7



「何しおらしくなってんだ……?
さっきまでの威勢はどうした!
王は自分じゃ何にもしねえんだぜ……?
あれこれ世話を焼くのは召使の役目なんだよ……!」

「うぅ……」


たとえば。
容量の少ない回路に大きな電気を流した結果、バチンと音がしてブレーカーが落ちてしまったような。

もしくは、華奢な袋にいきなり大量の荷物を押し込んだ結果、袋が激しく破れてしまったような。

もっと下品に言えば、強引に口いっぱい大福をねじ込まれ、窒息してしまいそうになるような。

――今の私は、そんな感じだった。


処理しきれる容量を超えた事態が、私の頭をスパークさせ、正常な判断力や思考を奪っている。

何故そうなったか。答えは簡単だ。

古代から突然やってきた盗賊王バクラが、私を人質に取り、お風呂に押し入ってきて、まるで召使のごとく私を傍に侍らせているからだ。

一応言っておくと、別にこの世界の事がわからないバクラに対してあれこれ世話を焼くことは苦痛ではない。
苦痛どころか嬉しさすらある。

何故なら、この盗賊バクラは私が心を寄せる現代のバクラの昔の姿なのだから。
(邪神も交えて魂の配分がどうとか肉体が違うとかそういう点はさておき。)

しかも私は、たとえ幻想の世界とはいえ、何度かこの姿のバクラと体を重ねたことがあるのだ。
意識するな、優しくするなと言う方が無理な話だった。

けれど、問題はこの状況。

お風呂だから当然なのだが、私は全裸だ。
そしてまた、バクラも。

彼は私の制止も懇願も意に介さずに、服を全て脱ぎ捨て、千年リングと指輪だけをつけた状態で浴室に乱入してきた。

そして、目のやり場に困るわ見られて恥ずかしいわ心臓が高鳴ってうるさいわの私を尻目に、で、どうすんだ? と言わんばかりの様子で、この世界の入浴におけるルールを丁寧に教えることを私に要求してきたのだ。

私が何のオカルトパワーも持たない一般的な高校生で、武器の隠しようも無い裸で、彼より腕っ節の弱い少女で、かつ頭の回転も劣っているものだから、盗賊王は完全に私を舐めているのだ。
無防備なところを見せても何も問題は無いと言った様子で。

そしてややこしいことに、私は彼にそうやって扱われる事が本心では嫌じゃない。
嫌どころか、本当は喜んでいる。

それもそのはず、何たってこの盗賊バクラは私が心を寄せる現代のバクラの……先述に戻る。

つまり、そういうことだった。


「バクラ、あんまりこっち見ないで欲しい……」

「そりゃあ無理な相談だな。
たとえ丸腰ったって、貴様には『この世界の知識』ってヤツがある。
妙な真似をしでかさないか警戒すんのは当然だと思いな」

「うぅ……」

日に焼けた褐色肌。
荒事で鍛え上げられた肉体。
3000年前の『バクラ』。

今の彼を直視することなど、私には到底出来そうもない。
直視してしまえば、さらに熱が上がり、心臓に負担がかかりそうだからだ。
あまりに興奮しすぎると真面目な話、のぼせてしまう可能性だって低くはない。

しかし、恐れるものなど何も無いと言った風に堂々としている彼も、いきなり噴出したシャワーに驚いたり、お湯が熱いと文句を言ったり、泡立つボディソープを変な顔で見つめていたり、シャンプーが目に入って狼狽えたりと、いちいち新鮮な反応を見せてきて。

その度に私は、このバクラを可愛らしいと思う心が抑えきれず、さらに顔が火照って頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう有様なのだった。



あらかた現代のお風呂の仕様にも慣れて来たバクラを尻目に、私は少しでも身を隠そうと再び浴槽に体を浸からせていた。

「お前らは毎日こうやって風呂に入ってんのか?」

湯船には浸からずに、バスチェアに座って流れるシャワーの行く末を見つめていたバクラが、ふと問いかけてくる。

「うちはそうだよ……まぁ頻度は人によるけど。
なんか、刑務所……、囚人が入れられてる牢屋でも、一週間……七日に2、3回は、お風呂に入れるらしいよ」

「ケッ……この世界の罪人てのは随分大事に扱われてんだな」

濡れたバクラの肌と髪はとてつもない威力がある気がして、私はボーッと視点を合わせずに彼との他愛の無い会話に興じることにした。

「そうかもね。今の刑務所は昔に比べたらすごいらしいよ。
暴力や虐待禁止だし、毎日ちゃんときれいなご飯食べられるし。
働いてほんの少しお金もらえるらしいし、具合悪くなっても死なないように一応治療受けられるらしいし……
バクラさんも捕まっても安心だね」

「ほざけ……! このオレ様が簡単に捕まるかよ」

「私もバクラさんには捕まって欲しくないから、血液型とかDNAとか、指紋とか防犯カメラとか警察犬とか……
高校生の適当な知識でよければ、あとで警察の捜査能力について教えてあげるよ」

「オマエにとっちゃ、さっさとオレ様が捕まってここから居なくなった方が都合イイんじゃねえのか?」

「……そんなことないよ。
外で悪いことされるくらいなら、このまま私の傍に居て欲しい」

思わず口にして、あれ、と思う。

『外で悪さをされるくらいなら』……その文言は、心なしか重要な意味が込められている気がした。

あのバクラとの別れ際の視線。
そこに繋がる何かが――

ああ、でも今は無理だ。頭が上手く働かない。
盗賊のバクラと一緒にお風呂に入っているなどという狂った状況のせいだ。


「オレ様の人質になっている限り、てめーの男には会えねえぜ」

「……、それはあとで考える」

「……オマエはあっちの『バクラ』じゃなく、このバクラ様でもイイってのか」

「そういうわけじゃないけど……!
でもバクラさんもバクラだから」

――あれ? わたし……


「あの『バクラ』のどこに惚れてんだよ」

盗賊王はとんでもないことを訊いてきた。

「えっ……! それは…………
一言じゃ言えないよ。というか言葉にしきれない……
少なくとも、死ぬほど好き、かな……。
だからバクラさん、私を懐柔しようとしても無駄だよ」

口から流れ出る言葉は、ただ正直な気持ちで……
でもあれっ、ちょっと待って、これって言わない方がいいんじゃ……?

「懐柔か。オレ様はただ、お前に同情してんだぜ……?
『バクラ』とやらに死ぬほど入れ込んで、振り回されて……
挙句てめーの女を見捨てて逃げやがった。
オマエは被害者だ。そうだろ?」

気付けばいつの間にか、盗賊王の顔が近くに在った。
彼は浴槽の縁に腕をかけ、未だお湯に浸かっている私を観察しながら薄く嗤っている。

「そんなことない……!
バクラにはきっと考えがあるんだよ。
そりゃあ、私はバクラの単なる所有物だから見捨てることにためらいは無いだろうけど……
でも被害者じゃないよ。
こうなったのは不運だったかもしれないけど、そこまで嫌じゃないもん。
同情しなくていいよ」

私たちに背を向けて去って行ったバクラの背中が脳裏に浮かぶ。
バクラはたとえ私を見捨てても、己の決意や目的にだけは背を向けない。

逃げたように見えるのは、あの場ではそうした方が良かったからだ。
決して考えなしの後ろ向きな逃亡ではない。

「なぁ……オマエは『バクラ』に逆らえないのか?」

「うん……というか、逆らうつもりもないよ。
そう決めてるし、そうやって生きてきたから」

すぐ傍で紡がれる、盗賊バクラの言葉。
その声はまた心なしか優しく、本能が警鐘を鳴らした。

だめ。これ以上このバクラに乗っては駄目だ。
そうしないと、私――


「お前はオレ様のことも『バクラ』だと言った。
オレとあいつはどのくらい似てんだ……?」

「……うー、ん……
体、以外は……。人種違うしね……。
でも、良く見ると目元はかなり似てると思う……」

駄目だ。本当にこれ以上はダメだ。

馬鹿な私でもわかる。
私はこのバクラに誘導されている。

懐柔されるのがわかってて懐柔しないでと予防線を張ったら、それが弱点だと言っているようなものではないか。

それ以外にも私は多分、こぼしてはいけない情報を、彼にポロポロとこぼしている気がする。

でも――

「自分じゃハッキリとはわからねえが、声は同じか?
オレと奴は……」

「うん……」

す、と音もなく伸ばされた彼の手が私の頬を撫でる。
触れたところからたちまち電流が生まれ、全身を駆け巡っていった。

まずい。まずい。

「奇妙なモンだな。赤の他人のはずなのによ」

「うん……」

バクラの指が私の耳をゆっくりとなぞり、もうずっと前から疼いている本能を押さえ込もうと、私は最後の理性を動員して彼に告げた。

「っ、バクラさん……それ以上触るのは、ちょっと」

だがそっと振り払おうとした手は、逆に捕らわれ、割れ物を掴むように優しく握られてしまう。

「本気で嫌なら離してやるぜ」

「……っ」

嫌ではない。嫌なものか。

分かっている、痛いほど自覚している。

しかしダメだ。本能に流されてはダメだ。
私は確実にこのバクラのいいように流されている。

今すぐ「本気で嫌だ」と言わなければ。
これ以上の問答は無用だと、どうにかお願いしてこの浴室から脱出しなければ。

だが、暴走する本能とお湯による火照りが、私にとってのあらゆる最適解を打ち砕いていく。

私の手を包む褐色の手。
その手はあのバクラとは確実に違うはずなのに、しかし同じ効果を私にもたらす。

思考が、溶け出す。

視界が、歪んでいく。

耳元に寄せられるバクラの唇。
そんなに近くで喋っちゃだめ、だって――

「なぁ……オレ様も『バクラ』なんだろ……?
ならオレの質問に答えろよ……
全部、な」

「――」

その時私は、確かに声を発したはずだった。

しかしそれは音にならなかった。

ぐるぐると回り始める世界。

あ、やばい。

わたし、のぼせた、かも――

………………、

…………、

……



**********



かつて盗賊王と呼ばれた少年は、とある少女を見下ろしていた。

「……ぅん……」


お湯から彼女を引き上げて寝かせ、浴室を開け放ち、シャワーとやらを水にして首筋や足を冷やしてやった。

そうしてゆめという女は何とか意識を取り戻すと、寝転んだまま、しばしボーッとバクラの顔を見つめてから、弾かれたように体を起こしたのだった。

「っ、……!!!」

「急に起き上がってんじゃねえよ……!
生きてるかぁ、オイ」

「……っ」

ゆめは頭を押さえ、ゆっくりと立ち上がった。
呆れたようにため息をつくバクラ。

「ケッ、だらしねえ……
文明の利器とやらに精通したてめえがブッ倒れてどうすんだよ」

吐き捨てつつも、彼女が倒れた原因の一端が自分にあることを、バクラは自覚していた。

(ちょいと焦りすぎたようだな……まぁいい。
先程のやり取りだけでも十分にコイツの事が分かったぜ)

あとは『あのバクラ』について、細部を彼女から聞き出すだけだ。
そしてそれはさほど難しくないと、彼は予想していた。


「水でも飲んどいた方がいいぜ。
砂漠の国じゃそんな症状は珍しくもねえ。
無理すると命に関わるぜ」

彼女に今死なれては困るので、柄にもなく気遣うような言葉をかけておく。

ゆめはふらふらと浴室から出ると、生まれた姿のまま振り返って「ありがとう」と言った。
それからガサゴソとどこかの棚を探り、やたらと毛羽立った布を引っ張り出す。

「バスタオル。これで体拭いてね」

差し出されたバスタオルとやらは妙な肌触りだった。

彼女はまだ完全に正気に戻っていないようで、口数が少なく、裸である自らの現状を省みてギャーギャーと騒ぐこともなかった。
ただ同じような布を出して、自分も体を拭き、それから布を体に巻きつけ、ふらふらと視界の外へ――

この脱衣所とやらの外は廊下だ。
そして先程の『テレビ』の部屋に、キッチンとかいう炊事場に……
この家の構造はあらかたバクラの頭に入っている。

どうせこの状態じゃ何も出来ないだろうと彼女を放置したバクラ。
言われた通りにバスタオルで体と頭を拭く。
それから――


少しの間があって、やがて、だだだだと激しい足音が彼の方へ戻ってきた。

「っっっ!!!!」

バスタオルとやらを体に巻きつけただけの彼女は、ひどく泣きそうな顔をしていた。

未だ真っ赤に火照っている頬。
頬だけではない、惜しげもなく晒された四肢――本来白かったその肌には、満遍なく赤みが差していた。

「……なんだよ?」

「ごめんなさい……
ありがとうございます……みっともないとこ見せてごめんなさい……
助けてくれてありがとうございます……!」

ゆめは情けない声でそんなことを口にした。

「恥ずかしすぎて死ぬぅぅ……」

ぼそぼそとこぼした無様な女の言葉を、バクラは聞こえない振りをして黙殺したのだった。


無防備というか、馬鹿というか、これはもはや話にならないレベルだった。

たしかにその宝は本来自分のモノではなかったはずなのに、どういうわけか、盗んでくれと言うようにポンと突然目の前に置かれたような。

こんなものは盗賊でなくたって、よちよち歩きの子供ですら手に取れる容易さだろう。
ゆめという宝を手に入れるのは、そんな児戯に等しい。

少なくともバクラにはそう感じられたのだった。

だが気になるのは、『何故その宝がすぐ目の前に置かれているか』だ。

これは、あのもう一人の『バクラ』とやらがこの女を盗賊王に差し出した結果を、目の前に置かれた宝に喩えて言っているのではない。

『彼女』の、心とやらが。
何故、『容易く』、盗賊王に籠絡されてしまいそうなのか。

問題はそこなのだ。

彼女は言った。どちらも愛する『バクラ』だからと。

では何故、あの『バクラ』と、盗賊王であるバクラは、近似値にあるのか……?

そこに全ての答えがあると盗賊バクラは睨んでいた。

どこの世界に、出会ったばかりの男、それも暴力で支配しようとしているとんでもない男を――
惚れた野郎と似ているというだけの理由で、ほぼ同一人物だと決め付けて、進んでたぶらかされる女が居るというのか。
考えられない。


盗賊王であるバクラのことを、歴史上の人物だとか何とかゆめは言った。

だがバクラの見立てでは、それは半分正解で半分嘘だった。

もし本当に盗賊王とやらの伝説がこの時代の人間に広く伝わっていて、彼女がそれの信奉者だと言うならば――
彼女はもっと、盗賊王の過去の逸話や素性について、目を輝かせて訊いて来るだろうからだ。

一応遠慮はあるようだからずけずけと質問攻めにする無礼は働かないだろうが、いくら人質だ何だと言っても、彼女の性格ならきっと好奇心を押さえきれないはずだ。

にも関わらず、ゆめから発せられるのはどうでもいいこの世界の情報とやらばかりで、一向に盗賊王について話題にする気配がない。

それに、奇妙な点は他にもある。

あの、この時代の千年リングの所持者だという男――
盗賊王を称したバクラとほとんど変わらない年頃だった。

そんな、少年が。
この、『個人の武器の所持は禁じられている』という世界で。

呪われた歴史を持つ千年アイテムを、堂々と見せびらかして、本人だけの裁量で気ままに『力』を行使して。

何故、それが『特別』だと許されているというのか。

貴族でもないゆめが、曰く『他の千年アイテムは厳重に保管されている』と言った口で。

何故その『バクラ』の蛮行を、まるで彼らにとっては当たり前だと言うように、彼女は受け入れているのだろう!?


テレビとかいう無機物に、映し出されていた映像。

あれを少し見ていただけでも、千年アイテムのような魔術的儀式から生み出されたモノとは決定的に違う性質のものだと分かる。

そもそも、元来千年アイテムは、王とその配下である神官たちが所持していたものだ。
だがあの少年は、どう考えても神官ではないだろう。
第一、王と神官という概念が、まだこの世界に在るのかどうか……?

――そこから導き出される答えはこうだ。

即ち、あの『バクラ』という千年リング所持者と、それに執着しているゆめという女は、千年アイテムによる秘密で繋がった、異端者だ。この世界における。

では、他の異端者は何処に居る……?

この時代の『バクラ』は、何のために千年リングを所持している……?
何故、手に入らないものなど一見なさそうなこの世界で、あのチカラを行使する――!?


盗賊バクラはそんなことを考えていた。

彼がふと我に返ると、いつの間にか着替えたゆめが、ソファ(と言うらしい)に座ったバクラを遠巻きに見つめながら、もじもじしていた。

「……今度は何だよ?」

風呂場での懐柔をあと一歩で完遂出来なかったバクラにとっては、面倒でもまだゆめのご機嫌を取っておかなくてはならない。

イカレた彼女は、厄介者であるはずの来訪者に放っておかれるより、構われる方がお好みのようだからだ。


「あの……バクラさん。
着替え、持ってきたので……とりあえず服、着てもらえませんか」

「はァ? オマエが砂埃がどうとかほざくから脱いでやったんじゃねぇか。
代わりにコイツを寄越したのはオマエだろ。
王宮の兵士みてぇなみすぼらしい格好させやがってよ!
ここはオレ様の居た土地よりもだいぶ寒いんだぜ?
もうちっと丁重に扱って欲しいもんだな」

まくし立てれば、ゆめは困ったような、照れたような顔をして小声を発した。

「うん……だってそれ、バスタオルだし」


**********


大判のバスタオルだけを腰に巻き、先程までは腰に差していたナイフを傍らに置いて、憮然とした様子でソファに座っている盗賊バクラ。

彼は風呂を出てからしばらくそんな様子で物思いに耽っていたのだ。

たしかに私が悪い。

のぼせた挙句バクラに助けられ、ふらふらと水を飲んで我に返った瞬間、あらゆる記憶が奔流のように頭に流れ込んできて、羞恥と後悔と懺悔とで何もかもがいっぱいになってしまい、わけがわからなくなってしまったのだから。

気を失ってる最中に全裸を見られた。
あの、人を人とも思わない盗賊王に救助された。
風呂上がりにバスタオルを巻いただけで右往左往した。
彼の裸をがっつりと見てしまった。
冬服の季節なのに(いくら室内が暖かいとはいえ)、彼をバスタオル一枚で放置してしまった。

列挙される罪状。

きっとバクラは私に対してかなり怒りを感じているに違いない。
それでも彼がそれ以上私を罵倒しないのは、私を籠絡する算段だからだ。

先程の浴室でのやり取りが思い出される。
盗賊王は――ほんの僅かとはいえ、私の肌に触れた。

それはとても心地が良かった。
平常時に心に誓った決意など、たやすく消し飛ばせそうな絶大な威力があった。

彼の不敵な視線に晒されると、思考がたちまち停止して何も考えられなくなる。

剛胆で、狡猾で、聡明な彼。
それはあのバクラと同じだ。
盗賊王の方が、いくらか人間らしい素振りや振れ幅があるが。

私は薄々気付いている。
この褐色肌を持つバクラに今度迫られたら、私はきっと彼を拒めない。

私にとってバクラは、炎天下の砂漠を歩いて喉がカラカラになった時に目の前に差し出された、冷たい水に等しい。

それがどちらのバクラであっても、だ。

私は夢中でバクラを飲み干すだろう。
その先に、地獄が待っていようとも――



「お父さんのシャツとジャージでごめんね。
もちろん綺麗に洗濯してあるやつだから……
あ、下着は新品のやつあったの適当に持って来たから……はは」

「妙な服だな……コイツがこの世界の標準か?
だが肌触りは悪くないぜ」

「……良かった。
バクラさんが着てた服は、洗濯出来るものはしておいて良いかな?
洗濯機って言って、洗濯専用の機械があるんだよ!
洗濯終わったら乾燥機にかけて乾かして、後で着られるようにしておくね。
あ、あの赤い上着だけはクリーニング行きになると思うけど……明日以降かな」

「勝手にしろよ。
どうでもいい情報が多すぎていい加減飽きたぜ……
この家には酒はねえのか?」

「えっ……お酒……?
ワインや日本酒ならあるにはあるけど、勝手に飲んだら怒られる気がする……
それにバクラさんて、私と同い年くらいでしょ?
20年生きてない人はお酒飲んじゃ駄目なんだよ……」

「そりゃあてめえらの世界のルールだろうが。
オレ様が知ったこっちゃねえよ。
ま、無理にとは言わねえが……
……って、何食ってんだよオマエ」

「……アイス」

「…………」

のぼせた影響か、何となくまだ暑かった私は、バクラと会話をしながら冷凍庫から棒付きのアイスキャンディーを引っ張り出し、口にしたのだ。

ソファーの側で着替えていたバクラは振り向いた瞬間それに気付いたらしく、着替えが終わるとこちらを凝視しながら無言で近付いて来た。

「バクラさんも食べる? アイス……
でもこれすごく冷たいから、また寒くなっちゃうかもよ」

「寄越せ」

至近距離で要求された私は、冷凍庫から新しいアイスを一つ出し、袋に入ったままのそれを彼に渡してやる。

「ぶどう味だけどいい?
あっ、ぶどうってバクラさんの時代にもあったよね!?
授業で習ったことあるもん。
……ここを引っ張って開けるんだよ」

「…………」

しゃり、とアイスキャンディーを一口齧ったバクラ。

「あ……冷たいからほんのちょっとずつ食べた方がいいよ!
早く食べると頭の後ろ、痛くなるから……」

言い終わらないうちにバクラには異変が起きていた。

彼はアイスをひとくち口に含んだまま固まっていた。

「……おいしく、ない……?」

「…………」

もそもそと口を動かし、アイスを飲み込んだらしい彼。
そういえば今回は毒味をしろと言われなかった。

「……だいじょうぶ……?」

あまりにも彼が動かないものだから、私は少しだけ不安になって問いかけてみた。

直後、彼から発せられた言葉は、私が今まで聞いたことのないバクラの声色だった。

「なんだこれは……」

戸惑うような、しかし僅かな感動も含んだニュアンスで、驚きを込めて呟いた盗賊王。

私は何だか嬉しくなってあはは、と笑うと、
「まだあるからゆっくり食べていいよ!」と言ったのだった。


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