上げてやろうとしたことは覚えている。

だが、いつどこでどうやってどのタイミングでこちらに飛ばされてしまったのか、細部がごっそりと抜け落ちているのだ。

奇妙な感覚だった。



「それにしてもバクラさん、何でこの世界に来ちゃったんだろうね?
……あ、私は全然迷惑じゃないけど……
でも全然原因分からないし、今のところ帰れそうにもないんでしょ?」

ゆめがキッチンの方から問いかけてくる。
自分を人質にしている男に対して『全然迷惑じゃない』とか言ってしまえること自体がだいぶ異常なのだと、彼女には自覚が無いらしい。

「バクラさんには何か心当たり無いの?
たとえば、こっちに来る前にした事とか」

盆の上に何らかの食べ物と飲み物を乗せて、ゆめがソファーの方へやって来る。

タイミングの良い、いや悪い質問にバクラは記憶の混濁のことを思い出したが、彼女に言うつもりはなかったので黙っていた。
恐らく彼女の知識や知能では、元の世界に戻る方法を考え出すのは無理だろうと予測したからだった。

「バクラさん、まだお腹空いてるよね? ご飯足りなかったと思うし。
サンドイッチちょっと作ったけど食べる?
……えと、パン……小麦粉をこねて焼いたやつに、野菜と……」

「寄越せ」

「……はい。ここ置くね。
もしかしてもう細かい説明要らない?」

「ああ。ただし変なモン食わせやがったらブチ殺す」

「えぇ〜……じゃあ好き嫌いとか無いの?
アレルギーとか大丈夫かな……」

「肉を食わせろ。しけた豆とかショボいもん食わせんじゃねえ」

「お肉か……わかった。
ちなみにそのサンドイッチに入ってるお肉は豚の生ハムだよ!
生って言っても生じゃないんだよ。ちゃんと大丈夫なやつだから!」

「…………」

「ま、とりあえず食べてから考えて。
美味しくなかったら別のもの出すから、ブチ殺さないでね。お願いっ」

ゆめは屈託の無い笑顔を浮かべてふざけたことを言った。

緊張感のまるでない女。
彼女は一体何を考えているのだろうか。

バクラはため息をついたのだった。


「これからどうしようか……」

バクラから少し離れてソファに腰を下ろしたゆめが、ポツリと口にする。

チラリ、と様子を窺えば、視線が合ったゆめがまた下らないことを喋っていた。

「あっ、それ全部食べちゃっていいよ。私太るから我慢する。
パンの食べかすも気にしなくていいよ。どっちにしてもあとで掃除するから」

心底どうでもいい。

テレビを見ながらサンドイッチとやらを平らげ、果物を加工したジュースという飲み物を飲み干した。

ゆめから教えてもらったテレビというやつの操作方法に従い、チャンネルとやらを回す。
内容が次々に切り替わり、見ている人間を楽しませるという仕組みだ。

バクラがざっと見たところ、やはりテレビには元の世界に戻る手がかりは全く無いようだった。

それどころか、千年アイテムについても触れられていない。
というか、そういう『力を持った道具』が、全て機械とかいうモノに取って代わられているようだった。

遠くの人間と会話をしたり光景を見せたりだの、水をお湯に変えるだの洗濯を自動でするだの、カードに描かれた魔物を虚像として実体化させるだの――

そういうモノの全ては電気やガスや何やら、よく分からないがとにかく魔術的なモノとは違った仕組みから成り立っていて、専門家以外の人々は薄ぼんやりとしか構造を知らずに、金と引き換えにそれらの恩恵にあずかっているらしい。

全てゆめが馬鹿丁寧に説明をしてくれて判明した事実だった。

となるとやはり、千年アイテムとこの世界には、言いようの無い齟齬がある。
端的にいえば場違いというやつだ。

しかしゆめは千年アイテムを知っている。
やはり彼女は『核心』の近くに居るのだ。

そう考えたバクラは、あっちの『バクラ』と千年アイテムについて知るために風呂場で行なったような、大胆な懐柔作戦は後回しにし――

もっと大きな、そう、この世界の技術的なもの……
元の世界に戻るためのきっかけというやつを求めて、ゆめに探りを入れることにしたのだった。


「……この世界の『科学力』とやらで、時を超えたりは出来るのか?
過去の人間が未来に行ったり……またはその逆だ」

「うん、出来ない……
そういうことが出来る機械は一般的にタイムマシンて呼ばれてるんだけど、現実ではまだ実現不可能だって聞いたことある」

「『現実では』……?」

「うん。タイムマシンというか、時を超えること……あこれはタイムスリップって呼ばれてるんだけど、それ自体がまずフィクションなんだよね……
現状ではまだ、誰かが考えた物語、つまり空想の中にしか無いってこと」

「……」

「というかバクラさんやっぱりすごい……!
だって大昔の人なのにそういう概念を理解できてるんだもん。
それに、私が言ったこと一回で覚えちゃうし」

ゆめは素直にバクラを賞賛した。
その物言いには裏が無く、笑いたくなるほど真っ直ぐだった。
だが直後に発せられた彼女の二の句に、バクラはハッとすることになる。

「でもさ……たとえタイムスリップ出来たとしても、時代が離れすぎてると言葉通じないと思うなー
同じ日本だって3000年前って言ったら……縄文時代とか弥生時代だよ? 無理無理!
ましてや古代エジプトと現代日本なのに普通に言葉通じるとか……
絶対、普通の科学の領分タイムスリップじゃないよ!!」

――そうか。

当たり前すぎて忘れていたが、そうだった。

まず言語が通じる事が異常なのだ。
それどころか、会話だけでなく……

実はバクラには、この世界の文字が読めていた。
ゆめにはまだ言ってないが、これは驚愕すべき事実だった。

明らかに自分が居た世界とは文字、言語自体の仕組みが違うはずなのに。

だがどこがどう違うかと言われると、よくわからないのだ!

たとえばとある単語をこの世界の言葉で表したときに、ではあっちの言葉では何と言っていたか――
そういう翻訳のような比較が、頭の中でも一切出来ないのだ。

何だかよく分からないが、『わかる』。
ただ深く考えようとすると、『よくわからない』。

今頭の中で考えている言語はどっちだ?
――わからない。

バクラ自身も混乱していた。
そうする事が当たり前だとでも言うように、馴染んでいる『この世界の言葉』。

その言葉自体について思索を巡らそうとすると、頭にもやがかかったようによく分からなくなるのだ。
まるで、それについて考えることを何かに阻害されたように。

もしくは、言語の比較などという、そんな概念はないと言ったように。
まるで、子供が地面に描いた空想絵図の外側が、初めから存在しなかったように。

「バクラさん、大丈夫……?」

――バクラの異変を察してか、ゆめが覗き込むように問いかけてきた。

「ああ」と答えてから、背筋を這い登った得体の知れない怖気にバクラは息を呑む。

まさか、世界が、人間の及びもつかない何らかの存在が――

明確な意図を持ってバクラをこの世界に無理矢理ねじ込み、挙句そこから飛び出ていかないように、縛り付けている……?

だとしたら。

元の世界に戻るなど、考えること自体無意味なのでは――?

「……バクラさんて、そもそも日本のこと知ってるの?
いま居るこの国だよ。あと私たちが喋っているこの言葉も、日本語」

「…………」

「でもまぁ、それ言ったら千年アイテムはどうなっちゃうのって話か、っ……」

「……!!」

千年アイテムについて口にした瞬間ハッとして黙ったゆめを、バクラは見逃さなかった。

――千年アイテム。やはりそこか。

「…………、せ、千年アイテムって……不思議な力あるしねー、あは、ははは……」

しらじらしく誤魔化すゆめ。

盗賊王は唇を舐め、一瞬で心を決めた。

そうか。ならば、やはりそっちを攻めるしかない。
『現代の科学力』とやらが、役立たずなら。

この世界に盗賊王バクラという存在をねじ込み、縛り付けたモノに近付くなら。
それしかない。

ゆめからこの世界に伝わる千年アイテムについて聞き出す。

バクラはそう決意したのだった――



**********



「それで……ここ、見てみて。
これが今私たちがいる日本という島国。
で……ここ! このすご〜く離れたこのあたりがエジプトなの。
このエジプトの3000年前に、多分バクラさんは生きてたんだと思う」

2階にある私の部屋。

盗賊バクラを再びここに連れてきた私は、先程のテーブルの上に地球儀を乗せ、地理についての説明をしていた。

一応言っておくと、本当は連れてくるつもりはなかった。
ただ彼が例のように、地球儀を取りに行く私についてきたものだから、もういいやとこの場で説明をすることにしたのだ。

私の横で地球儀を珍しげに眺め、時折指で押して回しながら(可愛い)、私のざっくりとした説明を聞いているバクラ。

彼は、地球とか、世界とか――星は丸い、などと聞いたときに、心なしか変な顔をしていたような気がするが――
それは本題ではないので、とりあえず置いておくことにする。

とにかく、何かに集中している時の盗賊王バクラはすごくかっこいいのだ。
いや、普段だって――

そんな浮ついたことがつい頭に浮かんできてしまい、駄目だ駄目だと自戒する私。
さっきだって、私はうっかり千年アイテムについての秘密をこぼしそうになってしまったのだ。

国も時代も違うはずなのに、何故か言葉が通じる盗賊バクラ――

でも、千年リングや千年パズルに込められた古代エジプトの魂たちだって、現代の器(獏良君や遊戯君)と意思疎通が出来てるのだから、千年アイテムを通せば言語の壁は多分無くなるのだ。

しかしその事は、決してこの盗賊王には言ってはならない。

何故なら、遊戯君の方は勿論(盗賊王はファラオを憎んでいるらしい、だから絶対絶対それは言っちゃ駄目)、
バクラの方だって、今この時代で表に現れているあのバクラの本体が千年リングに宿る魂だなんて知られたら、大問題どころじゃすまないからだ。

今こうして私の隣にいる盗賊王は、決して千年リングに込められた魂ではなく、ちゃんと肉体を持った現実の人間だ。
見た目だって、間違えようもない。

現代のバクラが私に悪ふざけ(?)を仕掛けたときに幻想世界で出会った、『バクラの記憶の中にいる盗賊王』の姿は、たしかにこの彼だった。
いま私の横にいる。

決して立体映像などでもない。
人質にされたとき、お風呂場で触られた時――
ナイフの感触、彼の腕の強さ、体温、全てが確かなものだったからだ。

私はふと首に手を遣り、ナイフをつきつけられた辺りをなぞってみる。
刺激を与えると僅かに痛むナイフの痕は、決して夢などではないと思う。

「……なぁ。ここ」

「ん? なぁに?」

盗賊王は指でエジプト辺りをトントンと示し、率直に訊いてきた。

「オマエが指したこの国には、もう千年アイテムは一つもねえのか?」

「エジプト? あれっ、でも多分、最後の2個は――
……っ!!!」

言いかけて、口をつぐんだのと、心臓がドクリと鳴ったのが、同時。

(っ、これって、言っちゃいけない、よね……?)

「なんだよ、『まだ』2個はここにあんのか?」

確かめるような彼の声。

あ、まただ。
やばい。やばい。
バクラが本気で誘導してきたら、私はあっさりと口を割ってしまう気がする。

「5個は『もう』集まったんだろ?」

「っ……!」

何故盗賊バクラがそれを知っているのか。
――いや違う。私が『最後の』2個とか言ってしまったからだ。
今のでバクラは気付いたのだ。

七つの千年アイテムを集める何者かが、私の身近に居ることに。
誤魔化さなければ。

「そうらしいよー?
なんか、日本の政府が千年アイテム5個を大切に保護してるんだって!
最後の2個はエジプトか……わからないけどまだ集まってないって」

「そうか。
5個のうちの一つがこんな街中で気軽に使われちゃ、政府とやらも大変だろうな」

「っ、」

――あ。
そうだ、あのバクラが千年リングを普通に身に付けて、うちの庭に乗り込んで来たばかりではないか!

ばかっ、私――

「……実は、あの『バクラ』は政府の要人なんだよ。
だから……、バクラさんの予期せぬ千年リングの気配を感じて、慌てて飛んできたんだよ」

「ヤツはお前と同い年か?」

「うん。……あ、えと」

「随分若いんだな」

「……」

まずい。まずい!!!
頭がついていかない。

私が答えた瞬間に間髪入れず突っ込んでくる盗賊王はきっと、私の急場しのぎの嘘に気付いているのだ。

どうしよう。どうしよう……!

「そろそろ、下戻ろうかな」

逃げるように立ち上がる――だが。

腰を浮かせた瞬間、横にいるバクラが私を押さえ込むように肩に腕を回してきて、私はそのまま硬直してしまう。

「っ……」

「座れよ」

「……」

こんな時でも律儀に彼の体温を感じる、私の馬鹿な心と体。
そんなことに気を取られてる場合じゃないのに!!

「別にいいんだぜ……? 嘘をついてもよ。
お前には嘘をついてまでも守りたいモノがある……
そうなんだろ?」

「…………」

耳元で静かに吐き出された声は穏やかな口調ではあったが、しかし有無を言わせないような威圧めいたものがこもっていた。

(やばい……泣きそうだ……)

「オマエは人質だ。何のチカラも無い。
だがそれでも、己の役目を全うしようと努力してやがる。
立派じゃねえか、尊敬するぜぇ……?
このオレ様を出し抜こうって気概もキライじゃねえ」

ククク、と嗤うバクラは完全に私を捕らえている。
無理だ……、もう物理的にも逃げられない。

「……話を戻すぜ、ゆめ。
お前らは千年アイテムを集めようとしている。それは確かだよなぁ?
ならオマエは……七つの千年アイテムが揃った時に手に入る力が何なのか、知ってんのか?」

「……」

反撃に出なくてはいけない。

私ばかり動揺させられる一方的なこの状況をどうにかして、バクラの方にも動揺を与えなくてはならない。

「……クル・エルナ」

「っ!!」

「そこにある地下神殿。冥界の石盤に七つの千年アイテムを収めた者は――
……バクラさんはそのために戦ってたんでしょ?
クル・エルナ村で何があったか知ってるよ」

「てめえ……」

私は首を動かすと、至近距離で彼の顔を見つめた。
高鳴る胸の鼓動は今は無視する。

あの惨劇の村の名を口にした途端、紫がかった双眸に浮かんだドス黒いもの。
交差する視線。

「……それを誰に聞いた」

「歴史に残ってるから、みんな知――」
「おい!!!!」

ガッ、と顎を掴まれ、咄嗟につこうとした嘘は霧散した。

「ここからは嘘はつくな。

……いいぜ、当ててやる。『ヤツ』……か。
あいつがオマエにそれを吹き込んだ。そうだろ?」

「っ……!」

私は愚かだ。
何とか突破口を開こうとして、あえて彼の地雷を踏んだ。

だが彼の方が何枚も上手だった。
バクラは確実に核心に近付いている。

私が足掻けば足掻くほど、バクラに情報を与える結果になっていくのだ。

「…………」

もはや何も語らないほうがいい。

殴られても切られても、黙秘に徹した方がぼろが出なくて済む。
それが出来れば、だが。

私は暴力を覚悟し、ぎゅっと目を瞑った。

だが。


「……悪かったな。離してやるよ」

す、と離れた腕に驚いて目を開ける。
私を解放したバクラはいつものように不敵な笑みを浮かべていて、私の頭の中には疑問符が飛び回るのだった。

「ごめんなさい……」

とりあえず謝る。
彼に対抗するためとはいえ、バクラが一番触れられたくない部分に触れたのは許されることではない。

「まだまだ訊きてえことがあんだよ。
意固地になられても困るからな」

暴力や脅しでは効率が悪いと思ったのか、何が何でも懐柔策を貫くつもりらしいバクラ。

「……率直な疑問なんだがよ。
この『完璧な』世界で、オマエらは今更なぜ千年アイテムの力を求めるんだ……?
科学のチカラとやらの方がずっと魅力的だろ。
少なくとも、盗賊王サマが盗んで行きたいと思うくらいにはな」

「…………」

「科学では手に入らないものがある……
それはつまり、科学では実現不可能なコト、ってワケか……。
なら、この世界の科学とやらが苦手とするものを探って行きゃ、答えに近付けるってわけだな」

「……っ」

もはや沈黙すら意味がない。
私が何も言わなくてもバクラはどんどん答えに近付いて行ってしまう。

ああそうだよー!
科学じゃ計れない『魂』同士の戦いだから!
貴方が心底憎んでいるファラオの魂と、貴方の成れの果ての邪悪な魂!
その二つが決戦の日を待っているんだから!!

何故3000年も経ってからそうなったかって?
当時は貴方も、邪悪なモノも、ファラオもみんな……
私だって詳細は知らないけど、でも最終的には千年アイテムに封印されちゃって、それから現代まで眠りについていたから!!

だから、邪魔をしないで……!
貴方も一緒に戦おうよ、こっちの『バクラ』と一緒に!!

……私は心の中で叫んだ。

なんてね……、それが言えたら、誰も苦労はしないのだ。


心を落ち着かせるために深呼吸をする。

それから、バクラにずっと確かめたかったことを訊くことにした。

「バクラさんは……もしこの世界で欲しいお宝がほとんど手に入って、美味しいものが毎日食べられて、寝床や命の心配もしなくて良いってなったら……

それで、もういいって思える?
元の世界に置いて来た血塗られた目的を、忘れられる?
もう意味が無いからって……元の世界に戻らなくてもいいや、って」

声が震える。

もしこの問いにそうだと答えられたら、私はこれからの事を考え直さなくてはいけないと思った。

けれども。

「舐めてんのか!
んなわけねぇだろうが……!!
オレの素性を知ってんだろ……?
たとえこの世界の全てを敵に回したって、元の世界に帰ってやるよ……!!!」

そうだね。

やっぱりバクラはそう言うよね。

「……もし、元の世界に戻って、その目的、が……
叶わなかったとしても?
失敗しちゃったとしても?
それでも、戻る……?」

「ふざけんな……!!
オレ様が負けるなんざありえねえ……!
だがな、万一失敗したとしても簡単に諦めるかよ!!

何百年……何千年経とうと、オレ様は目的を果たす……必ずだ!!!」


ほらね。

やっぱりバクラはそうだもんね。

それが答えだよ、バクラ。


――ぶわりと涙が込み上がる。

「っ……、……」

溢れそうになる涙を拭い、バクラから顔を背けた。

彼は決してこの涙の意味を知らないだろうけど。

「……バクラさん。
未来のことを知るってことは、自分たちがその時代で最後どうなったのかを知るってことなんだよ?
この世界風に言えば、人生のネタバレ……だよ。
だから、あまり知らない方がいいと思うんだ」

言い切った瞬間、バクラの腕が素早く伸びて、今度は私の腰を引き寄せた。

「んなことはわかってんだよ……!
だがな、オレの見立てじゃこの世界の千年アイテムにこそ全ての手がかりがある。
『ヤツ』の正体、この世界でお前らが千年アイテムを集める理由、そいつを解き明かし、オレ様が元の世界に帰る方法を見つけてやるぜ……!!」

そう勇んだバクラの双眼には魔力が宿っている。
その眼はいつだって、私を惑わす。

「千年アイテムにそんなチカラはないよ……
千年アイテムの過大評価よくない」

わざと視線を外し、そんなことを言ってみる。

「茶化したって無駄なんだよ!
……言えよ、ゆめ」

「……」

真剣なバクラの表情。

あの、何者をも恐れない盗賊王が、これ以上ないというくらい私を真っ直ぐに見て、私に懇請している。

涙は止まり、代わりに一気に上昇した熱が顔に集中していった。

「なぁ……オレ様はこの見知らぬ世界で、右も左もわからず、何もかも失っちまって困惑してんだぜ……?
オマエにはわかるか……?
全てを賭けて追い求めてたモンがキレイさっぱり消えちまって、手掛かりさえわからなくなっちまった人間の怒りがよ……

しかも精霊獣チカラさえ奪われて、その苛立ちをぶつける先すらねえと来た。
ちったぁ同情してくれたってバチは当たらねえだろ……?」

まるで気性の荒い大型獣が、傷ついた時だけ飼育員に甘えてくるような、同情を誘う声。

盗賊王という獣はいつだって私を噛み殺せる。
けれどもあえて、鋭い牙や爪を見せびらかしつつも、猫なで声で媚びるのだ。

分かっている。盗賊王は同情など欲しない。
欲しいのは答えだ。今すぐあの時代に戻って、ファラオに復讐する方法と力だ。

でも私には、盗賊王の懐柔策とは分かっていてもバクラを拒めなかった。

ただの作戦だとわかっているのに、その不敵な笑みの下に潜む、元の世界に戻れないかもしれないという本気の焦りと恐怖、悲哀を感じ取ってしまったから。


理性が揺らぐ。

彼の思惑に気付いていても拒めない私。

「約束してやったろ? オレ様に従うなら危害は加えねえってよ……
もし秘密を喋っちまっても、用済みだなんて殺したりしねえよ。
いや……それだけじゃねえ。
ヤツの怒りとやらからオマエを守ってやるよ。
悪くねえ条件だろ……?」

バクラと言う名の悪魔の声。
3000年を経ても似たような思考回路を使って、同じ声で喋る。

彼の手が私の頬を撫でる。

いよいよまずい。

「今度はのぼせる心配もねえからな……
素直に言うまで離さねぇぜ、ゆめ」

ぐらぐらと揺れる理性。

どうしよう。どうしよう。
どうしよう――!

頭が回らない。全身が硬直する。

そして。

音も無く近付いてきた唇が触れ、呼吸を封じられてしまうと――

押さえつけていた本能が、奔流となって私の中から溢れ出したのだった。


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