3



「ッ……どういう、ことだ……!!
何故貴様がここに……!」

「っ……千年リング、だと……!?」

二人の『バクラ』は、向かい合って一様に驚き、狼狽えていた。

もはやそれどころじゃないといった様子で、さっきまで拘束していた私の体を横へ追いやる盗賊バクラ。

対するは、獏良君の体を宿主とする、学生服姿のバクラ。

作り物の世界ならともかく、現実ではありえないはずの光景。
向かい合った二人のバクラの胸元には、寸分違わぬ千年リングが煌めき、互いの存在を針で指し示していた。

「あは、ははは……」

その光景を見つめていた私の口から、自分でも制御出来ない笑い声が漏れ出る。

私は力が抜けたようにその場に尻餅をつくと、彼らの一挙手一投足をただ見つめることしか出来ないのだった。


「何者だてめえは……!」
制服姿のバクラが詰問するように吐き捨てれば。

「そりゃあこっちの台詞だぜ……!
貴様も『そいつ』の持ち主ってワケか……?」
と、盗賊姿のバクラがこれまた強い調子で返した。

チッ……

重なる二つの舌打ち。

私は二人の殺気のようなものに気圧されながらも、自宅の庭で繰り広げられている非現実的なこの光景に、どこか胸を踊らせている自分がいることに気がついた。

バクラが二人。
大好きなバクラが2倍。

そんな甘い状況ではない、それはわかっている。
だが見る限り、薄々危惧していた盗賊バクラによって現代のバクラの身が不意に脅かされるといった一方的な事態は避けられたようだし――

陽はほとんど沈み、薄暗さが辺りを支配していく中、バクラ達は互いに胸元のリングを光らせながら睨み合っているだけで。

そんな彼らの真剣な眼差しは――たまらなく魅力的なのだ。

図らずも私の心を射抜いていく、二組の魔眼。

「……っ」

ダメだダメだ。
そんな甘い感情に溺れている場合ではない。

疼いて高鳴る鼓動をこらえ、深呼吸を繰り返す。

白いバクラは驚愕と焦りの色を。
褐色のバクラは警戒と疑問の色を。
それぞれ、表情に滲ませていた。

現代バクラの焦りは痛いほどわかる。
己の記憶の中だけに住んでいたはずの、かつてのバクラ――
3000年前にとっくに肉体が朽ちたはずのバクラが、平然とこの場に存在しているのだから。

本来ならば、ありえない光景。

彼は己の力に自信があるゆえに、己の思惑を極端に外れた事態には意外と素直に驚いてみせる。
恐らくその性質は盗賊バクラも同じだろう。


ゆえに、白いバクラは先に動いた。

キン、と千年リングが煌めいた刹那、盗賊バクラの体躯が気圧される。
得体の知れない力が、盗賊王を放るように庭の樹木へと叩きつけた。

ガサガサガサ、と木々が葉を鳴らす。
近くに置かれていた焼物の植木鉢が巻き込まれ、乾いた音を立てて割れた。

口の端を僅かに上げる制服バクラ。

しかし次の瞬間――
見えない力に押し返された彼の体が、家の壁へと勢いよく突き飛ばされる!

「バクラ……!」

思わず名を呼んでから、しまったと口をつぐむ私。

「ってーな……!」
ざっ、と地面を踏みしめ、蘇る盗賊バクラ――

「ケッ!」
悪態をつき、壁に磔にされていた拘束から抜け出す白いバクラ――

どちらの千年リングも、その秘められた力を行使するように、はっきりと光を放っていた。

拮抗している……?

やはり千年リング同士。
その力を使って相手を完全に押さえ込むことは、互いに出来ないのかもしれない。

しかし――

私の記憶によれば、盗賊バクラには『あれ』があったはずだ。
人の力など簡単に破壊する、あのとんでもない力を持った精霊獣が……!

この状況であれを出されたら。
精霊を持たない? 出せない? 現代のバクラでは、さすがに勝ち目が無いのでは――

だがそれを誰よりも分かっているはずのバクラはそれでも引かなかった。
ざん、と足を踏み出し、胸を張って盗賊バクラを睨めつける。

「貴様はどこからどうやってこの地にやって来た! 答えろ……!
素直に答えるなら、こちらも一つだけ貴様の質問に答えてやってもいい……!」

これはバクラなりの交渉なのだろうか。
このままでは埒が明かないと悟っての。

「ほう、そりゃ随分と親切じゃねぇか……
てめえの力が通用しねぇと分かって焦ったか?」

ククク、と不敵な笑みを零しながら前傾姿勢で構え、白いバクラを睨めつけ返す褐色バクラ。

彼らの間には一触即発の不穏な空気が漂っている。

ククク、と今度は制服姿のバクラが嗤い、ポケットに手を突っ込んで勝ち誇ったように口を開いた。

「焦ってんのは貴様の方だろ……?
クク、何しろ精霊獣が呼び出せねえってんだからな」

「……!!」

白いバクラの発言に、私は驚き、褐色のバクラは眉をピクリとさせると舌打ちをこぼした。

「てめえ……何を知ってやがる……」

「それが貴様の質問か?
答えてやりてぇとこだがそっちが答えんのが先だ。
この世界にどうやってやって来たか答えろ……!

……なぁ盗賊王バクラさんよ、別にオレ様は貴様の敵と決まったわけじゃねえんだぜ?
見ず知らずの世界で、自分を知ってる奴と交渉するってのは悪い選択じゃねえだろ」

現代バクラは盗賊王の名を口にし、あらかたこの状況を理解したと言った様子で饒舌に語った。

その態度に盗賊バクラは大袈裟に鼻で嗤うと、千年リングの輪っかに指を通しながら息を吐いた。

「そこまで分かってんなら、もうちっとオレ様を労わるべきじゃねぇのか?
てめえもこの時代の住人なんだろ?
言わば『客』であるオレ様をもてなすのは、接待側ホストであるてめえの役割だろ」

バクラ同士の剣呑な会話。

彼らは互いを観察しながら、互いに情報を引き出そうと腹を探りあっているのだ。


しばしの沈黙。

……そして。

「オレ様はこの時代の千年リングの所持者だ……
能力は貴様も知っての通り。だがこの世界じゃ精霊を呼び出すことは出来ねぇぜ……」

先に口を開いたのは白いバクラだった。

その時私は、ある事に気付いて息を呑む。
そうだ、私は盗賊バクラに、いくばくかの情報と、嘘――
ではないがひどく誤解を招く内容を吹き込んだのだった。

この世界が、盗賊バクラの居た時代よりもだいぶ未来であること。
かつて盗賊王と称されたバクラは歴史に残る有名人で、七つの千年アイテムもこの世界に伝わっていること。
そういう世の中だから、盗賊王バクラのことも千年アイテムのことも、私が普通に知っていたのだということ――

であれば、『そういうていで盗賊王には話をしたよ』と、現代バクラに伝えなくてはならない。

そうしなければ、どこかで齟齬が出てしまい、ますます盗賊バクラが不審がってしまうだろうからだ。

だからこそ、私はおずおずと口を開いた。
獏良君の中にいる彼も『バクラ』だと知られないよう、彼の名を口にせずに。

「あの、私――」
「黙ってろ」

言葉を発した瞬間、ぴしゃりと制される。

学生服のバクラはちらりと私を見遣ると、すぐ盗賊バクラに向き直ってしまった。

余計なことを言うなということだろう。
でも、しかし――

「ケッ……
この世界にどうやって来たかなんざ、オレ様の方が知りてぇよ……!
気付いたらこの世界に飛ばされてやがった……
そこでその女と会ったんだよ。
どこから来た、ってのはてめえらの方がよく知ってんだろ」

「……この女と何を話した」

「なんだよ?
てめーのオンナが昔の盗賊王にたぶらかされてやしないか、心配だってか?
安心しなぁ、何もしてねえよ!」

予期せず出された私の話題。

白いバクラはそれには反応せず、何かを考え込むようにじっと前を見据えていた。

「オレ様にはまだ訊きたいことが山ほどあんだよ……
哀れな時の漂流者だと思って、もっと情報をくれねぇか?
なぁ、『バクラ』さんよ……!」

盗賊王の口から発せられたその名前。

やはり先程私がバクラの名を呼んでしまったことで、こっちのバクラもバクラであることに盗賊王は気付いてしまったのだ。

私の馬鹿……!
後悔が胸を刺す。

「情報ならいくらでもくれてやる。
だがその千年リングと交換だ……!
素直にリングをオレ様に寄越しな、そうすりゃオレ様が責任を持って貴様を保護してやるよ」

白いバクラの交換条件。
ハッ、と嘲笑う褐色バクラに追い打ちをかけるよう、白バクラは畳み掛ける。

「言っとくがこの世界で暴れたところで勝ち目はねぇぜ……!
精霊獣も使えねえ貴様の力なんざ、恐れることは無ェんだよ……!
クク、どっちが得かなんて言わなくてもわかんだろ……?
協力しようぜぇ、盗賊王さんよ……」

「協力すんのは別にいいぜ。
だがこの千年リングはオレ様のものだ……!
悪ィが貴様にくれてやることは出来ねえな」

「チッ……別にリングをどうこうしようってわけじゃねえ……!
ただ一旦預かろうってだけよ……
貴様が元の時代に戻れる方法を調べてやるつってんだよ……!」

「寝言ほざいてんじゃねえ……!
オレ様が邪魔ってんなら、わざわざこっちから頼まなくたってその方法とやらを貴様らは探すしかねえんだろ……?

言っとくが、このトチ狂った現象の原因は十中八九『こちら側』じゃねえ……
どちらかといえばそちら側の問題だと思うぜ……?
貴様らが文明のチカラとやらでどうにかしてみせな!」

「っ……、」


同時に存在するはずのない、二人のバクラ。
彼らは互いに一歩も引かず舌戦を繰り広げていた。

現代バクラは、盗賊バクラがこの世界で千年リングを持って受肉していることに本能的に危機感を覚えているのだろう。
だから少しでも彼の力を削いでおきたい。そう考えて千年リングを手中に収めようとしているに違いない。

かたや盗賊バクラは。
彼は見ず知らずの世界であらゆるものを警戒している。
同じ名前を持ち、自分と同じ声で喋る目の前の人間――
彼は白いバクラに何か感じるものがあるのだろう。
ただの『未来人』だと、納得しきれないくらいには。


制服姿のバクラが呆れたように息を吐く。

「強情だなてめえもよ……
見知らぬこの世界で情報無しでやっていけると思ってんのか?
まぁいい……リングはとりあえず保留にしてやる。
情報もくれてやる。だからオレ様につきな……!
それでイイだろうが」

バクラの譲歩。
これならば双方問題ないはずだ――

だが。

「クク……ククク……」

俯き、肩を震わせて嗤う盗賊バクラ。

「情報なんざいくらでも手に入るんだよ……」

ざわ、と空気が揺らいだ。

「っ、」

一瞬、だった。
赤が翻り、私の方へ迫って来る。

二つの千年リングの光。
それを反射する、鈍い光。

(え――)

白いバクラの舌打ちが鼓膜を震わせ、私の体は自由を失った。

「コイツから聞き出せばいいんだからな……!!」

喉元に当てがわれた既視感。
私を拘束する体温。

「おい『バクラ』さんよ――
何だってそんなにオレ様を傍に置きたがる……?
オレ様に勝手に動かれちゃマズイことでもあんのか……?」

私のすぐ側で吐き出される盗賊王の声。

褐色肌のバクラは私を人質に取り、白い肌のバクラと交渉する気だ。


かつて知ったこのバクラの温もり。
首に当てられたナイフの恐怖よりも、体に回された腕の存在感に心が揺らぐ。

勿論分かっている、そんな甘い状況じゃないことは。

一方、盗賊バクラの『脅し』に現代バクラは僅かに歯噛みをしつつも、黙っていた。

痺れを切らした盗賊王が、再度口を開く。

「おい未来人、いちいち言わなくても状況わかんだろ……?
さっさと問いに答えな……!
てめえは何故オレ様に執着する……?
そこまで譲歩してオレ様を味方につけようとする理由は何だ……?
隠してることを正直に答えな!
でないとこの女の首が飛ぶことになるぜ!」

盗賊バクラはとんでもないことを叫びながら、私の首に当てがったナイフをぐいと肌に押し付けた。

ちり、と痛みが走り、皮膚が切れたのだと戦慄する。
さすがに甘さよりも恐怖が大きくなり、私の目からは涙が滲み出した。

瞬きを繰り返し、制服姿のバクラの目を見つめる。
その視線はこちらを見ることはなく、盗賊王を見据えて何かを考えているようだった。

「てめえ……聞いてんのか――」
「好きにしな……!
その女がどうなろうと、オレ様の知ったこっちゃねえ……!」

獏良了の体から紡がれる、非情な言葉。


……分かっている。
私には本来人質としての価値などない。

私を助けるために、バクラは全てをかなぐり捨てなどしない。
先程の『譲歩』がバクラが許せるギリギリのところだったのだろう。

彼は目的の優先順位をちゃんと分かっている。

現代のバクラが、3000年前のバクラの成れの果てであることは――
古代の決戦で、バクラも王の魂も大邪神的なものも全てが千年錐や千年輪に封じられ、現代に持ち越されて、千年パズルと千年リングは宿主の体を借り、再度の決戦を待っているなどは――

決して知られてはならないのだから。

そして、誰にもそれを知られぬまま、現代の『決戦の舞台』を整えて計画通り『その日』を迎えるために。
その為に、どういうわけかこの世界にやって来た『イレギュラー』である盗賊バクラを、何とか制御下に置いてあるべき場所に返したい――

というのが、現代バクラの本音なのだろう。

ゆえに、バクラはこれ以上譲歩はしない。

盗賊王を制御するために盗賊王にまつわる秘密を教えてしまったら、きっと盗賊王は現代バクラの手綱など引きちぎって勝手に動いてしまうだろうからだ。

3000年前、自分がファラオを倒せなかったなど……
憎きファラオが他者の肉体を借りて現代で生きているなどと知ったら、きっと盗賊王は激昂する。

それでも冷静に目的を考えれば、現代バクラと盗賊バクラは共闘出来るとは思うのだが……

しかし、そこに至るまでの道に予測出来ない危険がありすぎる。
現代バクラはきっとそれを恐れているのだ。


そんな事情を抱えた現代のバクラが、呆れたようにため息をつく。
彼はまるで理解できないモノを見るような目をして、盗賊バクラに語りかけた。

「貴様……オレ様の話を聞いてたのか?
今更そんな人質ごっこをする必要がどこにある……?
リングはそのままでいい、情報もくれてやるつってんだぜ……何が不満なんだよ」

「うるせえ!
素直に全部吐くか、女を見殺しにするか――
今のてめえには二つに一つしかねぇんだよ!」

「くっ……」

白いバクラの説得ももはや意味を成さず、褐色バクラは私を盾にいきり立った。

しかし現代のバクラが折れるはずが無いのは変わらない。

「何度も言わせんな……!
そんな女、どうなろうが構わねえよ……!
殺すなり犯すなり好きにしな!」

彼はケッ、と悪態をつき、反抗的な態度を崩さぬまま盗賊バクラを睥睨していた。


「そうか……それがてめえの答えか……」

ククク、と含み嗤いをした盗賊王が何かを悟ったように吐き出す。

「やっぱてめえは駄目だ……
その存在自体が信用出来ねぇんだよ……」

彼は鼻で嗤うと、まるで答え合わせをするように穏やかな声で続きを語った。

「なぁバクラさんよ……
貴様はてめーのオンナの命よりも、オレ様の問いに答える方が嫌だってんだな……!
ククク……今ので確信したぜ……!
てめえは――オレ様に勝手に動かれちゃ都合が悪ィんだろ……?
その為に隠しておきたい事情があったんだよなぁ?」

「ッ……!」

「コイツを人質に取った時点で折れてそれを吐いてたなら、まだ望みはあったんだぜ?
だが、女を見捨てた時点で終わりなんだよ……!
そこまでして隠したいモノを腹に抱えてる野郎が、『手を組んだ協力者』に一体何を吹き込むか……
考えるまでもねえからな……!

オレ様はてめえの都合の良い情報に踊らされるのは御免だぜ。
クク、脅しに泣いてビビるコイツの方がよほど信頼出来るってなぁ……!」

そんなことを言いながら、私の喉元に当てたナイフをピタピタと揺らす盗賊バクラ。

「チッ……」

盗賊王は、バクラが譲歩したことでまず疑いを持ってしまったのだろう。

さらに、『人質』に動じない事が駄目押しとなって、交渉は決裂したも同然だった。

現代のバクラは本来、当時の盗賊王よりも、邪念やら知識やらを吸収している。
そもそも成り立ちからして、千年リングに封じられて邪神や何やらと融合して人間とは言えなくなったバクラの方が、上位の存在と言える。

まるで歩き始めたばかりの幼児のように覚束ない一歩をこの世界で踏み出した盗賊王と違い、3000年の時を超え宿主を得たバクラにとって、この世界はホームと言っていいほど馴染んでもいるのだ。

けれども。

その、かつての自分自身、たった一人の人間でしかない存在を、制御できるはずという無自覚な慢心――

その油断した意識よりも、見知らぬ世界で必死に生き抜こうとする人間盗賊王の足掻きの方が、少なくともこの交渉においては僅かに上回った――
そう考えても良いのかもしれない。

言い方を変えれば、現代のバクラは完全には人ではないが故に、人の力をちょっとだけ見誤ったのだ。
かつての自分自身のバイタリティと狡猾さを。

だがミスに気付いたところで、それを表に出すバクラではない。
彼は少しだけ沈黙すると、すぐにいつもの態度を崩さず盗賊王を挑発した。

「クク……ビビってんのか? 盗賊王ともあろう男が――
随分と臆病なんだな。精霊獣の使えない見知らぬ未来の世界がそんなに怖ェか」

盗賊バクラは私を拘束した腕とナイフに力を込めたまま、嗤って返す。

「何とでもほざいてな……!
最後に笑うのはオレ様よ!
コイツは人質として頂いてくぜ……拷問でも何でもして情報を搾り取ってやる……!
せいぜい女の断末魔を思い浮かべながら震えてるんだな!」

「……ケッ」

結果、自分の思い通りに事が運ばないことに苛ついたらしい白いバクラが、不意に私の顔を見る。

「っ……!」

交差する視線。

その双眸が、いやになく真剣な表情で何かを訴えるように私の眼を見つめていた。

「話は終わりだ。今すぐ消えな!
そして二度とオレ様の前に姿を現すんじゃねえ!
……おっと、仲間を呼ぼうなんざ考えない方が身のためだぜ……?
精霊獣が呼び出せなくたってやり様はいくらでもあんだからよ!」

盗賊王の強気な言葉。
だが白いバクラはそれを無視し、ひたすら私の眼を見続けていた。

無言で訴えかけるように。

――何かを。

別離の恐怖に震え始めていた私の唇が、バクラ、の三文字を音もなく形作っていた。

彼はきっと、何かを私に伝えようとしている――

恐らく、それは。

この状況からの、私の役目は。


「聞いてんのか! おい――」
「うるせえ! いちいち言われなくてもわかってんだよ!
せいぜいそいつに寝首をかかれないよう気をつけな!」

痺れを切らした盗賊王を遮るようにして、大声で吐き捨てるバクラ。

と同時に彼は踵を返し、庭に背を向けた。

千年リングを揺らしながら去っていくバクラ。

その手が乱暴に門扉を開き、彼が外に出ると、激しい音を立てて扉が閉められた。

それきり、バクラの気配は消えてしまったのだった――


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