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 自分の感覚というのは無条件に信頼してしまいがちだが、一度自分をはなれて考えてみると、それほど確実なものではないかもしれないと疑う気持ちが芽生えてくる。気分一つで見えないものが見えたり、聞こえないものを聞いたりするのが人間で、勿論自分も例外ではない。
「やっぱり、そうでしょうか」
「まあ、君には以前にもそういう経験があったし、絶対ないとも言い切れないけどな。まさか犯人が前と同じってことはないだろう」
 前と同じ、というのは亜沙子の父の弟である柊和也のことだ。変人だからという理由で亜沙子の父はその存在を娘に隠し続けていたが、二年前に亜沙子は和也と顔をあわせることとなった。和也は悪気こそなかったのだが、亜沙子に不気味な手紙を送ったり、後をつけたりしたのだ。
 しかし、今回は無関係だろうと亜沙子は思う。和也がそんなことをしでかす理由はないからだ。
「とはいえ君は仮にも女の子だし」
 仮にも、は余計だ。正真正銘か弱い女性である。
「何かが起きてしまう前に、念のため調べてみた方がいいかもしれない。そこで質問なんだけど、そのストーカーになりそうな相手に心当たりはないかい?」
 心当たり。亜沙子は首を傾げた。
「いないの? 恋愛関係のもつれから事件に発展するケースは多いんだよ。胸に手を当てて考えてみたまえ。男を手酷くフッたとか、二股をかけたとか、貢がせたとか、してない?」
「私をどういう女だと思ってるんですか」
 冗談さ、と黒峠は笑う。この男は一日に何度悪い冗談を言えば満足するのだろう。
 それはさておき、亜沙子は今までのことを振り返ってみた。
 幸か不幸か恋愛には縁がない生活を送っているため、思い当たる節などなかった。そこで思考は本題から逸れ、自分はこのままでいいのかと焦燥の念に駆られる。最後に彼氏がいたのはいつだったろう。――高二だ。まずい。付き合うどころか、恋心を抱く対象すらいない。
 このままではあっと言う間に枯れてしまうのではないか。女の賞味期限は短いっていうし。私もそろそろ、恋した方がいいんじゃない?
 ああ、でも、告白はされたんだっけ。経済学部の男の子に。
 そこで例の彼のことをやっと思い出した。あまりに印象が薄すぎて、また忘れてしまっていたのだ。
 溌剌とした感じではなく、見るからに暗そうだったが。だからストーカー行為をしていると断定はできない。特別挙動不審というわけでもなかったし、普通の人だ。
 ただ、時期を考えると怪しい。



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